Tournament101 A Fairy King hunting:part1(精霊王を狩ろう!その1)
ジンたち『騎士団』は、マジツエー帝国の軍を殲滅した火の精霊王フェンの討伐要請を受けた。
その頃、木々の精霊王の予言を解読するため、ワインはマディラたちと共に『暗黒領域』を目指して出発した。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 18歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』
♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。
♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)28歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母?に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』
♡レイラ・コパック 17歳 内向的な性格で人付き合いが苦手だが博識。『氷魔法』を持っているため、賢者スナイプのスカウトで騎士団に加わった『ギャップ萌えヒロイン』
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
僕たち『騎士団』は、大宰相レイピア様のお声がかりでマチェット陛下との謁見を果たした。
マチェット陛下はまだ若く、その瞳は生き生きとしていたが、僕には世の人が言う『戦争狂』には見えなかった。むしろ、今回のフェンとの戦いについても、
「フェンは自らのことを火の精霊王と言っていた。精霊王と言えば、摂理の緩みを正し、世の平穏を守る存在ではないか? そんな存在たる彼女が、求めて混乱や戦乱を持ち込んでくるのは、何とも度し難いことだ」
そう言う顔には、不本意さがにじみ出ていた。
だから、今回の献策にも、陛下は非常に喜ばれ、
「朕は正義に悖ることはしたくない。急ぐ旅でもあろうが、今回の反乱の推移を見届けてはくれぬだろうか?」
そう言った願いを受けて、僕たちは帝都シャーングリラの王宮に部屋を与えられていた。
「ワインがいれば、もっと役に立てるんだろうけれどな」
僕がつぶやくと、シェリーは青い右目で僕を見つめて、
「そりゃワインがいたら、難しいモンダイは簡単に解決しちゃうだろうけれど、ジンだって頭はいい方なんだし、うちの団員はみんな一癖も二癖もあるから、協力すれば何だってできちゃうんじゃないかと思うな」
僕を励ますように言う。
「そうね。私たちはジンくんを助けるために『騎士団』にいるんだから、みんながそれぞれ得意なことでジンくんをサポートするわ。団長さんは自信持っていないとダメよ?」
賢者スナイプ様も、そう言って僕を見て笑う。
その他の団員、ウォーラさんもジンジャーさんも、チャチャちゃん、ガイアさん、レイラさん、そしてメロンさんもニコニコしながらうなずいている。
考えてみれば、いつの間にか僕の『騎士団』は11人もの人数になっていた。それもエルフ、シルフ、ユニコーン族、魔族、自律的魔人形や特殊な魔力持ち、さらには元四方賢者や元精霊王など、信じられないほど得難い人材ばかりの11人だ。いや、僕を除けば10人か。
そんなことを考えながらみんなの顔を見ていると、ただ一人ラムさんだけは真剣な顔をしているのに気が付いた。
「ラムさん、何か気になることでもあるのかい?」
僕が訊くと、ラムさんはハッとした様子で僕の目を見て首を振る。
「いえ、大したことではありませんが、ワインがまだ合流しないのが気になって。先ほどちょっと小耳にはさんだんですが、アインシュタットにド・ヴァン殿の艦隊が入港し、『ドラゴン・シン』が入管を通過したそうです。
入国が許可されたのが2日ほど前という話でしたから、ワインならもうとっくに私たちと合流しているはずだと」
「え!? ド・ヴァンさんたちはもうマジツエー帝国に入っていたの?」
シェリーが訊くと、ラムさんはうなずいて、
「ああ、ライスハーバーを出る時に、総督府といろいろあったらしい。そのことは知っていたが、思ったより早く着いたんだな」
そう答えた時、ドアがノックされる。
「……どうぞ」
僕がドアの外に声をかけると、静かに開いたドアから、銀髪に碧眼をした女性が入って来る。黒いシャツとズボン、そして黒いベストの前を開け、白い手袋をしていた。
「初めまして、私は内務令付参事官のマリア・アルペンスキーです。困ったことが起きましたので、内務令の命を受けて皆様をご案内に参りました。
私と共に、内務府までおいでいただけませんか?」
態度は沈着冷静で、細くて小さいがよく通る声だった。けれどその態度には、どこかのっぴきならない様子が見て取れた。
僕は嫌な予感と共に訊く。
「僕たちを待っていらっしゃるのは内務令様でしょうか? それとも大宰相様でしょうか」
すると、マリアさんは首を振って答える。
「……そのご様子では、おおむね私がやって来た用向きを推察されているようですが、この場では何ともお答えできません。とにかくご一緒願えませんか?」
僕はみんなを振り返って見る。シェリー、ラムさん、スナイプ様はじめ全員がうなずいた。
僕たちが通されたのは、内務府の会議室ではなく、内務令様の部屋だった。そしてそこに集まっていた方々を見た時、僕は自分の嫌な予感が的中してしまったことを悟った。
その場には、内務令クアトロ・アルペンスキー様だけでなく、大宰相レイピア・イクサガスキー様、大司空シールド・ヘイワガスキー様、大司徒ランス・オチャスキー様、そして大司馬メイス・ダンゴスキー様と、この国の中枢を担っている方々が勢ぞろいしていたのだ。
「突然呼び出して失礼しました。『伝説の英雄』様とそのお仲間たち、どうぞお掛けいただきたい」
白いひげを生やしたクアトロ様がそう着席を促す。僕たちは、僕を中心に、右にスナイプ様、ウォーラさん、ガイアさん、レイラさんが、左にシェリー、ラムさん、メロンさん、ジンジャーさん、チャチャちゃんが座る。
「第2軍が罠にはまったんですね?」
全員が着席した瞬間、僕はそう発言する。それを聞いて、僕の目の前に座ったレイピア大宰相様は、沈痛な顔でうなずいた。
「ジン殿なら、推察されていると思いました。
第2軍は第6師団全滅、第10師団半壊という被害を受けました。
同時に軍直属の第2野戦設置弓兵連隊もほぼ全滅していますから、ほぼ2万5千人が戦列を離れたことになります。こんなことはわが帝国始まって以来です」
「やはり、フェンが手を下したのでしょうか?」
僕の問いに、ダンゴスキー大司馬様が答える。
「第10師団と第2野戦設置弓兵連隊には、フェンが自ら妖魔を率いて攻撃を仕掛けて来たようです。第2野戦設置弓兵連隊の生存者から聞き取ったので間違いないでしょう。
しかし、第6師団については、その最後の様子が全く判りません。エルメスハイルを守っていたのはダイ・アクーニンという魔導士で、その軍勢はほぼ全員が山賊だという情報しかありません」
「いずれにせよ、守将はフェンの意を受けていたことに違いはありません。そのダイ・アクーニンという人物のことは判っていますか?」
スナイプ様の問いに、全員が首を横に振る。
スナイプ様は小さくため息をついて、
「じゃ、私が知っている情報を提供するわね?
