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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アルクニー公国編
12/153

Tournament12 Mysterious Puppeteer hunting(謎の人形師を狩ろう!―前編)

妖魔化したハリネズミを倒したジンたち『騎士団』は、あと少しでトオクニアール王国との国境というところまでやってきた。

シェリーの体調不良のため1日休息を取ることにした彼らだったが、そこで大きな袋を担いだ美少女と出会い……。

 アルクニー公国ドッカーノ村、ここにヒーロイ大陸とホッカノ大陸に住む全魔法使いを統べる『賢者会議』が置かれている。


 『賢者会議』は、魔法使いの頂点に位置する大賢人とそれを補佐する四方賢者4人で構成され、大賢人の故郷に置かれる習わしである。現在の大賢人はアルクニー公国出身のマークスマンだった。


 白い髭を生やし、温厚な顔をしているマークスマンだったが、若い頃は聞かぬ気で有名だったらしい。魔力の強さにものを言わせて、大陸中の魔物を退治して回ったという武勇伝の持ち主である。


 そんな彼が、頭の上がらぬ存在が二人いた。師匠であった賢者シャープと、姉弟子ともいえるスリングだった。


『怒りと焦りは、魔法には禁物よ。マークスマン、あなたは曲がったことが嫌いだけれど、せっかくのいい素質があなたの怒りのせいでみんなから誤解されているわ』


 マークスマンは、心配そうに言ってくれたスリングの言葉を覚えている。スリングはシャープのもとで初めて会った時から、大賢人となった時まで少しも容姿が変わらず、いつまで経っても金髪碧眼の美少女のままだった。


(魔力の量と質が、我ら凡人とはけた違いだった。師匠もスリング殿のことは『千年に一度の逸材』とおっしゃっていたしな……)


 大賢人としての椅子に座り、目をつぶっていたマークスマンは、


「大賢人様、スナイプが戻って参りました」


 そう言う賢者アサルトの声で目を開けてうなずくと、静かに、けれども厳しい声で言った。


「すぐにここに通せ。そして査問会議だ」




「さぁーて、どのくらいごまかせるかしらねぇ~?」


 賢者スナイプは、マークスマンたちがいる部屋に向かう途中、そうぼそりとつぶやく。ここに来る途中、賢者ハンドから『至急、ナイカトルの状況を報告せよ』というマークスマンの厳命を聞き、


(大賢人様もお怒りね。まあ、私たちだったら往復3日もかからないナイカトル視察に行ったっきり、半月も音信不通だったから仕方ないけれど……)


 そう思ったスナイプだった。


 ナイカトルに囚われているマイティ・クロウはニセモノであり、そのことに乗じて『あること』を実行しようとして身を隠したスナイプだったが、思わぬ出来事が続いて最初の計画が全くの白紙となった今、少なくともマイティ・クロウのことだけは隠しおおせねばならないと心に決めていた。


 そんなことを考えているうちに、スナイプは部屋の前に着く。入口の左右に西洋の甲冑が備えてあるあの部屋である。


「賢者スナイプ様ですね? 大賢人様が首を長くしてお待ちでしたよ? 早くお通りください」


 甲冑がそう声をかけてくる。


「そうでしょうね。私も早く帰ってくるつもりだったけれど、いろいろあったのよ」


 スナイプはにこやかにそれに答えた。けれど、心の中に


(あら?『早くお通りください』? 『お入りください』ではなくて?……)


 そう疑問が浮かんだ時、彼女は部屋の中で何が彼女を待っているかを薄々察した。


(……そう、大賢人様は私を査問会議にかけようとしているのね)


「どうしました? 早くお通りください」


 立ち止まって何かを考えているスナイプに、甲冑がそう呼びかける。けれど今のスナイプにその声は届いていなかった。


(大賢人様はマイティ・クロウのことを信じられず、ナイカトルに幽閉しただけでは飽き足らず、その息子であるジン君にも手を出そうとしている。ジン君こそ、希代の魔法使いの一族と英雄の一族、両方の血を引く子なのに……)


「賢者スナイプ様? 早くお通り頂かないと、私たちも立ち上がらねばならなくなりますが……」


 甲冑がそう言うと、その面の部分にポウッと白い光が灯る。それを見て、スナイプはハッとし、身を翻して玄関へと駆けだした。


(あの時感じたジン君の魔力、もしかしたら……調べなきゃいけないわ)


 スナイプは甲冑の制止の言葉も聞かずに玄関まで駆け抜けると、外に飛び出した。それは彼女の魔力を制約していた大賢人の結界を出たことを意味する。


(ペナルティを食らうでしょうけれど、背に腹は代えられないわ)


 スナイプはそう腹をくくると、転移魔法陣を発動した。




「スナイプが逃走しました。追いかけます」


 賢者アサルトがそう言って立ち上がろうとしたが、大賢人マークスマンはそれを押し留めて言った。


「待て、スナイプはあの坊やのところに行ったに違いない。スナイプを泳がせておけば、ジン・ライムの居場所や動向は労せずして分かる。しばらくはスナイプの思うがままに動き回らせてやれ」


「しかし、大賢人様のお呼び出しに応じずに逃走するとは、四方賢者にあるまじき振る舞いです。これを許していては、全国の魔術師の統制が取れません」


 アサルトはそう言って、あくまでもスナイプを査問会議に召致することを主張した。


 しかし、大賢人は首を縦に振らなかった。


「スナイプは査問会議のことは知らなかったはずだ。まずはナイカトル視察の復命が遅れている故をもって彼女を呼び出すとともに、査問会議出席の命令を出す。それに応じなければ彼女の四方賢者職を停止すればよい」


 マークスマンの言葉に、アサルトは不満の色を強く表して反対した。


「甘すぎます。賢者は博士たち以下の指標となるべき階級。その筆頭たる四方賢者です。上にある者は自分に厳しくあらねばなりません。賢者位はく奪が適当かと思います」


 アサルトの言葉に、賢者スラッグとハンドは顔を見合わせた。位階はく奪は査問会議で下しえる最も重い裁断だったからだ。


 賢者スラッグが恐る恐る言う。


「位階はく奪は、それまでの本人の努力を一切無にする行為です。スナイプ殿が明らかに規定に反しているのならともかく、今のところは職務怠慢、悪くて職務放棄といったところです。私は大賢人様が言われるように四方賢者職停止か、重くても博士への降格あたりが適当かと思います」


 賢者ハンドも、


「そうです。位階はく奪は降格と違い、その地位を一気にただの魔導士にまで引き下げてしまいますし、その後の昇格も元の地位の一つ下までしか認められていません。私は重くても四方賢者罷免あたりで十分かと思います。スナイプ殿は近年稀に見る術者でもあります。その能力をみすみす腐らせるような措置には反対です」


