Tournament1 Wild boar hunting(イノシシを狩ろう!)
テーマは真面目だけど、軽く読めるものが書きたい……。
そんな思いから軽いノリで書き出したのがこの物語です。
『青き炎のヴァリアント』に匹敵する重いテーマを秘めつつ、メタな発言も許される軽さ……それが今作のモットーです。
『青き炎のヴァリアント』の続編や『HAMMURABI〜死神はどこへ往く』を書きながらの連載という、恐ろしいことをしてしまう私です。
できるだけ投稿頻度を落とさずやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
気持ちのいい風が吹く朝だった。
「あら、ジン。ちょっといいかしら?」
僕が道を歩いていると、フロンおばさんが声をかけてきた。
「何です? 僕、これからマッチ爺さんとこに行くんですが」
僕が言うと、フロンおばさんは笑って手を振った。
「じゃ、それが終わってからでいいわ。うちの畑がイノシシに荒らされてるのよ。アンタたちに退治してもらいたくってね」
僕はそれを聞いて、うなずいて言った。
「それは大変ですね。マッチ爺さんのクエストが終わったら、すぐに伺いますね?」
それを聞いて、フロンおばさんは大喜びだった。
「そりゃあ助かるわ。なんせ相手はイノシシだから、女や子どもじゃ危なくて手が出せないのよ。さすがはうちの村でたった一つの騎士団だわね。頼りになるわ」
そう、僕たちはこのドッカーノ村でたった一つの騎士団だ。騎士団は村のみんなの役に立つことをせねばならない。それがどんなに辛く、危険なものだとしてもだ!
「あっ、ジン、おそーい! なにしていたのよ。もう始めちゃったよ?」
僕がマッチ爺さんの畑に着くと、そこには騎士団員のシェリー・シュガーがいて、草をむしりながら僕に声をかけてきた。
シェリーは僕のお隣さんで、シルフの一族だ。幼いときから一緒に遊んできたので、物言う言葉にもお互い遠慮というものがない。
「まったく、キミには団長って自覚はないのかい? ジン・ライムくん?」
もう一人の騎士団員であるワイン・レッドが、うざったく伸びた葡萄酒色の髪の毛を形の良い手でかきあげながら文句を垂れる。
ワインはエルフの一族だ。シルフであるシェリーと仲が良く、おかげで僕ともよく遊んだものだ。僕が騎士団を立ち上げたとき、一番に応援してくれたのも彼だった。
「ごめん、草刈り用の鎌を探していたら遅くなっちゃったんだ」
そう言うと僕は鎌をシェリーとワインに手渡した。
「おお、これはいいね。作業が捗るよ」
ワインは喜んで鎌を使っているが、シェリーは、
「あのね、ジン。鎌で刈り取っちゃったら、根が土の中に残るでしょ? そしたら一雨降ったらまた伸びてくるわよ?」
そういう。僕はびっくりした。刈り取っても根が残っていたら復活するだって?
「ええーっ、そうなの? 雑草って、ゾンビみたいじゃないか」
するとシェリーは大げさにため息をついて言う。
「はあ~、そんなことだろうと思った。だから草むしりは、手でむしるのが一番なのよ。わかった?」
「そうなんだ、勉強になったよ」
僕はそう言うと、鎌をベルトに差し込んで、手で雑草をむしり始めた。根を残しちゃいけないのなら、しっかりと引っこ抜かなきゃ。
僕たちはお昼までかかって、マッチ爺さんの畑の雑草ををきれいに引っこ抜いた。引っこ抜いてあちこちに散らばっていた雑草は、シェリーが『風の魔法』で一か所に集めてくれた。
「おお、きれいになったのう。助かったよ、騎士団の坊やたちと嬢ちゃん」
マッチ爺さんは、喜んで僕たちに10ゴールドも奮発してくれた。
いやー、人のためになるって、気持ちのいいものだなぁ。
「いやいやいや、『人のためになるって気持ちいいものだなぁ』じゃないよ!」
僕たちは、騎士団の事務所(と言っても僕の家だ)に戻ったが、ワインがそう言いだす。
