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小説  作者: 椎名優衣
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第1話 櫻井こがれ、到着 財布盗られる

 何百メートルもの長い鉄の柱でおしあげられたところにある 錆びた鉄骨でできた人のいない駅に 大量の白い煙を吐いて ガチャガチャした黒い汽車が とうちゃくした 中から扉がひらかれ 丸い大きなリュックを おもたそうに 両手にぶらさげた女の子 桜井こがれがでてきた


 彼女は ポスタやまっ黒なガムのこびりついた モルタルの床におりたった


。さいごまであんたひとりだったよ。


 汽車のなかから はずかしそうな声が 聞こえてきた


。でも快適でした ありがとうございます。


 彼女はそう言って ぺこりとお辞儀をすると ムムムと力をいれ 体をラジオ体操みたくグルリンとゆらすと そのいきおいで大きなリュックを背負った

 駅にはほかに誰もいない こがれをさらった風が うしろにすぎさって 壁のはがれかけのポスタをゆらした


。じゃあもう。


 とだけいうと車掌さんは なかから白い手袋をぴっちりとはめた手だけを外にだして くすんだ扉の取っ手をつかむと バタンといきおいよく扉をしめた 

 そしてまた 汽車に こんどは 灰色のが混じった煙をげぼげぼ吐きださせると 最初は遅々として そしてゆっくりと加速させながら 汽車を出発させた

 こがれはほほをぷくっと膨らますと 慌ててポケットからハンカチをとりだし おおきくふってお別れの挨拶をした


 突然 ザザザーと頭上でノイズが走り 天井に針金でくくりつけられたスピーカーから 声が流れた 駅には八つのスピーカーがあり それぞれから音がでるので 全部があわさったききとりずらい音になった


。えー……この駅に汽車がついたのは 半年ぶりですかねえ 旅人さん どういった用件で。

。はい 親戚に会いにきました はじめて会うんです 私自身ここからは離れたところに住んでいますから。


 胸をはって はきはきと伝えた が それが言い終わらないうちに またザザッとノイズが走って 声がした


。えー そちらの声がここには届かないようですので 駅員室に来てください 入國の手続きもそこでします。


 こがれはリュックを背負いなおす


。はい。


 こがれは口の先で小さくそう言って 長いホームを歩きはじめた


 駅の先に 螺旋階段が延々 下につづくのをみとめた彼女は いちど足をとめた のびのびと雲の流れる 水色の空から 風が落ちてくる それは彼女の長い茶色の髪を うしろにはためかせた いちど足をとめたこがれは 左手で髪をおさえて 右にひらけるこの國の景色をみた


古びた木製の手すりのある家 洗濯物を干す家 いま窓が開かれた家 真っ白に塗ら生西洋風に装飾された家蔦がおおう家 鳥かごだらけの家 國旗を掲げた家 なかから紙がばらばらと風に飛ばされている家 赤い家 きれいな家 きたない家 いくつもの家が積み重なって塔になっている その家々の塔が 林のようにたち連なる 『SHOCK—T』やら『マキノ』やら店のなまえやその電話番号がつらなった巨大な広告かんばんが 唇のみ赤赤と色づいた女優に顔が 道をしるす標識が 汚れた無機質なくすんだ時計が ときおりデカデカとかかっているのがみえた


 そんな広大な景色の奥に 土色の崖がそびえ その奥にも人の街があるらしく 近代的な塔のさきっちょだけが そこからちらりと見えた


 はしからはしまで まだ透明のような目玉を ころころまわして ながい時間ながめたこがれは きたいに息をおおきく吸うと 階段に足をふみいれ降りていった 彼女にかぶさる翳が一段と濃くなるのだった


……


 セピア色の ところどころ破けたガラス板のむこうに 右目以外を包帯でぐるぐるに巻き (包帯のあいだから しばしば黒い髪の毛が とびでている) 口には煙管をくわえた 若い男がむかえた

 これが駅員だった 汽車のように煙をぷかぷか吐きだして 皺のいった紙をまえに指の欠けた手でペンを握る 彼は 子供っぽい声できくのだった


。なまえは? どこからきたんだ。

。櫻井こがれ です スットコ王國から来ました。

。聞いたことねえな。

。……大きい國ですけど。

。知ったこっちゃねえや。


 ドカッと大きな煙を吐いて足を机にのせた駅員は まちがえて ペンを口にくわえた 


。用件は?。

。親戚に会いにきました。


 駅員は めんどうくさそうに 首で はいれ と指示した 頭のうえで手を組むと 背もたれに大きく体をあずけて 眠りはじめた こがれは残りの少した螺旋階段をおりて ようやくこの國に おりたった


 駅から見えた家の塔のあいまを 蜘蛛の巣のように道が 張り巡らされてある

どの道にも端には手すりが拵えてあり こがれが駆けよって手すりに手をつくと いま彼女がいる町のしたにも 人の住んでいる音がするのを知った 再び何百メートルするそのしたに 街があるのだろう


 ここからはまっくらで少した光の点以外 何も見えなかった


。ふーん。


 なにがあるんだろ と考えた したにもいけるのかな?


