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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アルクニー公国編
15/153

Tournament15 Taitans hunting:part1(巨人を狩ろう!その1)

無事ウォーラを助け出したジンたち『騎士団』一行は、西の隣国リンゴーク公国へ出るために国境の村へと足を向ける。

しかしそこで、新たな事件に巻き込まれるのだった。

今回は2部作の前半です。

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団


♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系主人公』


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナによって復活した。以降、ジンを主人と認識している。


■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』


♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。


♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。


無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。


♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。


♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。


♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 僕たち『騎士団』は、無事にウォーラさんを取り戻し、シェリーやラムさん、そしてド・ヴァンさんたちが待つホテルへと引き返した。


「やあ、団長くん、お見事だよ。こちらが噂の自律的魔人形エランドールの娘さんかい?」


 ド・ヴァンさんはニコニコして僕たちを迎え、ウォーラさんにも丁寧にあいさつした。


「初めまして。ボクはトナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンと申します。君の団長くんとは友だちですので、今後ともよろしくお願いいたしますよ、お嬢さん」


 ウォーラさんは以前僕から言われていた『たくさんの人とふれあってほしい』という願いを忘れていないらしく、メイド服の裾をつまみ上げながら時代がかったあいさつで答えた。


「初めまして、私はウォーラ・ララ。正式型番はPTD12、コードネーム『妹ちゃん』です。よろしくお願いいたします」


 ド・ヴァンさんはうなずくと、僕たちに心のこもった申し出をしてくれた。


「団長くん、ウォーラさん、ボクは初めてエランドールにお会いしたが、非常に素晴らしいと思う。それでだ、ウォーラさんの『お姉さま』について、その修理をボクに任せてもらえないかな?」


「えっ⁉ ド・ヴァンさんはエランドールの知識もおありなんですか?」


 僕がびっくりして訊くと、ド・ヴァンさんはややうるさげな金の前髪を形のいい指でいじりながら、薄く笑って言う。


「まさか、ボクだって万能じゃない。ただ、ここからマジツエー帝国までは結構な日数がかかる。ましてや『お姉さま』を抱えての旅ならなおさらだ。

 そこで、わが『ドラゴン・シン』が誇る輸送能力を使って『お姉さま』を賢者マーリン様のところにお連れしようと思う。そうすればウォーラさんたちがマジツエー帝国に着くころには修理が終わっているかもしれないからね」


「そうしていただくと助かりますが、迷惑では?」


 僕が言うと、ド・ヴァンさんは僕の肩を抱いて、


「イヤだな、君には返しきれないほどの恩義があると言ったじゃないか。このくらいのことはさせてくれ。それにボクとしても賢者マーリン様とお近づきになっておくのは今後とも都合がいいからね」


 そう、男にしておくのがもったいないほどの笑顔で言う。うーん、この爽やかさはワインにはない部類のイケメンだ。


 僕はウォーラさんを見た。ウォーラさんは袋にぞんざいに突っ込まれている『お姉さま』をじっと見ていたが、僕の視線に気づくとうなずいて言った。


「ありがたい申し出です。ご主人様、私はご主人様が決定されたことに従います」


 それを聞いて、僕はド・ヴァンさんの申し出をありがたく受けることにした。ただ、あのウェンディはウォーラさんを狙っている。今回は調査だけで済んだが、また彼女を狙ってこないとも限らない。


「分かりました。ド・ヴァンさんのご厚意に甘えさせていただきます。ただ、ウェンディをはじめ『組織ウニタルム』が狙ってくるかもしれません。『お姉さま』には『浄化作戦』についてのプログラムがインストールされているらしいですからね」


 僕が言うと、ド・ヴァンさんは笑って言った。


「そのことは織り込み済みさ。賢者マーリン様ならその計画について何か手を打てるかもしれないと期待してもいるからね」


 そして後ろに控えたマディラさんに、


「では、『お姉さま』を搬送する準備にかかってくれたまえ。大急ぎでだ」


 マディラさんは、少年のような声で冷静に訊き返す。


「承知しました。けれどモノがモノです。護衛はいかがいたしましょう?」


 ド・ヴァンさんは少し考えていたが、ペストマスクを被った長身の不気味な男に声をかけた。


「テキーラ、君に『お姉さま』の護衛をしてもらおう。賢者マーリン様はマジツエー帝国の首都シャーングリラの郊外にいらっしゃるらしいが、どのくらいかかる?」


 テキーラさんはしばらく考えていたが、くぐもった声で答えた。


「行きに2週間ですね。何事もなければ、の話ですが」


「何かあってもらっちゃ困るが、仮に何事かあった場合でも敵を追わずにボクのところに戻って来てくれたまえ。いいかい?」


 ド・ヴァンさんの言葉に、テキーラさんはうなずいて


「委細承知しました。では、発送準備が出来次第、護衛にかかります」


 そう言うと、フッとその場から姿を消した。


 ド・ヴァンさんは、僕たちを振り向いて明るい声で言ってくれた。


「聞いてのとおりだ。2週間もあれば『お姉さま』は賢者マーリン様のところに届く。その後の進展についてはボクが責任もって君たちに知らせることにするよ」




 ド・ヴァンさんにお礼を言った後、僕たち『騎士団』はホテルをチェックアウトして、シュガーレイクシティの町を南に歩き出した。


「思いがけず『お姉さま』の修理が早くできることになったね。正直、あれだけのものをどうやってマジツエー帝国まで持って行くか思案に困っていたところだ」


 ワインがそう言うと、ウォーラさんがすまなそうに言う。


「すみません、魔力マナの切れたエランドールはとても重たいですから……」


 ワインはそんなウォーラさんを流し目で見て、


「気を悪くさせてしまったかな? けれど『お姉さま』は完全に壊れていたわけじゃないから、ボクたちの荷物のように魔法で小さくして持ち運ぶってことは困難だったんだ。下手に魔力を使えば不測の事態が起こる可能性があったからね」


 そう言うと、シェリーが疑問を呈した。


「えっ? 『お姉さま』って壊れてしまったから動かなかったんじゃないの?」


 するとワインは首を振って、


「いや、動かなかったのはマナ切れ……というより、『お姉さま』を処置した奴らが強制的にマナを発散させたんだろう。手足や首こそ外されていたが、それぞれの部位には大した損傷はなかった。あの段階でマナを吸収したら、知らない人が見たら腰を抜かす事態になっていただろうね」