ダイ・アクーニンはホッカノ大陸で生まれて、トオクニアール王国で育ったわ。魔法は誰からも手ほどきを受けていない、いわば『野良魔術師』ね。だから『賢者会議』の魔術師名鑑には掲載されていないし、厳密には『魔導士』と名乗ることはできないわ」
そこで一息おいて、
「ルツェルン港で海員学校に入り、武装商船『ハルケゲニア』号で信号長をしていたけれど、ヨーイ・ドーン船長との折り合いが悪くて船を降りているわ。
その後は魔法を使った占いや、小規模の商店主や農場主への『助言屋』として生計を立てているみたいね。時には臨時の部隊指揮官も請け負っていて、1年半ほど前までマジツエー帝国とトオクニアール王国がコロリン群島の領有権で揉めていた時、トオクニアール王国の海軍指揮官としてマジツエー帝国のホレイショ・ホルスタイン提督の傭兵艦隊と何回か海戦をしているわ」
それを聞いて、ダンゴスキー大司馬様は、
「……思い出した。精鋭をもって鳴るホルスタイン艦隊と、わずか2隻のコルベット艦、5隻のスループ艦で互角に戦ったあの海将か。まさかダイが指揮を執っていたとは」
そう、呻くように言う。
レイピア大宰相様は、そんなダンゴスキー様を見ながら、強い口調で言った。
「賢者スナイプ様がおっしゃるとおり、ダイが何者であろうと、フェンの意を受けて我が軍に損害を与えたことに違いはありません。
フェンは、精霊王でありながら世の平穏を乱しています。そのことだけでも許し難いことなのに、帝国の領土を蚕食し、陛下の軍を無残にも殺戮したフェンに対し、帝国は追討を決定したいと考えますが、ジン殿の意見を聞かせてください」
僕が答えようとしたとき、スナイプ様が僕の肘をつつき、
「それは、ジンくんにフェンを始末してほしいって意味かしら?」
にこやかに、けれど鋭い声で訊く。
レイピア様はスナイプ様の圧に負けず、同じく微笑みながら答えた。
「お察しのとおりです。もちろん、軍も協力して魔物の排除には努力しますが、フェンその人に対抗できるのは、水の精霊王を倒したジン殿しかおりませんゆえ、ご協力を賜りたいのです」
スナイプ様は僕の顔を見る。僕は黙ってうなずいた。
「……フェンは『組織』に属しています。その正体や本拠の所在地は不明ですが、帝国の方で何か掴んでいる情報はないかしら?」
スナイプ様が訊くと、レイピア様は
「ヘイワガスキー大司空、オチャスキー大司徒、『組織』については以前調査をお願いしましたね? 何か情報はありませんか?」
そう、二人に訊く。二人とも、汗をぬぐいながら答えた。
「いえ、首魁が『盟主様』と呼ばれていること、その下に『カトル枢機卿』という4人の魔術師がいること、枢機卿たちは『特使』と呼ばれる配下を持っていること……今のところはその程度しか情報をつかんでおりません」
「ジンくんは、その枢機卿たちや枢機卿特使にも会ったことがあります。フェンへの対応も目下の緊急事態ですが、その裏で糸を引いている『組織』の全容解明も大事です。
問題の根本を断つために、マジツエー帝国に調査の継続をお願いしていいかしら?」
スナイプ様が言うと、レイピア様もうなずき、
「そのようにいたします。私も、マチェット陛下の代でこんな問題は解決させたいと思いますので」
そう答える。
スナイプ様は、僕に向かって言った。
「ジンくん、確かジンくんやラムさん、チャチャちゃんは、フェンに対して思う所があったわよね? みんなでフェンをとっちめてやりましょう」
こうして僕たち『騎士団』は、火の精霊王フェン・レイの討伐に乗り出したのだった。
★ ★ ★ ★ ★
ド・ヴァンたち騎士団『ドラゴン・シン』は、アインシュタットから一路、帝都シャーングリラに向けて旅を続けていた。
「ワイン、聞くところによると帝国の東側、エルメスハイルを中心に軍が出張っているようだ。何やらきな臭い事件が起こっているみたいだよ?」
転移魔法陣を連続で使用し、オルトリラという都市で一泊することにしたド・ヴァンは、いつものように彼がひいきにしている宿の最上階を借り切って紅茶をたしなんでいたが、葡萄酒色の髪と葡萄酒色の瞳をした青年が部屋に入って来たのを見て、そう話しかけた。
ワインは、肩をすくめながら、
「イヤだな、ド・ヴァン君も人が悪い。君のことだから、火の精霊王フェン・レイが帝国とドンパチをやっているって情報は、とっくの昔に手に入れているんだろう?」
そう言いながら、断りもなくド・ヴァンの真ん前の席に座る。
ド・ヴァンは悪びれる様子もなく、
「ふふ、フェンは帝国から提示された『ジークハイン村とその周辺の99年無償租借』という条件をお気に召さなかったようだ。先帝陛下と約束のうえで、当時帝国で猛威を振るっていた蟲を駆除したんだ、フェンとしては騙されたという心情なんだろうね」
そう言うと、カップを口に運ぶ。
「しかし、一時はフェンもその条件で納得したんだろう? でないと帝国も8億ゴールドもの報奨金を払わないだろうからね」
ワインがニヤニヤしながら言うと、ド・ヴァンはそんな表情から何かを読み取ったのか、カップを戻してワインを見つめ、
「恐らく、側近がフェンを説得したんだろう。フェンも部下の手前、その意見に従ったが、帝国が彼女を怒らせてしまったのかもしれないね」
そう答えると、テーブルの上にあるベルを鳴らす。
チリリン……
すると、奥のドアを開けて、一見して少年のようなエルフの女性が部屋に入って来る。
「団長、お茶のお替りですか? これはワイン、いつこの部屋に?」
女性が眉をひそめて訊くが、ド・ヴァンは鷹揚に
「まあいいじゃないかマディラ。ワインは頭だけじゃなく魔法も一級ってことだ。
それよりマディラ、お茶とお菓子を頼む。せっかく親友が遊びに来てくれたんだ、おもてなしもしないなんて、ボクの沽券に関わるからね?」
「承知いたしました」
マディラが奥に引っ込むと、ド・ヴァンはワインに顔をずいっと近づけて訊く。
「それでワイン、相談だ。ボクはこの戦乱を座視できないから、ウォッカとソルティ、ブルーを連れてエルメスハイルに向かうつもりだ。
それで、マディラと君で、ラ・ミツケール殿を護衛して『エルフの里』に行ってくれないか? もちろん、他の騎士団員である君に、ボクが命令を下せる立場じゃないってことは重々解っちゃいるが、ラ・ミツケール殿も急ぐようだし、ボクは帝国の東が気になる。
そこで、エルフである君にマディラとの同行をお願いしたいんだ」
