君の名前は ~ 駅前のたい焼き屋さん 編 ~
ハロウィンそれは、異世界鏡の向こう側の国、ランテール王国につながる道が、魔法の鏡でなくとも、姿写りし物に一晩のみ開かれる特別な日。
かの国の住民は、老いも若きも皆『此方』の世界に遊びに来るという。
10月終わりのただ一夜『此方』と『彼方』が交じり合う楽しきハッピーハロウィン!
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――とある街の駅前にある評判の『たい焼き屋さん』皮は薄くパリッとタイプ、中のつぶあんはお腹の部分のあんこがちらりほらりと、透けて外から見える程に、パンパンに入っている。
昼間、夕方、そして夜と途絶える事の無いお店。海外の旅行客、家族に、職場のおやつ、手土産に、塾に行き帰りに食べる子供もいる。
そんなお客の中に、時折何時も閉店前に、風変わりな一組の恋人達がたい焼きを買いに来ていた。
大勢のお客の中で、店主が何故に彼等を覚えているかと言うと、二人で最初に現れた、あのハロウィンの夜、彼女の放ったその言葉が強烈だったからだ。
「これはなんですの?わたくし初めて見ましたわ、ここでは、お魚は皆こうなのですの?」
可愛い容姿の彼女が純朴そうな彼から渡された、たい焼きを手にした時のこの言葉。
海外からの観光客も多く訪れ、メディアも発達している現代世界での、この発言。
たい焼きが魚?店主にとって、衝撃的な二人との出会いだった。
そんな彼女に、美味しいから食べてごらん、とその場で、自ら口にし笑顔を見せる彼。
きょとんとしながらも、素直に口に運び、まぁ!美味しい、中身はなんですの?と問いかける。
そんな彼女に、それは『あんこ』ここのは美味しいから好きなんだ。と笑って答えている彼。風変わりだが、幸せそうな二人だ。
そして先程からの、どこかとんちんかんな話が、なんとなく気になりそれとなく二人を見つつ、たい焼きを焼いてる店主に、彼女がにこやかに話かけてきた。
「とても美味なる物を、ありがとうございました、素晴らしいお味ですわ」
と、優雅にお礼を言ってきたのだ。そしてその事がきっかけで、たい焼き屋さんの店主と二人との付き合いが始まった。
「まさかこの俺が二人の恩人になるとはね、そして摩訶不思議に巻き込まれるとは……たい焼き焼いてて良かったよな。世界は面白い」
店主はたい焼きを焼きながら、夜空を見上げる。時間が近づいている、
彼は、懐から二人が、結婚後のハロウィンに訪れた時に、これからも頼みます、と店主に贈った『魔法の鏡』を取り出すと、店先の片隅にそっと置く。
『異世界へ続く扉』の準備は整った。もうすぐ道がつながる時間。それと共に始まる閉店前のかきいれ時が近い。
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――そして、このお話はこれから少し時が戻る。
鏡の向こう側の国、ランテール王国。もうすぐ一人の王女が結婚式を迎える事もあり、人々は、あちらこちらで、王女のお相手の事で噂がもちきりだ。
『彼方』から王女が選び、お連れしたお相手。
その名前は『高橋 隼人』王女の婚約者、幸運な挑戦者の話を……
何故に『挑戦者』なのか、ここランテール王国では、結婚式迄に『王女の婚約者』には必ず、やり遂げなければならない試練が、課せられるからだ。
そしてそれは、失敗をすると後の二人の人生を、大きく変えてしまう程の大きな試練、それが何かは明かされてはいない。
だだ王女に選ばれ事はとても名誉な事だし、失敗しても生涯王宮暮らしになるので、国民の中には出来れば選ばれたいと、思う者達も多い。
しかし、国民は誰も知らない、決して公にされない。何故に『生涯王宮暮らし』になるというのかを……
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――「良いこと、もう時間が無いの、今宵で最後ですわ!わたくしが、隼人様と添い遂げる為の最終手段ですわよ」
王宮の一角で、王女は真剣に、ドロドロとした白い物をかき混ぜている。
傍らの大鍋には、何やらグツグツと煮込み、それを女官が焦げ無いように、こちらも懸命にかき混ぜている。
そしてその様子は、魔女達が何か怪しい物を仕込んでいる様にしか見えない。
