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前半書き足し部分有りです。
東部騎士団訓練場。
私がその場に着いた時カナックは既に意識をとりもどしていた。
周りを騎士団の三人に囲まれ何やら叫きたてていたが此方に気づくと睨みつけ大声をあげる。
「叔父上!一体どう言う事ですか‼︎」
「どうもこうもお前が愚かな行いをしたせいだ。」
「俺は何も愚かな事はしていない!」
どうやら本気で自分のしたことを正しいと思っているようだ。
恋は盲目とはよく言ったものだがこれ程となると頭を抱えざるを得ない。
「お前がそう言っている時点で愚かとしか言いようが無いが、今はそれを理解することもできんだろうな。」
溜息混じりにそう呟くと手に持っていた訓練刀を投げる。
「お前が正しいと言うのなら私を倒し証明してみろ。あの阿婆擦れのおかげで強くなったのだろう?」
「!叔父上とはいえ彼女を侮辱するなど許さん‼︎」
訓練刀を拾い正眼に構え気勢を発する。
確かに学院に入る前とは違いその身に意志が宿っている。
それ故に正しき方向へそれが向かわなかったことが惜しまれる。
此方も訓練刀を正眼に構える。
「ハッ!」
袈裟斬りを起点に右左、そして突きと基本をおさえた連撃を躱し、いなし弾きと受ける。
修練や実地の経験が大いに生かされ格段に実力を上げている。
が、
「ガッ!」
カナックの脇腹を蹴りが捉え転ばす。
倒れえづくカナックを見やる。
「つまらんな。その程度か?」
腕を上げ平時の一騎士としてならそこそこの腕だろう。
しかしここは今最前線で戦う東部騎士団の訓練場だ。
この程度の御遊戯ならそこらの下級騎士でも勝てる。
「ふざ、けるなっ!」
刀を支えに立ち上がったカナックが魔法剣を発動し振りかぶる。
「悪手だな。」
魔法剣は纏わせる魔法によって様々な効果を齎らすがカナックが行ったのは単発威力を上げる火の魔法だった。
確かにまともに当たれば私でも無事ではないだろう。
まぁ、当たればだが。
振りかぶりがら空きとなった腹部へ神速の突きを見舞う。
ドウッと言う鈍い音と共にカナックは5メートル程吹き飛ぶ。
地面に倒れ伏したカナックは手足を痙攣させ白目を剥いていた。
「起こせ。」
先程監視にいた3名に顎で指示を出す。
「はっ!」
1人が用意してあったバケツの水をぶっかける。
どうにか意識を取り戻したカナックはヨロヨロと立ち上がる。
「実につまらん。私に一当てどころかまともな打ち合いにすらならない。学院での修練は御遊戯の域を出なかったな。」
「クソッ、クソックソッ!」
暗い熱を帯びた瞳を向け突撃してくる。
技も策もないただの突進だ。
「ただ目の前の甘い夢に溺れただけか。」
真実も未来も見ず己が幸せのみを夢見た末路がこれか。
幼少から鍛えた息子同然の子がこのような姿となるとは見るに耐えなかった。
突進してきたカナックを迎え撃ち容赦なく叩きのめす。
再び地にふしたカナックを捨て置き訓練場を後にした。
「ダン様」
王城東の訓練場でカナックに肉体言語で言うところの"説教"を施し、王に会うための準備を私室しているとジルが扉越しに声をかけてくる。
「どうした?」
「ザム侯爵ニール様がお越しになりました。」
「わかった、すぐに行く。」
掛けていたマントを羽織り、用意していた書類を持ち部屋をでる。控えていたジルがこちらですと先導して歩く。
いくつかの扉を過ぎ上級士官の作戦室にはいる。
「ダン!」
中にいた壮年の男性が席を立つ。
「あぁ、兄上久しぶりです。」
遠征前にあって以来なのでおよそ3か月ぶりになる。
今年40を数えるはずだがまだまだ健在で覇気があり衰えを感じさせない。
「挨拶はいい。それよりも今回の件どういうことだ?」
鋭い眼光を持ってこちらに問いただしてくる。
流石は軍閥トップと思わせる気勢だ、並みの士官なら震え上がって固まるだろう。
まぁ、こちとら幼少期からの付き合いなので慣れっこだが。
「少し前に学院やその周辺に広がっている噂について資料を送ったと思いますがアレに関わった内容が今回の件の理由ですよ。」