 そう、スラッグを援護する。


 何か言おうとしたアサルトを制し、マークスマンは厳しい顔で言った。


「アサルト、私は大賢人スリング様との友情にほだされ、スナイプに甘い処置をしようというのではない。問題の性質によっては、私は弾劾裁判でスナイプへの追討命令や封印処置すら辞さぬつもりだ」


 秋霜烈日のようなマークスマンの表情に、アサルトも何も言えずに黙ってしまう。


「無論、それほどの大事になったならば、私も大賢人位に留まるつもりはない。それだけの覚悟をしているのだ、今は何も言わずに私に従え」


   ★ ★ ★ ★ ★


 さて、ヘンジャーの町で妖魔ハリネズミを退治した僕たち『騎士団』は、意気揚々としてアルクニー公国とトオクニアール王国との境を目指していた。


「あと二日も歩けばトオクニアール王国との国境だ。そこからハンエルンまで5日くらいかな。国境まではキツイ上り坂だけれど、そこを過ぎればだらだらと下りになる。シェリーちゃん、もう少しの辛抱だよ」


 例によって大陸の地理や歴史にはめっぽう詳しいワインがうんちくを垂れる。けれどヘンジャーを出て以来、上り坂が増えて歩くのもきつくなってきた僕たちにとっては、


(あと2日で上り坂地獄が終わる)


 と、元気が出る情報だった。


「ふええ……あと二日も上り坂ぁ?」


 シェリーが情けない声を出すが、ラムさんが笑って、


「そんな泣き声を出すな。こちらのヘンジャー街道は傾斜が緩い方なんだ。リンゴーク公国との国境につながるマーターギ街道はこんなもんじゃないぞ。あそこは断崖絶壁に道がくりぬいてあるようなものだからな」


 さすがに1年近くも大陸を旅していたラムさんだと僕は感心した。


 彼女は額に白くて金属の質感がある角を持つ、いわゆるユニコーン種族の戦士だ。緋色の瞳に同じくらい赤い髪を肩を超えるくらいまで伸ばし、僕の『騎士団』ではただ一人、革の胸当と底の分厚い戦闘用ブーツを履いていて、背中には恐ろしく長い片手剣を負っている。


「ラムさんはリンゴーク公国側からアルクニー公国に入って来たんだっけ?」


 僕が訊くと、ラムさんはバツの悪そうな顔をして、


「いえ、そのつもりだったんですけれど、余りに断崖が怖くて、アルクニー公国には結局この道を使って入りました」


 そう言ってペロッと舌を出して笑う。


「そ、そうなんだ。ラムさんでも怖いものはあるんだね?」


 僕が言うと、ラムさんはすねたような声を出して、


「あっ、ジン様ったら酷~い。私だってオンナノコですよ~、苦手なものや怖いものもありますよ~」


 そう言って怒ったように僕を睨む……といっても目は笑っているけれど、その表情に僕はわけもなくドキドキするのだった。

 初めて会った時には男性みたいな立ち居ぶるまいに男言葉を使っていた彼女だが、近ごろは今みたいにふっと心惹かれる表情をする。そのことをワインに話したら、


『おいおい、そんなことシェリーちゃんの前で言うんじゃないぞ? そんなことしたらどうなってもボクには責任が取れないからね』


 そう笑って言った後、不意に真面目な顔になって、


『キミは、そろそろオンナゴコロと言うモノを勉強した方がいい。身近な問題にしても、これから起こることに対処する意味も含めてね?』


 そう碧眼を細めて言うのだった。


「あら、ジンったら何顔を赤くしているの?」


 不意にシェリーが僕の顔をのぞき込むようにして言ってくる。僕は慌てて、


「えっ? そんなに顔が赤いかな?」


 そう言うと、シェリーはジト目で僕を見て


「ふん、どーせアタシはロリ体型ですよーだ! ジンのバカ」


 そう訳が分からんことを言ってくる。


「ちょっと待ってくれシェリー、僕が分からないことで怒らないでくれ。だいたいロリ体型って言うけれど、『ロリ』って何だ?」


 僕が真面目に訊くと、シェリーは一瞬あっけにとられた顔をして、


「わ、分からなかったらいいのよ。アタシが言ったことは忘れていいから」


 そう、どこか嬉しそうに言う。


「やれやれ、ジンももっといろいろと下世話なことも知らないとな。『ロリ』ってのは、がはっ!」


 葡萄酒色のややうるさげな前髪を形のいい手でかき上げながら何か言おうとしたワインが、シェリーに後ろからどつかれて地面に突っ伏す。


「いらんことは言わんでよろし。ジンはピュアボーイだから、そのままのジンでいてほしいな~」


 そう笑いかけてくるシェリーの後ろから、ラムさんがぼそりと僕に言った。


「団長、『ロリ』とはウラジミール・ナボコフが1955年に出版した小説『ロリータ』から派生した言葉です。その小説は『少女』を恋愛対象とした男性の自伝風で、後に『恋愛における少女シュミ』だけでなくて『幼女シュミ』まで拡大されています。さらに言うと、『ロリ体型』とは、そんなシュミのオトコノコが好みそうな体型、すなわち『ぺったん』のことを言います」


「あーっ! ラム、酷い。アタシはジンにはそんな目で見てほしくなかったのに!」


 シェリーが叫んだが、僕は真っ赤になってぶるぶると震え、しっかりと胸をかき抱いているシェリーと、涼しい顔でそっぽを向いているラムさんを交互に見比べながら言った。


「スマン、それだけ聞いてもよく分からない。要するにシェリーの体型がスレンダーってことか?」


 それを聞いて、ラムさんは呆れたような顔をし、ワインは苦笑し、そしてシェリーはドヤ顔でラムさんに言った。


「ふっふっふっ、ラム、ジンが難聴系主人公だってこと忘れていたようね?」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヘンジャー街道の国境検問所は、ターカイ山脈がそこだけ低くなっている峠の上にあった。当然、東西の両側は切り立った崖がそそり立っている。


 その崖の上で、二人の人物が検問所を見下ろしていた。


「で、賢者スナイプはあの団長くんのことを『導く者』だと考えている……そう言うんだね、テキーラ」


 背中まで伸ばした黒髪を風になぶらせながら、13・4歳の少女がそう言う。彼女の瞳は黒曜石のようであり、緑色のマントに身を包んでいる。マントの下は灰色のシャツに茶色の半ズボン、素足にブーツといういでたちで、自分の身長をはるかに超える両手剣を背負っていた。


