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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
マジツエー帝国編
100/153

Tournament100 A bandit hunting:part5(山賊を狩ろう!その5)

火の精霊王が率いる反乱軍は、マジツエー帝国軍とエルメスハイルの町で激突した。

智謀の士、ダイが仕掛けた罠に、帝国軍は気づくことができるのか?

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』


♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母?に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


♡レイラ・コパック 17歳 内向的な性格で人付き合いが苦手だが博識。『氷魔法』を持っているため、賢者スナイプのスカウトで騎士団に加わった『ギャップ萌えヒロイン』


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「敵襲よ! 配置に就きなさい! 投石への対処はコノに任せて、みんな落ち着いて配置に就きなさい!」


 ダイがエルメスハイルの町を離れてわずか2日目の薄暮、『帝国軍が攻撃してくるまで1週間はある』というダイの言葉を見事に裏切り、マジツエー帝国第2軍の精鋭、第6師団が奇襲を仕掛けてきた。


 町の防御指揮をダイから委ねられていた魔導士コノ・ヤーロは、立ち騒ぐ味方の山賊たちに必死に呼びかけながら魔力を開放する。実はコノは『魔法使い』と言ってもまだ博士や賢者には程遠く、単なる上級魔法修士に過ぎない。これは10ある魔術師の階級のうち下から3番目だ。


 それでも彼女は、『風』の魔力を振り絞って町全体を旋風で覆った。投石器の岩は、突風に巻かれて弾き飛ばされる。


 それを見て、山賊たちは落ち着きを取り戻し、何とか迎撃配置に就き始める。


(くそっ! コノもこれで限界だわ。でも、ダイが帰って来るまで持ち堪えないと、一生奴に大きな顔をされてしまう)


 コノは歯を食いしばって、魔力の壁を維持することに全力を傾けた。


 一方、エルメスハイルを攻めている第6師団では師団長のゼクスヌスが、風の障壁を見て唇を歪めていた。


「ふむ、『風の障壁(ヴィンドケッセル)』か。ダイ・アクーニンは魔法も使うと聞いてはいたが、結構高等な技も持っているようだな」


「師団長殿、前線の第16連隊長殿から『突撃ヨロシキヤ』と連絡があっています。いかが返事いたしましょう?」


 連絡将校が訊くと、師団長は傍らの作戦参謀を見る。


「調べによると、奴らの中で魔力を扱える者は2・3人ほどしか確認できていません。これだけ大きな竜巻で町を覆うのであれば、交代で魔力を使ったとしても1時間以上は持たないでしょう。まだ突撃は控えさせて、あくまでも投石器で相手を疲弊させたほうがよろしいと思います」


 作戦参謀が答えると、第2野戦設置弓兵連隊から派遣されている連絡将校も、


「せっかく射撃を開始したんです。持っている弾丸の半数は撃たせてください」


 そう依頼する。


 第6師団長は、どちらの意見にもうなずいて、


「うむ、山賊たちを相手に無茶をしてもつまらん。ここを落としたらジークハインを攻めねばならんからな。

 連絡将校、第16連隊には『突撃ハ弓兵射撃ノ後ニセヨ』と答えるんだ」


 第6師団は、コノの魔力が尽きるまで大型投石器で魔力を消耗させる選択をしたが、コノの方はそんなことは判らない。彼女は


「敵は、風の壁を突き破って突撃してくるかもしれない。警戒を緩めないで!」


 左右の伝令をあちこちに走らせ、防御に穴が開かないよう気を配っていた。


(ダイの奴め、ひょっとしたらコノを嵌めたんじゃないでしょうね? 帝国軍の動きを察知して、とても敵わないって思ったから、指揮をコノに委ねて脱出したとか……)


 コノは状況が厳しいため、そんな疑念が頭をよぎる。しかしすぐに疑念を振り払うように頭を振り。


(そんなこと、ここを守り切ってからダイに詰問すればいいだけ。今は防御が破られないように集中しないと)


 歯を食いしばって、魔力の保持に精神を集中させた。



「第6師団がエルメスハイルの攻略にかかりました」


 ジークハイン村にいるダイは、シロヴィンから報告を受けると、目を丸くして答える。


「へえ、2日で移動して、薄暮に攻撃を発起するなんて、第6師団の師団長はなかなか型にはまらない人物のようだね。ぼくの予想より半日早い」


「夜襲を選ぶということは、よほど師団の練度に自信を持っているんでしょうね」


 革鎧を着たコアも、若干驚いた様子でそう言う。


「……と、すると、コノが町を守って第6師団を1日拘束するって計画も崩れる可能性があるね。フェン殿に説明して、出発時刻を早めていただこうか」


 ダイはそう言って立ち上がる。シロヴィンもそれに続いて立ち上がって、


「ダイちゃん、なんかフレーメン城から、また一人執事が来たみたいよ? おんなじ顔をしているなんて、あの執事さん、何人兄弟なのかしら?」


 そう言う。ダイは薄く笑って、


「シロヴィン、あの執事たちは恐らく自律的魔人形エランドールだ。ぼくが知っている限りでは、25号が一番大きい数字だから、フェン殿は少なくとも25体のエランドール執事を使っている。今度の執事は何号だい?」


 そう訊くと、シロヴィンは下唇に人差し指を当て、上を見ながら首を傾げたが、


「そう言えば、フェンさんは『ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル』って言ってたわ」


 そう答えた。


 ダイは碧眼を細め、


「そうか、じゃ、人間か亜人か、少なくとも機械じゃないわけだ。先に彼と話をした方が、話が早いかもしれないな。シロヴィン、すぐにフェン殿と面会できるように取り計らってくれないか?」


 そう頼む。シロヴィンは不思議そうに訊く。


「え? 前回の会談で、ダイちゃんは直接フェンさんに面会を申し込んでもいいって言ってもらったじゃない? ダイちゃんが頼むなら、あたしはいうこと聞くけど、わざわざメンドクサイことしなくてもいいんじゃない?」


「執事本人には、ぼくが直接フェン殿とコンタクトを取っていいことが伝わっていない可能性がある。彼がいるのなら、彼を通じて面会を申し込んだ方が、余計な疑念を抱かせずに済むのさ」