「どうしてさ? みんなから感謝されて、お金ももらえて、いいことばかりじゃないか。僕は騎士団を作ってよかったと思っているよ?」
「いや、普通騎士団っつったら、ダンジョンで魔物を退治したり、魔王から王国を救ったり、とにかく冒険をするじゃないか? ボクはそんな活動をすることを期待して騎士団に参加したんだよ? 畑の草むしりとかやってる場合じゃないよ? シェリーはどう?」
ワインがシェリーに訊くと、彼女はニッコリと笑って僕を見て言ってくれた。
「アタシは、今のままで別に構わないよ? そもそもこの村って平和だし、ダンジョンなんてどこにもないじゃない?」
「いやいや、それを言っちゃったら、そもそもこの騎士団が必要かどうかって話になるじゃないか?」
ワインが言うと、シェリーは言い返す。
「うるさいわね! そんなに人のためになるのが嫌なんだったら、騎士団を辞めればいいじゃない? アタシはジンのことが心配だから、ジンが騎士団を解散するっていうまでは付き合ってあげるつもりだよ?」
「い、いや、別に人のためになることがイヤなんじゃなくて、草むしりとか子どもの世話とかをするんだったら、『騎士団』なんて名乗らなくてもいいんじゃないかなって……」
「……僕は、父さんを探したいんだ」
僕がポツリと言うと、なんかしゃべってたワインが黙り込む。
「僕の父さんは、ボクが10歳の時に村を出たきり行方不明になった。母さんは去年死んじゃった。それから村のみんなに助けられて暮らしてきたんだ。だから僕は恩返しのつもりでこの騎士団を立ち上げた……」
僕がそこまで言うと、シェリーは目に涙をため、僕の手を取って言ってくれた。
「いいよもう、それ以上言わなくても。ジンの気持ち、アタシは分かってたから。人助けをして、いつかバーボンおじさんを探しに行くんだよね? アタシはジンについて行くわ」
それを聞いていたワインも、頭をかきながら言ってくれた。
「そういうことなら仕方ないな。幼馴染みの誼で、ボクも付き合うよ」
それで、僕は元気を取り戻して言った。
「ありがとう二人とも。じゃ、早速フロンおばさんとこに行くか。イノシシが出て困ってるんだって」
★ ★ ★ ★ ★
「イノシシって、どのくらいの大きさなのさ?」
おばさんの畑に来ると、僕たちはそばの草むらに隠れて見張りをすることにしたが、ワインが大声でそう聞いてくる。
「しっ! 大声出すとイノシシに気づかれるじゃないか」
僕はそうワインを注意したが、隣で気のなさそうにしていたシェリーが、呆れたように言った。
「ねえ、ジン、まさかこのまま夜まで待つんじゃないでしょうね?」
僕はシェリーの言う意味が分からずに訊いた。
「そ、そりゃあ、イノシシが出るまで待つに決まってるじゃないか」
それを聞くと、シェリーは深〜いため息とともに、立ち上がって言った。
「そう、それじゃ、アタシはいっぺん家に戻るわ。どうせイノシシは十中八九、夜にならないと姿を見せないでしょうから」
「あれっ、イノシシは昼間に活動するんじゃなかったっけ?」
ワインが言うと、シェリーは、
「普通はね? でもイノシシは結構神経質だから、人間の匂いがする場所にはあんまり昼間は来ないわ。おばさんも言ってたでしょ? 夜の間に作物がやられたって」
そう言って茂みから抜け出すと、
「ま、昼に来ないとも限らないから、そこで見張っている価値はあるわよ? ワインに見張らせておいて、アタシたちはご飯でも食べに行きましょうよ、ジン」
そう言って笑うシェリー。お、鬼だ……鬼がここに居る。
「ひどいな、ボクだけ仲間はずれかい? まったくシェリーも早いとこジンにちゃんと告れ……ひっ!」
シェリーは、ワインが何か言いかけている途中で、ぎろっと恐ろしい目で彼を睨み、ベルトから短剣を抜いて両手で構え、
「その先を言ったら、アンタは何もかも忘れることになるわよ?」
と脅す。はて、ワインの言葉の中に、脅されなきゃいけない要素があったっけ?