ワインは形のいい手で細い顎をつまんで、何か考えていたが、
「……まあ、ジンの側にはスナイプ様もメロンさんも、ジンジャーさんもいるか」
そうつぶやくと、顔を上げてド・ヴァンに言った。
「分かった。ボクもあの石板の詩には大いに興味があるからね。で、いつ出発すればいいんだい?」
ド・ヴァンは笑って答えた。
「マディラ次第だ。それと、君の『エルフの里』行きについては、こちらで団長くんに伝えておくから安心したまえ」
僕たち『騎士団』は、内務府での話し合いの後、すぐに宮殿を後にした。まずはエルメスハイルに行って、何が起こったのかを知るのが先決だと思ったのだ。
それに、大司馬様からの情報では、フェンは本来の領地であるジークハイン村、『東の関門』を扼すジークハウンド町、この二つを拠点として部隊を展開させているそうだ。
ならばその中間地点であるエルメスハイルに近付けば、フェンに会える可能性が高まる。
フェンは何を考えているのか。四神の中でいまだに彼女だけが『組織』に好意的なのは何故なのか?……僕が知りたいのはそこだった。
「あの厨二女、ホッカノ大陸までやって来てマジツエー帝国とケンカ? 本当に何考えているのか理解できないわね」
シェリーが言うと、ラムさんも額に生えた白い角を触りながら、
「しかもフェンは、摂理に則り世の平穏を守るべき精霊王だろう? 前の水の精霊王アクアといいウェンディといい、今の四神はどうなっているんだ?」
と、当然の疑問を口にする。
「フェンが何考えていようと関係ない。あたしがフェンを仕留めて見せる」
チャチャちゃんがそう言いながら身を震わせている。僕の『騎士団』で最年少、やっと14歳になったばかりの彼女は、マーターギ村という猟師の村で育った。
村人に白髪と緋色の瞳、そして火のエレメント持ちということで疎外されていた彼女を不憫に思った母親は、その気持ちをフェンに利用され、そしてフェンから生きながら焼き殺されるという無残な最期をたどった。
その恨みは、チャチャちゃんにとって一生忘れられるものではないだろう。フェンの名を聞くたびに、彼女は小さい身体に殺意をみなぎらせるのだった。
「チャチャさんの気持ちは解りますが、怒りは周りを見えなくします。それに相手は精霊王です。みんなで力を合わせないと、逆にやられてしまいますよ?
私たちも協力しますから、フェンを相手にするときは落ち着いて、決してシェリーさんから離れないようにしてくださいね」
群青色のメイド服を着た白髪の美少女、ウォーラさんが琥珀色の瞳をチャチャちゃんに当てて優しく言う。
彼女はどこから見ても大剣を背負った美少女にしか見えないが、実は自律的魔人形という機械だ。正式型番をPTD12と言い、コードネームは『妹ちゃん』だ。『組織』の依頼でテモフモフというMADな博士が造り上げたもので、魔力をエネルギー源にしている。
機械とはいえ、思考能力と感情も持ち、戦闘と索敵に特化した性能を与えられているため、普通の魔導士程度なら手も足も出ないだろう。
隣にいるウォーラさんとうり二つで、翠の瞳を持ち槍を背負っている美少女はガイアさんと言い、ウォーラさんの姉に当たるエランドールだ。こちらは正式型番PTD11、コードネームは『お姉さま』と言う。彼女も、鋭い目をしながらしきりにうなずいている。
「団長さん、もうすぐエルメスハイルの町です。魔力の残滓を感じますので、気を抜かないでください。少し頭が回る人物なら、この残滓の中に自分を隠すことなど朝飯前ですから」
そう注意してくれたのは、黒髪に黒曜石のような瞳が特徴の、ジンジャー・エイルさんだ。彼女は人間にしては珍しい『闇』のエレメント持ちで、シェリーがアクアの部下の持つ毒に当てられてしまった時、それを救ってくれてそのまま僕の『騎士団』に入団した。
「……この魔力は、『闇』ですね。でもジンジャーさんと比べたら、ずいぶんと爽やかな感じがします。あ、いえ、ジンジャーさんの魔力がおどろおどろしいってわけではなく、例えばジンジャーさんが真夜中の闇としたら、この魔力は夜明け前の薄暗さって感じです」
最初真顔で、そして慌ててそう言ったのは、最近、ウラジミール環礁で仲間になったレイラ・コパックさんだ。
ジンジャーさんと同じ黒髪に黒い瞳を持つ彼女は、普段とても物静かで人見知りが激しいが、こと話が魔力のことになると途端に饒舌になる。『水』のエレメント持ちだが、特異な魔力発現により『氷』といっていい魔法を使うことができる。その特殊な能力に興味を覚えた賢者スナイプ様が、直々に僕の『騎士団』にスカウトした。
「夜明け前の薄暗さ……」
翠の髪と新緑の瞳をした、どう見ても12・3歳の少女がそうつぶやく。彼女は元木々の精霊王であるマロン・デヴァステータ様だ。どうやら彼女は『魔族の祖』と言われるアルケー・クロウと浅からぬ因縁があるらしく、メロン・ソーダと名乗って僕の『騎士団』に加わっている。
その彼女は、ふっと顔を上げると、スナイプ様に向かって言う。
「……何事にも一生懸命で、自らの信念で殺戮すら辞さない人間のようだけれど、話し合いの余地はあると思うわ。ただ、悪気もなくいきなりこちらの力量を計るために攻撃を仕掛けてくる可能性があるわ」
その言葉を聞いたスナイプ様は、美しい顔を歪めて笑い、
「そうみたいね? みんな、シールドよっ!」
そう叫んだ瞬間、僕たちが立っている地面が陥没した。
「いなくなった!? エルメスハイルではあんなに活躍し、マチェットの坊やの軍を丸々1個師団消滅させたダイが、なんでいなくなるの!?」
第10師団などに大損害を与えて退却させた火の精霊王フェンは、策源地としているジークハインの村に戻った時、村の執政を任せている執事21号からダイたちの失踪を聞き、驚いてそう尋ねた。
「ダイ殿の心中は計りかねますが、とにかく今朝方早くにコア殿やシロヴィン殿たちと村を見回っているのを23号が見かけたのが最後です。
その時は、普段と何ら変わりがなかったと23号は言っておりますが」
それを聞くと、フェンは傍らに控えた執事に、
「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号、すぐにヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク23号をここに呼んで!
それとヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク21号、すぐにヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク27号と28号に、ダイを探させなさい!」
「はい、お嬢様!」「承知いたしました、お嬢様!」
命令を受けた21号と22号は、すぐさまフェンのいる執務室から飛び出していく。二人がいなくなった後、フェンは真剣な顔でつぶやいた。
「ダイ・アクーニン、あれほどの魔力と知力を持った人物を敵に回すわけにはいかないわね。これは要注意人物として『組織』に報告し、彼らの手で処分させたがいいかもだわ」
そこに、執事21号が23号を連れて戻って来る。
「お嬢様、ダイの件でご質問があるとか?」
執事23号が訊くと、フェンは燃えるような赤い髪を優雅にかき上げ、緋色の瞳を23号に向けて微笑む。
「ああ、そのことならもういいわ。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク23号、あなたには別の用事があるの」
そう言うと、かしこまる執事23号に命令した。
「ダイはワタクシを裏切ったわ。ただ、ワタクシ個人への裏切りはエルメスハイルの殲滅戦で帳消しにしてあげようと思うの。
ただし、『組織』からの離反については看過すべきでないわ。そこで、枢機卿特使にダイのことを要討伐対象として報告してちょうだい」
それを聞いた執事21号と23号は、一瞬目を光らせ、ニヤリと笑ったが、すぐに真顔に戻って深々とお辞儀をしながら答えた。
「委細承知いたしました。お任せください、お嬢様」
執事23号が出て行った後、21号はフェンに話しかける。
「お嬢様、ダイのことはこれで良しとして、ジークハウンドにいるセレーネ様たちはどうされるおつもりでしょうか?」
フェンは少し考えて、
「第2師団が突っかかって来ると思ったけれど、第2軍司令官は師団を下げたみたいね。とりあえずの脅威は去ったわけだから、フレーメン城にいるヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナルに命令して、近衛第2師団と第8師団を叩かせようかしら?」
そうつぶやいた。
その頃、大宰相や大司馬から『エルメスハイルの悲劇』の詳細を聞き取った皇帝マチェットは、厩将軍師エース・ユーコフ将軍の意見を容れて近衛第2師団を城から10マイル(この世界で約18・5キロ)まで退かせ、第8師団には第4軍司令官がいるオルトリラへの後退を命令し、シャーングリラに戻って来た。
彼は、王宮に戻るとすぐに大宰相のレイピア・イクサガスキーを呼び出す。先帝ダガーの妹であり、美しく聡明で、帝国のことを第一に考える彼女のことを、マチェットは心底信頼していた。
「陛下、お待たせいたしました」
レイピアが入ってくると、マチェットは左右に控えている副官や小姓たちに、
「大宰相殿と二人きりで話がしたい。そなたたちはしばらく席を外せ」
そう言い付ける。副官たちは全員がドアの外に退出した。
「叔母上、第2軍の件は聞きました。フェンはどこまでも、わが帝国にとって不吉な存在ですね。できることなら朕自ら軍を率いて、フェンを手打ちにしてやりたいほどです」
悔しそうに言うその顔には、2万もの精兵を喪った苦悩と恐怖に満ちている。
レイピアは、そんなマチェットを愛おしそうに眺め、優しく励ます。
「陛下の御無念は痛いほど解ります。私も報告を聞いて一瞬目の前が暗くなりました。陛下が国民を思われるお気持ちは、きっと国民に届きます。ですから、いつまでも悔恨の念に囚われたり、敵に恐怖したりしてはいけませんよ」
マチェットは、憔悴しきった顔でレイピアを見て、
「ありがとう叔母上。叔母上はいつも朕を叱咤激励してくれる。それにどれほど力をもらったか計り知れない。
しかし、今度という今度は、朕になすすべはないように思える。なにしろ相手は精霊王、魔導士すら敵わぬ相手なのに、しょせん人間が敵うわけはないと思ってしまうのだ」
そう言ってため息をつく。
レイピアは温顔のままうなずき、
「そうですね。我が国の将兵は相手が魔導士や魔物の類ならば戦い慣れています。
しかし、精霊王相手に強がる必要はありません。身の丈に合った相手には戦いを挑み、そうでない場合は息を潜める……それも立派な戦略ですし、将兵を大事にする道でもあります。
フェンのような特別な相手には、特別な人士を以て対抗するしかございません」
そう言って続ける。
「陛下のお耳にも届いているでしょうが、『伝説の英雄』と言われる騎士、ジン・ライム殿とその仲間たちが、すでにフェン討伐に動いています。賢者スナイプ様もいらっしゃいましたので、陛下におかれてはご宸襟を安んぜられますように」
★ ★ ★ ★ ★
「まさか、ワインと一緒に行くことになるなんて想像してもいなかったわ」
金髪碧眼で、ちょっと目には少年のように見えるエルフの女性……マディラが、どことなくホッとした表情を浮かべて言う。隣で歩みを進めていたワインは、葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げると、薄く笑って答える。
「まあ、ボクだってまさか『エルフの里』に行くことになるなんて思わなかったよ。ただ、ド・ヴァン君から頼まれてね? キャロット様の神殿遺跡で発見された予言詩については、ボクもちょっと興味が尽きないから、引き受けさせてもらった」
「……その、『予言詩』とは何だ? ラ・ミツケール殿の話では、『魔王の降臨』やこれからの未来に関することが書かれているという話だったが」
ワインとマディラの話に、ペストマスクを付けた長身の人物、テキーラ・トゥモロウが訊く。驚いたことに、ド・ヴァンはミツケールの護衛に、この男を充てていた。
マディラはワインを見る。団長であるド・ヴァンが、テキーラを『組織』が送り込んできた間者であると考えていることを知っており、また自らも最初から彼に胡散臭さを覚えていたマディラは、キャロット神殿遺跡から見つかった予言詩のことをテキーラに話していいものか迷ったのだろう。
しかしワインは、
(ウェンディの言動から察するに、今後起こる『魔王の降臨』について、『組織』としては阻止したいと思っているようだ。
いや、それがウェンディの個人的な考えだったとしても、テキーラがウェンディ配下の人物なら、この秘密は共有しても構わないだろう。ド・ヴァンもそう思っているはずだ)
そう思っていた。
「……ド・ヴァン君は予言詩について、キミに特別な指示を与えたのかい?」
ワインがそう言うと、マディラはハッとした表情で、
(テキーラをワタシたちの護衛につけたということは、ド・ヴァン様にしてみれば彼に予言詩のことを知られても構わない、というお考えなのね)
そう、ワインが言った意味を正確に理解した。
「ああ、『予言詩』というのは、キャロット様の神殿遺跡から見つかったキャロット様のお言葉のことよ。テキーラは『神代エルフ文字』は詳しい?」
マディラは『予言詩』の訳文をテキーラに手渡しながら訊く。テキーラはそれを受け取ると、一瞬手を震わせたが、動揺を隠すように答える。