 ダイの答えに、コアは感心したように首を振り、


「ダイ、あんたの用心深さには感心させられるよ。あたいなら、何も考えずにフェンさんに話をしにすっ飛んでいくところさ」


 そう言い、シロヴィンも納得して部屋を出て行った。


 面会の許可は、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク自身が伝えに来た。ダイはヴォルフを見た途端、


(ほう、珍しい『闇』のエレメント持ちか。それに頭も切れそうだな。ぼくがどんな男か、確かめに来たって訳か)


 そう看破する。


「初めまして。ぼくはエルメスハイルの町でフェン殿から指揮官に採用されたダイ・アクーニンです。

 わざわざご自身でお迎えに来ていただいて恐縮です、ヴォルフガングさん」


 ダイがあいさつすると、ヴォルフは笑みを浮かべ、


「いえ、お嬢様から直接謁見申し込みの許可を頂いているにも拘らず、私を通して来るとは、失礼ながら山賊にしては義理堅いなと思ったんですが、あなたを見て納得しましたよ。

 私はヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク、ヴォルフと呼んでいただいて結構です。では、お嬢様の所にご案内いたします」


 そう言うと、三人の前に立って歩き出す。


「お嬢様はお強いお方ですが、戦略戦術には少し疎い所もありましてね? あなたから即時の出発を進言していただけると助かります」


 そう言うヴォルフに、ダイは驚いた顔で思わず問いかける。


「え!? それはどういう?」


 するとヴォルフは、苦笑して答えた。


「済みません、違っていましたか? 私は今回の作戦をあなたが提案されたと聞いたものですから、第6師団の攻撃開始がこちらの予想より半日ほど早く始まったのを見て、てっきり出撃時刻を早めたいと提案されるのかなと思っていましたが」


「いえ、まさにそのとおりです。参ったなあ」


 ダイも苦笑せざるを得ない。この瞬間、ダイにはヴォルフに対する警戒と尊敬の念が同時に芽生えた。



「第6師団の攻撃開始については、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナルから報告を受けているわ。

 それで、出発時刻を早めたいのね? いつ出るの?」


 フェンはダイの顔を見ると同時に、そう訊いてくる。ダイはもはや驚きもせず、


「できる限り速やかに出発していただきたいのです。兵力差があるうえに、第6師団は大型投石器など専用の攻城兵器を装備しています。指揮を執っているコノ・ヤーロは魔導士ですが、長くは持ち堪えられないでしょうから」


 そう、淡々と言う。


 フェンは、ヴォルフを見て、


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、ワタクシの可愛い炎鴉フォイエルクロウたちは、すぐ出発できるかしら?」


 そう訊くと、ヴォルフは丁寧に頭を下げて答えた。


「いつでも出発可能でございます、お嬢様」


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕の説明を聞き終えたレイピア様は、さすがに事態の深刻さを瞬時に見抜いたんだろう、


「……タブン・ウソツキー、ダンゴスキー大司馬をこれへ」


 お付きの男……団子っ鼻の狐のような参事官にそう命じ、僕に微笑みかけて言った。


「そのような考えには至りませんでした。ぜひ、軍の責任者に直接、話をしてください」


 そして、大司馬様がこの場に到着するまで、僕は当面の作戦についてではなく、サン・ゾックさんの話をすることが出来た。


「時にジン・ライム殿、あなたはフェンの軍にサン・ゾックという人物が加わっているという話を聞かれたことはありませんか?」


 レイピア様がそう尋ねられたのを好機として、僕は


「サン・ゾック殿という農場主の少女とは、すでに面識があります。というのも、僕たちをこの大陸に運んできてくれたのが、彼女の兄であるカイ・ゾック船長でしたから」


 そう答えた。


 レイピア様は、ちょっと困ったような顔で僕を優しくにらむと、少し小さな声で僕に言った。


「そうですか、カイ・ゾック船長に。ということは、ジン殿、あなた方はこの国に密入国する予定だったのですか?」


 僕は『しまった』って顔をしたのだろう、隣に座っている賢者スナイプ様が僕の太ももをつねると、にこやかに言い繕う。


「いえ、私たちは『ドラゴン・シン』と一緒にマジツエー帝国に入国する予定でしたが、ニイハオ島の遺跡調査にオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長が思ったより本腰を入れられましてね? ちょっと出発がずれたのです。ですから、ド・ヴァン殿が追いつく前に、先に『賢者会議』にご挨拶しようと、北部で下船したのです」


「なるほど、元四方賢者のスナイプ様なら、大賢人様にご挨拶をと考えられるのは自然です。しかし、それならそうと先に管理局か私に知らせていただければ、門衛の無礼な行動に御気分を害させることもなかったでしょうに」


 スナイプ様と同様、にこやかに話をされるレイピア様だったが、どうやら僕たちの企みなんぞお見通しのようだった。


 思わず冷汗が出そうな僕を、大司馬様の到着が数ってくれる。


「大宰相様、大司馬のメイス・ダンゴスキーです」


「よく来てくださいました。急に呼び出して済まなかったわね? 入ってちょうだい」


 レイピア様が言うと、カーキ色の軍服に身を固めた30代半ばくらいのがっちりした男性が入って来る。腰にはサーベルを吊り、両の肩にはベタ金の肩章がまばゆい。


 男は、僕とスナイプ様に軽く会釈すると、僕たちの向かい側に腰を下ろす。


「ジン・ライム殿、賢者スナイプ様、こちらが大司馬メイス・ダンゴスキーです。ダンゴスキー殿、あちらのお二人は、『伝説の英雄』ジン・ライム殿と前四方賢者のスナイプ様です。お近づきを願ったら?」


 レイピア様の言葉に、謹厳実直、沈着冷静、質実剛健を絵に描いたようなダンゴスキー様が、明らかに驚いたような顔をして僕を見る。


 まあ、僕は銀髪翠眼で、どこと言って取り柄のなさそうな少年でもあるし、着ているものもよれよれの黒シャツに黒のズボン、革の編み上げ靴って感じで、それもシェリーが繕ってくれた跡もある。


