主要国家解説編4 ウネッザ
ウネッザ
首都……海と商人の都、ウネッザ
ウネッザは、海上に浮かぶいくつかのラグーナによって構成された、交易都市国家である。異教徒と西方世界、西方世界と西方世界を結ぶ交易の中心地として、古くから交易の中継地として繁栄を続けていた。
旅人の神聖マッキオに旅の安全を祈りながら、容赦なく西方国家を裏切ることのできる節操のなさは、他の交易都市国家にも類を見ない。
教皇からの破門や代表者の異端審問を何度も経験しながら、その身に神罰を受けたことの無いこの国では、神は観光ビジネスの中枢を担う役を持ち、世界で初の聖地巡礼ツアー、「グランド・ツアー」を完成させたのも、このウネッザである。
しかし、海という自然の要塞を生かして長らく繁栄を続けたウネッザは、ついにエストーラに支配されることになる。ことの発端はエストーラとカペルの間で起こったアーカテニア継承権問題であり、その後のウネッザはエストーラ領ウネッザとして、帝国の一都市に成り下がってしまった。
しかし、この国が西方世界にもたらした金銀、奴隷、香辛料、明礬、ワイン、異教徒の優れた技術や芸術は、今もこの一都市を物語の中枢に据える事に役立っている。
国家の特徴
三つの危機と、一つの結末……
ウネッザの歴史は内地からの避難に始まる。蛮族達の侵入により行き場を失った人々が海を渡り、葦の原であった大地に小さな集落を建てた。これがウネッザの始まりと言われる。
海へ渡ることで危難を逃れたウネッザの民だが、その後三度にわたって危機的状況に陥ることになった。
一つ目は、地理的な優位性に目をつけたエストーラ率いる帝国軍がウネッザに要求を求めた時である。この時、ウネッザ軍は逃亡を続け、帝国の圧倒的な物量からなんとか逃れようとした。それに勢いづいた帝国海軍は彼らを執拗に追撃し、ついにウネッザ目前にまで迫った。
しかし、ウネッザ海軍はこの時を心待ちにもしていたのである。帝国の船高の高い船は、干潮のラグーナに座礁し身動きが取れなくなったのである。ウネッザ海軍はその隙に帝国海軍を包囲し、皇帝を拘束、交渉ののちに賠償金と休戦を勝ち取った。
2つ目は、ウネッザと同様の海洋共和国ジロードの包囲戦である。当時は丁度時化の開けた春の日であった。ウネッザの海上に突如として現れたジロード海軍は、プロアニアの火砲と、複数のガレオン、様々な魔法を用いてウネッザを追い詰めた。陸軍国家であった帝国と異なり、ジロードは海上の戦い方を熟知しており、ウネッザの最も苦手とする、食料の不足する時期に海路を断つという消耗戦に持ち込んだのである。
食料も底をつき、ウネッザの敗北が濃厚となったその時、ジロードの目を盗み、満潮時にのみ開かれる港のない海路から、食料を満載した商船が、ウネッザに帰還を果たす。
これに着想を得た当時の国立造船所職員の一人が元首に進言し、ジロードの退路を断ちながらジロードの補給船から食料を略奪する事で、逆包囲戦に持ち込んだのである。
ジロードは飢餓に苦しみながら海上を彷徨し、結果的に和平交渉の場に立つことになる。ウネッザはこの奇妙な逆包囲戦によって、勝利を勝ち取ったのであった。
三つ目に、西の大国アーカテニアの新航路開拓に始まる、一連の海洋共和国包囲戦である。
新航路は外回りで直接金銀や綿花、香辛料を入手して母国に持ち帰ることのできる点でメリットは持っていたが、当初はその険しい海路からでは安定した輸入が困難であったため、中間コストも結果的にはそれほど変わらなかった。そのため、ウネッザ含む海洋共和国は危機感を持たず、また実際に売り上げに響くこともなかった。
しかし、突如交易品の仕入れ値が高騰する異常事態が起こる。唐突な出来事に混乱するウネッザは、定期船を介してアーカテニアが新航路から内海に至り、異教徒達の利用する交易路を封鎖していたことを明らかにした。ウネッザは利害の一致する異教徒と手を結び、後方支援を行いつつ、かつての政敵ジロードとともに、海上封鎖をするアーカテニアに攻勢をかける。ジロード海域での直接対決ののち、ついにアーカテニアを撤退させることに成功し、危難は去った。
しかし、その半世紀ほど後、ウネッザは遂に大国に屈することとなる。アーカテニアの王となっていたアーカテニア系エストーラ一族が断絶すると、カペルとエストーラ間でアーカテニア継承問題と呼ばれる対立が生じた。互いに一歩も譲らない一触即発の対立の中、カペルはウネッザの大陸領土を包囲し、彼らに協力を迫った。ウネッザは当時、いくつかの飛び地を異教徒の手に奪われ、商業的にも軍事的にも疲弊していたため、カペルの要求を承認する。