 そう言うと、ウォーラさんを見る。ウォーラさんはうなずいて答えた。


「はい、『お姉さま』はご主人様が私を見つけてくださる直前まで、予備のマナで私にいろいろと指示してくださっていましたから」


「想像すると気色悪いな……いや失礼、ウォーラの顔がなまじ可愛いだけに、頭だけがしゃべっている様子を思い浮かべてしまったんだ。気を悪くしないでくれ」


 先頭を歩いているラムさんが、そうウォーラさんに謝る。けれどウォーラさんは気を悪くした様子もなく、


「いえ、普通の人からしたらそのとおりだと思います。けれどご主人様、私の頭部にも中枢制御システムに予備のマナが蓄積されていますので、たとえ身体が粉砕されても半日はそれで意識を保てます。それは覚えておいてください」


 そう、僕に言って笑った。


「……覚えておくよ。そんなことがないことを願うばかりだけれどね?」


 僕が言うと、ワインが訊いて来る。


「何にせよ、ウォーラさんか一番気がかりだったろうことは解決に近づいた。後はボクたち自身の問題だ。さて、これからどうする、ジン?」


 ラムさんが振り向いて僕を見て、


「ジン様、そう言えば私との約束、覚えていらっしゃいますよね?」


 そう、心なしか顔を赤くして訊いて来る。僕はうなずいて答えた。


「もちろん、君の故国にお邪魔させてもらうよ」


「……とすると、また北に向かってトオクニアール王国に出るの? 同じ道を行ったり来たりじゃつまらないと思うけど?」


 ここ数日ですっかり体調を戻して元気になったシェリーが言うと、ラムさんがうなずいて言った。


「ここまで来たからには、私もアルクニー公国のことをもっと見てみたい。団長、マーターギ街道を使ってリンゴーク公国へ出ましょう」


「けど、マーターギ街道はヘンジャー街道と比べると格段にきついんだろ? シェリー、体調は大丈夫か?」


 僕が訊くと、シェリーはニコニコしながらうなずいて、


「あ、うん。あの時は二日目だったから……じゃなくて、もう大丈夫だよ? 心配かけてごめんねジン」


 そう慌てて言い換えた。


「二日目? 何が?」


 僕が訊くと、シェリーはわたわたしながら言う。


「わー、わー、それは忘れていいから! 忘れないと忘れさせちゃうよ?」


 どうやら、僕は知らない方がシェリーにとって都合がいいらしい。シェリーの両手が短剣ダガーの柄にかかっているのがその証拠だ。これ以上何か言うと、シェリーが何をしでかすかを僕は良く知っている。幼馴染だからね。


「分かった。とにかく大丈夫ってことなら、このままマーターギ村まで足を延ばそう」


 僕がそう言うと、シェリーは明らかにホッとした顔をし、ラムさんとワインは顔を見合わせて苦笑し、そしてウォーラさんは不思議そうな顔をして首をかしげていた。


 こうして、僕たちはアルクニー公国最南端の村、マーターギを目指すことになった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 『ドラゴン・シン』は、アルクニー公国で一と言って二と下らない規模を持つ騎士団である。


 そのギルドマスターであるオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンは、ヒーロイ大陸でも指折りの大商人、ミヒャエル・ヤマダの息子であり、彼自身も『エクリプス商会』という商社の代表職にあるお坊ちゃまだ。


 けれど、俗に言う金持ちのボンボンとは一味違い、容姿端麗、頭脳明晰、天真爛漫で男気もあり、そして魔力や戦闘力もかなり高い、まぎれもないハイスペックな人物であった。


 そんな彼が率いる騎士団である。当然、粒よりの団員がそろっている。ウォーラの姉である『お姉さま』こと正式型番PTD11は、その日のうちに団員の手によってマジツエー帝国へ向けて運び出された。


 ド・ヴァンは、PTD11の価値をよく理解していた。どこからどう見ても人間にしか見えない人工物エランドールであるばかりではなく、ウォーラを見て分かるとおり感情も記憶も、そして自己判断力すら持つ彼女は、それに加えて戦闘力に関してもそこらの魔戦士や魔導士では敵わないレベルであることまで、ド・ヴァンは一目見て察していた。


 さらに、ジンから聞いた話では、謎の団体『組織』が計画している『浄化作戦』についてもそのなにがしかは『お姉さま』の記憶中枢には格納されているはずで、


「だからこそPTD11は無事に賢者マーリン様のもとに送り届けなければならない。しっかり頼むよ」


 ド・ヴァンは、彼らの出発の際、わざわざ今回の任務について詳しく説明したうえで送り出してもいたのだ。


 ド・ヴァンは用意周到にも4頭立ての馬車を3台準備し、それぞれに御者2人、護衛3人を乗せていた。そのうちの1台、実際に『お姉さま』が載せられている馬車には、ペストマスクを被った不気味な人物、テキーラがいたことは言うまでもない。


 彼らは半日ごとに、手配していた駅舎で馬を交換しながら、ここまで5日間を進んだ。至極順調な5日間だった。


 そして彼らが、アルクニー公国南東にある港町、ナベトガにあと2日と迫ったとき、そいつが姿を現したのだった。




「こんにちは、『ドラゴン・シン』の皆さん」


 その男は白い服に身を包み、風に揺れる白髪の下にのぞく翠色の瞳で、冷たく『ドラゴン・シン』団員たちを見つめていた。


 男は、優雅に笑って団員たちに語りかける。


「私はイーグル・アルバトロス、『組織』から来た。君たちが運んでいるエランドールを受け取るためにね?」


「散開してバラバラに逃げろ」


 それを聞いたテキーラは、団員たちにそう命令した。彼がこの輸送隊の指揮官を任されていたのだ。


 テキーラの指示を受け、3台の馬車はパッと離れると、それぞれに別の道を通って走り出す。その様子を見ていた白い男は、ふふんと鼻で笑い、


「……テキーラ、なかなか君も役者じゃないか」


 そう言うと、テキーラの魔力を追って姿を消した。


「テキーラさん、奴は追って来ていません」


 馬車の後ろを見張っていた団員がそう言うと、テキーラはうなずいて


「……馬に無理はかけられない。少しスピードを落とそう」


 そう言う。御者は指示に従って速度を落とした。その時である、馬車を引く馬の真ん前に、巨大な水柱が噴き上がったのは。


 ヒヒーン!