 どう見ても『伝説の英雄』ってよりは『旅の貧乏剣士』って言った方が信じてもらえそうな貧相な格好だったが、腰に佩いた『払暁の神剣』だけは、異彩を放っている。


「ダンゴスキー大司馬、ジン殿を格好で判断してはいけません。あなたも魔力は見えるはず。それにお顔にも、真っ直ぐで折れない心が現れているではありませんか」


 レイピア様が、僕を凝視しているダンゴスキー様に注意をする。


 ダンゴスキー大司馬は、ゆるく首を振って、心底信じられないような声で答えた。


「いえ、ジン・ライム殿と彼の『騎士団』の活躍は、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿やマイティ・フッド殿、レミー・マタン殿からも聞いておりました。

 今、親しくお会いして、自分が想像していたよりも異質で、強力な波動を感じています。この魔力の根源や性質が分からなかったので、このような魔力もあるのだと信じられない思いを抱いておりました」


「ジンくんは、『魔王の降臨』を止めるだけでなく、『摂理の黄昏』も防ぐでしょう。そんな運命の星のもとに生きる彼が、普通だったら私も驚くわ」


 賢者スナイプ様がそう口を挟み、


「それで、ジンくん。大司馬殿にフェンの考えを教えてあげて」


 と、話を本題に戻した。



 ジンたちが大宰相たちとの会談に臨んでいた頃、ホッカノ大陸一の港町、アインシュタットの沖合に、1隻のフリゲート艦を中心とする艦隊が姿を現した。


「……艦長、アインシュタットの港務部に向けて信号を。『われフリゲート艦『オンディーナ』。オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長の入国を許可されたし』だ」


 双眼鏡で港を見ていた金髪の男性が、側でやはり望遠鏡を覗いている黒髪をタールで固めた男に指示する。


「はい、司令長官。『われフリゲート艦『オンディーナ』。オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長の入国を許可されたし』ですね? 信号長、すぐに送れ。余り早くやるなと信号員には釘を刺しておけよ、誤解されたら堪らないからな」


 信号員の中には、素早く信号を送るのを楽しむ者がいる。相手が信号を取れなくてまごつくところを見て、早さを自慢したり快哉を叫んだりするから質が悪い。


 オンディーナ艦長は、信号は意図が伝わらないと意味がないというのが信条から、わざわざそう付け加えたのだ。


「アイ、アイ、サー!」


 艦橋横のハリヤードに、信号旗が掲げられる。『今から信号を送る』の意味だ。相手が了解旗を揚げるのを確認して、ミズンマストの信号台に水兵が機敏によじ登って行った。


 信号員は信号長の言いつけを守ったらしい、一発で了解の旗が揚がる。


「艦長、港務部は信号を了解しました!」


 クロベ・ワギュ艦長はうなずくと、


「ド・ヴァン殿の入国手続きについて何か言ってくるはずだ。信号を見落とさないように頼むぞ」


 そう、信号長に言った。


 信号長が下部艦橋に降りて行くと、ワギュ艦長は司令長官から話しかけられた。


「そう言えば、フネに積み込んだ遺物は、検疫対象なんだろうか?」


「はて? 植物や食料ではないので分かりませんね。通関とも違うでしょうし……」


 司令長官と艦長が首を傾げた時、金髪碧眼の美男子と、白いものが混じった茶髪の男性が艦橋に上がって来た。


「ああ、ホルスタイン司令長官、今の話についてだが、マジツエー帝国は遺跡の遺物に興味があるようでね? 検疫や通関の対象ではないんだが、一応遺物についてこちらの話を聞きたいそうだ。

 だから、手間を取らせて悪いが、遺物は桟橋倉庫に陸揚げする必要がある。第7番ふ頭だそうだが、『オンディーナ』を接岸させてもらえないかい?」


 通常、軍艦は岸壁に接岸することは少ない。特に作戦中は多くの艦は、沖合に錨を打つか、ブイに係留して、乗組員の上下艦はボートで行う。


 ド・ヴァンはそれを知っていたから、ホルスタイン提督とワギュ艦長に相談したのだ。


 ワギュ艦長はホルスタイン司令長官を見る。提督は近付いて来るアインシュタットの波止場を眺めながら、ド・ヴァンに答えた。


「分かりました。たまにはおかを近くに感じるのもいいだろう。乗組員が羽目を外しそうな店も見当たらないし。

 艦長、艦隊に向けて信号を頼む。『艦隊は第7ふ頭に接岸する。準備を急げ』だ」


 ホルスタイン艦隊は、さすがに長く『海の傭兵』として活躍してきただけあって、接岸も見事だった。投錨、舫取りなどでまごつく艦は1隻もなく、ホルスタインも満足げだった。


 一方で艦長は、副長や幹部乗組員を集めて、上陸の際の留意事項伝達と遺物の陸揚げについての協議に忙しかった。


 そんな艦長たちを横目に見て、ホルスタインはド・ヴァンに話しかける。


「ド・ヴァン殿、今回の仕事は非常に興味深いものでした。小官の艦隊に声を掛けていただき、本当に感謝しております」


 するとド・ヴァンは、金髪を優雅なしぐさでかき上げながら、


「ボクこそ、貴重な経験をさせていただいた。本式の海軍艦艇に乗り込む機会なんてめったにないことだからね。いろいろと考えさせられることや、ためになる事項も多かったよ」


 そう言って笑い、ホルスタインに手を差し出す。


「素晴らしい艦隊だった。機会があればまた声を掛けさせていただくよ。残りの報酬は、ボクが下艦して48時間以内に君の艦隊に届くよう手配している。

 これからも、元気で頑張ってくれたまえ」


 ホルスタイン提督は握手をしながら、晴天の水平線のように爽やかな笑顔で答えた。


「それはありがたいことです。護衛ばかりではなく、こんな仕事も思ったより面白いなとガンジー参謀長とも話していたところです。

 ホッカノ大陸への帰還の際は、是非お声がけください」


 ちょうどその時、『オンディーナ』に通関の役人?がやって来た。肩までの茶色の髪が潮風で乱れるのをしきりと気にしている。


「提督、どうやらお使いのようだ。女性に潮風は美容に悪かろう。早く乗船させて差し上げたらいかがかな?」


 ド・ヴァンの言葉に、ふ頭を見たホルスタイン提督はうなずいた。



「私は、交易局から派遣された、参事官のゲンマ・コメツキーです。あなたが『ドラゴン・シン』の団長ですか?」


 『オンディーナ』に乗艦してきた女性は、舷門での登舷礼にびっくりし、その緊張も解けないままド・ヴァンに話しかける。


 ド・ヴァンは、微笑と共に


「はい。ボクが『ドラゴン・シン』のギルドマスター、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンです。以後お見知りおきを。