ところが、エストーラ系エストーラ一族の兄であった皇帝が崩御し、弟が還俗して帝位に就くと、同一の王が王国を二つ統治してはならないという考えのもと、カペルとの和議が成立した。カペルはアーカテニアを、エストーラはその代わりにウネッザの領土全体を領有する事となった。海洋共和国ウネッザが、エストーラ領ウネッザとなった瞬間である。
このように、ウネッザの歴史は常に商圏の拡大縮小に左右されてきた。大国の狭間で時に狡猾に、時に死力を尽くして戦ったウネッザは、現在も金融と観光、出版という三つの柱のもとで、一大交易都市として繁栄している。
内地領土と本島……
ウネッザは内海に浮かぶウネッザ本島とは別に、いくつかの本土領地-彼らは本土をテッラ・フェルマと呼ぶ-や、内海の重要な島々に飛び地の領土を持つ。これらの領土はウネッザの定期商船の航路として利用され、安定した航路を約束してくれる。この、ウネッザの為に作られた商業拠点はウネッザだけでなく、様々な人々に恩恵をもたらしてきた。これらの飛び地は特徴として、山や巨大な河川、崖などに阻まれて外地との接触が難しい寂れた土地に建てられており、食料生産力もそれほどなく、また交易にも利用が難しい為、本土の君主達にはそのメリットを利用しづらかった。ウネッザは彼らからこれらの土地の利権を購入し、そこに補給拠点を作ることによって、ウネッザの定期商船を安全に異教徒の地まで送ることができるようにしたのである。この結果、拠点となった土地は訪れた商船のおかげで経済活動が盛んとなり、食料自給率の低さや交易の難しさもこれらの航路からもたらされる金銭によって補われる事となった。この飛び地の繁栄はウネッザ独自のものであって、他国では真似できない地の利を生かした地域活性化戦略ということができる。
グランド・ツアー……
エストーラ領ウネッザとなった後も、ウネッザへの人の往来は絶えなかった。それは金融都市としても、ガラスなどの工芸品の一大産地としても、商業的に重要な拠点であった事も一つの理由であるが、また一つ、ウネッザ独自の商業路を利用した聖地巡礼の旅にも重要な拠点であった為である。
彼らはかなり早い段階から、聖地巡礼の旅に商業的価値を見出しており、ウネッザ自身の観光地化も、商圏の強化と同様に力を入れていた。ウネッザ独自の航路を用いての世界初の聖地巡礼ツアーは、異教徒に奪われた土地を堂々と航行することのできるウネッザ独自の観光資源として、一般市民や学者、信心深い貴族の需要を満たしてきた。
この観光資源を、さらに本土にまで拡大させたのが、カペル王国の地方領主、女伯ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌと、ウネッザの有力商人ダンドロ商会会長である、ヴィタール・ダンドロによって企画された大巡礼旅行「グランド・ツアー」である。
グランド・ツアーは、カペル本土にある様々な聖遺物のうち、主要な聖遺物を巡り、ナルボヌの領土に至り、そこからウネッザへと向かい、最後に聖地へと至ると言う巡礼ツアーである。これを定期的かつ大人数で行うように手配したダンドロ商会の財力と手腕、そしてジョアンナ・ドゥ・ナルボヌによるカペル内貴族との交渉の末に、このグランド・ツアーは後々まで語り継がれる最初の企画型ツアーとして、多くの観光業に影響を与える事となった。
アルセナーレ・ディ・ウネッザ……
ウネッザについて語るのであれば、国立造船所アルセナーレについて語らなければならない。アルセナーレは海に面したウネッザにおいては足である、船を大量かつ効率的に開発するために作られた世界初の「工場」である。国営であり、基本的には軍船を作ることに長けた造船所であったが、私用船もかなりの頻度で作っていたようであり、葬儀用の船などの儀式用の船舶、航行のための人件費を抑えることを目的とした作りの商船、逆に人を運ぶことに長けた軍用補給船まで様々に役割を与えられていたようである。
世界初の「工場」と呼ばれるのは、この国がプロアニアに先んじて大量生産のために船舶のパーツの「標準化」を達成した為であり、その生産効率は稼働当時ではおよそ考えられないものだった。このアルセナーレが、軍事・経済において、ウネッザを支えたことは言うまでもなく、列強の大国達の狭間で、都市国家に過ぎないウネッザを強国たらしめたのである。