「おおっ、どうどう!」


 御者はすんでのところで棒立ちになりかけた馬を御した。馬たちはあまりにぴっくりしたからだろう、再び歩き出そうとはしない。


「……見つけましたよ。おとなしく荷物を渡してください」


 イーグルが現れてそう言うと、テキーラはものも言わずに彼に飛び掛かった。その手には紫色の瘴気が渦巻いている。


「やっ!」

「おっと!」


 テキーラの瘴気による先制攻撃を、水の膜で防ぎながら、イーグルは小声で言う。


「どういうつもりだい? テキーラ」


 するとテキーラは、くぐもった声で答えた。


「私が『ドラゴン・シン』を見張らなくてもいいのか? まずは私に花を持たせろ。次に来た時にはそなたにエランドールを渡す」


 そして瘴気を叩きつけると、イーグルはクスリと笑って


「……残念だが、今日はこれくらいにしてやろう。次は必ず荷物を貰う」


 そう団員たちに告げると、現れた時のように唐突に姿を消した。


「テキーラさん、大丈夫ですか⁉」

「逃げ足の速い奴め」


 立ち尽くすテキーラの周りに、団員たちが駆けよって来て言う。テキーラのことを不気味に感じていた者も、今の戦いで彼に対しての信頼感を増したようだった。


「……奴らはしつこい。気を緩めずに行こう」


 テキーラがそうつぶやくと、団員たちもうなずいた。




 果たして次の日も、イーグルは単身で輸送隊を襲ってきた。


「今日こそは荷物をいただくよ」


 そう言うイーグルに、またもやテキーラが飛び掛かる。


「テキーラ、本気でかかって来たまえ」


 小声で言うイーグルに、テキーラはうなずいて、


「じゃ、そうさせてもらうぜ」


 と、最大火力で瘴気を叩きつける。


 ドウンッ!

「はっ!」


 けれど、イーグルは水流の竜巻で瘴気を散らし、


「今度は私の番だよ」


 と、水球を幾つも呼び出してテキーラの周りを囲ませた。


「ふん、『終わりなき水遊び(スーパーアノキシア)』か……」


 テキーラはマスクの下でそうつぶやくと、


「まだ結節の使い方が甘い」


 そう言って、瘴気の波動をまき散らし、水球を一つ残らず弾けさせた。


 その時、馬車の上から、


「君たちも騎士なら、彼一人に戦わせちゃいけないなあ」


 そうのんびりとした声がして、黒い髪に漆黒の瞳を持つ少女が現れた。


「ボクはウェンディ・リメン。エランドールはいただいていくよ」


 少女は可愛い声でそう名乗ると、背中の長大な両手剣を抜き放ち、


「邪魔しちゃいけないよ、死にたくなければね?」


 そう言い放つ。驚いたことに、彼女は自分の背を遥かに超える両手剣を、片手で軽々と振り回し、


「やっ!」

 ズバッ!


 その風刃で、馬車の幌を斬り裂くと、


「じゃ、これはいただいていくね?」


 そう言いながらPTD11を風の翼で包んで消える。


「しまった!」


 歯噛みする(ふりをする)テキーラに、イーグルは高笑いしながら


「はっはっはっ、わが『組織』に対抗しようなんて無駄なことは止めたまえ!」


 そう言うと、虚空に消えて行った。


「テキーラさん、すみません!」

「あの少女に手も足も出ませんでしたった!」


 彼の周りに集まって悔しそうにしている団員たちに、


「……恐るべき奴らだった。みんなけがはないか?」


 そう言いながら、仮面の下ではニンマリするテキーラだった。




「やれやれ、テキーラも結構な役者じゃないか」


 ウェンディがご機嫌で言うと、イーグルも彼にしては珍しく笑い顔で


「はい、私は笑いを抑えるのに苦労しましたよ」


 そう言う。


 ウェンディは、風の翼で覆ったPTD11をチラリと見て、


「とにかく、『浄化作戦』についてはまだ『賢者会議』や国主たちに知られるわけにはいかないからね。ところでイーグル、君はエランドールを扱えて、口が堅い人物に心当たりはないかい?」


 そう訊く。


「さて、なかなかテモフモフ博士のようなMADな人物は都合よくいませんからね。賢者マーリンに頼むわけにもいかないでしょうし」


 イーグルの答えに、ウェンディは大きくうなずいて


「そりゃそうさ。それができるならマーリンがPTD11を修理し終わった時に頂けばよかったからね? 仕方ない、この子についてはウェルムに任せてみるかな。彼は結構こんなちまちましたギミックが好きみたいだし」


 そう笑って言った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕たち『騎士団』は、シュガーレイクシティを出て3日目には、ケワシー山脈に続く険しい山の中へと突入した。


 公国も端っこになると道も幅は狭くなり、でこぼこも増えてくる。


 けれど僕たちが今歩いているのは、田舎道すら立派に思えるほどのもので、獣道かと見まがう細さ、胸をつくような急こう配、そして崩れて来た石がごろごろしていて、片側は急峻な崖……足を滑らせたらそのまま谷底に真っ逆さまに落っこちること請け合いの、まあ、道とは言えない代物だった。


「ワイン、本当にこの道で合っているんだろうな?」


 先頭にいるラムさんが、絶壁を目の前にして言う。今まで四苦八苦して進んできた獣道はここで途切れて、30フィートはあるだろう絶壁の上から、ただ1本の鎖がぶら下がっている。この鎖を使ってこの絶壁をよじ登れということだろう。


「うん、この道で間違いないよ。『ヒーロイ大陸の歩き方』によれば、こんな絶壁があと二つあって、その後は細いつり橋。そこを渡れば桟道になって、2マイル(この世界では約3・7キロ)ほど進めばマーターギ村だそうだ」


「え~、もっとラクな道はないの?」


 後ろでシェリーがぼやく。けれどワインは首を振って言った。


「マーターギ村は公国の最南端の村ってだけでなく、最も標高が高いところにある村でもある。この道以外にも川沿いを行く道があるけれど、最後の10マイルは道じゃなくて登攀になるみたいだよ?」


「む~、いいもーんだ。言ってみただけだから」


 そう頬をふくらましていると、


「あっ!」

 パーン!