「いや、私は考古学的な素養は身につけていない。しかし、この詩は『伝説の英雄』のことを予言したものか?」
「現状では、ラ・ミツケール殿はそう理解しているみたいね。ワタシも同じ意見だけれど、正確なことは『神代エルフ文字』に精通した『エルフの里』の長老に訊いてみるしかないわ」
マディラがそう答えると、テキーラはホッとした雰囲気をありありと出して、
「そうか、ここに書いてあることは、あくまでキャロット様が当時視られたビジョンってことなんだな」
そう、つぶやくように言うと、ゆっくりと護衛の騎士団員たちのもとへ歩いて行った。
「……何か、ショックを受けていたみたいね?」
テキーラの後姿を見ながら、マディラが拍子抜けしたように言う。もっと根掘り葉掘り聞かれるのかと身構えていた感じだった。
ワインは、同じく去って行くテキーラを見ながら、
「ド・ヴァン君は彼がウェンディの仲間ではないかと疑っている。その見立ては正しいと思うよ。何しろ以前の四神の中で、エレクラ様を除いたらウェンディだけがジンに対する態度が中立だった。恐らく、テキーラもウェンディの気持ちをよく知っているに違いない」
「それで、ヴォルフ様に攻勢を発起させるので、セレーネも軍団を率いてアリエルシュタットを攻めればいいのですね? その間にヴォルフ様が、フォイエル城を遠巻きにしている第8師団を叩くと……ヴォルフ22号、その理解でいい?」
高い壁に囲まれたジークハウンドの町で、金髪で緋色の瞳をした女性が、執事然とした黒髪の男に訊く。執事22号はうなずいて、
「はい、そのご理解で間違いありません。エルメスハイル方面では第6師団と第10師団に大打撃を与えていますので、ここでアリエルシュタットを取れば、帝国はお嬢様の要求について受諾する可能性が高くなります」
そう薄く笑って言う。
「エルメスハイルと言えば、あの不思議な魔導士……ダイって言ったかしら? 彼はどうしているの? 彼が同時にトンデルン方面に出れば、帝国は打つ手が厳しくなるでしょ?」
セレーネが訊くと、執事22号は厳しい顔になり、
「それが、ダイ殿はエルメスハイルの戦いの後、仲間たちと共に姿を消しました。勝ち戦の後だけに、お嬢様も不思議がっておられますし、『組織』への裏切りだとお冠です。
セレーネ様も、ダイ殿の噂をお聞きになったら、すぐさまお嬢様にお知らせ願えませんか?」
そう告白する。セレーネは緋色の瞳を持つ目を細めて答えた。
「ふーん、勝ち戦だけを残して消える……ねえ。解ったわ22号、ダイの行方についても気を付けておくことにしましょう」
「お願いいたします。私はこれからフォイエル城に行って、ヴォルフ様にお嬢様に指令をお伝えしますので」
執事22号がそう言って消えると、セレーネは帷幕の中で考え込んだ。
(今、セレーネはジークハウンドを抑えて、『東の関門』を使えなくしている。この任務は、執事25号と26号が『闇の種族』を引き連れてやって来たら終わり、セレーネはジークハイン村にいらっしゃるお嬢様と合流することになっている……)
その頃には、作戦がうまくいけばフェンの版図は、北はウーリ湖から南はオルター山脈大支脈、西はガリル川水源周辺までと、帝国の3割に及ぶことになる。
(しかも、帝都シャーングリラは指呼の間に入る。皇帝マチェットはどう反応するかしら? 攻勢? それとも遷都?)
そこまで考えた時、セレーネはハッとした。不意にダイ・アクーニンがトオクニアール王国の提督を務めていた時のことを思い出したからだ。
当時、ダイはコルベット艦を旗艦に、スループ艦5~8隻を中心とした艦隊を任され、中央大洋方面で遊撃戦を展開していた。主にマジツエー帝国の陸軍輸送船や補給艦を狙った補給路の遮断戦術を実施していたのだ。
それを阻止するため、マジツエー帝国もホレイショ・ホルスタイン提督の傭兵艦隊を準備し、中央大洋に放った。その頃のホルスタイン艦隊はフリゲート艦を旗艦とし、11隻のコルベット艦を擁した強力な艦隊だった。
それを知るや、ダイは見事なヒット・アンド・アウェイ戦術でホルスタインをけん制・翻弄しながら艦隊をアロハ群島海域に集め、ライハナ島沖で海戦を挑んだ。
この海戦では、ホルスタイン艦隊は3隻のコルベット艦と遊撃戦隊司令を失い、ダイ側もスループ艦1隻を失ったが、誰が見ても勝利の栄冠はダイがもぎ取ったことは明らかだった。これにより、当時の大賢人マークスマンが両国の講和に動くという噂が広がった。
その段階で、ダイは信じられない行動に出た。突如としてトオクニアール王国海将の座を擲ち、『賢者会議』に講和を呼び掛けたのである。
もちろんマークスマンはその呼び掛けに応じ、アロハ群島は『賢者会議』がスリング時代に裁定したとおりトオクニアール王国のものと確定したばかりでなく、コロリン諸島やトラック諸島での商船相互乗り入れ権を確保したのである。
問題は、ダイの離職を知った皇帝マチェットはここぞとばかりに大艦隊を準備したのに対し、ロネット王は何ら動きを見せず、『賢者会議』に裁定を委ねていることである。
つまり、ロネット王はダイが『賢者会議』と話を付けていることを事前に知っていたということになる……当時の世人はそう噂し、これは彼我の国力の差を知っていたダイが、自らの戦勝を使って雇い主であるロネット王に最大のリターンを得させた高等政略だと噂された。
もちろん、セレーネもそう思っている。しかし彼女はさらに、
(ダイは、『これ以上戦ったら最終的には負けて、すべてを失う』ことを知っていたんじゃないかしら? とすると、セレーネたちもこれ以上帝国と戦い続けるのは得策じゃありませんね)
そこまで考えを巡らせていた。
ただ、たとえセレーネがそう言っても、それを素直に受け入れるフェンではないことも、セレーネは良く知っている。
(結局、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク様がフェン様を説得するしかないみたいね)
そう思うと、気が重くなるセレーネだった。
一方で、執事22号からフェンの命令を受けたヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル……ヴォルフは、一応命令を受けた後、22号に質問する。
「お嬢様のご意向は解った。それで、セレーネがジークハウンドを空にしたら、誰がそこを守るんだ? 使えそうな将帥はダイ・アクーニン殿くらいしかないだろうが、彼もジークハインを動くわけにはいくまい?」
「それが、ダイ殿はエルメスハイルの殲滅戦の後、忽然と姿を消しまして……」
口ごもりながら言う22号に、ヴォルフは一瞬眉を寄せて、
「ダイ殿が? 何かお嬢様に対する置手紙のようなものはなかったか?」
鋭い口調で訊く。ヴォルフもまた、ダイがトオクニアール王国の海将時代に行ったことを知っていた。ダイが勝ち戦を土産に陣営から消える時、それは最終的にはその陣営が負けると彼が信じていることを意味する。
「いえ。彼は仲間を連れて、いつの間にか姿を消していました。まだ彼には前金も支払ってはいなかったので、まさかという思いです」
それを聞いて、ヴォルフはさらに不吉なものを覚える。『助言屋』である彼が報酬すら受け取らなかったのは何故か? 取りも直さず自分たちの陣営の敗北が、すぐそこに見えていたということではないのか?
