主要国家解説編4 アーカテニア
アーカテニア
首都……光と海の都、マドラ・スパニョーラ
異教徒との戦いの末、誇り高きヨシュアの民はついに失われた大地を手に入れた。長い長い戦いの勝利に対する神への感謝と、異教徒によって踏み荒らされた大地への復興の祈りを込めて、光の神ヨシュアをここに讃えることにした人々は、この地を誉ある大地「アーカテニア」と名付けた。
やがてアーカテニアは大海に漕ぎだし、新大陸を発見、その地から採掘された銀によって莫大な利益を得た。
彼らの航海はその後、異教徒との交易にも利用されるようになる。光と海の輝きを一身に受け、アーカテニアは建国後すぐに大国の地位を確たるものとした。
国家の特徴
・信仰の都マドラ・スパニョーラと異端……
マドラ・スパニョーラは神が人々に与えた戦争の対価である。異教の占有する大地を彼らの元に返した神の恩寵は、人々の信仰心を芽生えさせるのに十分に役に立った。
かくして、ヨシュアへの祈りを毎晩捧げる信仰の都、マドラ・スパニョーラは完成した。
立ち並ぶ大聖堂は神々への感謝と畏敬を示し、商人と金属加工職人は船出する人々への祈りを欠かさない。そして、生き残った異教徒を一人残らず絶滅させる為に、異教の聖典を全て読破し、その真髄を理解する「異端審問官」によって、徹底的に弾圧がなされる。
しかし、彼らは異教の全てを破壊することは遂になかった。彼らは異教の建設物を要所で利用することによって国家繁栄に導き、その文化的資源だけを排斥する、信仰と異端の都となったのである。
異端審問官文化……
アーカテニアの文化的発展のほとんどは、修道院を中心として発展したと言って差し支えない。
篤信の都となったマドラ・スパニョーラには、未だ各地に燻る背教の影に立ち向かうために、国家の出資を受けながら聖ヨシュアの為の審問修道会が創立された。彼らは首都近郊に大修道院を建設し、この修道院への民衆の寄付によって各都市に小修道院を建設した。この小修道院を中心として、改宗を誘う為の賛美歌、芸術、文学、そして拷問技術の研鑽がなされた。その結果、対外的には極端に排他的な異端審問文化が成立した。この文化は各都市固有に発展し、信仰心の証明を都市の守護聖人を讃える賛美歌の暗唱によって示すようになった。
・アーカテニア継承権問題……
アーカテニア王家は何度か入れ替わっているが、その中でも非常に危機的な状況に陥ったのが、「アーカテニア継承権問題」である。アーカテニア継承権問題は、カルロス王崩御によって、アーカテニア系エストーラ家が断絶した事に端を発する。正当な権利を主張したのがエストーラ系エストーラ家であり、某系とは言え血統の上では問題なく受け入れられるところであった。
しかし、それに対抗する形で、カルロス王の甥にあたるカペル王がその権利を主張し、その結果、四カ国条約崩壊の兆しとまで噂される大規模な対立構造に発展した。
しかし、この対立はエストーラ家兄弟の兄である皇帝の崩御によって終結を迎える。元よりのぞみの薄かったカペル王家は降って湧いた幸運に神に感謝し、アーカテニア継承権を獲得した。しかし、一定の譲歩を求めたエストーラ側の強い意向により、エストーラがウネッザを統治する権利を認める事となった。
その結果、今後の和平交渉も兼ね、カペル王家とエストーラ一族は縁談を進める和平期が訪れる事となる。アーカテニア継承権問題は、一触即発の危機にまで発展しながら、ついに両国の共栄の道へと至る結果となったのである。
・大航海時代と銀……
アーカテニアの繁栄は銀と香辛料によるところも大きい。この二つを彼らにもたらしたのは、外洋へと旅立つ彼らの知的好奇心と異教徒を神の教えによって救おうとする篤信であった。彼らは神の教えが自分たちに与えた恵みに感謝し、それと同じほどに神の怒りを恐れた。そこで、彼らは異教徒達を改宗させようと外洋へ出ることを考える。その結果外洋から香辛料の産地へと一本を繋ぐ新航路が発見され、さらに未知の大陸から銀が産出され、アーカテニア最盛期が始まる事となる。この繁栄は後に大航海時代を作る事となり、陸を中心とする西方世界へと外洋植民地を中心に発展するアーカテニアの富が流出し、それが異端の航海技術と共に世界全土に恵みをもたらすことになった。
・奴隷狩り……
アーカテニアは最小の初期投資で最大の利益を上げるために、奴隷の入手方法も独自の進化を遂げた。これが、「奴隷狩り」と呼ばれる文化である。まず、アーカテニアは最初に植民地化した都市の人々が改宗するように使節を派遣する。ここで拒んだ人々であっても直ちに排除せず、彼らには人頭税と地租について特別の規定を設けて圧迫する。その上で、改宗を迫ってもなお改宗しようとしない場合、彼らは直ちに人権を剥奪され、奴隷身分となる。そして、彼らが搾取によって疲弊した後に、異端審問官が彼らを誹謗し、それでもなお改宗の見込みがないと判断された時に、奴隷商人達に身柄を明け渡される。
このような有産市民の奴隷化は、元々文化の面で劣るような人々でなくても、徹底的に搾取する姿勢となり、アーカテニアの利益への執着を示すものである。一言で言えば悪質である。
特に、独自の文化圏を形成する亜人はこの奴隷狩りに遭いやすく、村や集落が全て奴隷とされた例は枚挙にいとまがない。その被害人口はマドラ・スパニョーラ最盛期の人口を超えるとも言われている。
人としての権利の剥奪を神の理性によって創出する事については、各国から苦言を呈されているが、これを拒むことで奴隷を獲得できなくなる内地国家は、基本的に批判こそすれ攻撃を仕掛けることはない。彼らは、沈黙によってアーカテニアの正しさを証明してしまったのである。
・異端の遺産と温故知新……
異教徒を追い払う事で国家を築いたアーカテニアには異端の文化が築いた遺産が大量に残されていた。そこには、異教の悪しき図書館や、白とアラベスク文様の宮殿や、彼らの祈りの集会場などがあった。宗教に関する施設は、同行した宣教師の指示で破壊され尽くしたが、宣教師が興味を持った様々な建築物は残された。
その一つが図書館である。ほとんどを焚書する一方で、一部のヨシュアの意志にそう書籍を保管するために利用される事となった。不要かつ宗教的危険性の薄い書籍については古書商や大学に寄贈され、古代の知識が花開く事となった。かくして、プロアニアやムスコール大公国に遅れて数世紀、アーカテニアは哲学的発展期を迎えたのである。