 ウォーラさんの声と鋭い金属音が響く。


「危ない!」


 僕はウォーラさんを慌てて横に引き倒した。


 ズシャッ!


 今までウォーラさんが立っていたところに、鎖が束になって落ちて来た。太くて重たい鎖の束は、鈍い響きを立てて硬い地面にめり込んだ。直撃したらいかにエランドールだろうと大変なことになっていたはずだ。


「どうしました⁉」


 先に絶壁を登っていたラムさんが、慌てた様子で僕たちを見下ろしている。


「ジン様、ご無事ですか⁉」


 そう訊いて来るラムさんに、


「大丈夫だ。鎖が切れただけで、誰にも当たっていないから」


 そう大声で答える。


「ど、どういたしましょう? 私が重すぎたのでしょうか?」


 ウォーラさんがおろおろした様子で言う。彼女が登り始めた途端、鎖が鋭い音と共に切れたらしい。


(まあ、エランドールは機械の塊だからなあ……)


 僕はそう思ったが、そんなこと言ったらウォーラさんが傷ついてしまう。


「何にでも寿命はあるさ。問題は鎖が無くなった今、どうやってこの崖を登るかだ」


 僕が言うと、シェリーがニヤニヤして僕に近寄って来た。


「ジン、困ってるの?」


「まあ、そりゃあね? これだけ垂直に近いうえに、手掛かり足掛かりになりそうなでっぱりも思ったより脆そうだから、よじ登るのも命懸けだしな」


 僕が言うと、隣にいたワインは『水の奔流』を発動して言う。


「ジン、お先に。ウォーラさんも一緒にどうだい? 君だって生活防水くらいはしてあるんだろう?」


 するとウォーラさんは


「はい、10気圧まで耐えられる防水処理がしてあります。ご主人様、ご一緒にいかがですか?」


 そう僕を見て言う。ワインはむすっとしているシェリーをチラリと見て、残念そうに言った。


「スマン、ジン。これは二人乗りだ。キミはシェリーちゃんの世話になりたまえ」


 そう言うと、ウォーラさんと二人、さっさと水流に乗って崖の上へと消える。


 僕が茫然と二人を見送っていると、背後からシェリーがおずおずと声をかけて来た。


「ジ、ジン、ア、アタシが上に連れてってあげようか?」


 そう言えば、シェリーはシルフだから空も飛べるし、風の魔法も使えるんだった。僕はうなずいて


「お願いできるかい? ちょっと重いかもしれないけど、そうしてもらえれば助かるよ」


 そう言うと、シェリーは顔を赤くしてそっぽを向きながら、


「し、仕方ないなあ。ジンがどうしてもって頼むんなら、連れて行ってあげるわ」


 なぜか嬉しそうに言う。


「じゃあ、はい」


 シェリーがこちらを向いて両手を広げている……ってどゆこと?


 僕が意味が分からずに黙っていると、シェリーは顔を赤くしながら再び言う。


「もう、ジン、早くしてよ」


「スマン、シェリー。『風の翼(フリューゲルヴィンド)』か『風のゆりかご(ヴィンドヴィーゲ)』を使うんじゃないのか?」


 僕が不思議そうに訊くと、シェリーはむすっとして腰に手を当てると、


「……そうだけど、こんな時くらいヤクトクがあったっていいじゃない」


 そう言いながら僕の側まで歩いて来る。そして、


「えいっ!」

 ドスン!


 僕の胸に顔をうずめると、そのままの姿勢で言った。


「ジン、アタシの背中に手を回して……あン、羽まで一緒に抱きしめちゃダメ」


 それを聞いて、僕は慌てて手を彼女の腰のくびれ辺りまで下げる。


「……そう、そこでいいわ。羽は自由にさせてね」


 そう言うと、彼女も僕の背中に手を回して言う。


「じゃ、行くわよ。『風の翼(フリューゲルヴィンド)』」


 彼女がそう言うと、僕たちの周りに上昇気流が立ち上り、ふわりと身体が浮いた感覚がした。


 僕たちが崖の上に到着した時、ラムさんは明らかに面白くない顔をしていた。


「シェリー、君が団長の力になっていることは認める。でもジン様に抱き着く必要はないだろう? 君の魔法ならわざわざあんな、うらやまけしからん体勢をしなくてもフツーにジン様を崖の上まで連れて行けるはずだが?」


 けれどシェリーも負けていない。明らかにドヤ顔でラムさんを挑発する。


「あら、うらやましかったらラムもジンに抱き着いてもらって崖登りしたら?」


「う、ううむ……それは体勢的にちょっと……いかん、想像したら顔がほてって来た」


 そんな二人を見て、ワインが僕に言う。


「ジン、さっきは不可抗力だったが、残りの崖はシェリーちゃんとラムさんのために自力で登った方がいい。あの二人がケンカを始めないうちにね」


 僕も、さっきの体勢はとても気恥ずかしかったので、一も二もなくワインの言葉にうなずいた。


「分かった、そうしよう……え?」


 僕がそう言って鎖のところへ歩き出そうとした時、


「あっ!」

 パーン!