 それで、交易局としては、今回オタカ・ラ・ミツケール殿が発見した遺物について、どんな疑念、又は興味がおありなんでしょうか?」


 そう訊く。ゲンマはにこりとして、


「疑念? いえ、疑念はありません。ただ、漏れ聞くところでは、ラ・ミツケール殿が遺物をわざわざ帝国に持ち込んだのは、解読のために『エルフの里』に行かれるからということですが、それは本当ですか?」


 そう質問する。ド・ヴァンは肩をすくめ、


「はあ、帝国の情報収集力には驚かされるね。別に隠しちゃいないから正直に言うと、遺物は『神代エルフ文字』で書かれていて、どうしても読み書きができる人物の協力が必要なんだ」


 そう答える。


 ゲンマはうなずくと、重ねて質問する。


「仰るとおりですね。それで、その遺物に何が書いてあるかは、まだ何も判っていないのですか?」


「それはボクが答えるべき事項じゃないな。純粋に学術的分野だからね。そうでしょう、ラ・ミツケール殿?」


 ド・ヴァンはそう言って話をミツケールに振る。ミツケールは白いものの混じったひげを撫でながら、苦笑して答える。


「まあ、まったくもって歯が立たないわけではありませんが、正確な訳を手に入れないことには、何とも答えがし辛い質問ですね。

 まだ論文も書いていないですし、アカデミーへのサマリーすら提出していないので、お答えできない、というのが正確なところです。これが返事にはなりませんかな?」


 ゲンマは困ったような顔をしていたが、アカデミーを持ち出されたら何とも強要しづらいのだろう、しぶしぶといった様子で、


「……ラ・ミツケール殿のお話は承りました。ではせめて、遺物のスケッチなどをご提供いただけませんか?」


 そう頼んで来る。この申し出にはラ・ミツケールもうなずいた。


「それは構いませんが、わしがアカデミーに報告書を上げるまで、部内限りにしていただけますかな? トレジャーハントもそうだが、こう言った研究も他人の手柄を横取りしようと考えている者が居て、なかなか気が抜けないのだ」


 ゲンマは、ミツケールが申し出を了承したので、明らかにホッとした表情になって


「もちろんです。私たちも、学術研究の邪魔はしたくありませんので。では、早速スケッチをいただいてもよろしいですか?」


 そう、催促する。


 そこに、マディラが近寄って来た。先ほどから彼女はド・ヴァンやミツケールが役人然とした女性と話すのを見ていたので、おおよその見当は付いていたのだろう、


「団長、ラ・ミツケール殿から頼まれていた遺物の拓本が出来上がりましたが」


 そう言いながら、丸めた紙をド・ヴァンに手渡す。


「ああ、マディラかい。君はいつも仕事が早いね……それに丁寧だ。どうですかラ・ミツケール殿?」


 拓本を見たド・ヴァンは、そう言いながらミツケールに紙を手渡す。しっかりとした紙には、神殿遺跡で回収した石板の文字が、黒い下地の中に白く浮かび上がっている。


「これは素晴らしい! 文字の角もシャープだし、欠けている部分も完璧に写している。

 この拓本は、これ1セットだけかね?」


 ミツケールは感嘆してマディラに尋ねると、彼女は微笑んで答えた。


「いえ、ラ・ミツケール殿用に2セット、団長とワイン殿用に1セットずつ、『エルフの里』に2セット、マチェット陛下とロネット陛下に1セットずつ、予備に2セットで10セット作っています」


 それを聞いて、ミツケールはゲンマに向き直って言った。


「では、交易局のお使者にこれを贈呈しよう。局長や大司徒殿によろしくお伝えしてくだされ。後日、マチェット陛下にも贈呈するが、それは内容がある程度明らかになってからになるじゃろうな」


   ★ ★ ★ ★ ★


 エルメスハイルでは、ダイから指揮を臨時に引き継いだ魔導士、コノ・ヤーロが山賊たちを鼓舞しながら何とか踏ん張っていたが、さすがに2時間近くも大岩の攻撃が続くと、彼女の魔力も限界を迎えようとしていた。


 暴風で町を囲って外敵の侵入を防ぐ『風の壁(ウィンドシールド)』は、元大賢人スリングが魔王の心臓を封印している『風の魔障壁(グレート・ウォール)』に似ているが、そのレベルは段違いに低い。


 『風の魔障壁』は、術者の能力次第では何物をも通さぬ……物体はもちろん、魔力や思念すらも……ものだが、『風の壁』は単に物を遮断しているに過ぎない。


 それに本来は『シールド』の名のとおり、自身の防御に使われる魔法で、対象面積が広くなれば物理的防御力は落ちる。


 にもかかわらず、大岩を3百発近く、2時間にもわたって防ぎ続けたのだから、コノの魔力量は平均的な魔導士の上を行っていることは確かだった。


(くっ、今、『風の壁』が消えると、何とか陣地に踏み止まっている山賊たちは士気を落として逃げ散るだろう。そうなったら、コノはどんな顔してフェン様に会えばいいの?)