 テキーラと呼ばれた男は、190センチ近い長身を漆黒のマントで包み、ペストマスクを着けている。彼は小さくうなずくと、マスクの中にこもった声で答えた。


「はい。彼女はマイティ・クロウの役割はすでに終わり、あの少年こそが次の『伝説の英雄』であるものと信じているようです」


 少女はその答えを聞いて、首をかしげていたが、


「まあ、マイティ・クロウのクローンをそうと見破る彼女だからね。マイティ・クロウ自身と会って語り合ったことで、何かしらの心証を得ているんだろうね」


 そうつぶやくように言う。


「ウェンディ様、マイティ・クロウが『伝説の英雄』でないとすれば、彼の利用価値はなくなるのではないですか?」


 テキーラが訊くと、ウェンディは首を振って、


「そうでもないさ。彼はまだ団長くんを超える魔力と、何より経験を持っている。たとえ『導く者』の資格を失ったとしても、彼の存在価値は大きい。このことは、ウェルムも同意見だと思うよ?」


 そう言うと、


「とにかく、今度は団長くんと話をしなきゃいけない。君の言うように彼が『導く者』であるかもしれないのならなおさらね? ボクはしばらくここにいるから、その間に君が所属することに成功した……何と言ったかな?」


「……『ドラゴン・シン』ですね」


「そうそう、その『ドラゴン・シン』に、団長くんたちを襲わせたまえ」


 ウェンディの言葉に、テキーラは少し首をかしげていたが、


「……団長のオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンは彼に何か借りがあるようです。新参者の私が何を言っても、ジンという男を襲うことはないと思いますが」


 そう答える。ウェンディは漆黒の瞳をテキーラに向けて、笑いながら言った。


「それを何とかするのが君の役目だよ、テキーラ。襲わないとしても、団長くんの能力を引き出すようなシチュエーションを何とか作ってほしいんだ」


 ウェンディの笑っていない瞳に怒りの感情を感じ取ったテキーラは、静かに頭を下げて消えた。


「分かりました、努力いたします」


 テキーラが消えた空間をしばらく見つめていたウェンディは、ため息と共に肩をすくめてこぼした。


「……やれやれ、『盟主様』もとんだ難題を押し付けて来られたものだよ」




 アルクニー公国随一の騎士団である『ドラゴン・シン』を率いる若者、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンは、ヘンジャーの町に到着して一息ついているところだった。


 彼が腰を据えたのは、ヘンジャーの町で最も豪華と言われるホテルだった。高級感あふれるラウンジ、洗練されたホテルマンたち、そして何より彼が気に入っていたのは、


「……うん、ここの紅茶はいつ嗜んでも素晴らしい。これだけの紅茶がトナーリマーチでも飲めればいいんだが……」


 金髪碧眼ですらりとした体躯、高貴さがあふれる身のこなしと少し愁いを帯びたものいいが、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンの特徴であり、また、彼にファンが多い理由でもあった。


「団長、玄関に団長のファンが押しかけて大変なことになっていますよ? ホテルの支配人が何とかしてほしいと言って来ていますが……」


 そう言いながら、金髪碧眼でちょっと目には少年のように見える女性が入って来た。ド・ヴァンはやれやれと言った風情で首を振ると、


「ボクがここにいることがなぜ判ったんだろうねぇ? お忍びで来ているはずなのに」


 そう、不思議そうに言う。


「いや、このスペシャルスイートに宿泊する人物は、ド・ヴァン様の他には数えるほどしかいませんし、それらの人たちもだいたい利用する時期が決まっています。熱心なファンもいますから、この部屋に明かりが点いているのを見てホテルマンに訊く者だっているでしょう」


 女性が言うと、ド・ヴァンは、


「ふう、人気者はつらいね。マディラ、君かウォッカが言って聞かせてくれないか? ボクが行くと余計に収拾がつかなくなるだろう」


 そう言うと、再びティーカップを口元に運ぶ。


 その時、ペストマスクを着けた漆黒のマントの男が部屋に入って来た。


「……団長、この間の賢者スラッグとの話はどうされますか?」


「ああ、テキーラかい? 下は大変だったろう、よく入って来られたね?」


 ド・ヴァンが訊くと、テキーラはくぐもった声で低く笑い、


「あの女性たちなら、私の姿を見た途端に逃げていきました」


 そう言う。ド・ヴァンも苦笑しながら答えた。


「そうかい、それは君にも女の子たちにも気の毒だったね。ところでスラッグ様の依頼なんだが……」


 ド・ヴァンは一口紅茶をすすると、味と香りを吟味するように目を閉じてゆっくりと首を振り、


「……ああ、温度の変化によって香りも変わって行く……優雅な時間は大切にしたいものだね」


 そうつぶやくと、後の紅茶を一息に飲み干し、テキーラを見て答えた。


「あの団長くんをドッカーノ村に連れ戻してくれという話だったね? ボクは彼がせっかく旅に出ているところを邪魔するつもりはない。旅は戦士を育てるからね」


「しかし、『賢者会議』の依頼を無視するのは考えものです。団長にとっても、『エクリプス商会』にとってもマイナスになるかと思いますけれど?」


 マディラが言うと、テキーラもうなずいて、


「私も同じ意見です。団長がジン・ライムを見ていたいという気持ちは判りますが、あからさまに『賢者会議』の奴らの依頼を無視するのは良くありません」


 そう言う。言葉の響きの中に『賢者会議』への反感を感じ取ったド・ヴァンは、改めてテキーラに訊いた。


「ふむ、君も『賢者会議』の方々に対しては過大な期待を寄せていない一人なんだね? で、『ドラゴン・シン』としてはどうしたらいいと思うんだい?」


「彼を監視するという名目で、彼と行動を共にしてはいかがでしょう。もちろん、全く一緒にというわけにはいかないでしょうが、お互いに同一の目的地に向かうことを申し合わせては?」


 テキーラの言葉に、ド・ヴァンは形のいい指で細いあごをつかんで考えていたが、


「それはいいアイデアだ。さっそく、あの団長くんにコンタクトを取ってみよう」


 そう言うと、マディラに顔を向けて言った。


「ウォッカに、団長くんへの遣いを頼んでくれ。彼らは今、ヘンジャー街道を北上して国境を目指している。ウォッカの脚なら二日もあれば追いつくだろう」


 そしてテキーラにも、


「君にも、ちょっと大変だとは思うが団長くんとの連絡役を任せたい。彼らに張り付いていて、何かあったらボクに知らせるか、団長くんと共闘してくれないか」


 そう言う。テキーラはゆっくりとうなずいて言った。


「委細承知しました」


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕たち『騎士団』は、国境近くの小さな集落までたどり着いた。ここから国境の検問所まであと5マイル(この世界で約10キロ)、だいたい半日の距離だ。