厨房の片隅を借り、お付きの女官と二人、何やら懸命に調理をしている王女、彼女は自身の運命の為に、懸命に頑張っている真っ最中。
心配そうに、見守る料理番達だが、どうしても自分でやりたいと、王女から言われているので、皆ハラハラしながら遠巻きで眺めている。
「全く抜かりました。ちゃんとアレを渡してくれば、簡単でしたのに、おかげで再現をいたしますのに、こんなに時間がかかってしまいましたわ……」
温めていた鉄板の上に、混ぜていたそれを、じゅぅと焼きはじめた。
「明日の夜は、わたくし達の結婚式、隼人様、今宵がラストチャンスですわよー!」
「頑張って下さいませ、王女様!」
女官の励ましの声に、気さくにうなずく王女。
頑張りますわー!と気合いの雄叫びをあげる彼女の声が広い厨房に響く、
そして、グツグツ、ボゴッ!とドロドロになりつつある、煮込んでいる何かが大鍋の中で立てている不気味な音も合わせて響く……
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その頃もう一人の主人公である、婚約者は己に課せられた試練が、思うように進まず、暗澹たる気分で深く落ち込んでいた。
――はてさて、どうしたものやら、このままでは俺は……『聖なるガマガエル』だ、どうしても試練を達成出来そうもない、しかし、異世界に何故にガマガエル……
げこげこと、のんきなそれを眺めながら、隼人は大きくため息をつく。
「まさか、異世界の王女様と知り合い、結婚するとは、そこまではいい、僕は彼女を愛している、幸せにしたい、此方に来ることも大丈夫だ……問題は『試練』いや『呪い』だろ、コレ」
ため息と共に眺めているのは、華麗な王宮内に白亜の石で造られている『聖なるガマガエルの池』
そこでのんびりと余生と過ごしているのは試練を達成出来なかった、歴代王女の婚約相手達。
そう、失敗した時の運命とは『ガマガエル』になり、生涯そのままで過ごす事だったのだ。
そしてそれを知ることは、王女に選ばれ王宮に立ち入った時に、その内容を聞かされ、初めて知る事実、辞退はできない。
辞退をしたり、逃げ出すと即座に終了、待ち受けているのは『ガマガエル』に変身、実に厳しい規則。
そして、その試練とは『結婚式迄に王女の名前を呼ぶ』事、ただそれだけなのだが、
ここで大きな問題が……彼女の名前を知るのは王族と、神官のみ、ということだ、他には決して公にされていない。
そしてもちろん、名前を知るものに聞くことは許されず、聞けば即『ガマガエル』
王女も、自ら明かすことは許されていない。明かせば、その場でお相手は即『ガマガエル』
何故にその試練が有るのか?それは誰も知らない、だだランテール王家に脈々と続く変な伝統であった。
……げこげこと、のほほーんとしている元人間の彼等達は『聖なるガマガエル』として、大切にお世話をされ、何不自由無く暮らしている、が、
ガマガエルである。どうみても、ガマガエル。遊んで暮らせるが、ガマガエル。
「ガ、ガマガエル、奉られるガマガエル、聖なるガマガエル、でも……ガマガエルはいやだぁぁー!でも、君を愛してるぅー!あぁー!」
……ぼっちゃん!、ぼっちゃん!音がする。それは池に浮かべられている睡蓮の葉の上で、のほほーんとしていた聖なる者達が、彼の苦悩に満ちた叫びに驚き、池に飛び込んだ音だった。
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「で、出来上がりましたわ」
何やら、食べ物らしき物を作り上げた王女、姫様良くお出来になられました。と涙ながらに答える女官。
それを王女は、白い紙に丁重に包むと、息をのみ、一つこくんとうなずくと、では、行って参りますわ!と厨房にいる皆に声をかけ、彼の元へと向かう。
その後ろ姿に、居合わせた者達は、御武運を!と励ましの言葉を贈り一礼をした。
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……『聖なるガマガエルの池』の端で深く悩む様子の彼、王女は静かに近づいて行く。そして優しく声をかけた。
「え、君。そうだよね、時間が無いよね……ごめん、ひらめきってのがなくて」
王女に気が付くと、振り返りすまなさそうに謝ると隼人は、じゃあ始めようか、と課せられた試練の続きを始める。
「えーと、えーと……えーと、ダイアナですか」