(くそっ、ただでさえ芳しくない情報を手に入れたというのに、ダイの失踪とはな……)
ヴォルフはひそかに舌打ちすると、
「22号、私は直接お嬢様と話がしたい。お嬢様は今どこにいらっしゃる?」
真剣な顔で訊くヴォルフの圧力に押されて、執事22号はややのけぞり気味に答えた。
「せ、セレーネ様の軍と合流されるおつもりではないでしょうか? 今はまだ、ジークハインにいらっしゃいます」
「分かった。執事1号、君がしばらくこの城の守りを受け持ってくれ。もし抑えきれない場合、全員でジークハウンドに来るんだ。ジークハウンドを前線にして、『東の関門』を根拠地にしよう」
そう言うと、執事22号と共に転移魔法陣でジークハインの村に向かった。
ヴォルフは、途中で
(そう言えば、セレーネにはアリエルシュタットへの攻勢が指示されていたな。私が動かないうちにセレーネが出れば、彼女は無駄に苦戦することになる。先に彼女と今後の動きを打ち合わせておくべきだな)
そう気付き、執事22号には、
「私が話があるのでお嬢様の所にお伺いすると言っていたと伝え、お嬢様を軽々しくジークハインから動かすな。一歩間違えたら、今度壊滅するのはこっちだぞ」
そう注意して先にジークハインに戻し、自分はジークハウンドのセレーネのもとに向かった。
ヴォルフがジークハウンドに着くと、陣地のあちらこちらで魔戦士たちが楽しそうに話をしていた。どの戦士たちも帝国軍の兵士たちに対してそれなりの敬意を表し、バカにしている様子は微塵も感じられない。
(セレーネは魔戦士たちから信頼されているようだな。軍紀厳正で士気旺盛、いいことだ)
魔戦士たちは執事たちを見慣れており、フェンの腹心であることを知っているようだ。ヴォルフの姿を見た魔戦士たちは一瞬、彼を誰何するような顔で魔力を燃え立たせるが、それがヴォルフであることを確認すると、サッと敬礼する。
(まあ、執事たちはみんな、私を模して造られた自律的魔人形だからな、顔が同じなのは当たり前か)
ヴォルフは心の中で苦笑して、答礼する。
やがてヴォルフは、セレーネの帷幕の前まで歩いて来ると、静かに声をかける。
「セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカ将軍。私だ、ヴォルフだ」
すると、緋色の鎧に身を固めた金髪の女戦士が、
「お待ちしていました、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク様。
ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号からお嬢様の指示は承りましたが、ぜひ話を聞いていただきたくて。明日にでもセレーネの方から出向こうと思っていたところです」
そう言いながら飛び出してきた。考えあぐね、疲れた表情をしているセレーネを見て、ヴォルフはうなずき、
「どうやら君も、私と同じ考えをしているようだね。中で話そう、人払いをお願いする」
そう言うと、セレーネはにっこりとうなずき、
「セレーネはヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク様と今後の打ち合わせをいたします。軍機に関することなので、みんないったん席を外しなさい」
帷幕の中にいた副官や書記、小姓などを全員外に出した。
セレーネはヴォルフに席を勧めると、
「ダイ・アクーニンのことをお聞きになられたのですね?」
そう、愁いを含んだ表情で確認する。しかし、ヴォルフの話は、セレーネの心配をさらに強めるものだった。
ヴォルフはゆっくりとうなずくと、驚くべき情報をセレーネに告げる。
「さっき22号から聞いた。しかし、もっと憂慮すべき情報がある。マチェットの依頼を受けて、ジン・ライムがお嬢様の討伐に動き出した。彼の率いる騎士団には賢者スナイプや『ユニコーン侯国の獅子戦士』ラム・レーズンをはじめ、決して侮れない仲間たちがいる。ここでマチェットと戦っている場合ではないぞ」
★ ★ ★ ★ ★
マチェット陛下直々に『フェン・レイ討伐』の依頼を受けた僕たち『騎士団』は、ダイが第6師団を壊滅させたエルメスハイルにもうすぐ着くところだった。
『敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず』……そう言ったわけではないが、僕たちはフェンが何を考えているのか、ダイがどんな人物で、何を思ってフェンに力を貸しているのかを話し合いながら進んでいた。
話もかなり進んだ頃、メロンさんがフッと顔を上げると、スナイプ様に向かって言う。
「……ダイ・アクーニンは何事にも一生懸命で、自らの信念で殺戮すら辞さない人間のようだけれど、話し合いの余地はあると思うわ。ただ、悪気もなくいきなりこちらの力量を計るために攻撃を仕掛けてくる可能性があるわ」
その言葉を聞いたスナイプ様は、美しい顔を歪めて笑い、
「そうみたいね? みんな、シールドよっ!」
そう叫んだ瞬間、僕たちが立っている地面が陥没した。
ズドドンッ!
ものすごい音とともに、僕たちがいた地面が急に消え去り、前すら見えない厚い土煙が立ち込める。
しかし、僕たちは慌てもせず、その場でシールドに包まれて前を見つめていた。もちろん、全員が得物を構えている。
そしてまだ視界は土煙で覆われているというのに、50ヤードほど前から若々しい声が聞こえて来た。
「やあ、さすがは『伝説の英雄』と言われる騎士が率いているだけはあるね。ぼくの『感覚の恩恵』が効かないなんて」
楽しそうに言う声に、僕は努めて平常心で答えた。
「君はダイ・アクーニンという魔法使いだな? いきなり仕掛けて来るなんてどういった考えだい? 戦うつもりなら相手になるが?」
すると、急に土煙は晴れ、僕たちの足元には大地が現れる。さっきの大陥没は、ダイの魔法による錯覚……と言って悪ければ、感覚の遮断と奪取だったのだ。
ダイは、僕が想像していたよりもおとなしそうで、真面目そうな青年だった。ド・ヴァンさんから覇気を消し、数年成長させたらこうなるのかもしれない……僕はダイを見てそう感じた。
一方でダイは、僕がまだ少年と言っていいような見た目だったのが意外だったらしい。彼は非常にびっくりした顔をして、僕に問いかけて来た。
「……ぼくの魔法を退けたからには、君たちの中に『伝説の英雄』ジン・ライムがいるはずだが、まさか君がそうなのかい?」
「そのまさかさ。僕がドッカーノ村騎士団団長、ジン・ライムだ。君たちの方こそ、自己紹介してくれないのかな?」
僕はそう言いながら、僕たちの真横……3時と9時方向に感じる魔力、ではなく、4時と8時方向にかすかに漏れる魔力の場所に、ステージ2セクト1『大地の花弁』の花を咲かせる。
バシュンッ!