「このまま検問所まで行って、そこで夜を明かすという手もありますが……」


 ラムさんがそう言うと僕たち、特にシェリーの顔を見て、


「今まで3日間、野宿が続いてシェリーがかなり体力を消耗していますから、ここで宿を取った方がいいと思います」


「ふええ、やっとゆっくりできるぅ~」


 息も絶え絶えといった感じで歩いていたシェリーが、情けない声を出してへたり込む。僕はシェリーの隣にしゃがみこんで訊いた。


「大丈夫かシェリー? ここ二日、かなりきつそうだったけれど」


 するとシェリーは、疲れた笑いを浮かべて気丈にも答えた。


「うん、やっと休めると思ったら少し元気が出たわ」


「そうか、それじゃお湯にでもつかって身体を休めることにしようか」


 僕たちがそんな話をしている間に、ワインとラムさんが宿を探してきてくれた。


「お待たせ、何とかコテージを1棟借りられたよ」


 ワインが言うが、僕はシェリーやラムさんを見てワインに訊いた。


「2棟借りることはできなかったのかい? シェリーやラムさんが気を遣うだろう?」


 すると意外にもラムさんが首を振って、


「大丈夫です。中を見せてもらいましたが、広いダイニングとキッチン部分が共通なだけで、寝室は個室が四つ別にありましたから。何より、分宿するとなると別の心配が出てきますし……」


 そう、僕の目を見ながら答えた。きっと彼女は、僕を狙うものがいると信じて疑っていないのだろう。僕自身は、いつかワインが言ったナントカとかいう秘密結社やなんかに狙われているなどこれっぽっちも思っていないが、


『あなたは伸びしろがある』


 いつか僕にそう言った、イーグルとか言うヤツが実際にいるからには、彼女の心配を無下に笑い飛ばすこともできない。


「分かった。君たちがそう言うなら、そこに泊まろう」


 こうして、僕たちは久しぶりに手足を伸ばして眠れる場所を確保したのだった。




 僕たちは指定されたコテージに入ると、まずはそれぞれの寝室に荷物を放り込んだ。そしてダイニングに出てくると、ワインとラムさんが何かを話していた。


「あれ、シェリーは? お風呂かい?」


 綺麗好きのシェリーは日に一度のお風呂を欠かさない。けれど、今度の旅では不思議なことに最初の日に水浴びをしただけで、あとの二日はそれすらしなかった。だから何よりもまずお風呂につかっているのかと思ったのだ。


 けれどラムさんは首を振って答えた。


「いえ、シェリーはもう寝ました。疲れがたまっていたんでしょう」


「大丈夫かな? あのシェリーがお風呂も食事もすっ飛ばして寝るなんて、それほど具合が悪いのかい?」


 僕が訊くと、ラムさんは少し困った顔で笑って言った。


「まあ、明日以降にはだんだんと体調も戻ってきますよ。今日はゆっくりさせてあげましょう?」


 それにワインが笑って同意する。


「うん、女の子には女の子しか分からないこともあるのさ。それよりジン、シェリーちゃんの体調のことを考えると、明日は一日ここでゆっくりして英気を養う方がいいと思う。なにせ後5マイルとはいえ、最後の1マイルはかなりの急こう配だからね」


「別に期限がある旅でもないから、ラムさんさえよければ一日くらいはゆっくりしてもいいよ」


 僕がそう言ってラムさんを見ると、彼女はニッコリとうなずく、それを見て僕も


「じゃ、明日一日はゆっくりすることにしよう」


 そう決めた。


 その夜、僕たちはラムさんが仕留めて来たイノシシをワインが料理して、久しぶりにゆっくりとした夕食を楽しんだ。




(……変な音がしたな……)


 真夜中、僕は自分の部屋の外で、ドサッという何か重いものを放り出すような音を聞いて目が覚めた。


 僕の部屋は、玄関から入って右奥、方角で言うと東側になる。コテージ自体は他のものとはちょっと離れた位置にあり、宿泊施設では最も外れに位置していた。


 それきり何も音がしないので、僕は


(風の音か何かを聞き違えたのかな……)


 そう、さして深く考えることもなく再び眠りに落ちたのだが、僕の眠りはまたもや中断されることになる。


 ガサガサ、ガサガサ……


 窓の外で、草がすれる音がする。そしてその音の中に、忍びやかに歩く足音が混じっていることに気付いた。


(なんだ、こんな夜中に……もしかして強盗か?)


 僕はそう考えると、音を立てずに起き上がり、壁にかけていた剣帯と剣を腰に佩いた。確かに、草むらの中をこちらに歩いてくる音が聞こえる。


 外は月が出て明るかった。僕は外から見られないように注意して窓の側に位置を占めると、外を眺めてみた。


「……なんだ、あれは?」


 僕は、視界に入ったものが何かを理解するのにしばらくかかった。月の光がそれを明るく照らした時、大きな袋の前で女性が座り込んで泣いているのだと分かった。


 女性はしとしきり顔を手で覆っていたが、やがて恐る恐る手を伸ばして袋から何かを取り出す。女性が頬ずりしているそれが人間の頭のようなものだと気づいた時、僕の背中には冷や水を浴びせられたような感覚が走った。


(あの袋には死体が入れられている。そしてあの女性はその被害者の関係者だ)


 僕はそう考えると、音を立てないように窓から離れ、そっと部屋を出て玄関を開ける。幸いにもきしむ音はしなかった。


 静かにドアを閉めて鍵をかけると、僕はゆっくりとコテージの西の角を回り、北の角まで忍び足で歩いた。その間、女性が涙声で何か言っているのがかすかに聞こえたが、何を言っているのかは分からなかった。


 やがて僕は北の角を曲がり、東の角の近くまでやって来た。この角を曲がったら、あの女性がいる場所だ。ここまで来ると、女性が


「……なんてひどいことを」


 とか、


「捕まったら、私もこんな目にあうのかしら」


 などとつぶやく声が聞こえてきた。どうやら、知り合いか仲間か、あるいは身内が殺されたらしい。いずれにしてもそんな物騒な目にあうからには、この女性も普通の人間だとは思えない……僕は腹をくくると、できる限り静かに、しかし威圧感を込めた声で女性に問いかけた。


「そこで何をしている?」


 すると女性は、ハッとして顔を上げ、僕を認めるとサッと立ち上がって腰の剣を抜いた。その視線がまともに僕の瞳を捉える。彼女の瞳は燃えるような緋色だった。


「僕は別に怪しいものじゃない。このコテージに泊まっているものだ。何か事件に巻き込まれたのなら、話によっては力になれるけれど?」


 僕がそう言うと、彼女は明らかに緊張を解いて剣を鞘に納めた。良く見ると彼女は群青色のメイド服を着ており、髪の毛は月の光のせいもあるだろうが、青白い不思議な色をしていた。


「ありがとうございます、私の名はウォーラ・ララ。こちらの袋に入っているのは私の同胞で、主人の言いつけに背いたために壊されてしまったものです」


(ん? 今、この、『壊された』と言わなかったか?)