 魔力の限界に来ているコノを支えているのは、ただその思いだけだった。せっかくダイから指揮権を奪ったのに、何も活躍しないままエルメスハイルを帝国軍に委ねたら、自分の魔導士としての経歴は終わってしまうだろう。


 そんなコノの状況を、町を包囲している帝国軍のゼクスヌス第6師団長は、『風の壁』が不安定になってきていることから


「……エルメスハイルを守っている魔導士は、恐らく一人、それも魔力切れが近付いて来ているようだな」


 と看破していた。


「魔導士が一人だなんて、ちょっと信じられませんが。師団長殿はどうしてそう思われるのでしょうか?」


 近侍している若い参謀が訊くと、ゼクスヌスは笑って言った。


「複数人いれば、『風の壁』が不安定になってきたら交代するだろう。2時間もあれほどの壁を作っていれば、魔力はあと15分と持つまい。

 第16連隊に、『風の壁はもうすぐ消える。それと同時に攻勢をかけよ』と伝令を出してくれ」


「はっ!」


 参謀が離れると、ゼクスヌスは総司令部から緊急に送られてきた書簡を引き出しから取り出し、今一度注意深く読み返す。


『大司馬より第2軍司令官へ

 エルメスハイルはフェンの罠である可能性が高い。第6師団が突入の際は、変わったものや魔力の揺蕩いがないか、特に念入りに捜索させよ。

 フェンが自ら出撃するという観測もあるため、周囲の警戒を厳にさせよ』


(第5独立混成旅団の話を聞く限り、ダイはかなり高度な術式を使いこなすようだ。とすると、今エルメスハイルの指揮を執っているのはダイではない可能性もある。

 だとしたら、ダイはどこにいる?……考えられるのは……)


「……フェンの所、つまりジークハイン村か……」


 そうつぶやいたゼクスヌスは、すぐさま偵察隊を出すために参謀たちを呼び立てた。



 その頃フェンは、ダイの献策を受けてオルター山脈の麓に炎鴉フォイエルクロウの軍を向けていた。この山脈は、マジツエー帝国と『暗黒領域』との境界になっており、たまに瘴気すら流れてくるため、人間たちは敢えて近付こうとはしない地域である。


 それでもダイは、シロヴィンに部隊の前方を偵察させていた。シロヴィンには隠形する能力と、生命反応をかなり遠くから探知する能力があったからである。


「ダイ、いくら何でも相手を買い被りすぎじゃない? 魔力を持たない人間が瘴気に触れたらどうなるか、あなたも知っているでしょう?


 第6師団はワタクシの居場所を知るために、ジークハインを偵察したり、街道沿いに哨戒スポットを作ったりはするだろうけど、遠回りになって、しかも瘴気に曝される恐れがある東側なんて、アウト・オブ・眼中じゃないかしら?」


 馬上のフェンが言うと、ダイは首を振って静かに言う。


「いえ、帝国の情報網を軽んじるのは間違いのもとです。こちらの方面まで網を張るくらいの敵なら、優先して叩くべき敵だということです。その時は、フェン殿の魔法がものを言うと思います」


「まあ、それもそうね。知恵もなく弱っちい敵なら、並行宇宙の管理者たるワタクシ、フェン・アリステス・アリスタティア・デ・ラ・マルシェレイがわざわざ相手してあげる価値もないですものね。おーっほっほっほっ!」


 哄笑するフェンに、後ろに続くヴォルフが、


「お嬢様、高笑いもいいですが、私たちも22号を物見に出した方がよいのでは? ダイ殿たちばかりに頑張っていただくのは、お嬢様の日ごろの信念に反するのでは?」


 そう注意する。


 するとフェンは、途端に笑いを収め、


「お、おほん……確かに、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナルが言うとおりね。


 ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号、あなたは……」


 そこまで言いかけて、なんと命令すればよいのやらという顔でヴォルフを見る。


 ヴォルフは微笑んで、


「22号、お嬢様のご命令です。ジークハインとエルメスハイルをつなぐ街道を偵察し、帝国軍の偵察隊を見かけたら、お嬢様は依然、ジークハインにいるように見せかけの行動で、帝国軍の油断を誘うように」


 そう言ってフェンを見る。フェンは慌ててうなずくと、薄い胸を逸らし気味にして、


「と、いうことよ。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号、期待しているわよ?」


 威儀を正して言う。執事22号は恭しくお辞儀をすると、


「承知いたしました。並行宇宙の管理者にして世界で最も聡明なお嬢様のために」


 そう言って、隊列から離れて行った。


「……そう言えば、『闇の種族』に遣わしたヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク24号と25号は、どうしているのかしら? 奴らは『東の関門』からそう遠くない所に集落を作っているはずだけど?」


 フェンがポツリとつぶやく。その心配はヴォルフもしていたところなので、すぐに意見を言った。


「私もそれを気にしていました。24号たちの能力なら、もう返事を持って帰って来てもいい頃です。何か不測の事態が起こったのではないでしょうか?

 お嬢様、この場に執事27号と28号を呼び寄せ、私が26号と18号を連れて『闇の種族』たちの集落に行ってみましょうか?」


 フェンは少し考えて、首を振った。


「イヤよ。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナルは、ワタクシを一人ぼっちにするつもり?

 あなたはずーっとアリスの側にいるって言ったじゃない!? だから、18号はここに呼んで、26号から28号を『闇の種族』のもとに派遣してちょうだい」



 その頃、遂にコノ・ヤーロの魔力が尽きる時が来た。


(もう限界……これ以上頑張ったら、動けなくなってしまう。気を失っているときに捕虜になるなんて、そんな屈辱は耐えられないわ)


 脂汗を流しながら『風の壁』を維持してきたコノだったが、


「……山賊たちは逃げ散るかもだけど、コノにだって魔導士としての意地があるわ。最期は思いっきり暴れて、第6師団にできるだけ損害を与えてやるっ!」


 そう強い口調で言い、魔法を解いた。


 驚いたのは町を守っていた山賊たちである。今まで、大型投石機の石弾を弾き飛ばし、第6師団の突撃から守ってくれた『風の壁』が突如消え、目の前には林立するマジツエー帝国軍の旗が見えたのだから当然だ。


「何だ!? なぜ、風がやんだ?」

「これじゃ、俺たちは単なる的じゃねえか!」

「コノ様に何かあったのか!?」

「だとしたら、俺たちだけじゃ、あんな大軍を支えられねえぞ!」


 山賊たちは、塹壕の中、堡塁の陰でパニックを起こしかけていた。


 その騒ぎは、攻撃順準備をすっかり整えていた第6師団第16連隊にも届いた。


 連隊長は、師団長からの


『風がやんだら突撃せよ』


 という命令どおり、間髪を入れず隷下の大隊長たちに攻撃命令を下した。


「風がやんだ。敵陣は混乱しているぞ。連隊の名にかけて、奴らをひとり残らず駆逐し、指揮官を捕縛せよ!」


 命令を受けた大隊長たちは、第1、第2大隊を両翼とし、第3大隊は西側に回り込むような動きで攻撃を開始した。


 うわああっ!