「うえっ!?」「ひゃんっ!」
本来なら、12の魔力の花弁は、近付くものを斬り裂いて消滅させる。けれど花弁が開き切らないように調整すれば、その中にいる者は外に出られなくなる。この魔法が、こういった使い方ができるとは知らなかったが、とっさのひらめきで僕はダイの仲間二人を虜にした。
ダイは、冷たい目で僕を見ている。まるで種を明かされた奇術師のようでもあり、作戦に失敗した策士のようでもあった。
「君の仲間に手を出すつもりはない。ただ、君がなぜフェンに協力したのか、その理由を聞かせてくれないか?」
僕は、あくまでも話し合いをするつもりでそう彼に問いかける。ダイは花弁に捕まっている二人の仲間、茶髪で碧眼をして大剣を背負った女性と、亜麻色の髪をして槍を構えた少女を見つめて唇を噛んでいる。
「それと、もう一つ訊きたいことがあったんだ。君たちのうち、『サン・ゾック』を名乗っていたのは誰だい? サン・ゾックさんが非常に怒っていたよ。勝手に名前を使われたってね」
僕が言うと、4時の方向で花弁に捕まっている大剣使いの女性が答えた。
「それはあたい、コア・クトーさ。マジツエー帝国でも通りのいいサン・ゾックの名前を使えば、それだけあたいたちの挙兵が帝国領内に広がりやすいからね」
「なるほど、それを指示したのはダイ、君というわけだね?」
僕の身体から黄金色と翠色の魔力が発せられ、それを紫紺の煙のような魔力が絡みつく。それを一目見て、ダイは肩をすくめながらため息をついた。
「……やれやれ、『土』『風』『木々』の魔力に魔族としての深淵の力だって? そんな相手じゃぼくが敵わないはずだ」
そうつぶやくと、僕の方に歩み寄りながら言う。
「ジン・ライム、君の噂はぼくがヒーロイ大陸にいた頃から聞いていた。リンゴーク公国の危機を救い、トオクニアール王国ではオーレーハ・ペテンシーを改心させたと聞く。
どれ一つ取っても、並みの騎士団ではできないことだ。一つ訊きたい。『魔王の降臨』は本当に近付いているのかい?」
「恐らく答えはイエスだ。だが、それを聞いて何をしたいんだ?」
僕はダイの瞳があまりに真剣に輝いているのを見て、本来なら答える必要がない質問に答えると、ダイは立ち止まった。しっかり握りしめたこぶしが震え、白くなっている。
その時、賢者スナイプ様が僕の隣に並んで、ダイに話しかけた。
「ダイ・アクーニン、私のことは覚えているかしら?」
するとダイは、大きく目を見開いて答える。
「きみは、エレーナ。エレーナ・ライムだね?……失礼、今は賢者スナイプだったか」
「知り合いですか?」
僕が訊くと、スナイプ様はダイから目を離さずにうなずき、
「20年前の『魔王の降臨』では、お互いにひどい目にあったわね? あなたなら四方賢者にもなれたでしょうに、どうして賢者キル様のお誘いを受けなかったの?」
そう訊くと、ダイは左手を差し出し、掌の上に漆黒の渦を作りながら答えた。
「魔法は修練すれば型にはまってしまう。それでは魔王を倒せないと思った。人の心理や軍事的素養を身に着け、伸び行くままの魔力で魔王を倒す……それがとうさんの敵を討つ近道だと思ったんだ」
「賢者ストック様のことは知っているわ。あのお方は時の筆頭賢者代理マークスマンの指示に逆らってまで、マイティ・クロウを助けに『暗黒領域』に踏み込まれたのよね?」
「……ああ。そしてとうさんは戻って来なかった。大賢人ライト様にお聞きしても、『暗黒領域』のどこにもとうさんの姿はなかったそうだ。恐らく、魔物たちが……」
そこまで言うと、ダイは言葉を切って、大きく息をする。感情の高ぶりを抑えようとしているのだろう。
だが、僕も同じで正規の訓練を受けていない魔法使いは、魔力の暴走を起こしやすい。僕は心の中で秘かに、彼が暴走したら迷わず魔法を撃つことに決めた。
ワインたちは、アインシュタットで手に入れた馬に乗り、まずは南に向かっていた。
「ワインの坊や。一つ訊くが、『エルフの里』は『暗黒領域』に位置しているんじゃないのか? 我々だけならともかく、騎士たちやラ・ミツケールまで連れて、どうやって『エルフの里』にたどり着くつもりだ?」
ワインの隣で馬を駆る、黒いフード付きマントを着てペストマスクの男が訊くと、ワインの代わりに金髪碧眼でちょっと目には少年のように見えるエルフの女性が答える。
「本当はアタシたちも、ド・ヴァン様と一緒してエルメスハイルからジークハウンドに入り、『東の関門』を通って『エルフの里』に行く予定だったんだ。
しかし、『東の関門』はフェン・レイっていう火の精霊王が占拠しているんで、遠回りにはなるけれど『南の関門』から『暗黒領域』に入ることにしたんだ」
「ふむ……『エルフの里』は『哲学の森』の中にあると聞いていたから、なぜドゥンケルシュラウドを目指すのかが不思議だったが、そういうことか」
ドゥンケルシュラウドは、ホッカノ大陸南側で海に注いでいる大河だ。その右岸にはナイフ・イクサガスキーが植民したというナイフイナッフの村があり、その対岸がドゥンケルシュラウドの町になる。そこからゲッツ村、タンバリンシューの町を経て、『南の関門』に至る。
ホッカノ大陸に伝わる伝承では、魔王が眠るとされた『約束の地』に最も近いのは『東の関門』だそうだ。ただし、こちらから『約束の地』に至るには、各種の罠がある精霊たちの森を越え、『地獄の河原』『瘴気の密林』を抜けねばならない。
しかも、その後に控えるのは魔物の巣窟でもある『決戦の大地』であり、幾万とも知れぬ魔物との死闘を生き延びねば、『約束の地』への崖を登攀することはできない。
一方で、『北の関門』からなら、一気に『決戦の大地』に行くことは可能だが、その前に立ちはだかる『虚無の平原』を越えた人物は一人もいないと噂されている。茫漠とした、方向感覚を奪う風景と、魔力を少しずつ奪っていく独特の風は、いかなる魔術師も抗いがたいのだろう。
それに比べると、『南の関門』は、『約束の地』に通じていないという特性のためか、魔物に出会うことはめったになく、しかも道行きは平坦である。マジツエー帝国の植民や『暗黒領域』探索が、初期にはこちら方面に重点を置いていたのも、そうした理由による。
ただし、こちらの方面からも東方面に出ることは可能である。もっとも、途中で『英雄の道』と言われる魔物が比較的多い盆地を通ることにはなるが。
「テキーラさんの言うとおり、ボクたちやラ・ミツケール殿だけだったら、『転移魔法陣』で『エルフの里』の近くまで行くという手もある。