 僕は少しの違和感と共に、彼女に言った。


「ここで立ち話もなんだ。よければ中で話してくれないか?」


 僕がそう言うと、ウォーラと名乗った娘は、ニコリと笑って


「では、同胞も一緒に連れて参ります」


 そう言うと、ずしりと重そうな袋を軽々と抱える。その袋の口からは、明らかに人間の手と思われるものが突き出ていた。


 僕は、死体まで担ぎ込まれるのは困るとは思いながらも、かと言って外に放置して、朝になって誰かに見られたら大事になると思い直した。


(後で司直に知らせればいい、この子は仲間を失って気が動転しているんだ)


 僕はそう思い直し、彼女をコテージの中に招き入れた。


「やあ、ジン。その子が外の物音の元凶かい?」


「ふむ、何か大変なことが起こったと見えるな」


 さすがというべきか、ワインもラムさんもすでに起きていて、しかも袋の口からはみ出る人間の手のようなものにも動じずにそう言う。


「ああ、このお嬢さんはウォーラ・ララさんと言うそうだ。袋の中には彼女のお仲間が入っている。詳しい話は彼女に訊こう」


 僕がそう言うと、ウォーラさんはガシャンと袋を床に取り落とした。その物音が余りにも激しかったので、左奥の部屋で寝ていたシェリーすら飛び起きてきたほどだ。


「あっ、それをそんなに乱暴に扱っちゃ……?」


 僕は慌てて袋に飛びつく。いかに死んでいるとはいえ、ご遺体を乱暴に扱っていいものじゃない。


 けれど、ウォーラさんは最後の力を振り絞るように、


「マ……マナを……」


 そう言うと、だらりと腕を下げた。そして足の間に金属音を立てながら、円筒形のものが落ちたかと思うと、彼女はどんと膝をついて、ぺたりと座り込んでしまった。


「どうしたんだ、ウォーラさん? しっかりしろ!」


 僕が慌ててウォーラさんに飛びついてその肩を揺らす。しかしウォーラさんはピクリとも動かないし、だんだんと身体が冷たくなっていく感じもする。


 良く見ると、開けたままの目は瞳孔が完全に開き、緋色の虹彩は完全に委縮している。


「大変だ、ワイン。この子は死んでいるぞ!」


 僕が慌てて言うと、袋の中にあるものを膝をついて検めていたワインは、ニコリとして言った。


「心配ないよジン。まずは落ち着きたまえ」


「いや、落ち着けって言われても、現にこの子は死んでいるし、その袋の中のものもどうすればいいんだ?」


 僕が言うと、ワインは袋の中からごそごそと腕を取り出して、


「ジン、この袋が床に落ちた時、どんな音を立てたか覚えているかい?」


 そう訊く。僕は右手と思われるものをもてあそぶワインを見ながら、不気味なものを彼に感じてしまった。


「そりゃあ、ガシャンって音が……」


 そこまで言って、僕はワインが言いたいことが分かった。


「ふふ、気付いたようだね? これは人間じゃない、人形だ。良く見てごらん」


 ワインはそう言って僕に持っていた右手を手渡す。僕は恐る恐るそれを受け取った。


 ズシリと重い。そして表面は冷たく硬い。肩の付け根に当たる部分を見てみると、何やら歯車のようなものがびっしりとかみ合っていた。


「……これは?」


 飛び起きて来たシェリーが訊くと、ワインは


「おそらく、自律的魔人形エランドールだ。その見た目は限りなく人間に近く、人間と同じく感情や思考能力も持つ。けれどその力は人間より強く、そして何より食物を摂取する必要はない。マナを動力源にしているからね」


 そう言う。僕はやっと驚愕が過ぎて、興味がわいてきた。


「よく知っているなワイン。私も話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。とすると、そのウォーラという女の子も?」


 ラムさんが訊くと、ワインはうなずいて、床に転がっている円筒形の物体を指さして言った。


「間違いなく彼女も自律的魔人形だ。彼女がそうなる寸前、それが彼女の体内から滑り落ちて来た。おそらくマナを蓄積しておく部品だろう。マナ切れのために彼女は動かなくなったんだと思うよ」


「なるほど、これが……うっ!」


 僕が何気なしに円筒形の部品を拾い上げると、それは僕の魔力に反応して光り始めた。


「ジン、大丈夫? そんなの放しちゃいなさいよ」


 心配したシェリーがそう言って来るが、僕の意思に反して円筒をつかんだ右手が離れない。それに何やら魔力をその円筒に吸い取られているような感じがする。


「……ダメだ、右手が離れない」


 僕が言うと、シェリーやラムさんは


「ワイン、何とかならないの?」


「あのままではジン様は魔力を吸い取られてしまうぞ」


 そう言って騒いでいる。


 しかしワインは、じっと僕と円筒を見つめて、


「心配要らないさ。この壊れた自律的魔人形を見る限り、マナを増幅する部品もついている。べらぼうに大量のマナが必要ってわけでもなさそうだし、ジンの魔力量は群を抜いているからね」


 そう言って笑う。そうこうしているうちにチャージが終わったのか、円筒の光は消え、僕の右手も自由に動かせるようになった。


 ワインは手を叩いて、


「お疲れ、ジン。そいつをウォーラさんに取りつければ、ウォーラさんは再起動するだろう。興味深い話が聞けそうだから早く取り付けよう。ラムさんにお願いできないかな?」


 そう言う。ラムさんはびっくりした顔でワインを見て訊く。


「えっ⁉ 私は自律的魔人形のことは全然知らないぞ? その部品をどこにどうやって取りつけたらいいのか、見当もつかないけれど」


 するとワインは、ニヤニヤしながら言った。


「ラムさんも見ていたろう? あの部品は彼女の脚の間から落ちた。つまりはそう言うことだ。ラムさんも経験はないだろうけれど、ジンにそれをさせていいかい?」


 するとラムさんだけでなく、シェリーまでパッと顔を赤くする。そしてシェリーは


「信じらんない! そんな大事な部品の取り付け場所を、なんてところにしてるのよ」


 そう少し呆れたように、そして怒ったように言う。


「うむ、女性をバカにしているな」


 ラムさんもそう憤慨しているが、僕の持っている部品を見てさらに顔を赤くし、


「し、しかし、ジン様にそう言うことを、たとえ自律的魔人形相手であってもしてほしくはない。分かった、ここは私が引き受けよう」


 そう言って僕から部品を受け取ると、


「人形とはいえこのも女性、男性に恥ずかしい場面を見られたくはないだろう。よければ部屋に戻っていてくれないか?」


 そう、僕とワインに言う。僕たちはうなずいた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 そのころ、ジンたちが宿泊している施設からそう遠くない林の中で、一人の女が罵声を上げていた。


「見つけられなかったですって? あんたたちの目は節穴なの?」


 女性は癖の強い赤い髪を背中まで伸ばし、革のぴったりとしたスーツを着込んでいる。美人ではあるが、目つきに険があるのがやや残念な点であった。


 女性は、目の前にうずくまる4・5人の男たちに、居丈高に


「あれはあたしのマナを込めているから、火の魔力の残滓をたどっていけば居場所位すぐに分かるはずよ? さっさと探しておいで!」


 そう言うと、男たちはしぶしぶ立ち上がる。そのもっさりとした態度が、彼女の癇に障ったのか、


「何だいそのやる気のない態度は⁉ あんたたち自律的魔人形は『組織ウニタルム』の切り札だよ? それがたった一人のプロトタイプに手を焼いて見失ってしまうなんて。とっととPTD11と12を見つけて、ここに連れておいで!」


 男たちがその場を立ち去ると、女性は腰に付けた鞭を右手で持ち、


「忌々しいねっ!」

 ヒョンッ!


