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正義の味方

作者: 安西 圭

夜の闇の中を、一人の女性が歩く。彼女は友人宅へ向かっていた。それは突然の呼び出しだった。彼女は不思議に思ったが、それ以上に大事な何かがあるのだろうと思い向かうことにした。それほどの間柄だったのだ。階段を上がり、アパートの一室の前に着く。呼び鈴を鳴らすが、反応はない。扉は開いていた。暗い廊下に明かりをつける。そこに広がっていた光景は、ただ赤かった。よく見知った顔が、血まみれで倒れている。それは現実性を欠いて、映画のワンシーンでも見ているような感覚だった。

「救急車、呼ばないと」

我に帰る。すでに息はないようだった。ナイフが刺さっている。助かることはすでに半分諦めていて、それでも何かしなければと思ったのだ。と、外にサイレンの音を聞く。警察だ。足音が近づいてくる。扉が開き、そこには二人の警官がいた。

「殺人の疑いで、現行犯逮捕する」

もし今捕まったとして、疑いを晴らすことができるだろうか。彼女は、そうは思っていなかった。幸いにも、窓は開いている。逃げよう。そう決意し、部屋の奥へと走り出す。追跡をすんでのところで躱し、ベランダ伝いに隣へ隣へと移動する。しかしついに壁に当たってしまう。窓の向こうから明かりが漏れ、人の気配がする。ドンドンと窓を叩いてみるが、反応はない。捕まってしまう。

「助けて、私は、やってない」

そう叫んだ瞬間、窓が開かれる。そこにいたのは一人の男。

「こいつはなかなかの上玉だ、戦う価値はあるな」

男は手に持った六法全書で警官たちを殴り倒した。

「あなたは」

「正義の味方、とでも言おうか」


二人は逃げ、人気のない倉庫で夜を明かした。

「これから、どうするんですか」

「いつまでも逃げるわけにはいきません。証拠を探しに行きます、あなたの無罪を立証するために」

足音を聞く。瞬間、彼は身構える。扉の前には機関銃を持った警官隊。武装警察、彼らはそう呼ばれていた。

「撃て、撃ちまくれ、情けをかけるな。奴らは人の姿をした害虫、駆除されなければならない存在だ」

ダダダ、ダダダ、ダダダ。轟音をたてて一斉に火を噴く。彼は六法全書を振るい、掃射された銃弾を弾き返す。パラパラと地に落ち、彼らに動揺と恐怖が広がる。

「なんだあいつ、化け物か」

「化け物じゃねぇよ、正義の味方だ」

「正義、か」

警官隊の背後から、黒ずくめの男が現れる。黒、それは何色にも染まらない公平さの象徴。彼は裁判官だった。

「正義がぶつかり合うのなら、戦って決めるほかはない。それをするのが法廷だ」

指を鳴らすと、景色が変わる。そこは法廷だった。検察側に立つ、ジャックナイフのような男が言う。

「まったく、よくやるよ。弁護士資格を剥奪されて、まだ戦おうっていうのかよ」

「ああ、確かに俺は弁護士の資格を失った。だが、できることはある」

「ここは法廷、正しさが力になる世界。見せてみろよ、お前の正しさを。お前の六法全書デッキを」

そう言って二人は六法全書を開き、手を突っ込んで武器を引き抜く。検事は鋭く洗練されたレイピアを、弁護士はゴツゴツとした棍を手にした。

「随分と鈍い正義だな」

「断じるだけが正義じゃねぇんだよ」

両者、剣戟を交わす。一度、二度、三度。その度に棍が削れてゆく。

「脆いな、もう崩れ始めている」

「ああ、俺の正義は脆かった。ぶつかって、削れて、それでもその中から見つかったんだ。俺のすべきことが」

棍の表面が砕け、中から刀が現れた。何度も何度も叩き上げられ鍛えられた、一振りの日本刀。一瞬驚きに怯んだ検事を両断するには、十分すぎる斬れ味だった。概念としての肉体を維持できなくなり、元の世界へ強制送還される。そして彼は、裁判官席を見上げ言った。

「まだだ、真の悪はお前じゃない」

「なんだ、気づいていたのか」

裁判官がニヤリと笑う。刀を振るい飛び込む彼を、裁判官は木槌で制した。

「静粛に、静粛に」

衝撃波を受け、地に落ちる。

「主文、被告人を無罪とする」

「まだ、終われねぇよ」

「否、終わりだ。今日のところは」

再び指を鳴らすと、世界が元に戻る。彼女が駆け寄った。

「ありがとうございます、本当にありがとうございます」

意識を失った彼の耳に、声は聞こえていなかった。

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