 深夜、月はすでに沈み、漆黒の闇の中に第16連隊将兵の吶喊の声がこだまする。それだけで山賊たちは気を飲まれ、戦意を無くして陣地を放棄し始めた。


 しかし、山賊たちが町に入った時、そこには憤怒の形相をしたコノが待っていた。


「見苦しいわよっ! 今さら逃げられると思っているの!? あなたたちには、この町でコノと共に死ぬか、町を守り抜くかしか道は残されていないのよ!?『火焔の輪風(ファイア・トルネード)』っ!」


 コノが魔法を撃つと、巻き起こった風が陣地内の灯火に触れて炎の輪となる。その輪は空中に浮かんで、突進してくる第16連隊の将兵を照らし出した。


 その光景を見た山賊たちは、コノの言うとおりだと悟った。なぜなら、コノが即席の照明弾として放った魔法により、第6師団長は第17連隊の投入も決意したからだ。


 うおおおおっ!


 今度は北東方面から喚声が聞こえてくる。どうやら第6師団は、エルメスハイルにいる山賊たちを徹底的に叩くつもりのようだった。


「ちくしょう! お宝も金も手に入れないまま、こんな所で死んでたまるか!

 野郎ども、制服野郎たちに一泡吹かせてやるんだ!」


 北西方面の指揮を執っていた山賊の頭目は、目的を『逃げる』から『血路を拓く』に切り替え、手下たちをまとめると、


「コノ様、こっちは任しておくんなせえ!」


 その言葉とともに、最前線へと駆けて行った。


「この方面は、彼が死ぬまで大丈夫ね。次は北東方面ね」


 コノは独り言を言うと、混乱を起こしかけている北東方面に陣地へと駆けだした。



 『第一次エルメスハイルの殲滅戦』は、突撃開始からわずか30分で勝負が付いた。


 何しろまともな防塁もなく、陣地とも呼べない防衛線に山賊の烏合の衆が張り付いているだけなのだ。山賊たちが心の拠り所としていた魔導士コノが討たれた後は、もはや戦闘ではなく殺戮だった。


 最初に探索軍団第5独立混成旅団所属の第105機動捜索連隊を退けられたのは、ひとえにダイの謀略と魔法、そしてコアの統率と勇猛さがあったが故のことなのだ。その二人、正しくはシロヴィンも加えた三人がエルメスハイルを出て行ったのは、その時点でダイがこの町の軍事的な利用価値を『防御や遅滞』ではなく、『敵精鋭を殲滅する罠』に切り替えたことを意味する。


 その危険については、ジンが大宰相レイピアに意見具申し、大司馬ダンゴスキーから第6師団長に通知されていた。当然、ゼクスヌス師団長は第16・第17連隊に対し、


「ダイ・アクーニンが罠を仕掛けている可能性がある。町の中で少しでも異変を感じたら、連隊長は直ちに部隊を町から退避させよ。事前に師団長に報告する必要はない」


 と下達していた。


 両連隊長は町を確保すると、戦死者や戦傷者の後送、捕虜にした山賊たちの処遇などとともに、町中を探索して不審な物がないかを確認した。そして、特におかしな物を見つけることが出来なかった両連隊は、安心して本部を町の中に移す。その方が、今後、ジークハインを攻めるのに都合がいいからだった。


 両連隊の捜索結果は、連隊本部移動の報告と共に第6師団司令部に届けられる。


 ゼクスヌス師団長は、一抹の不安を覚えながらも、


「……捜索隊からは、フェンの軍団の発見報告はないか?」


 そう、傍らにいる参謀に訊く。参謀は連絡メモをめくりながら答えた。


「はい、捜索隊は10マイル(この世界で約18・5キロ)先まで出ていますが、敵影なしとのことです」


「ふむ……前路索敵隊からは、何と言って来ている?」


「はい、フェンはジークハインから動いていないようです。前路索敵隊の将校斥候がジークハインに潜入し、魔軍が動いていないことを確認しています」


 参謀の答えに、


「……フェンは動いていないのか。杞憂だったようだが、用心に越したことはないからな。第16・第17連隊の本部が町に移動したのなら、今後の作戦指導の都合もある。師団も司令部を動かそう」


 そう決心し、第18連隊、第6工兵連隊、第6騎兵連隊や第6連合輜重隊と共に、エルメスハイルの町に移動することにした。


「うふふ、見事に引っ掛かってくれたみたいね」


 移動を開始した第6師団を見て、フェンが心底おかしそうに笑う。その両脇ではヴォルフとダイが、同様に真剣な眼差しで、眼下にあるエルメスハイルの町を眺めていた。


 フェンは、ダイに向かって訊く。


「可笑しくて笑っちゃうわね。帝国はたった2千の山賊と、1万5千を数える精鋭の師団を交換してくれるみたいよ。

 ダイ、そろそろ罠のばねを弾いたらどう? それとも相手を見たら憐みの情がわいた? ワタクシがやろうか?」


 するとダイは薄く笑い、


「いえ、輜重隊をどうするか考えていたんです。結構な物資を運んでいるみたいですから鹵獲すべきか、それとも邪魔になるから一緒に処分したものか……」


 独り言のように言うダイに、フェンはぴしゃりと言い放った。


「物資は要らないわ。一緒に灰にして差し上げなさい」


「分かりました。フェン殿の仰せのとおりに……」


 ダイはそう答えると、鋭い目でエルメシハイルの町を見下ろしながら魔力を集め始めた。


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、ワタクシたちは野戦設置弓兵の方を撫でて来ることにしましょう。ついて来なさい」


 ここはダイに任せて大丈夫と判断したのだろう、フェンはそう言って転移魔法陣を描くと、ヴォルフに命令する。


「はい、お嬢様」


 ヴォルフは、目を閉じて精神を集中しているダイと、彼を守っているコア、シロヴィンの三人に微笑みかけると、フェンと共に転移魔法陣の中に消えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 第6師団、いや、第2軍の壊滅は、あっという間に訪れた。