けれど厄介なことに、『エルフの里』は空間ベクトルが微妙に振動しているから、大人数での転移には向いていない。間違って隣の『暗黒の森』なんかに出てしまったら大事だからね」
ワインがそう言って笑うが、テキーラは釈然としない風情で、
「ラ・ミツケール殿は史料の解読を急いでいたはずだ。『南の関門』から『哲学の森』までは、どんなに急いでも一月はかかる。しかも『英雄の道』を通らないとすればもっとかかるぞ。ワインの坊や、それにマディラ、そろそろ私にも本当の目的を話してはくれないかね」
そう言うと、続けてマディラの耳元で、
「私をウェンディからの回し者と疑ってはいるだろうが、『暗黒領域』に足を延ばすのなら、余計に私と手を結んでおいた方がいいとは思わないかね?」
そうささやく。
マディラは一瞬ハッとした表情をして、身を固くしたが、すぐさま彼女らしい冷静さを取り戻して答える。
「……何を言っているんだい? あんたは『ドラゴン・シン』の団員じゃないか。
団長が言われるには、『敵を謀るには、まず味方から』だそうだ。団長からの指示は、必要な時にあんたやワインに話して聞かせるよ」
そう言って笑うマディラに、テキーラは一つうなずくと
「団長の指示なら仕方ない。いつでも必要な命令を出してくれ」
そう言って、馬を団員たちが固まっている方へと向けた。
白い霧が流れる世界がある。
そこには音は存在しない。深い霧が物音を吸い込み、静寂の世界を創り上げているのだ。
しかし、霧の流れを見ていると、明らかに白い帳の奥に誰かがいることを教える。流れる霧はある地点で渦巻き、その渦はゆっくりと拡散し、次の渦が生まれていく。
霧の世界に存在するのは、フード付きのマントを着た4人の女性たちだった。彼女たちは終始無言で、しかし明らかな意思でもって、深い霧の中を進んでいく。
やがて彼女たちの前に、唐突と言っていい感じで巨木が姿を現す。その木を見て、先頭にいる黒いマントの少女は、後ろに続く白いマントの女性に道を譲る。
白いマントの女性は、すっと前に出て巨木に手をかざす。巨木の幹に、人一人くらいは楽に入れるほどの大きな洞が口を開いた。
「ヴィンテル、今日はあなたが主役よ。最初に入って」
白いマントの女性がそう言うと、黒いマントの少女はうなずき、
「では行こう。あたしの次は誰、ヘルプスト?」
ヴィンテルが言うと、白いマントの女性、ヘルプストは薄く笑って答えた。
「フェーデル、ゾンメル、そしてわたしよ。『盟主様』を待たせるわけにはいかないわ。急ぎましょう」
ヘルプストの言葉に、蒼いマントの乙女と朱色のマントの娘がうなずく。それを見て、ヴィンテルはさっと洞へと入って行った。
四人が洞の中に入ると、そこは別の空間だった。薄い霧が光を乱反射して、ぼやけてはいるが影のない世界……天空は薄紫で高さを感じないが、さりとて圧迫感もない。足元には薄い霧が流れているが、視界を遮るものは何一つない。ただ、四人が抜けて来た空間の出口が、ぽっかりと黒く不気味に浮かんでいるだけだ。
蒼いマントの乙女が、遠くを見ながらつぶやく。地平線と言っていいなら、地平線が見えるであろう彼方は、霧のせいで空との境が曖昧で、それが彼女にこう言わせた。
「これは、『摂理の世界』に似ている。ゾンメル、そう思わない?」
そう言われた朱色のマントの娘は、驚愕の色を浮かべながら首を横に振る。
「分からへん。うちは『摂理の世界』なんて見たことあらへんから。フェーデルこそ、なんでそないなこと知っとんねん?」
「……ぼくも詳しくは知らない。でも、この永遠と無限を感じさせる空間は、そうじゃないかな?」
フェーデルという乙女が答える。
「……『盟主様』が思い出されたのかもしれん。ご自分が何者だったか、何者になろうとされたのか……」
ヴィンテルのつぶやきを、ヘルプストが引き継ぐ。
「……そして、何者になろうとされているか、ね。ヴィンテル、『盟主様』をお呼びして」
「分かった」
ヴィンテルが短く答え、黒いフードを外す。黒髪に黒曜石のような瞳を持つ、冷たい美しさがある少女の顔が露わになる。
「……わが主人たる『盟主様』、あなたを心から崇敬し、あなたの忠実なしもべであるあたしたちを、この場に召された理由をお示しくださいませ」
ヴィンテルの幼い、しかし凛とした声が虚空に流れる。するとその声が終わると同時に、四人の前に11・2歳の小柄な少女が現れた。
その少女は、白髪に碧眼。小柄な身体に青いシルクのような布を幾重にも巻き付け、腰には銀の太いベルトを巻いていた。
「カトル枢機卿……」
少女は、四人にそう呼びかける。その声は秋の梢を揺らす風のように、柔らかくはあるがどことなく冷たさを感じさせる声だった。
「はい」
四人が同時に答える。そして答えながら跪く。そうせざるを得ない圧力が、静かな声には含まれていたのだ。
「キャロットの魔力が散じ、その魔力が誰かに受け継がれました。一人はマロン・デヴァステータであることは判っていますが、もう一人、得体の知れない魔力を持った人物がいます。その人物を特定し、その首を私に捧げなさい」
少女は、碧眼を青く輝かせながら、一切の迷いもなくそう命じる。さすがのヴィンテルも首筋がうすら寒くなった。
それはヘルプストも同じ思いだったのだろう、彼女はゆっくりと少女に答える。
「わが『盟主様』のご所望であれば、我らはご命令に従いますが、その人物はいつかご報告申し上げたジン・ライムという魔族の少年です。
彼は『伝説の英雄』と呼ばれ始めていますが、恐らくアルケー・クロウを凌ぐ実力の持ち主。彼の処断は彼がアルケー・クロウを倒した後の方がよろしいかと」
すると『盟主』は、首をかしげて
「そう、おかしいわね」
そうつぶやいたが、すぐに顔を上げて言った。
「ヘルプストの意見を容れましょう、その代わり……」
そう言って四人を見回して、命令を訂正した。
「キャロットの神殿に残されていた『木々の予言』を記した石板。それをここに持って来なさい。私がキャロットに代わって予言を現実にして差し上げましょう」
(精霊王を狩ろう! その2に続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ジンたちは遂にフェンとの直接対決に乗り出しましたが、『組織』の方も精霊王頼みではなく、子飼いの枢機卿たちを戦いに投入してくるようです。
『暗黒領域』に踏み込む前に、また大きな戦いは避けられない状況になって来ましたね。
次回もお楽しみに!