これを初めてもはや数日、王女の名前は簡単なごくありふれた物なのだが、壊滅的に女子に疎い彼は全て撃沈、このままだと『ガマガエル』に変身は間近……
そして、王女は次のお相手を探すか、生涯独身で過ごすか、どちからになる。
しかし、この試練、実は余程の『鈍い者』でない限りは、ごくあっさりと終わらす者が過半数だった。
彼の様に、たまに果てなく、鈍い者が選ばれた時に『聖なるガマガエル』になるのである。
……王女は頭に手を当て、首を振る、日々それとなく表情や、視線、仕草でヒントを出している彼女なのだが『究極のにぶちん婚約者』は、一向に気がつかない。
もう!なんて鈍いのでしょうと少し恨めしげな視線をおくる。
ごめん、とその視線を受けて純朴な隼人は、少し涙目になる。もう彼は、女性の名前は出てこない。諦めつつある隼人に、王女は紙に包んだ先程の物を差し出した。
「これは?僕に?」
そうですわ、と王女は言うと緊張で、ドキドキと胸を高まらせる。鈍い愛しい婚約者に手助け出来る最大限の事。最終手段。
彼は明日の月が昇ると『終わり』そして『変身』となる。
なので彼を救う為に、これから先の事は、王女が考えた渾身の作戦だった。
カサと軽い音を立ててそれを開く、そして彼が目にしたのは、何やら不気味な形の食べ物らしき代物……
「え、と、君が作ったのね、でこれ何?食べ物?」
手のひらに乗る大きさで所々焦げ、というよりは、ほぼ焦げていびつな楕円形の物体、何やら模様も描かれている。
彼は、それをしげしげと眺めつつ、怪訝に思う。
……何だろう丸い模様がある、目?生物を模してるのか?異世界の何かか?それよりも、食べても果たして、大丈夫なんだろうか?
途方にくれ、そして愛しい恋人に、恐る恐る聞いてみた。
「これ、一体なんなのかな?ランテールの食べ物なの?」
彼の質問に、即座に答える王女。
「たい焼きですわ、あなたが初めて教えて下さった、た、い、や、き……わたくしが作りましたの、お召し上がりくださいませ」
と、にっこり笑顔で答える。さあ!早く、お召し上がりになって、と有無を言わせぬ視線を送りつつ、勧めてくる。
「え、たい焼き?コレってたい焼きなの?で、コレ僕が食べるの?」
恐ろしい事実を突きつけられ、これを食べたら命が無いが、と思いつつ彼女を見詰めていると、早く早くと急かしてくる。
そんな必死な彼女を見ると、まぁ、ガマガエルになると、この先、彼女とこんな時間も持てなくなるだろう、と思い直し隼人は決死の覚悟を決めて、それを口へと運ぶ。
「で、では、お……お召し上がりになります……」
『食べ物』という枠から大きく逸脱をしている、彼女の云うところの『たい焼き』に対し、言動がおかしくなる隼人。
そして、当然ながら、生きるべく彼の本能が全力で拒否をし、口元から先に進まない。
そんな彼の様子を目の当たりにした王女は、何としてでもそれを、食べさせるべく伝家の宝刀を使う。それは異世界でも、現代でも恋する男には最強のシロモノ
『真珠の涙』
ポロポロと美しい涙を流し、わたくしが作りましたの、それをお召し上がりに、なられないとは、わたくしの事を愛してませんのね……
と、よよと泣き崩れる王女。慌てて地面に伏している彼女に近づき、手を貸して身体を起こし
彼女の涙に濡れた顔を優しく空いてる手で撫でると、決然と『たい焼き』に向き合う彼。
「食べます!食べます、貴方の作った物ならば」
気合いを入れて、大きく息をのみ、そしてかぶりと一口。
ぐっ、と噛み締めた瞬間、彼を襲うすざまじき魑魅魍魎な味覚の嵐!それは全身に暴風を送り込み、体内アドレナリンがマックス数値を叩きだし、顔色が人とは思えない色へと変わる。
汗腺が全て全開!しどどに吹き出る水分、体が口にした物の吸収を阻む、本能的な反射行動に、慌てて両手で口を押さえる、隼人
そして全身全霊、彼の持つ全て以上の力を使い、何とかそれを飲み込む事に成功した途端、その場でうつ伏せに倒れてしまう。
「あぁー!隼人様!隼人様!しっかりなさって」
次に慌てるのは、すざまじき『たい焼き』を、彼に食べさせた王女。おろおろと、隼人に近づく。
「う、ぐ、うん、だ、だだ大丈夫、大丈夫だけどね、あれ、たい焼き?」
彼女が青ざめ、うろたえ心配している顔を目にした隼人は、生きている事を確認した後で、
息を整えながら何とか起き上がると、彼女に向かいあう。
「ええ、たい焼きですわ」