 ウォーラさんの声と鋭い金属音が響いた。


「はわわわわ、ご主人様、いかがいたしましょう。私またやってしまいました~」


 ウォーラさんの慌てる声を聞きながら、僕たちは頭を抱えたのだった。




 そんなこんなで崖を登り終えた僕たちは、つり橋と桟道という罠も無事に超えて、やっとマーターギ村が見えるところまで到着していた。


「あのつり橋、『細い』ってもんじゃなかったわよね。『ヒーロイ大陸の歩き方』も適当なこと書いてあったってことね」


 シェリーが言うと、ラムさんも首を振って


「ああ、足元は板じゃなくて棒だったからな。さすがの私も下を見たら気色悪くて背中がゾクゾクした」


 そう言うとさらに続けて


「にしても、『桟道』だって看板に偽りありだったぞ? 普通『桟道』と言えば崖から数十センチの板を張りだして、その下に支えがあるもののはずだが、単に崖をくりぬいただけの代物だったじゃないか」


 そう言って思い出したのか青い顔をする。


 『ユニコーン侯国の獅子戦士』の異名を持ち、長剣を自由自在に揮って戦う勇猛果敢な彼女でも、道幅わずか30センチ、場所によっては20センチもない『天空の獣道』は怖かったらしい。


 まあ、僕も最初のうちはかなりビビったが、空を飛べるシェリーが常に後ろにいてくれたことと、途中からウォーラさんがその大剣で崖を削って道幅を広げながら進んでくれたおかげで、先頭を行くラムさんほど怖い思いをしないで済んだのだ。


「あの、ご主人様。私はご主人様のお役に立てたでしょうか?」


 ウォーラさんがそう訊いてきたので、僕はうなずいて答えた。


「うん、とても役に立ってくれたよ。それにあの桟道も、あれだけ道幅を広げれば、マーターギ村の人たちも危なくないんじゃないかな?」


 それを聞いて、


「嬉しい! 私、もっとご主人様のために頑張りますね?」


 そう笑顔で言うウォーラさんだった。


 ラムさんは、そんなウォーラさんをうらやましそうに眺めていたが、


「うん?」


 何が気になったのか、そう言って立ち止まる。


「どうしたんだいラムさん。何か気になることでも?」


 ワインがそう訊くと、ラムさんは緋色の瞳を持つ目を細め、手をかざしてマーターギ村を眺めていたが、


「……おかしい、人の気配がしない」


 そうつぶやいた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 マーターギ村は人口5百人ほどで、村の主要な産業は林業と狩りである。


 標高も高く、周囲を崖と高い山々に囲まれていて、他の村や町とは比べ物にならないくらい交通の便は悪い。一番近くのシュガーレイクシティまで徒歩で5日から2週間ほどかかる。所要日数に幅があるのは、天気がいい場合と天気が悪い場合の差だ。


 なにせ、山の中である。少し雨が激しければ、獣道はぬれて滑る危険な場所となり、川はあふれて道を隠してしまう。


 こうして考えると、ジンたちが5日程度で村を望める場所まで来たのは天気に恵まれたからだろう。


 そうした村だから、村人たちは自然と狩りが上手くなり、山のこともよく分かるようになる。魔獣ハンターや山岳戦士として知られる人物を輩出している村でもあった。


 村長のガン・スミスは今年55歳。歴戦の魔獣ハンターとして知られ、狙撃魔杖の名手としても評価が高い人物であった。




「村長、奴は村に居座るつもりみたいです。この時間には山に帰るはずですが、一向に動こうとしません」


 マーターギ村は、ケワシー山脈から派生した峰の上に造られた集落である。標高は海抜2千メートルに達し、周囲の渓谷との高低差も平均5百メートルに及ぶ。


 そのため、村の周囲には何本かのつり橋が架けられているのだが、今、その橋は一本残らず落ちていた。つまり、村人は西側の急峻な山道を上り下りする以外、村から出る方法が無くなっていたのである。


村長おやじ、このままじゃ村はじり貧だ。イチかバチか、あいつに戦いを挑みましょう!」


 若い男が叫ぶように言うが、村長は鋭い目でそれを抑えて言った。


「バレル、早まるな。戦うのはフロントたちが戻って来てからでも遅くはない。それまでは一人でも多くの村人を西の峰に移すのだ」


 そこに、最初に状況を知らせに来た女性が、再び村長のもとに来て言う。


「村長、南の集落はだいたい避難完了です」


 それを聞いて、村長はうなずくと、


「ご苦労だった。シアー、そなたも早く西の峰に移れ。バレル、シアーを護衛して西の峰へ行け。狙撃魔杖も忘れるなよ?」


 するとバレルと言われた若者は、壁から2挺の狙撃魔杖を取り外すと、


「シアー、行くぞ。親父、俺たちは途中で西の集落に人が残っていないか確認しながら引くから、親父も早く来てくれよな」


 そう言い残し、シアーという乙女と共に部屋を後にする。


 それと入れ違いに、若い男が駆けこんできて村長の前に座った。肩には鋭いものでえぐられたような傷があり、そこから血を流している。


「トリガー、北の集落はどうだ?」


 村長が訊くと、トリガーという若者は首を振った。


「北の峰への橋を落とされました。大半は渡り切っていましたが、数十人が犠牲になったと思います。私もすんでのところで谷に激突するところでした」


 そう言うと、ゆっくりと立ち上がって壁から狙撃魔杖を取り外し、遊底を引いて薬室充填剤を検める。


「……ちっ、空か」


 トリガーはそう舌打ちし、もぞもぞとポケットを探って蒼く輝く魔法石マナストーンを取り出すと、魔杖の薬室にそれをねじ込み、遊底を元に戻した。


「トリガー、怪我を治療してから行け。誰か、トリガーの傷を見てやれ」


 村長がそう言うと、一人の少女が薬箱を持って出てきて、


「トリガー兄さま、座ってください」


 そう言って治療を始める。


「……ボルトはどうした? 東の集落からは何の連絡もないが」


 村長が訊くと、トリガーは顔を歪めて答えた。


「ボルトの兄貴は、俺の目の前で奴に食われました。兄貴の部隊はそれで四分五裂です。一人も生き残っていません」


「そうか……いい腕を持っていたが……まあ不始末をしでかしたからには仕方ないな」


 ガン・スミスはそうつぶやいた時、


「村長、奴らは引き上げました」


 そう叫びながら、この場に若い女性が飛び込んできた。長い旅をしたのか、それとも急ぎの旅だったのか、女性は汗を滴らせ、その服装も薄汚れている。


 けれど、そんなことは気にならないように、ガン・スミスは女性に言った。


「それは本当か、リア。一緒にいたフロントはどうしている?」


 するとリアと呼ばれた女性は、笑って答えた。


「フロント様は、あいつらを追っています。もし引き返してくるようなことがあれば知らせるとのことでした」


 それを聞くと、ガン・スミスは一気に歳を取ったように肩を落とし、


「……皆を村に呼び戻そう。そしてこれからのことを話し合わねばな」


 そう言うと、よろよろと立ち上がって言った。


「トリガー、その方は西の峰に退避した者たちに、村に戻るよう伝えてくれ。リアは北の峰に退避した皆を連れ戻してくれ」




「橋が落ちている……」


 僕たちは、やっとのことで視界に入って来たマーターギ村に向かおうとして、そこにかけられているはずの橋が無くなっているのを見て呆然とした。


「参ったな、橋がないと集落のある台地には行けないぞ」


 ラムさんが、谷底をのぞき込みながら言う。深い、谷底までは優に5百メートルはあるようだ。ただ、途中でこんもり木が茂っていたりしているので、目がくらむという感じはしない。高すぎて感覚がマヒしているのかもしれない。


