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ここまでが前回投稿分です!
レウス王子とその取り巻き令息達の婚約破棄騒動が終息しておよそひと月。
一時は様々な噂で騒がしかった王都も春節祭が近づくにつれ日々の忙しさに埋もれ消えていった。
街中は春の訪れと共に活発になった交易に市が立ち並び、普段の倍とも思えるような人出で賑わっている。
王宮も冬の間各領地に帰省していた貴族が次々と挨拶に登城し、文官武官に限らず執事に侍女達、様々な使用人達が右に左にと慌ただしく働いている。
かく言う私も急な人事異動で引継ぎなどで忙殺されていた。
「ダン君、確か君今日は仕事昼までだったね?」
一週間まえから新しい職場の上司になったカイゼル卿が先程から読んでいた資料から目をあげ問いかけてくる。
「はい。明日は初日ですので、最後の確認をと思いまして。」
「ふむ、かの麗しき姫君のエスコート役だからねぇ。
確かに不備があっては大変だ。」
上司の僅かに哀憫を含む視線と声に居心地を悪くしながら手元の作業を続ける。
「まぁでも、婚期を過ぎてもやれ訓練だ、遠征だと見合いから逃げ回っていた君が急な婚約に半年後は結婚だ。
世の中わからないものだねぇ。うんうん。」
カイゼル卿は自慢の髭を触りながらシミジミと呟き、意味のわからない頷きを繰り返す。
あの髭どうやったらあんな風になるんだ?
「失礼します!」
開けっ放しの扉から士官の礼を取った兵士が声をあげる。
「どうした?」
先程迄とはうって変わった声色でカイゼル卿が問いかける。
「はっ、先程ドルトムン王国皇太子御一行が王都東門にご到着なされたとの連絡がございました。今はハンス外交官殿の先導にて王宮正門にむかわれているとのことです。」
「わかった、すぐに向かうので所定の配置に近衛をむかわせてくれ。」
「はっ!」
兵士は返事をすると素早く身を翻して去っていく。
「やれやれ、予定よりはやいご到着だ。私は急ぎ警備の確認と外相への連絡に行ってくるよ。
君はソコの書類が終わったら帰っていいからね。」
「分かりました。」
席を立ちヒラヒラと手を振りながらカイゼル卿は部屋を出て行った。
それを見送りドルトムンの皇太子に思考を巡らす。
確か隣の友好国の第1王子で年齢も17.8ぐらいだったはずだ。名をクリムト殿下と言ったはず。
レウス王子と並べて比べられる程に容姿端麗で頭も良く、既に隣国国内でいくつかの実績をのこしている。
国境付近に良く出ていた自分にも悪い噂は聴こえてこない人物だ。
今日到着という事は、明日の王宮初春の祭宴におられるのだろうな。
宮廷作法が苦手な自分にとってさらに気を重くするはなしだ。
ハァと溜息をつきながら上司の示したソコの書類を手にとってみる。
「あの野郎逃げやがったな⁉︎」
手に取った書類は備品や消耗品を含む費用の申請書で財務省がすんなりと通してくれない事で有名なものだった。
財務省での攻防で予定の時間を大幅に遅れてリント卿の私邸に帰宅する。
そう、帰宅する、だ。
婚約破棄騒動後ザム家とリント家で結ばれた契約はまず、
1.アリス嬢とカナックの婚約解消。
2.カナックの廃嫡と一兵士として東部前線送り。
3.アリス嬢と私の婚約。
4.リント家への賠償金。
その他細々したetc...
没落よりは断然ましではあるものの、かなりの金額と利権や特権に譲歩を余儀なくされたようだ。
最後に見た時の兄上は涙目で対応に追われていた。
南無…
で、私なのだが話し合いでリント家への婿入りになる事になったのだ。
理由はまずリント卿がアリス嬢を溺愛しているせいで嫁にやりたくないということ。
当のアリス嬢は自分で言うのもどうかと思うが朴念仁の私に惚れたらしく、お慕いしていますアピールと婚約をお願いされる。
更に騒動を納めるためにほぼ連日リント邸にてリント卿と会談・行動を共にしていたのだが、いつのまにか巷で
"婚約者に手酷く振られたアリス嬢をダン殿(私)が心配して毎日慰めにおいでになってる"
"ダン殿はアリス嬢に惚れていたが甥の婚約者なので愛を心内に秘めていた"
"アリス嬢は毎日慰めに来られるダン殿に絆されほのかな恋心を持たれた"
"お互いの気持ちが寄り添われたふたりだが、リント卿の許しをまだ貰えていない"
と言った噂が広がっていた。
そのような事もありとうとうリント卿が入り婿ならという条件で話がまとまってしまったのだ。
どうしてこうなった…
アリス嬢は可愛い。可愛いので嫌はないのだが、
前世の感覚からすれば婚約や結婚は愛し合う二人がするもの。
この世界では家と家のつながりが前提に。
まだ気持ちが追いつかない。もう少し時間があれば。
考え事をしている内にリント私邸に着く。
馬車を降りると急いで来たのか少し肩を弾ませながら
「ダン様、おかえりなさいませ。」
とにっこりと可愛らしく笑いながらアリス嬢が出迎えてくれる。
帰りを待っていてくれる人がいるという事に心がホッと温かくなるのを感じながら
「あぁ、ただいま」
と返すのだった。