「なに、殿下とあの男爵令嬢を取り巻く噂の件か?」
「えぇその件です。こちらも可能性が低いと思っていたのですが、そのまさかをやられてしまいまして急ぎ駆けつけたのですが間に合わず…」
「なんという…」
流石の兄上も言葉をなくしている。
「とにかく、問答無用でカナックを殴り飛ばし、こちらに非があると周囲に知らしめる言動と行動を取りアリス嬢に謝罪をしてまいりました。が…」
「分かっている。その程度ではまったく足りぬな。アリス嬢を溺愛しているリント卿のことだ今頃怒髪天であろうな。」
深いため息と共に席に座り込む。一気に覇気を失い一回り小さくなったと感じるほどだ。
気持ちがわからないでもない、兄や自分ぐらいの年代はアリス嬢の父、リント卿に散々絞られ指導を受けてきた。
ボコボコにされ血反吐を吐いたことも一度や二度ではない。名前を聞くだけで背筋が伸びる恐怖の代名詞だ。
はっきり言って会いたくない。
「その通りでしょうが対応を誤れば戦争になりますよ。」
リント卿のアリス嬢溺愛は有名だ。50を過ぎて迎えた後妻との間に生まれた一人娘だ。孫を可愛がる祖父のようにデレデレの甘々らしい。前妻との間に生まれた3人の息子にも碌に触らせない程というから恐ろしい。
そんなアリス嬢が至極真っ当な常識的で理知的な令嬢に育ったのはひとえに後妻のコリント夫人がとても良く出来た方だったからだろう。
でなければ悪役令嬢をも上回るワガママ姫となっていたかもしれん。
そうなれば誰も止められる者がいなかっただろう。たとえ国王でもだ。あなおそろしい。
「リント卿を敵に回したら勝ち目はないぞ、勝てるビジョンがどうやっても浮かばん。」
そうなのだ、リント卿は個人の武勇はもとより兵法の戦術、戦略においても天才的な方で現役30年の間無敗、戦勝数100を超える化け物だ。
退役し老いたとはいえ今も自領の兵を扱き倒している様を聞くに立ち向かう気が起きない。
物語外にチートが居るとかおかしいだろ。
「まったくです。ですので早々に謝罪に行かねばなりません、カナックの命で済めば安いものです。」
「そうだな、ならばカナックを連れてリント卿の所に行ってきてくれ。私は今から王に報告に上がる。」
「なにを言っているんですか。兄上の息子が起こした愚行です。兄上がカナックを連れてリント卿のもとに行かれてください。王には私から報告いたします。」
「…」
「…」
無言で視線を交わす。
「お前確か軍でリント卿の覚えめでたく可愛がってもらっていたよな。」
「兄上、リント卿はご友人のお父上ではありませんか。」
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「家長命令だ、カナックを連れてリント卿に赦しを乞うてこい。」
「いやです、兄上の息子の不始末ぐらい兄上がされてください。」
「この件気づいていながらお前止めそこなったよな。」
「兄上は私が連絡するまで知りませんでしたよね。」
立ち上がった兄上と睨み合う。
「やるのか。」
「兄上こそやる気ですか。」
お互いに身構え一触即発の様相となる。
いざというタイミングで部下のアニーが駆け込んでくる。
「大隊長大変です!」
「なにごとだ?」
構えを解かないままアニーに問いかける。
「リント侯爵ベッカード様がおいでになられました!」
全身に水を浴びたように一気に熱が冷め震えがおきる。
兄上を見やれば自分と同じように顔から血の気が引いているのが分かる。
「な、なぜ…」
壊れたブリキのようにアニーを見やる。
「御用件はお伺いしておりませんがダン大隊長の元まで案内せよと言われました。」
名指しに目の前がくらくなる。
「わ、私はちょっと用事を思い出した、失礼する。」
と兄上は1人逃げ出さんと身を翻そうとした。が、
「ほぉ、かつての師に挨拶もせずどこに行こうというのだニール。」
ピシッ
という音がしそうな勢いで兄上が固まる。
アニーの横から室内に入ってきたのは見間違いようのないリント前騎士団長閣下だった。