 女性は鞭を、目の前に立っているオークの木に叩きつける。鞭の先は九つに分かれていて、それぞれがオークの表皮を無残に削り取った。


「バーディー、えらくご機嫌斜めじゃないか?」


 そこに、白髪で翠の瞳をした男が姿を現した。彼は見た目にも鮮やかな純白の詰襟服に身を包んでいる。


「何だ、イーグルかい。別に、機嫌が悪いわけじゃないよ」


 バーディーと呼ばれた女性は、腰に鞭を戻しながらそう言うと、


「それはいいとして。イーグル、あんたウェンディ様の命令であのガキの所に行ったんだって? どうだった?」


 そう、緋色の瞳を輝かせて訊く。


「はて、ガキとは?」


 イーグルは翠色の瞳をバーディーに向けて、気のなさそうな返事をする。


 バーディーはニコニコ笑いながら、イーグルに近寄りつつ


「ヤダね、決まってるじゃないか。ウェンディ様がその能力にご執心って噂のガキだよ。たしかジン・ライムとか言ったね」


 そう言う。その手は腰の鞭に伸びていた。


 イーグルは慌てもせずに、


「そんな名だったな。ヤツはまだただのガキだ。ウェンディ様が気になさるほどの者ではなかった」


 そう答える。するとバーディーはくすくす笑って、


「ふふふ、どうせそんなこったろうと思っていたよ。ガキに魔王の封印やその後の『浄化作戦』ができるはずがないんだよ。そのためにあたしや自律的魔人形部隊があるんだからね」


 そう胸を張る。


「お前の自律的魔人形、今何体あるんだ?」


 イーグルが訊くと、バーディーは隠すことなく話した。


「プロトタイプ2体を研究して、増加試作機30体を製造中さ。今は10体ほどの自律的魔人形が、あたしの命令を待っているよ」


「なるほど、その自律的魔人形が1万体もあれば、魔王の封印や『浄化作戦』も容易いというわけだな」


 イーグルが腕を組んで言う。バーディーは機嫌よく言った。


「ああ、そのとおりさ。けれど自律的魔人形なんてもの考え出した奴はすげえよな。それが人間ってことを考えると、人間って自分で自分の首を絞めるバカな生き物なんだなってつくづく思うよ」


「あのMADな博士せんせいだな、違いない。ところでバーディー、ウェンディ様がお呼びだ。モノ探しはお前の忠実なしもべたちに任せておいて、すぐに行ったがいいぞ」


 イーグルはそう言うと、ニヤリと笑って虚空に消えた。


「ウェンディ様が? ヤバいね、勝手に部隊を動かしたことがバレたのかしらね」


 バーディーはそうつぶやきながら、転移魔法陣を描き始めた。




「私の正式な名称はPTD12、その袋の中の壊れたエランドールはPTD11と言います」


 マナクリスタルを装填し終えたラムさんは、顔を真っ赤にしながら僕たちを呼びに来た。何でもマナクリスタルを装填した途端、ウォーラさんは艶めかしい声を上げて起動し、


「……私はそんなことにはちっとも経験はないが、聞いていた私も恥ずかしくなるほどだった。あれを起動の度に聞かされたらたまらぬ」


 さすがのラムさんもそう言うほどエロいものだったらしい。シェリーなどはゆでだこのようになっていたほどだ。


 僕たちがダイニングに戻って見ると、そこにはウォーラさんがソファに座っていた。テーブルの上には、彼女と同じ白髪で彼女と同じ顔をした頭部が置かれている。もちろん、こちらは壊れているので目を閉じている。


 僕がウォーラさんの側に行くと、彼女はサッと立ち上がり、うやうやしく僕にお辞儀して言う。その瞳は、アンバーに光っていた。


「これは……ご主人様ですね? マナをお与えいただきありがとうございました。何をすればいいですか? 指令をお出しください」


 僕は面食らって、顔の前で両手を振って言った。


「そんな仰々しいあいさつはナシにしようよ。僕は君のご主人様じゃないし、君が何か困っているみたいだったからここに連れて来ただけだ。それにしても君の瞳、さっきまで赤じゃなかったっけ?」


 僕が言うと、ウォーラさんはうなずいて答える。


「私たち自律的魔人形の瞳の色は、充填されたマナの種類によって変わります。最初私が造られた時、火のマナを与えられました。ご主人様のマナは土ですね? あたたかくて、頼りがいがありそうなマナです」


「そうなんだ。いや、『ご主人様』って呼び方はいいから」


 僕が言うと、ウォーラさんは不思議そうに首をかしげて言う。


「私たち自律的魔人形は、マナを与えてくださったお方をご主人様として認識します。ご主人様のマナのおかげでまた動けるようになったんですから、ご主人様がご主人様です。いけませんか?」


 その様子を見ていたワインは、ここで押し問答しても話が先に進まないと見たのだろう、


「ジン、ウォーラさんがそう言うなら、そこはウォーラさんの好きにさせてあげよう。それよりもボクは、ウォーラさんの抱えている問題について興味がある。話してくれないかい?」


 ワイン得意の『バラの花束バック』が炸裂したが、ウォーラさんは首を振った。


「私はご主人様以外のお方の依頼や命令を受け付けません。したがってあなたのご依頼には添いかねます」


 それを聞いてワインは苦笑して僕に言った。


「まあ、そうだろうね。すまないがジン、キミから彼女に訊いてくれないか? 彼女を造ったのは誰で、何のために造られたのか。そしてお仲間が壊されたのは何故かをね?」


 僕はうなずくと、彼女に詳しい事情を訊いた。


「先ほども申しましたとおり、私の正式名称はPTD12。これはプロトタイプドールの意味で、私はその試作2番機ということになります。もちろん1番機はこちらのコードネーム『お姉さま』です」


「君を造ったのは誰だい?」


 僕が訊くと、彼女は


「シュガーレイクシティに住んでいるアイザック・テモフモフという方です。マナの提供者は『組織ウニタルム』のバーディー・パーという魔導士です」


 そう、よどみなく答えた。彼女の記憶ベースには、彼女たちを製造した人物や関わった人物・組織、そして彼女たちが造られた背景や理由、彼女たちを使って実現したいことがすべて記録されているらしい。