 第2軍司令官、キーロフ左軍都尉は、ゼクスヌス第6師団長からの


『師団は本日0430(午前4時30分)、エルメスハイルを確保。厳重な捜索の結果、町内に異常を認めず。本職及び師団は、本日0630、司令部を町内に移動し、ジークハインへの攻勢準備中』


 との報告を受け、嫌な予感がしたのか、側にいた副官に、


「第6師団に、速やかなる町からの退避を下達してはどうか?」


 そう訊いたが、副官は、


「先に司令官殿が注意喚起していたのですから、師団長殿も十分な注意を払っているでしょう。エルメスハイルを落としたのなら、速やかにジークハインへの攻勢を仕掛けねば、フェンに逃げられたり、対策を講じられたりしたらことです」


 そう言って、第6師団長の観測を支持した。


「……ふむ、それもそうか。そもそも大司馬殿も大事を取られただけかもしれないからな。

 よし、第6師団に参謀を派遣し、可及的速やかにジークハインへの攻勢を発起させよ。


 それと、第2師団には既定どおりジークハウンドへの攻撃を開始させ、第10師団には第6師団と第2師団にそれぞれ1個歩兵連隊と1個工兵大隊を派遣し、残余の部隊をもって現在地で軍予備として別命を待つように伝えよ」


 キーロフ軍司令官はそう決断し、命令を隷下部隊に伝えさせた。


(……第一段階の目標は達成した。念のために今後の動きを軍司令部に知らせておこうか。ひょっとしたら大司馬殿には何らかの情報が入っての注意喚起だったかもしれんしな)


 副官や従兵が部屋から出た後、キーロフはふとそんな気になった。いわゆる『虫の知らせ』だったのかもしれない。


 一方、第6師団長は第16・第17連隊の後を追ってエルメスハイルの町に入ると、すぐさま部隊長を集合させた。今後の作戦行動をすり合わせるためである。


「ジークハインの村には、今度の反乱の首謀者であるフェン・レイがいる。嘘か本当かは知らないが、情報によるとフェンは精霊王だそうだ。


 確かに、ジークハウンドには魔戦士が集結し、トリエッティ方面への侵攻を準備しているとの噂があるし、ジークハインには妖魔が集まっているとの偵察結果もある。


 だが、我々も幾度となく『暗黒領域』に出撃し、魔物と戦って来た経験がある。それに第10師団の一部が援軍に加わるし、第2野戦設置弓兵連隊の半分は射撃支援のため追及してくれる予定だ。

 次の一戦でフェンを捕縛し、この反乱、ひいては陛下の御宸襟ごしんきんを安んじ奉るのだ」


 ゼクスヌス師団長が力強く言うと、第16・第17・第18の歩兵連隊長をはじめとした各部隊長たちも、精悍な顔でうなずく。


「では、それぞれ明日の正午、作戦命令書に従って行動を開始してほしい。第2野戦設置弓兵連隊の諸子は、陣地解除に時間がかかろうから、明後日6点(午前6時)には行動を開始してほしい」


 師団長の言葉に、野戦設置弓兵連隊の連絡将校と第3大隊長はうなずいて、立ち上がろうとした。


 その時、ズズンッ! という地響きと共に、大地が大きく揺れ始める。


「何だ、地震か!?」


 驚いて騒ぐ参謀や副官、各部隊長を見て、ゼクスヌスは


「騒ぐな! 地震なら自然現象だ。騒いでも何にもならん。揺れが収まったら、各部隊の被害状況をしらせてくれ」


 そう一喝する。


 しかし、揺れは収まるどころかだんだんと激しくなり、各所から兵士たちが騒ぐ声も聞こえて来た。バリバリッ、ズシンッ! という音も聞こえてくる。戦いで損害を受けていた家屋が倒壊する音に違いなかった。


「師団長殿、部下が心配です。連隊に戻らせてください!」


 第16歩兵連隊長が立ちあがって叫ぶ。本来なら、揺れが続いているうちに行動するのは考えものだが、1千5百人の部下を抱える連隊長としては、そうも言っていられない気持ちなのだろう。