僕はそう不思議に思ったが、ワインが
「い、いえ、口は慎みますです、ハイ」
と縮こまってしまったので、なんか脅される要素があったらしい。
ワインがそう言ったので、シェリーは勝ち誇ったような顔で、
「よろしい。じゃ、ジン、一緒に……!?」
そう言いかけたが、向こうの茂みがザワザワと動くのを見て、素早い身のこなしで僕の隣に隠れた。
「あれは……」
僕たちは、茂みから現れた動物を見て、あっけに取られた。てっきり体長が1メートルとか2メートルとかの大きなイノシシが現れると思っていたんだけれど……。
「ウリンボじゃないか。脅かしやがって」
そこに現れたのは、体長2・30センチの小さなウリンボだった。
「それそれ、畑を荒らすんじゃないぞ。やっつけてやるからな」
ワインは調子に乗って、槍の石突でウリンボたちをつついて追いかけ回す。ウリンボたちは悲しそうな悲鳴を上げて逃げ回っている。
「おい、ワイン、可哀想だからいい加減、逃してやれよ。それだけ懲らしめたら、ウリンボたちだってもうここには来ないだろうからさ」
見ていられなくなった僕は、茂みから出てワインにそう呼びかける。
けれどワインは、
「せっかくだから今夜はぼたん鍋にしよう。ジン、手伝ってくれ」
そう言い出した。
「止めなよワイン。小さい動物には手を出すなって、村の長老も言ってるじゃない?」
シェリーもそう言ってワインを止めようとした、その時だ。
プギーッ!
辺りに響き渡る声を上げて、草むらから成獣のイノシシが飛び出してきた。
「ヤバい!」
ワインは、飛び出してきたイノシシが体長1・5メートルはあるのを見て、慌ててウリンボを放し、槍を構えて低い姿勢をとった。あれなら、牙で太ももの大きな血管を刺されずにすむ。
けれど、イノシシの突進力は半端じゃなかった。
ドシン!
「うわああ!」
ワインはイノシシの突進を槍で受け止めたが、その衝撃で5メートルほど吹っ飛ばされてしまった。
「ぐっ!」
ワインは打ちどころが悪かったのか、地面に倒れて動かない。このままじゃ、彼が危ない!
僕は剣を抜いてワインとイノシシの間に割り込んだ。
「えーいっ!」
プギーッ!
僕の剣は、見事に空を切った。
ドスン、ガブッ!
「あいたぁ〜っ!」
「ジン!」
ふ、太ももが痛い……どうやらイノシシは牙で刺したのではなく、咬み付いたらしい。
僕が自分の太ももを見ると、ズボンがざっくり咬み裂かれ、そこから真っ赤な血がどくどくと溢れ出してくる。
(やべ、僕、死んじまうかも?)
そう思って前を見たら、イノシシが目の前にいて、再び咬み付こうとしてきた。
「わあっ!」
僕が慌てて剣を振ると、イノシシは横に避けた。イノシシにしては、頭が良い奴だな。
「…って、感心している場合じゃなかった!」
プギーッ!
イノシシが三度、僕に咬み付こうとしたとき、
「ジン!」
ドシュッ!
プギャーッ!