 積み上がる家々を見あげながら なんとなしに道を歩いた 下に目をおとすと 靴がよれて 靴ひもがとけていた


 いったんカバンを置いて休もう


 彼女は すこし進んで異様に細った女達が躍る銅のオブジェのある 道の集約地点にいちど荷物をおろした そしてリュックのポケットから 手紙をとりだした


……


はじめまして さくらいこがれさん わたしは あなたのちちかたのそぼの ちょうじょのまごにあたるしんせきになります なるらしいです わたしはいちどたびにでてみたいです わたしはあなたがたびをつづけていると おじからききました (それいがいは あなたのことをぜんぜんしらなくて ごめんなさい) でもおじは わたしのははのおとうとですが いちどこがれさんとあったことがあるとききました それで おしえてもらったのです

 わたしは たびのやりかたも なにもかも ぜんぜんしりません もしよければ こがれさんのたびのいっかんとして わたしのまちにおとずれ わたしをたずねて おしえてください

 ばしょは 「バビロン ゆきどけ市 フォトルジ郡 テンマ町 36―27」です

 わたしは つぎのたんじょうび 5がつ 14にちに (このひで わたしは 13さいになります) たびにでるつもりです あつかましいようですが そのひまでにあいたいとわたしはおもっています おじにはなしをきいてから あなたのもうそうがふくらんで とってもとってもあいたくなっています ぜひたずねてください

島波つくば


……


。変にきたいされても 困るよな。

。ありゃ?。


 いきなりとなりから話しかけられ 手紙を読まれていたことにきづいたこがれは 素っとん狂な声をだした


。ケケケ どなた? ってか。


 背のひくい 意地悪な笑みを浮かべる少年は 立ちあがって歩きはじめる 白い逆立った髪を指でくしけずる 太い袖で指先までかくす大きな白シャツをぶかぶかに着る

 腕をあげたとき 袖がずり落ちて やけに細い手首から腕までが のぞいた

 短パンからも細い足が伸び フランスパンのように大きな靴をはいていた しゃがんで靴ひもを結びなおしながら 歩き遠ざかる少年をながめた


 彼が歩いていったさきに 無数の札がはりめぐらされた手押し屋台があり そのまえでたちどまった


。なんですか これは。


 あとをついていった彼女がきく


。札屋 なんだよ おれは 札をうってるんだ。

。札?。


 なんで? っと首をかしげると 少年はペリリと一枚 屋台から札をはがすと こがれの目のまえでひらひらしてみせた おさつ程度の大きさの薄い紙 紫色の線で縁取ったなかに 線や円や三角などの幾何学模様が 重なりながらひかえめに記されてある


。これをはってみ 気分が良くなるから。


 彼はニタァと口のはしをつりあげていった おおきな目玉が鈍く光った


。そんなの売れるの?。

。まあ チーズも売ってっがな。


 彼は屋台のなかに潜って でてくると 黄色いチーズを手にしてみせた


。じゃあ……それを ひとつ 貰おっかな。


彼女は少年のさしだすのをうけとった


。なにこれ?。

。ケケッ 知らねえのか ミルクをかためたやつだよ。

。でも黄色いよ。

。腐ってっからな ケケケ。

。……いらない かな。


 表情を歪めて チーズをつきかえすこがれ 


。ケケケ 食えンだよ それが …… 六円だ。


 うけとらない少年 値段を伝えると こがれはポケットから小銭入れをとりだした

 舌をだしたカエルの顔のちいさな入れ物である

 彼女が小銭入れのチャックを開けようとすると 突然 小銭入れが宙に浮いた 驚いて手を伸ばすと ひょい と彼女の手からにげるように うえにのがれた 不思議な顔をして少年のほうをむいても彼はニヤつくばかりだ ジャンプしてとろうとすると 再び高くなっていよいよ届かない高さになった


。ふん いいですよ お金は分けて持ってますから 旅の常識 あの入れ物にはちょっとしたお金しか入れてません。


 そう言ってリュックをおろしてみて 彼女はリュックが開いているのを知った しめたはずなのに と思い出しながらなかを探ってようやく なかの財布が無くなっていることを知った


。あれ?。

。あいつだよ。


 札屋の見る方を見てみると 灰色のぼろを着た子どもが 電燈のうえに異様なジャンプ力で 飛び乗るところだった 彼の右手には こがれの財布がつかまれてあった 彼は電燈のうえに足先で着地して それと同時にこがれのほうを一瞥した

 のびたボサボサの黒髪のしたから鋭い眼がのぞく そしてすぐに彼は 飛び跳ね 宙に浮いた小銭入れもつかんで 道の下 さっきこがれがのぞいていた 下の街にすいこまれていった


。まあ あいつは有名人さ 会えてよかったな。

。なんで教えてくれなかったの すってんてんになったじゃない。

。なんで教えてやらなきゃいけない 金がないなら返してもらおう ケケケ そんな泣きそうな顔をするなよ しょーがない そのチーズはやろう。

。んー 人情があるんだかないんだか も~……人情!。


 こがれはガブリとチーズを齧って 咀嚼すると のみこんで うえー と舌をだした


。じゃあな。


 きがつくと 札屋は屋台をおして あるきだしていた ガラガラと木の車輪が軋んでまわっていた

 こがれは手もとのチーズを見やる

 そして行き場のない憤りを眉間によせた彼女もまた あるきだしたのだった


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