「ジン、マーターギ村に立ち寄らなくても街道には行けるが、どうする?」


 ワインが僕に訊く。夕日がもうすぐ西の山脈に落ちようとしている。もうすぐ夜になるから、野宿するならするでこの谷から離れたところに適当な場所を見つけなければならない。けれど、僕はラムさんが言った、『村に人の影が見えない』という言葉が気になってしょうがなかった。


「あの村に入る方法はないかい、ワイン」


 僕が訊くと、ワインはその答えを予期していたように笑って言った。


「ラムさんの言葉が気になるんだね? 行く方法はあるが、あの村で何かが起こっていたとしたら、ボクたちもそれに巻き込まれることになるよ?」


「団長、マーターギ村の人たちは優れた魔獣ハンターとして有名です。その村に誰もいないと言うのは気になります。行ってみましょう」


 ラムさんがそう言って僕を見る。


「シェリー、ウォーラさん、ひょっとしたら何か事件に巻き込まれるかもしれないが、僕について来てくれるかい? 気が進まないなら二人はこちらに残ってもいいんだよ」


 僕が言うと、シェリーはぷんとふくれて言う。


「なによ、アタシがジンの側を離れるわけないじゃない。それにアタシは副団長よ? 行くに決まっているじゃない」


 ウォーラさんもうなずいて言う。


「ご主人様が危機に陥る可能性があるのでしたら、私はお側にいる義務がございます」


 二人の答えを聞いて、ワインは笑って言った。


「転移魔法陣は描いているよ。あの村までだったら亜空間酔いも出ないだろう。行ってみようか」




 僕たちはマーターギ村の東集落の中に出た。そして集落を一目見て、僕はわが目を疑った。


「なにこれ?」


「……ひどいな、何があったんだ」


 僕の後から集落に入って来たシェリーとラムさんも、そう言って眉をひそめているところを見ると、僕が今見ている光景は僕の錯覚でも、夢でもない。


 集落には、まともな家は一軒もなかった。


 それぞれの家は藁ぶきで、土をこねて塗られた壁を持っていたが、壁は崩れ、屋根は落ち、柱は折れ、まるで何かの災害の直後のような惨状を呈していた。


「……人間の生体反応は感じません。少なくとも私の周囲半径百メートルには、ご主人様たちの他に生きているものは誰もいません」


 ウォーラさんがアンバーに光る瞳で周囲を見回して言う。その言い方が気にかかった僕は、恐る恐る訊いてみた。


「ウォーラさん、人の形をしたものは見えないかい?」


 すると、ウォーラさんは


「はい、270度方向、300度方向、そして240度方向に複数の死体があるみたいです。死因は現時点では分かりません」


 そう、驚くべきことを言った。


「えっ⁉ 誰かが死んでいるの?」


 シェリーは青い顔で言う。もう日は山の向こうに落ち、残照すら消えかかって夜のとばりが忍び寄って来ていた。そんな時に死体があると聞いて気持ちのいいものではない。


 けれど、ラムさんは毅然とした態度で言った。


「ご遺体があるのなら、その状況を調査して、戦士の作法で葬ってやらねばならない。団長、行ってみましょう」


 僕も、気持ちのいいものではなかったが、ラムさんの言うことが正しいと思ったので、


「うん、行ってみよう。ただし、村人を襲った奴らが残っているかもしれない。みんな周囲を警戒しながら進もう。シェリーとウォーラさんは警戒班として周りを警戒してくれ。遺体の確認は悪いけれどラムさんとワインにお願いする」


 そう命令して、おっかなびっくり村の中へと歩を進めた。


「ウォーラさん、一番近いのは?」


「270度方向です。その次は300度方向のものです」


 僕たちをその情報をもとに、集落の中を西に突っ切るように歩いていく。


 日が落ちて、辺りは急速に暗くなっていく。月明かりがあるのでまだ歩きやすくはあるが、気温も急降下して肌寒くなってきた。


 しばらく歩くと、目の前に異様な物体が道路に転がっているのが見えてきた。最初は何だか分からなかったが、それが何か重いもので潰された人間だった気付いた時、僕の背中は凍り付いた。


 いや、僕だけではない、後ろではワインが


「うっ……酷いな」


 とつぶやいたし、ラムさんも無言で立ち尽くしている。その顔色が青白いのは、月明かりのせいだけではないだろう。


 そしてシェリーは……。


「あっ! シェリーさん、大丈夫ですか?」


 ……それを見た瞬間、卒倒した。ウォーラさんが慌ててシェリーを介抱する。


「ふむ……人間をこれほど見事にノシイカのようにするんだ。よほどの怪物だな」


 ラムさんがその辺りの遺体を注意深く調べて言う。


「怪物? どんな奴なんだ?」


 僕が訊くと、ワインは


「そうだね、かなりどでかい奴だろう。何人かは敵わぬまでも応戦していたようだね」


 そう言いながら、銃身が折れた狙撃魔杖を取り上げると、把柄(レバー)を操作して遊底(ボルト)を下げ、


薬室(チャンバー)充填剤(マナパウダー)はそのままだ。狙撃魔杖のエキスパートたるこの村の住人が、これだけやられているんだ。相手は相当な魔物だね」


 そう言いながら、遊底を元のとおり押し込んだ。


「ご主人様、前方2百ヤードに生命反応があります。数は約30名ほどです」


 ウォーラさんがそう言って、シェリーを抱えたまま立ち上がる。ラムさんも闇を透かして見つつ、右手は背中の長剣へと伸びている。


 その時、ウォーラさんがシェリーを地面に寝かせ、素早い動きで僕の前に出る。まさにその瞬間、前方で二つ、パッと赤い光が瞬いた。


「エイッ!」

 チュイーン!