ふるふると震え、再び涙を浮かべながら答える王女。そんな彼女に優しく笑いながら問いかけた。
「うん、たい焼きなのね、わかった、それで聞きたいけど、中身、中身のあの『あん……』」
「ハイ!隼人様」
隼人が、食べた物の確認をしようとした時、最後迄言わさず、被せるように返事をする王女。
再び、隼人は彼女にゆっくりと問いかける。
「あの……あん……」
「ハイ!隼人様」
沈黙が二人を包む。胸の前で両手を握りしめ、キラキラとした視線を『にぶちん婚約者』に送る王女。
目をしばたき、ごくりと息を飲み込む隼人、彼の目の前には、星の光を宿しているかの様な、綺羅に輝く瞳の王女、
そしてここに来て、ようやく彼女が贈ったメッセージに気が付く。ゆっくりと目の前の王女に彼は問いかける。
「君の名前は、アン?」
「ハイ!隼人様」
「君の名前は、アン」
「ハイ!隼人様、隼人様!アンでございます」
あぁー!やっとわかって下さったのねーと彼を抱き締めてくる『アン王女』
彼女の渾身の作戦は、成功したのだった、たい焼きのおかげで……
「あ、はは、アン、あん!アン!そうか、『あん!』良かったー!ありがとう!アン」
隼人も、愛しい彼女を抱き締める。試練が達成された瞬間だった。彼は『ガマガエルに変身』の運命から無事に解き放たれたのだ。
げーこ、げーこ、ゲロゲロと『聖なるガマガエル』達が二人に祝福の合唱を贈る。
試練、は達成された。そして翌日の夜、無事に二人の結婚式が、厳かにそして華々しく執り行われたのだった。
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「それにしても、君が作ったの、あのままカエルに変身してしまうかと思うほどの味だったよ」
結婚式後、彼は彼女にあの『王女のたい焼き』の感想を述べる。そして懐かしそうに君と一緒に食べたあの美味しいたい焼き、食べたいな、と話す彼に
「では、次のハロウィンに彼方に行って、貴方に渡した『魔法の鏡』を次は店主さんに、お渡しいたしましょう」
そうすれば『道』が夜になると開かれますから、たい焼き買いに行けましてよ。わたくしも食べたいですわ、と笑顔で答えた。
そして二人は、たい焼き屋さんの彼に、異世界へとつながる『魔法の鏡』を、ハロウィンの夜に届けに行ったのは言うまでもない。
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「たい焼き屋さん、10枚おくれでないかい?」
駅前の『たい焼き屋さん』美味しい『たい焼き屋さん』昼間も夜も、電車が終わった深夜でも、お客が途切れる事はない。
ハイ!毎度ー!と『鏡の道』を通って来たお客さんに、愛想よく商品を売って行く店主。
「ありがとうねー王女様も良いことしてくれた、美味しくてね。わたしゃ『整理券』を手に入れるのに、そりゃ苦労したんだよ」
焼きたてのたい焼きが入った袋を渡ながら、店主はお客の言葉に、引っ掛かった。
「姉さん、整理券ってなんだい?」
嫌だよう、このおばばに姉さんなんて、と笑いながら彼女が話す内容に、店主はめまいを感じてしまう。
「このたい焼き、大人気でね、この『魔法の鏡』の道は狭いから、人数制限があるのよ、隼人様が争いにならない様に、順調待ちの『整理券』お作りになって、配ってるんだよ」
向こう一年先までの分は配り終えててね、と笑顔で話す老婆、そして最後の一言
「ハロウィンの時なら、一晩だけど自由に来れるからね、皆楽しみにしてるんだよ、よー儲かると思うわ!頑張って焼いてておくれよ」
ニコニコとじゃあ、帰ろうか、と鏡の側へと、たい焼きを手にした『異世界からのお客』が近づく
ふわりとした銀の光に包まれると、お客が消える。
そして再び銀の光が立ち上ぼり、次のお客が現れる。
「たい焼き屋さん、10枚おくれでないかい」
「……バイト、雇おう、ハロウィン迄に……」
たい焼き屋さんは、ポツリと呟くと、焼きたての熱々たい焼き10枚を袋に入れて、お客にてわたした。
……皮は、パリッとタイプ、中の粒あんはお腹の部分のあんこが、ちらりほらりと透けて見えるほどに、パンパンに詰まっている。
此方でも、彼方でもとても美味しいと、とある街の駅前にある『たい焼き屋さん』
熱々たい焼き、あまーいあんこが、たっぷりたい焼き、美味しい、ほっこり幸せ味がするたい焼き。
此方と彼方の二人を結んだ、たい焼き、甘いあまーい恋の味。
「完」