イノシシの首を矢が貫き、僕の目の前でどうと斃れた。
「た、助かった〜」
僕は、安心と出血で、気が遠くなった。
「ジン、ジン! しっかりして! 死んじゃダメだよジン!」
僕はシェリーが叫ぶ声を聞きながら、気を失った。
★ ★ ★ ★ ★
「やっほ~、ジン。具合はどう?」
イノシシ狩りのクエストをクリアした次の日、僕はシェリーの声で目を覚ました。
「……あれ? ここは僕んち?」
僕はベッドの上にいた。シェリーは心配そうにベッドの横に腰掛けて言った。
「うん、あの後、ワインが長老の家までジンを運んでくれたんだよ。幸い、血管はやられてなかったから良かったけど、あんまり出血が多かったから心配したわ」
「そうか、ごめん、心配かけて。それにありがとう、シェリーの矢がもう少し遅かったら、僕はもっとひどい怪我をしていただろうね」
僕が言うと、シェリーはやっと笑ってくれた。いつものことだが、シェリーの屈託のない笑顔を見ると、とても元気が出てくる。
「そう言えばワインは? 僕をここまで運んでくれたんだろう? お礼を言わなきゃ」
するとシェリーはその眉に憤然とした色を浮かべて言う。
「お礼なんて言わなくていい! そもそも、アイツがウリンボにちょっかい出さなきゃ、あのメスイノシシもあんなにエキサイトしなかったんだから! ジンが怪我をしたのはアイツのせいだ!」
僕は笑ってシェリーに言った。
「シェリー、僕を心配してくれるのは嬉しいけど、ワインだって悪気があってウリンボを追い回したんじゃないと思うよ? だってあのとき、槍で突けば簡単に仕留められたじゃないか」
「いや、アイツは『今夜はぼたん鍋』って言ってたわよね?」
シェリーはそれでも納得がいかないような顔をしていた。
「とにかく、クエストクリアだったから良かったじゃないか?」
僕が言うと、シェリーは複雑な表情をしていた。その顔を見て、僕は彼女が何かを隠していることに気付いた。
「シェリー、なんかマズいことでもあった?」
僕が言うと、シェリーはわたわたして言う。
「えっ? べ、別に、何もないわよ?」
僕は笑って、もう一度訊いた。
「シェリー、何年君の幼馴染みをやってるって思ってるんだい? 君が鼻の頭に汗をかいているときは、何か隠しているか、嘘をついているときだ。お願いだ、教えてくれ。何かマズいことが起きているんだろう?」
するとシェリーは、はあっとため息をついて、ゴシゴシと鼻の頭を拭いて、あきらめたように言う。
「アタシのバカ。ジンには隠しておきたかったのに……。あのね、昨日仕留めたメスイノシシ、ウリンボを連れていたわよね?」
「そうだったね。お母さんを仕留めて、ウリンボたちには悪い事したなぁ」
僕が言うと、シェリーはちょっと顔を歪めた後、思い切ったように言った。
「そのウリンボたちを、長老が止めるのも聞かずに村のみんなが食べちゃったのよ」
「何だって! なんてことを」
僕の言葉にうなずいたシェリーは、続けて言う。
「そのせいで、お父さんイノシシが怒って、昨日から村のみんなを襲ったり、畑をめちゃくちゃにしたりしているの。騎士団に討伐要請が来たから、ワインが今、イノシシの居場所を探しているわ」
それを聞いた僕は、思わずベッドから立ち上がった。途端に右足に激痛が走る。
「ゔえっ!」
「あっ、危ない」
よろめいた僕を、シェリーが支えてくれた。シェリーは僕をベッドに座らせながら、
「まだ動いちゃダメ! 傷が開いちゃうわよ?」
そう、怒ったような声で言う。
「こんなの、ヒールで治るよ。それよりワインが心配だ。相手は昨日のより大きくて強いはずだからね」
僕は右足にヒールをかけながら言う。自慢じゃないが僕は、防御魔法と回復魔法は得意だ。昨日はイノシシが、魔法を使う暇を与えてくれなかっただけだ。
「さあ、行こう」
僕が強い口調で言うと、シェリーは肩をすくめて答えた。
「こんな時に、ジンがアタシの言うことを聞いてくれた試しがなかったわね。でも、無理しないでね?」
★ ★ ★ ★ ★
ワインは村外れにある村共同の畑にいるということだったので、僕たちはすぐに畑に向かった。
「ワイン、イノシシは?」
僕が言うと、ワインは人の良い顔をニコっとさせて、
「やあ、ジン。昨日は済まなかったね? ボクがウリンボを追い出そうと手間取ってしまったせいで。傷はもういいのかい?」
そう訊いてきた。
僕は笑ってうなずきながら答えた。
「ああ、すっかりね? 昨日はありがとう。僕を家まで運んでくれたんだろう?」
「ふふ、キミに怪我をさせてしまったせめてもの罪滅ぼしさ。でも本音を言えば、キミではなくシェリーちゃんをおんぶしたかったけれどね?」
ワインがその柔らかな葡萄酒色の前髪に、人差し指を絡ませながら言う。間髪をいれずシェリーが、身体をブルッと震わせながらのたまった。
