処女厨道というは死ぬ事と見つけたり?
西暦2,00sex年……年下のママを訪ねて3000年……
時はバーチャルユーチューバー戦国時代を経て、電脳空間にアイデンティティとしての“肉体”を確立する事が特殊な技能や魅力を持つ一部の人々のビジネス、自己承認方法から、良くも悪くもカジュアルな娯楽になろうとしていた頃……
俺は再返還間近の偽香港で例の草を売る事業の一部に携わっていた……
処女厨だからね、仕方ないね。
容姿端麗な処女の絶対数自体が少ない。そして言うまでもなく、その全員と知り合う機会などない。例えば良家?の子女?とかには多くの美麗処女が居るのだろう、居るのだと思いたい。が、当然俺のような者と良家の子女に接点など無い。
『俺と接点があり得る』を検索条件に加えてグググった場合、単に生殖可能な年齢で処女というだけでも非常に少ない。ましてそれなり以上に容姿の優れた女との出会いともなれば、股間のダーテ○ハリーがダイハー○でリーサルウェ○ンと化すのは避けられない。
美しい新品女性。滅多に会う事はない。ただ、積年のニート修行を経て得た職は、多くの人間との否応無しの接触を必要とした。試行回数が増えれば詐欺的なガチャでもたまに光る。それでも、それは生き地獄の日々の合間の貴重で残酷な気休めであり、それ以上の何かでは無かった。何かにする気もなかった。そんな機会も……実は皆無では無かった。だが俺は自意識過剰とはいえ、その強い自己への関心と同等以上の他者からの関心を求める事の不毛さ、虚しさにはいい加減気付いていた。そしてどれほど虚しさに気付いてみても、他者に対する病的な欲求を止める事など出来ないのだ、という事にも。それなら関係を結ぶ、性行為を行う、食事を共にし、他愛ない会話の中でお互いの存在そのものに感謝する……そんな薄っぺらい誤魔化しに何の意味がある?何も有りはしない。
リーサルウェ○ンは使わないから最終兵器なのさ、とよく分からない自己への言い聞かせと共に、それはそれとして美処女はエロいと左手での念入りな兵器整備。ひたすらに虚しく虚しい慰めでも、慰めすらない顔面も内面もバイオ○ザードな連中との絶え間ない接触の中で、ただ死なない為、それだけの為でも処女厨は加速していった。
美貌と処女以外は中途半端な女だった。初対面では伊達眼鏡を付けていた。すぐに飽きたようだが。
趣味は読書だ、と言った。島崎藤村について聞いたが大した事は言わなかった。まぁ俺は読んだ事はないから、素人には理解できない本質について語っていた可能性もゼロではないが。ゼロではないが、JKローリングについて聞いた時とのテンションの差から考えて、この女の島崎藤村力は俺と大差ない、と結論した。JKローリング力は高そうだった。脇役の男子と脇役の男子との間のおっどろきーなマジックについて語っていた。アバダケタブラ呪文を受けて俺は手裏剣で頭が割れた。ハリーに比べりゃ俺なんてカスだから仕方ない。
ゲームも好きだと言った。ゲームについては語りだけでは判断できない、というのも一理ある。そこで例の対戦ゲームを偽香港の片隅の事務所で共にプレイした。上司と同僚が常に一位二位を争った。俺と女がドベを争った。最大限運の要素を高めたルールの筈だが、二位と三位の間の壁は一度たりとも破られる事は無かった。その他のゲームでも同様の結果になった。
「納得いきません」
と次の日になっても女はぶつぶつ言い続けていた。犯して殺してしまいたくなる可憐で美しい声で。一応、俺は諌めるべき立場だったが、職や命と、この上ないほどの顔面と声が漏らす幼い不満。どちらを取るかなど測るまでも無かった。そもそも草に価値など無い。偽香港にも価値など無い。価値などとっくに失われているのに、“自立”を恐れるあまり機能不全のシステムが与える数値を信仰したまま仲良く茹で上がる事を選んでいる。破壊者の名乗りを上げる者は少なく、少数の名乗りを上げた者達の“壊し方”も大抵は絶望的にズレていた。誰が悪いのかと言えば誰もが悪く、それ故に誰もそれ以上悪くなりたくは無かった。いっそズレた破壊者達に任せてしまうほどに無責任になり切れればいいものを、微かな良心は完全な無責任よりも結果的には害悪だった。
だから草なんて適当に売りながら、機会の全てで俺は女を視姦していた。セクシュアルハラスメントまでを行う勇気はなかった。上司はゲイで、同僚はパートナーだった。俺たちは性的マジョリティへの感情においてかなりの一致を見ていた。女を事務所に託した保護者も同じだった。女の処女性は、その保護者の芸術作品だった。保護者が実親であれば俺も憤りを覚えただろう。良家の子女ならばいざ知らず、偽香港の下流で処女性を拗らせた美貌とは、安い悲劇への供物と同義だ。そんな供物にリーサルウェ○ンを捧げ続けてきた俺が憤る筋合いでもないが。だが保護者は成り行きだった。この偽香港で、成り行きで、損得計算も考えずに他人の子供を成人させた実績は、多少の芸術性を発揮した程度で貶められるべきではないだろう。