「私たち自律的魔人形は、魔王の封印と『浄化作戦』実施のために、『組織』の依頼によって造られました。試作機が私含めて2体、増加試作機が30体。その後、デバッグや改修を経て、本格的な量産が始まる予定です」


 彼女の言葉を聞いて、ワインが咳き込んだように僕に言う。


「ジン、『浄化作戦』とはどういうものかを訊いてくれないか? それと『魔王の封印』のやり方もだ」


 僕がそれを聞くと、彼女は哀しそうな顔をして首を振った。


「すみません。その部分については別パッチになっていて、その時が来たらインストールされる予定になっています。ですから今は詳細不明です」


「それは仕方ないことさ。ところで君の仲間はどうしてこんなことに?」


 僕が訊くと、彼女は顔をしかめた。


「どうして私は自律的魔人形として造られたのでしょう? ご主人様たちのように生物として産まれていれば、この感情が受け入れないような任務に従う必要はなかったのに」


 そういう彼女のアンバーの瞳が見る見るうちにうるんでくる。自律的魔人形には感情と思考能力があるとワインは言っていたが、だとしたら造った奴は何を思ってそうしたんだろう。


 しばらくの後、彼女は顔を上げて、彼女と仲間であるプロトタイプの1体が体験したことについて話してくれた。


「さっき、『浄化作戦』の詳細については別パッチだと言いましたが、実はお姉さまには実験的にそのパッチがインストールされました。それが二日前のことです」




 インストール後、『お姉さま』は非常に深刻な顔をしていたという。彼女がその理由が新たなパッチ、すなわち『浄化作戦』にあると考え、その内容を聞いても、


『話せないわ。話そうとしても言語として変換できないようにしてあるから。ただ、『浄化作戦』とは、とても不愉快で、おぞましくて、気が滅入る任務よ』


 そう答えたという。そして『お姉さま』は彼女にこう言った。


『あなたがパッチを当てられたら、私たち二人は『浄化作戦』の指揮官としての訓練を受けることになるわ。そして実施詳細のプログラムが解凍され、それと共に『魔王封印』の任務パッチがインストールされることになるの。今でさえ私はこんなに胸が張り裂けそうなのに、それが実施に向けて抗いようもなく自分の中で進んでいくことには到底耐えられない』


 そして、『お姉さま』は緋色の瞳で空を見て、


『私は、あなたがバッチを受けないようにしたい。そしたら『浄化作戦』は中止、少なくとも少しの間、発動は延期されるはずですから。そのための手段も考えました』


 そう笑って言ったという。


 その次の日であった。『お姉さま』がテモフモフの研究室兼工場に単身で斬り込んだのは。


 ウォーラにはそのことは知らされていなかった。そのことがウォーラをその場での破壊から免れさせたと言える。


 ウォーラは、突然家に現れたテモフモフの工場守備隊の魔導士から、バラバラにされた『お姉さま』の残骸を見せられて呆然とした。


『PTD11は工場を破壊しようとした。制止命令に従わなかったので、やむを得ず破壊処置とした。今回のことで『組織』のバーディー様がお怒りだ。PTD12も一緒に破壊せよとの命令が下ったために我らがここに来た。おとなしく命令に従って破壊されよ』


 隊長のその言葉を聞いた瞬間、ウォーラは獣のような雄たけびを上げて剣を抜き、魔導士たちに躍りかかり、あっという間に彼ら全員を屠った。


 ウォーラは『お姉さま』の不具合を修正されていて、特に戦闘面での状況把握力と判断力・決断力の強化、そして反応時間短縮が施され、感情バースト時の身体強化能力や防御システムのグレードアップという、他の自律的魔人形にない独自の能力すら与えられていた。そんじょそこらの魔導士や魔戦士では相手にならなかったのだ。


 彼女はその後、自律的魔人形の修理ができるもう一人の魔術師、賢者マーリンが住むというマジツエー帝国へ行くため、『お姉さま』の残骸と共に住み慣れたシュガーレイクシティを後にしたということであった。




「どう思う、ジン」


 話を聞いた後、ワインが僕に問いかけてくる。僕はウォーラさんの話を聞いている途中で、ふつふつと怒りがこみあげてくるのを抑えられなかった。


(自分たちの思いどおりにしたいんだったら、感情がある自律的魔人形エランドールではなくて自動人形オートマタにすればよかったんだ。わざわざ感情と思考能力がある自律的魔人形を製作して実施しようとしている『浄化作戦』とは、彼女の姉が言ったとおりのものに違いない。その作戦は阻止すべきだし、そんなイカれた魔導士も生かしておくわけにはいかない……)


 我ながら過激な考え方だった。けれど僕は、怒りの底でもう一人の僕が血を求めて叫んでいるような感覚にとらわれていた。


「……ウォーラさんの無念は晴らしたい。シュガーレイクシティに乗り込もう」


 僕の言葉に、ウォーラさんとラムさんは目を輝かせ、シェリーとワインは渋い顔をした。


「ジン、アタシもウォーラさんの境遇には同情するけれど、相手には魔戦士や魔導士がごまんとついているのよ? それよりまず『お姉さま』を修理する方が先じゃないかしら」


 シェリーはそう言うし、ワインも


「キミにしては過激な行動だ。ボクはいつものジンならシェリーが言った行動を取るものだと考えていた。今までこちらから求めてケンカをしようとしなかったキミが、どうした風の吹き回しだい? しかも相手は『組織』、下手をするとボクたちはこの大陸にいられなくなるかもしれないんだよ?」


 そう言って僕に再考を促す。けれどなぜだか僕は自説にこだわった。後から考えると、僕は単に戦いたかっただけだし、血に飢えていたのかもしれない。


 余りに強硬な僕の意見に、とうとうシェリーもワインも折れた。


「仕方ない、キミの言うとおりに動いてみよう。けれどジン、何事もやりすぎは良くないし、ヘイトの買い過ぎは身を亡ぼす。そこは忘れないでおいてくれ」


 こうして僕たちは、せっかく国境近くまで来ていたところから回れ右し、アルクニー公国南西部にあるシュガーレイクシティを目指すことになった。


   ★ ★ ★ ★ ★


「南に向かった? それは確かかい?」


 国境検問所を見下ろす峰に陣取っていたウェンディは、テキーラからの


「ジン・ライムたちは突如として進路を南に変えました。現在、ヘンジャーの北5マイルまで戻って来ています」


 との報告を受け、びっくりして訊いた。彼らはユニコーン侯国を目指しているとばかり思っていたのに、突然の進路変更の理由に思い当たらなかった。


「……不思議だな。テキーラ、何か団長くんたちの周りで変わったことは起こらなかったかい?」


 ウェンディの問いに、テキーラは首を振った。


「そうか……仕方ない、君は『ドラゴン・シン』に戻って、団長くんたちを追いかけてくれないか? ボクは彼らがどうして回れ右したのかを調べてみるよ」


 ウェンディはそう言うと、風の翼を広げて虚空に消えた。




 僕たちがシュガーレイクシティに向けて歩き出してしばらくすると、道端に見覚えのある男が立っているのが見えた。2メートルをはるかに超える長身に、ごつい体格、そして亜麻色の短い髪と刺すような石色の瞳。あれは……