「き、気色悪いこと言わないでよ! 誰がアンタなんかに!」
「しっ! 来たぞ!」
僕は、向かい側の草むらが大きくガサガサと揺れるのを見てそう言った。シェリーもワインも、すぐさま戦闘態勢に入る。
すると、草むらから、見たこともないような大きなイノシシが姿を現した。それは『大きい』なんてものじゃなかった。体長はゆうに2メートルを超えている。重さは500キロを超えていそうだった。『巨大』と言うべきだろう。
「あんなバケモノみたいなイノシシ、見たことないわ」
シェリーがつぶやくと、ワインもうなずいた。
「あれはきっと、カーミガイル山の主だろうな」
(山の主か……できれば殺したくはないなあ)
僕はそう思いながら、
「あいつをここから追い払う方法はないかな?」
……と言うと、ワインは首を振って言った。
「倒したくない気持ちは分かるよ。今度の件ではウリンボを食べちゃったこっちに非があるんだろうからね。けれど、倒さない限りアイツは何度でも村を襲うだろうね」
そう言うと、
「罪滅ぼしに、ボクがアイツを仕留めるよ。今夜はぼたん鍋だ!」
ワインは槍をしごいてバケモノのようなイノシシに突きかかっていく。
「ワイン! 無茶はするな!」
僕はそう叫んだが、シェリーは隣で、
「アイツ、どれだけぼたん鍋が好きなのかしら?」
とかつぶやいていた。
カキーン!
「うえっ!? しまった!」
響き渡る金属音と、慌てたようなワインの声に、僕がワインの方を見ると、イノシシはおどろおどろしい空気をまとわせて、ワインの槍の穂先を打ち砕いていた。
「ワイン、逃げろ! そいつは妖魔化しているぞ!」
「あっ、ジン!」
僕は思わず剣を握って飛び出していた。シェリーが慌ててそれに続く。
動物の中には、まれに長く生き延びて自然界から不思議な力を授かったモノがいる。それが『妖魔化した動物』らしい。僕も話には聞いていたが、実物をこの目で見るのは初めてだった。
「お、お助けー!」
ワインは間一髪、近くの木に登って難を避ける。しかしイノシシはその木を体当たりで揺らしたり、根本を大きくて強い牙で掘り返したりしている。
(待てよ? 妖魔化した動物は知能が桁違いに高いと言うから、ひょっとしたらあいつと話ができるかもしれないぞ)
僕はそう思いついた。話し合いで事が済めば、不必要に争わなくて済む。
「おーい、イノシシさーん」
僕は剣をだらりと下げ、イノシシにそう呼びかけてみた。
「ジン、何を?」
追いついてきたシェリーが、短剣を両手に構えながら訊く。
「あいつと話し合いができないか試してみたい」
僕が言うと、シェリーはなにか言いたそうにしたが、
「分かった、やってみて」
そう言って、油断なくイノシシを見つめた。
「イノシシさん、話し合いましょう」
僕はそう言いながらイノシシに近づく。
ワインが登っている木を揺らしていたイノシシは、僕の存在に気がつくと、ぐるりと振り返って『ふんっ』と鼻息荒くこちらに突進してきた。
「ジン、逃げて!」
後ろからシェリーが叫ぶ。けれど僕は、あくまで笑顔で
「話し合いましょう」
そう呼びかけていた。
「ジン、逃げないならそこをどいて!」
シェリーが悲痛な叫びを上げて駆け出そうとしたとき、僕の目の前でイノシシは急ストップした。
「……話し合いましょう」
僕がイノシシの目を見ながら何度目かのセリフを言ったとき、イノシシははっきりと人間の言葉で喋りかけてきた。
『小僧、お前には猛気が見えなかったから刺し殺すのは猶予してやった。わしの子どもたちを返せ。そうすればこれ以上の仕返しは思い留まってやる』
「それが……」
僕は言いよどんだ。ウリンボは村人が食べたのだ。もうどうしようもない。けれど、嘘をついてもバレるに決まっている。そうすればこの山の神は、荒ぶる『タタリ神』になって、村人への復讐を再開するだろう。
『どうした? 早く子どもを返せ!……まさか我が妻と同様、子どもたちに手をかけたりしていないだろうな?』
僕は決心した。村を救うにはこれしかない。
「それが、あまりに美味しそうなので、僕が食べてしまったんです」
「ジン、そんなこと言ったら!」
イノシシの目の色が変わったのを見て、後ろでシェリーが叫ぶ。僕はそれが聞こえないふりをして言った。
「謝って済むことじゃないと分かってます。だから、僕に恨みをぶつけてください。その代わり、村のみんなには手を出さないでください!」
「嘘よ! その人は罪をかぶっているだけなの! お願いイノシシさん、ジンに手を出さないで!」
シェリーが必死に叫んでいる。その声も聞こえないように、イノシシは僕を、燃えるような目でじっと見つめていた。
僕は目を閉じた。イノシシは僕に向かって突進してきた。
「嫌ああ! ジン!」
ドッシーン!