「猪口才なっ!」

 パーン!


 ウォーラさんとラムさんは、僕たち目がけて飛んできた狙撃魔杖の魔弾を、大剣と長剣で弾き返した。


「何をする、私たちは旅の騎士団だ! 山賊ならば相手になるぞ!」


 ラムさんが大声で叫ぶと、相手は明らかに動揺して、


「すみませんでした。村の危機に乗じて侵入してきた不審者だと思いましたので」


 そう言いながら、若い男が歩いて来る。彼は手ぶらだが、その後ろから二人、若い女が狙撃魔杖をいつでも撃てるようにしてついて来ている。


 でも、何にせよ相手が人間なら、話し合いができるはずだ。僕はそう考えてゆっくりとウォーラさんとラムさんの間から前に出た。


「僕はドッカーノ村騎士団の団長、ジン・ライム。リンゴーク公国への旅の途中ですが、いったいこの村で何があったんですか?」


 僕が訊くと、男は立ち止まってあいさつした。黒い髪を首の後ろで縛り、黒い瞳が印象的だった。


「旅のお方とは知らずに失礼しました。私はフロント・サイトと申します。私たちの村はトロールに襲われたばかり。それに村と敵対している山賊たちも多いので、皆気が立っていたのです。いきなり発砲したことは平にご容赦願います」


 トロール! 僕はそう聞いて納得した。森の妖精で巨大な体躯を持ち、怪力でちょっとやそっとのケガでは死なないという。


 以前、村に来ていた冒険者から聞いた話だが、小さいものでも3メートル、でかい個体は山ほどの大きさもあるという。確かにトロールならば人間をあんな風に叩き潰すのは簡単なことだろう。


「ふむ……この村がトロールに襲われていたことは理解したが、なぜ襲われたか心当たりはないかい? 例えば、トロールの住む山を荒らしたとか」


 いつの間にかワインが僕の後ろに来ていて、フロントさんにそう訊く。フロントさんは首を振って答えた。


「いえ、我々マーターギ村の住人は、山の精霊たちの機嫌を損ねることを嫌います。当然、トロールたちの山に彼らの許可もなく立ち入るような不届き者はいないはずです」


「あれ、トロールと話ができるんですか? 僕はてっきりトロールって凶暴で話が通じないバケモノだと思っていましたが」


 僕が言うと、フロントさんは薄く笑って、


「巷ではトロールの被害ばかりが噂されますから、そう思うのも無理はありません。けれど彼らとの意思疎通はできますし、彼らもよほどのことがない限り理由なく人間を襲うことはありません。だから今度のことは私たちもどうしたものかと困っているのです」


 そう言う。相手が人語を理解するのであれば、まずは話し合いが僕のポリシーだ。


「トロールの山はどちらの方向ですか? 僕たちがトロールと話し合ってみましょう。何か彼らしか分からない理由でこの村を襲ったのかも知れませんし」


 僕が言うと、ラムさんやワインはため息をついて肩をすくめた。


 けれど、フロントさんはじっと僕の顔を見つめて、思い出したように訊く。


「カーミガイル山の妖魔イノシシをなだめたり、ジョークタウンのジャッカロープたちを逃がしたりした騎士団の話は聞いています。もしかしてあなたたちがその騎士団の方ですか?」


 僕がうなずくと、フロントさんも笑顔で提案してきた。


「そうですか。人間の都合ばかりを優先しないで相手のことを聞く姿勢は見習いたいものだと思っていました。どうでしょう、私と共にトロールの話を聞いていただけませんか? 私も、常日頃私たちとは友好的な関係を保っていたトロールたちがなぜ突然村を襲ったのかが知りたいのです」


「フロント、それは村長さんがあなたに命じたことじゃないわよ?」


 後ろで狙撃魔杖を構えていた金髪碧眼でポニーテールの女性が言う。フロントさんは振り向くと彼女に、


「リア様、確かに僕は村長さんからトロールの村の場所を調べろという命令しか受けていません。けれど彼らがここを襲った理由が正当なものなら、僕たちが彼らの村を襲うことは正しいことじゃない。まずは理由を聞くことが先決でしょう」