「おや、ウォッカ殿じゃないか? 久しぶりだな、どうしてこんな所に?」


 前を歩いていたラムさんが、少し驚いたような顔でそう言うと、ウォッカはニヤリと笑って答えた。


「わが『ドラコン・シン』団長オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン様の使いでここに来た。少し話を聞いてくれないか」


 ラムさんは僕の顔を見る。僕はうなずくと、


「手短に頼みたい。僕たちは急いでいるから」


 そう答えて、近くにちょうど木陰を見つけたので、


「あそこで話そう」


 そう彼を誘った。ウォッカはおとなしくついてきた。


 僕たちが手ごろな石や倒木に腰かけると、ウォッカは案外と優しい目で僕たちを眺め、ウォーラさんを見て少し訝しげな顔をする。


「ああ、この子はウォーラ・ララと言って、つい昨日僕の『騎士団』に入ったばかりだ。それで話とは?」


 僕が訊くと、この気のいい大男はうなずいて、


「単刀直入に申し上げると、我が団長はあなた方ドッカーノ村騎士団が気に入ったため、しばらく一緒に旅をしたいということでした」


 そう、彼の気性そのままに何の飾りもなく言った。


 僕が無言でいると、彼は笑顔で付け加える。


「もちろん、一緒と言っても何から何までべったりというわけではなく、目的地を一緒にしてたまに交流をしたいということです」


 僕はワインを見た。ワインはうなずいて


「いいご提案です。ボクたちも仲間と共に旅をする有益さは知っていますからね。ご提案の件は承諾します」


 そう言うと、


「ボクたちはとりあえずこの国を見て回ることにしました。他国を見る前に故国のことを知っておくに越したことはありませんからね。それでマーターギ村を目指す予定です。目的地でまたお会いできることを楽しみにしているとマイケル・ヤマダ……じゃなかったオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿にお伝えください」


 そう、笑顔で答えた。


 その答えを聞いて、ウォッカも喜んで、


「いいお返事がいただけて幸いです。では、マーターギ村で会いましょう。道中お気をつけて」


 そう言って、飛ぶようにヘンジャーの町へと駆けて行った。


「おいワイン、承諾して大丈夫なのか?」


「それに、どうしてマーターギ村に行くって言ったの? アタシたちはシュガーレイクシティに行くんじゃなかったの?」


 僕とシェリーが訊くと、ワインは葡萄酒色のウザったい前髪を、形のいい手でかき上げて答えた。


「マイケルはしつこい、断っても何度もアタックして来るさ。それなら最初に話を受けて彼に好印象を与えておいた方がいい。仲間がいたら力になるってことは事実だからね」


 そこで言葉を切ると、ウォーラさんを見て続けて言う。


「それに、ボクらは物見遊山でシュガーレイクシティに行くんじゃない。下手したら『組織』という奴らから目を付けられかねない場面に、何の関係もない彼らを巻き込むわけにはいかないだろう? そしてシュガーレイクシティまで行くのなら、マーターギ村の街道からリンゴーク公国に出た方が早い。だからああ言ったんだ」


 それで僕らは納得した。ウォーラさんもその言葉を聞いて安心したようだった。




「そうか、でかしたぞウォッカ」


 ヘンジャーの町の高級ホテルでジンたちの答えを聞いたオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンは、喜びを顔に表してそう言う。


「彼らはマーターギ村に行くと言ったんだね? とするとあの険阻な街道を使ってリンゴーク公国に出るつもりなんだな。よし、すぐにマーターギ村に行くとしよう」


 興奮して言うド・ヴァンに、ウォッカはいぶかしげな顔で言った。


「分かりました、すぐに準備にかかりますが、ちょっと不思議なことがありまして」


「不思議なこと? わが『ドラゴン・シン』随一の武人たるキミにしては表情が冴えないね、どうしたんだい?」


 ド・ヴァンがそう促すと、ウォッカは言う。


「実は、ドッカーノ村騎士団に新たな団員が加わっていまして……」


「いいことじゃないか、あの団長くんなら新たな団員をひきつける魅力はある。それのどこが不思議なんだい?」


 ド・ヴァンもまた、不思議そうに訊く。ウォッカはうなずくと、真っ直ぐド・ヴァンを見て言った。


「あの女性、どうも人間ではないようです。魔力以外に生命力の波動がありませんでしたから……しかしそんな不思議なことがあるのかと……」


「ふん、自律的魔人形エランドールだな……」


 話を聞いていたテキーラが、ペストマスクの下からくぐもった声でつぶやいた。


「エランドール? マナを動力源とする人間に酷似した人形で、感情や思考能力すら持つと聞くが、そんなもの本当に作れるのかい?」


 ド・ヴァンが訊くと、今度はマディラが手に持った分厚い手帳をめくり、


「……ありました。この国では魔法博士のアイザック・テモフモフが第一人者のようですね。もっとも彼はちょっと()()という噂もありますが……マジツエー帝国にも賢者マーリン様がいらっしゃいますね」


 そう、つかんでいる情報を披露する。


「ふむ……とすると、団長くんたちはウォッカに話したような、単にこの国のことを知るためだけに急に南に向かうわけではなさそうだね? マディラ、そのMADな博士はどこにいる?」


「シュガーレイクシティです」


 その地名を聞いた瞬間、テキーラはその仮面の下で目を輝かせた。


「よし、ボクたちも取りあえずシュガーレイクシティに行こうか」


 ド・ヴァンがそう言うと、テキーラは


「では、私が先にシュガーレイクシティに参ります。ジン・ライム殿が来られたら、その動向を見ておきますので」


 そう言うと、ド・ヴァンの返事も待たずに転移魔法陣を発動した。


「……マディラ、ソルティの報告はまだかな?」


 テキーラの消えた空間を睨みながら、ド・ヴァンが訊くと、マディラはうなずいて、


「ちょっと時間がかかっているみたいですね。よっぽど複雑な事情があるのでしょう」


 そう答える。ド・ヴァンは、


「ソルティには中間報告としてすぐに戻ってくるように伝えてくれ。彼女の話を聞いてからシュガーレイクシティに行った方が良さそうだ」


 そう、金の前髪に形のいい指を絡ませながら言った。


(Tournament12 謎の人形師を狩ろう!(前編) 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ラム以来の新キャラ登場です。

エランドールは他の作品(青き炎のヴァリアント)でも書きましたが、こちらは看板に偽りありとはいえギャグなので、『KAWAII』を基本にしています。

彼女の参加で、物語は思わぬ方向へ?

次回もお楽しみに。

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