僕はシェリーの叫び声を聞きながら、空中に跳ね飛ばされた。胸がとても苦しかった。
★ ★ ★ ★ ★
「今回は、ジンのせいで寿命が100年は縮んだわ」
シェリーが僕を睨みつけながら言う。でも、その瞳には怒った色は見えなかった。
妖魔イノシシは僕を刺さなかった。
その代わり、僕の胸を全力で突き飛ばしたのだ。僕は胸の打撲で済んだ。
『その小僧の、村人を思いやる気持ちに免じて、村人が贖罪をするチャンスを与える。わが家族の供養のために100日間食べ物を山に供えよ。さもなければわれは再び村を襲うだろう』
妖魔イノシシは、僕を助けに来た長老の一人、賢者スナイプさんにそう言って山へと帰っていったらしい。
「とにかく、ジンが無事で良かったよ。あれ以来、村人たちが交代で毎日、食物を山の入口に置いているおかげで、山の神も村に降りてこないしね。それにクエストの報酬、1千ゴールドももらっちゃったよ」
ワインが葡萄酒色の瞳をした切れ長の目を流し目にして、僕を見て言う。
「当然よ! みんなのせいでジンがこんな怪我をしたんだから。生命張って村を救おうとしたジンに、たった1千ゴールドなんて安すぎるわ!」
シェリーはまだ怒りが収まらないらしい。
「まあ、いいじゃないかシェリー。それよりあのイノシシには可哀想なことをしたね」
僕が言うと、シェリーはすっかり呆れ返ったような顔をして言った。
「……ジンってば、どこまでお人好しなの? ジンがそんなだから、アタシは心配が尽きないのよ」
僕たちのやり取りを聞いていたワインが、苦笑しながら言った。
「やれやれ……シェリー、どれだけ言ってもジンの性格を変えるってことはできない相談だよ。とにかく、今回はジンのおかげで騎士団に対する村人たちの評価はぐっと高まった。それだけでもいいことにしとこうよ?」
シェリーは、ワインの言葉を聞いて、ポツリと呟いた。
「そ、そりゃあ、話を聞いたうちのお母さんも、ジンのこと褒めてたけど……変にジンが人気者になるのも、アタシとしてはフクザツなのよね」
それを聞いたワインは、不届きにもこんな事を言った。
「その点は心配無用だと思うな? だってジンは典型的難聴系主人公だから……とすると、シェリー、キミも苦労するな?」
「……それ、どういう意味だ?」
「うわっと、まだ起きてたのかいジン? 怪我は寝て治すに限るよ?」
僕の問いをはぐらかして出ていくワインに、あろうことかシェリーまで味方して言った。
「そうよジン。明日も畑の柵修理のクエストが入っているんだから、早く寝てしっかり身体を治してね?」
そう言うと、シェリーは笑顔を作ったのだった。
(1 イノシシを狩ろう! 完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「あれ? ジンはザールの、ワインはジュチの、シェリーはリディアの下位互換じゃん」と思わないでくださいね。ちゃんとそれぞれの特徴は出しますんで。
何より『ヴァリアント』と違うのは、『ヴァリアント』では恋愛要素をあえて封印していたのを解禁したことと、できるだけRPG的な雰囲気に寄せようとしていることです。うまくいくかはわかりませんが。
次回もお楽しみに!(次回投稿日はあえて告知しないスタイル)
でも3作同時に書いたらごっちゃになりそうで怖いなあ。何作も同時に書ける人を尊敬してしまいます。