 連隊長の気持ちを汲んだゼクスヌスは、


「……分かった。みんな気を付けて部隊に戻れ。できるなら町から退避し、前に師団司令部があった丘に部隊を整列させよ」


 そう命令する。各指揮官たちは急いで師団司令部を離れた。


 ゼクスヌス自身も、状況を確認するため司令部の外に出てみた。そして、彼は崩れ行く建物や亀裂が入った地面を見て、


「ここに居るのは危険だ。司令部もすぐに町から退避し、元の位置に戻るぞ!」


 一緒に外に出た副官や参謀に命令する。


「師団長殿、火事が起きています!」


 参謀の一人が指さす方向を見ると、夜空が真っ赤になっている。しかし彼は、火災が起こっている方向に顔を向けると、一瞬で表情が凍った。


「あちらには、連合輜重隊がいるんじゃないか?」


 その言葉に、副官も青くなって答える。


「そうです。それに、連合輜重隊はジークハイン攻撃のために、油を運んでいたはずです」


 連合輜重隊は、最も敵から遠い場所、町の北側に集結地を割り当てられていた。そして今の風向きは北風、火勢はどんどん広がり、町の建物にも延焼し始めた。


「退避を急げ! 各部隊にも町から出るように伝令を出せ!」


 ゼクスヌスは、残念そうな顔で命令を出す。輜重に被害が出た以上、無茶な行動は控えねばならず、それはジークハインへの出発が遅れることを意味していたからだ。


 しかし、そんな彼をさらに絶望の淵に追いやる情報が届けられた。


「師団長殿!」


 各部隊への処置に参謀たちのほとんどが散ってしまった時、先鋒に指名していた第16連隊から伝令が息せき切って駆け込んできた。


「どうした? 連隊の退避は進んでいるか?」


 ゼクスヌスが訊くと、伝令は首を振って答えた。真っ青な顔に恐怖がこびりついているのを見て、ゼクスヌスは嫌な予感を覚える。


「町の周囲に、見えない壁が張り巡らされています。町からの退避はできません!」



 ゼクスヌス第6師団長が、師団の置かれた状況をはっきりと理解した時、町を見下ろす高台からは金髪碧眼で細身の男が、逃げ惑う将兵を冷えた目つきで眺めていた。


「ダイ、敵さんは恐ろしく簡単に引っ掛かってくれたね」


 ダイと呼ばれた青年の横で、腕を組んで町を見下ろしている茶色い髪の女性が言う。


 ダイはその女性に視線を向け、


「コア、シロヴィンを連れてちょっと下がってくれ。最後の仕上げを行うからね。

 ぼくが魔法を発動したら、君とシロヴィンはすぐにジークハインに戻り、ぼくたちの荷物をまとめておいてくれないか?」


「え!? ダイちゃん、それどういう意味?」


 コアの隣にいた小柄で亜麻色の髪をした少女が、驚いたように訊く。しかしダイは何も言わず、町に視線を戻して魔力を集め始めた。


 それを見たコアは、


「シロヴィン、理由は後で話してくれるさ。あたいたちはダイの言うとおり、先にジークハインに戻ってようぜ」


 そう言いながら、無理やりシロヴィンを転移魔法陣に放り込んだ。


「じゃ、ダイ。あんたも気を付けるんだよ?」


 そう言って転移魔法陣に消えるコアにうなずいて見せたダイは、


「力に奢った者どもは、より強い力によって滅せられる。摂理に従い、その力を虚空に戻せ!『重力の恩恵(フルコントロール)』!」


 魔法を発動した。


 その途端、薄紫の魔法に包囲されていたエルメスハイル全体に一瞬、電光が走り、次の瞬間には中にいた生物という生物、建物という建物すべてが、一瞬でペシャンコに潰された。後は、燃え盛る炎が町を覆いつくし、焼かれる肉の臭いが充満するだろう。


「……悪く思うなよ。大司馬から忠告を受けながら、油断したお前たちが悪いんだからな」


 ダイは無表情でそうつぶやくと、転移魔法陣を描いてその中に消えた。


 ダイが姿を現したのは、ジークハイン村だった。


 彼は、疲れ切った表情で、フェンから割り当てられた家へと向かい、ゆっくりとドアを開ける。


「あ、お帰りダイちゃん。荷物まとめてるよ~」


 ダイの姿を見たシロヴィンが、屈託のない笑顔で報告してくる。ダイはその明るさに救われたように笑顔になり、


「ありがとう。シロヴィンやコアはすぐここを出られるかい?」


 そう訊くとコアは無言でうなずくが、シロヴィンは不思議そうに訊いて来る。


「え~っ!? あたし、結構この家気に入ってるんだけどな~。何で出て行かなきゃならないの?」


「……あたいも訊きたい。そもそもフェン殿に力を貸すって決めたのはダイだよ? 今になって、しかもフェン殿に一言も挨拶なしに居なくなるのはどうかと思うけど?」


 するとダイは、一つため息をついて答えた。


「……フェン殿に勝ち目はないからだよ。第6師団はエルメスハイルに罠があることを知っていた。調べてみると、大司馬のダンゴスキー殿が注意喚起をしたことと、それを献策したのがジン・ライムっていう騎士団長だってことが判った。


 ぼくの作戦が成功したのは、単に第6師団に魔導士や魔戦士がいなかったからに過ぎない。もし、師団にジンの騎士団が加わっていたら、作戦は成功どころか、準備さえできなかっただろう。

 そんな奴を相手にして、いいことなんて一つもない。だからぼくはこの依頼から降りることにしたんだ」


 ダイの声には、敗北感が現れていた。コアはそんなダイの気持ちを思いやって、


「……あんたの気持ちはよく分かったよ。そういうことなら、あたいはこの仕事から降りるのに反対はしないよ。『負けない』ってのがあんたの信条だからね」


 優しい声で賛成する。


 シロヴィンも、うんうんとうなずいて、


「そうだね~、何でも『命あっての物種』だもんね~? あたしもダイちゃんが負けるところなんて見たくないから、出て行くのに賛成するよ」


 そう言いながら、いそいそと荷物を抱えて訊いた。


「で、ダイちゃん。これからどうするの? どこに行く?」


 ダイはしばらく考えていたが、


「……せっかくだから、ヒーロイ大陸に行こう。ただ、客船なんて出ていないし、アインシュタットから乗船したらフェンに見つかる可能性が高い。『運び屋』に伝手がある、サン・ゾック殿を頼ってみよう」


 そう言って笑った。



 エルメスハイルにおける第6師団の全滅と、第2野戦設置弓兵連隊の壊滅の報は、時を置かずアリエルシュタットの第2軍司令部に届いた。


「第6師団全滅、第10師団も半数を失って退却中だと?」


 あり得ない報告に、キーロフ左軍都尉は言葉を失った。師団からの報告では、『厳重な捜索の結果、町内に異常を認めず』とあったはずではないか!


「……では、あの報告後に、第6師団に何か起こったというのか?」


 呆然とするキーロフ軍司令官に、情報参謀が仔細を報告する。仔細と言っても、現時点での報告から推察できることだけで、事実として言えるのは、帝国は1個師団と1個連隊を失い、1個師団の戦力が半減した……人数にして3万を超える損害が出たということと、ジークハインへの侵攻が不可能になったことだけだ。


「第6師団の最期の状況はまったく不明です。第2野戦設置弓兵連隊と第10師団については、フェン・レイ自身が妖魔約3千を連れて攻撃して来たそうです。その魔力には、全く刃が立たなかったそうで、30分もしないうちに陣地は破られ、人員もほとんどを失ったと師団長から報告がありました」


 情報参謀の言葉に、キーロフ軍司令官は唇を噛み、


「……第10師団の収容に全力を尽くせ。第2師団には攻撃延期を伝えよ。ただ陣地を守り、決してジークハウンドには手を出すなと言い送れ。

 私は、この不始末を大司馬殿に報告してくる」


 そう言うと、青い顔のまま副官に馬の準備を言い付けた。


(山賊を狩ろう!終了)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

フェンの部隊とマジツエー帝国はついに戦闘に入りました。

フェンの今後と、彼女が何を考えているのかが気になります。

次回も楽しみに。

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