 そう言う。リアさんは少し考えていたが、すぐに微笑んで言った。


「そう、じゃあ、私もあなたと共にトロールたちの村に乗り込むことにするわ」


「リア様! 村長さんの許しもなく勝手なことをしないでください」


 もう一人の、金髪をサイドテールにした女性が慌てて言うが、リアさんはその女性に


「心配しないでシアー、私はフロントが勝手なことをしないか見張るために同行するだけだから。村長さんにもそう伝えておいて」


 そう言うと僕たちを見つめて


「じゃ、行きましょう。あなたたちの気持ちが通じる相手だったらいいわね?」


 そう冷たい声で言うと、月明かりの下をさっさと歩き出した。


   ★ ★ ★ ★ ★


「ちょっと困っちゃったわねェ~」


 金髪碧眼の美女が、椅子に座り、机に肘をつき顔を支えながらつぶやく。


「まあ、ナイカトルの報告がこんなに遅れちゃったから叱られるのは仕方ないけれど、この村から出ちゃいけないってのが困っちゃうのよねぇ~」


 女性がそうつぶやいていると、玄関のドアを叩く音がした。


「? 誰かしら、こんな時間に」


 女性はいぶかし気に立ち上がり、ゆっくりとドアを開ける。そこには身長150センチほど、どう見ても15・6歳の少女が茶色の髪を揺らして立っていた。


「あら、ライフルじゃない。どうしたの? お望みどおり四方賢者になったから、四方賢者を罷免された私に自慢でもしに来たのかしら?」


 女性が棘のある声でそう言うが、少女はどこ吹く風と聞き流して、


「ふふ、そうやっていると、まるで旦那様を待つ奥様みたいですね? 賢者スナイプ様」


 そう言いながら、ずかずかと部屋の中に入って来て、青い瞳を持つ眼をまん丸くしながら部屋を見回す。


「ふーん、ここが噂の『マイティ・クロウ』の息子さんの家ですか。確かに、魔力は不思議な波動に満ちていますね」


「ちょっと、勝手に人の家の中をじろじろ見て回るんじゃないわよ」


 賢者スナイプがそう言うと、賢者ライフルはニコッと笑って、


「あら、じゃあ賢者スナイプ様も勝手にジン君の部屋にお邪魔してることになりますね? やだ、スナイプ様ってショタコンですか?」


 そう、ずいっと顔をスナイプに近づけてくる。


 スナイプはわけもなく顔を赤らめながら、


「な、な、何言ってんのよ。そりゃあジン君は可愛いけれど、彼は私の甥っ子よ? 叔母として可愛がるのは当然じゃない」


 そう言う。しかし、ライフルはニコニコ笑って


「ほうほう、『ジン君がせめてあと五つ歳を取っているか、自分があと五つ若かったら、射程内だったのに……』ですか……スナイプ様、たとえそうだったとしても、おっしゃったとおり二人は甥叔母の関係で、立派なキンシンソウカンになりますが?」


 そう言って笑う。スナイプは顔から火が出るほど真っ赤になって、


「だーっ! 勝手に人の心を読むんじゃないわよ!」


 そう叫んで、目の前にあったベッドに頭を突っ込むと、枕をポカポカ殴りつける。


 その時、スナイプはハッと気が付いた。


(ライフルは、大賢人様から私の心を読めと命じられてここに来たのかもしれない)


 そうなると、スナイプはニコニコしながら自分の醜態を眺めている少女が少し怖くなった。賢者ライフルは、スナイプと同じトオクニアール王国生まれで、『風』のエレメントを持つ魔法使いであり、幼い頃から人の心を読むことを得意にしてきた。


 今回、スナイプの後任としてわずか16歳で四方賢者に選定されたのも、その能力に対して大賢人マークスマンが大きな期待を寄せているからとの話がもっぱらだったのだ。


 けれど賢者ライフルは、さっきまでスナイプが腰かけていた椅子にちょこんと座ると、足をぶらぶらさせて言う。


「安心してください。私はスナイプ様のことを信じています。『マイティ・クロウ』が既にナイカトルにいないことや、スナイプ様がマイティ・クロウに会ったこと、そして『組織』の連中とも関りを持ったこと……すべて何かお考えがあることでしょうから、私は大賢人様にそれを申し上げるつもりはございません」


 スナイプはベッドから顔を上げて、不思議そうにライフルを見つめた。ライフルはそれを見てうなずくと、


「はい、私も同意見です。ジン・ライム……いえ、ジン・クロウは『魔王の降臨』を阻止するために遣わされた人物。彼の魔力が他と違うのも、そしてマイティ・クロウは魔王の心臓を止められないというスナイプ様のご意見にも、すべて私は同意します」


 そう言うと、


「スナイプ様は、やらねばならないことがおありでしょう? この村からの他出を制約された時、ジン・クロウの家を拠点として選定されたのは、彼の魔力がご自分の魔力と似ていたから……つまりはナイカトルにいるマイティ・クロウのように、ご自分のダミーを作れるからじゃないですか?」


 ニコニコして言う賢者ライフルであった。


 スナイプは一つため息をつくと


「はあ、『後世畏るべし』って本当ね? あなたは私より10歳以上も若いのに、私はあなたにぜーんぶ見透かされているもの」


 そう首を振る。


 けれどそれを否定したのはライフルだった。


「違います。あなたは私の魔力をことごとく受け入れて、ご自分の胸の内を完全に私にさらしていらっしゃいます。本来なら私なんかじゃ、まだスナイプ様の心の奥底を覗くことはかなり困難でしょう……」


 そう言うと、優しい目をスナイプに向けて続けた。


「……おかげで私は、20年前の事件の真実に近づけました。それは私が大賢人様から、そして師匠から聞かされていたことと少しく矛盾します。要するにマイティ・クロウは悪人とされねばならなかったのです。そのことを知ってしまった今、私はスナイプ様のお考えを助けることが正しいのではないかと思っています」


「ライフル……でもそうしたら、あなたが『賢者会議』からにらまれるわよ? 私は自分のことは自分で何とかするから大丈夫よ?」


 スナイプが言うと、ライフルはニコリとして言った。


「あなたは四方賢者の職権を止められているだけで、四方賢者としてのお立場はそのままです。私はその職権を埋めるために見習いとして『賢者会議』に出席することを許されているだけ……立場の重みは全然違います」


 そして、ぴょんと椅子から飛び降りると、左手をゆっくりと上げて言った。


「私は大賢人様に見つけられることを恐れて、この家にはわざと魔力を使わずに訪れました。今、この魔力が感知されたとしても、私が何とでも言いくるめられます」


 すると、ライフルの左手が翠色の光を発し、スナイプの隣にもう一人のスナイプが姿を現した。


「……賢者スナイプ様、賢者としての責任の下、あなたがせねばならないことを完遂してください」


 ライフルはそうつぶやくと、ダミーのスナイプに深々と頭を下げる。


 それを見て、


(この隙にここを出て行けっていうことね)


 そうライフルの心をくみ取ったスナイプは、


「ありがとう。いつかこの恩はお返しするわね?」


 そう言って、ゆっくりとドアを開け、夜のドッカーノ村へと出て行った。


「……『風の宝玉』……すべてを見通す力……賢者スナイプ様を見ていると、私はそんな力なぞ金輪際ほしくないと思えるわ」


 スナイプが去った部屋の中で、賢者ライフルはそう言って顔を伏せた。


(Tournament15 巨人を狩ろう!その1 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いや〜、ド・ヴァンって結構いいやつなんですね。

彼は『ネタ枠』で登場したはずですが、いつの間にかジンのお兄ちゃんみたいな立ち位置になってますね。

それに賢者スナイプも、なんか妙な具合になってきていますね。

まあ、今作は何でもアリだからいっか〜。

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