女は事務所と、同じ建物内の寮だけを行き来した。買い物さえ許されなかった。まともな成人女性であれば強い不満を覚えただろう。勘違いしたメンタリティの中古なら囚われの姫プレイを始めたかもしれない。だが女は自然体のまま状況を受け入れ勤務を続けた。給料は主に電脳空間に費やされたが、薄汚い実体に費やしたい時は俺が買いに行った。自然体のまま軟禁じみた生活と仕事をこなせる事が異常さなのだが、俺にとっても都合良く、事務所にとっても余計な事をして早死にしない事務は貴重であり、上司と同僚は衆道に励み、保護者は責任から解放され芸術作品だけを残して死に(死を知らせたのは大分後の事だった。女はその時も自然体だった。処女性とはある種の冷酷さでもある)、本人も不満なく過ごしているのだ。何も問題は無かった。問題しかない世界では問題設定は各自の裁量なのだから。
悲恋ポルノこそ御都合主義だよな、薄汚いオッサンオバサンの“現実”を擁護してやる為の揺り籠だから。“あいゆえにきずつけあってしまうんだあ!”“きずつけあいながらもひとはせいちょうしていくんだあ!”ああ自己弁護、自己憐憫、自己投影の怪物たちよ。おはなしの主人公に腐乱死体とキスさせる事と、クールなガジェットを与えて無双させる事。果たしてどちらがよりグロテスクな顧客達の為のソリューションなんだろうか。
俺は大人じゃないから、両方にバツを付けて燃やそう。おはなし、それ自体がソリューションでイリュージョンなんだろう。
「どんな話ですか?」
大して興味もなさそうに聞く声かわいいしゅきレイプ。というかどっから、どれについて聞いているのか?こちらを見つめて首を傾げている。まつげ長いね、かけて良い?
親子三代で育児放棄を美化して労働神に奉仕する巫女一族の話だと答えた。でもエンディングが良い曲なんだ。エンディングが良い曲なんだ、って一度言ってみたいセリフだったんだ。なんか『っぽく』ない?なくなくない?
「ふぅん」
なくなくなくなかったようだ。
「どんな曲なんですか?」
こいつ絶対興味ないしどうせVRのVRである事だけが売りのクソゲーでミスしまくったからプンスコして気まぐれに話しかけてきてるだけなんだろうなというか俺に処女の気持ちを察する能力などないので何故話しかけてきたのかこれまでに何度か聞いたらいつもそんな感じですけど正直に答えてくれる所がホント処女で犯したみ溢るる。顔や匂いもそうだが何より声が卑怯なんだよ。いい加減にしてやらせてくださいね。
ドラムがよくて、ボーカルも良くて、ボーカルとドラムが合ってて……あ、あと歌詞もいいと思うんだけど……。
「ふぅん」
処女の声は甘いがガードは固かった。俺の攻城兵器がポンコツ過ぎるとも言う。
腐れ童貞なりにそこそこ自信のある処女の見分け方の一つは泣き声の違いだ。と言っても膜の有無は分からない。処女膜は声帯では無い。処女性について言うなら、聞いて勃起する泣き声は処女、いたたまれなくなるのが中古、苛立つのが骨董品だ。精度は9割を超える。勃起すると言っても性欲だけでは無い。要は泣き声を聞いて奮い立つか萎えるかと言う事だ。
泣き声を聞くのは初めてで、涙を見たのは二度目だった。これがNTRか?多分違う。“保護者”は誰が見ても死にたがっていた。希死念慮が芸術性の服を着て歩いていた。俺は結局、生き汚かったのだ。死んでも構わないという無気力と、自ら死を選ぶ能動性には遠い距離がある。月と地球くらいの距離がある。意外と遠いんだよね月と地球。月の科学力は宇宙一ィ!
何も要求しない泣き声。感情に対する他者の共感を求める声ではなく、自分なりの共感から生まれた感情だけを、ただ表す声。静かな尊厳に満ちた感情の発露。俺は射精はしなかった(はずだ)が勃起はした。勃起した。俺は勃起した。
老朽化したシステムに縋る世界は、ある意味では公平だ。甘い汁を啜る者もそこに混ざった錆毒で死にがち。そしてススリングリッチ達を守る機構もまた、錆び付いて劣化している。
終わらないパーティが終わってしまったなら、始まる前に終わってるこの最終兵器をどこへ向けて空撃ちすれば良い?パーティの途中に終われる幸運に乾杯しようじゃないか。飲めないけど。
結局俺はこの世界を肯定することも、この世界に肯定される事もなかった。
だから少なくとも誇りを持って死ねる。聖域を打ち捨ててまでこの世界に媚びる事なく。
処女の泣き顔が試すように近づく。処女でなくなるその顔を見る前に、求める前に、触れる前に、俺は目を閉じた。
俺は最期まで、処女忠で居られた。