表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に捧ぐ機械音  作者: 朝雛
3/3

第3小節 私のほうが

私は冬槻ソラ。この春で音大を卒業し、来年からは地元に戻り一年遅い就職活動をすることになっている。


中学の頃に好きだったバンドに憧れて始めたギター。


いつかは誰かとバンドを組んで、メジャーデビューして、ツアーでいろんなところを巡って、年末の番組にも出たりして、それから・・・。


そんな出来過ぎた未来を望んでいた。


音大に入ってからバンドを組んだことも何回かあったけれど、方向性の違いでみんなあえなく解散してしまった。


その経験から私は理解したのだ。私の音楽を共にできるのはこのギターだけだってことを。


それ以降はずっと一人で、シンガーソングライターとして細々とであったけれど活動を続けてきた。そのおかげか作詞作曲もほどほどにはできるようになってきた。


そんなことでも続けていれば、憧れのバンドのようにいつかはなれるかもしれない、そう思い続けて頑張ってきた。


有名になれるのはごく限られた人間である業界であることを知っていたけれど、そんな考えは見ないようにしてきた。今まで頑張ってきたものが無駄になる気がしてただ怖かったからだ。


勉強して欲しいと願う親に逆らってまで進んできた道。「この4年間で結果を残してみせるから」となんとか説得して許してもらった4年前の冬。


現在私はただの自称シンガーソングライター。これといった結果など残せてはいない。


もう親に合わせる顔もない。


あの時、親の言うことに従っていれば少しは立派な女性になっていたのかな。音楽は趣味程度にしておけば良かったのかな。


そんな儚いシャボン玉が浮かんでは消えていく日々を重ねるうちに、とうとう学生ではいれない時がやってきてしまった。


次の春がやってきたら、音楽は控えて地元に帰りちゃんと働く。それが親との約束であった。


しかし、私はどうしても現実が受け入れられなくて、今日も懲りずにここに路上ライブをしに来ている。


明後日には無理して出てきた都会を離れ、実家へと帰る。


そんな思いを忘れるために今夜も歌う。




そういえば今日の帰り不思議なことがあった。


いつも通りの帰り道を歩いていると、突然後ろから見知らぬ男性に声をかけられたのだ。私は怖くていったんは逃げ出してしまったが、気持ち悪いことに彼は追いかけてきた。本当にストーカーの人かと思ってしまった。


その後、よくよく彼の話を聞いてみると、彼は作詞作曲をしているとのことであった。私のさっきの路上ライブを聞いて興味を持ってくれたらしい。


彼の発言を聞きながら私はとても悩んでいた。うれしさ半分、そのほかの気持ち半分たぶんそんな感じだったと思う。


私のつたない歌を聞いて音楽活動をしている人が声をかけてくれるなんて初めてのことだったから、今の私でなかったならばきっと顔には出さないだろうけれど、心の中では大合唱が始まっていただろう。しかし、そうはならなかった。なぜなら、私は明後日地元に帰ることになっており、彼と音楽を共にすることはたぶんできないことが分かっていたからである。


断るべきだと頭では理解していたけれど、なぜだろうか、音楽を捨てきれない私が断らさせてくれない。

明後日には帰るさだめなのに、このチャンスを掴みたいと思ってしまっていた。


どうしたものか。


だからあの発言は、そうなやんだ末の決断であった。


「では、明日。またこの駅に来ます、そこで、あなたの歌を聴かせてください。」


シンガーソングライターとしてきっとこのまま売れることはないと薄々気づいていた私が、最後に彼に賭けてみることに決めた瞬間であった。


どうなるかは分からない。でももしかしたら、彼との出会いは神様が与えてくれた運命なのかもしれない。


彼の歌が私を納得させてくれるものであったら、実家へ帰ることをやめ、もう一度だけ親に迷惑をかけさせてもらうおう。


そう心に強く思いを刻みこんだ。


彼はそれから「では、明日会いましょう」とだけ言って、下宿先が近いらしく足早に帰って行った。


彼はいったいどれほどの音楽センスの持ち主なのか、明日が楽しみで、不安で忙しい夜だ。こんな夜は、ここ最近では久しぶりかもしれない。




翌日は朝いつもより早い時間に目が覚めた。


引っ越しを止めるかもしれないが一応夜までは、明日帰れるように身支度を進めなければならない。大きな荷物など七割方はすでに段ボールに詰め終わっていて業者の人に頼み終わっている。部屋ががらんとしてしまい、最近は自分の空間なのにどこか落ち着かない。


キッチン用具などを段ボールに詰めながら、今日は時間の進みが遅いなぁと実感して日中を過ごしていた。




キッチン用具を全て片付けてしまったので、夕ご飯は近くのスーパーでサラダやお弁当を買って済ませる。ゴミをまとめ、部屋には最低限のものしか残っていない。


その後、ギターを軽く弾いている内に彼との約束である八時が近づいてきていた。


そろそろ、向かうとしますか。


私は先ほどまで弾いていたギターをケースにしまい、背負い、それからアパートを後にした。




私が着いてから、四分くらいして彼が慌ててやってきた。遅れそうになったのだろうか、髪がぼさぼさである。顔立ちは悪くはないし、もう少しちゃんとセットしたらいいのに。別段彼に気はないけれど、身なりぐらいきちんと整えておいては欲しいとは思う。


そんなことを思っていると彼が「お店に入るかどうか」を聞いてきた。私は彼がここで披露してくれるものだと思っていたのでその発言に対して驚きを隠せなかった。


「えっ、今からここで実際に歌うのではないのですか?」


私が思っていたことを言うと、彼には想定外であったかのように驚かれる。


どうやらお互いの今日の流れに食い違いがあったらしい。彼は言葉を続けて、歌は私のために作ったものであり彼が歌うわけではないこと、シンセサイザーを持ってきてはいないことを述べてくる。


あぁ、そういうことか。


ここで初めて彼の想定に理解が及んだ。彼の想定を踏まえるならどうするのがベストであるか。


しばらく考えていると、昨日彼が下宿先が近いと言っていたことを思い出し


「歌詞を渡してください。私はここで歌詞を覚えながら待ってます。あなたは、確か昨日アパートが近いと言ってましたよね?シンセサイザーを持ってきてください。それから2人で路上ライブをするのはどうでしょう。」


と提案する。彼はまた少し驚いた表情を見せたが、賛成してくれた。


そして彼から楽譜等を受け取り、またここで待ち合わせることにした。


いったいどんな曲を彼は作ってきたのか、昨日からわくわくしていた答えが今手元にある。音やリズムを感じるようにして初めのページから読み始める。そうして私は徐々に音楽の世界にのめり込んでいく。


女性目線の恋の歌・・・


彼がそれを描くとだけ聞いていたので、どこか歌詞が堅いのではないかとか、いろいろな不安も抱えて読み進めていくが、内実は私のそんな考えを吹き飛ばしていくものだった。彼はこんなにいい歌詞を描ける人なんだ。歌詞だけではない、メロディーも私の感性をギュッと掴むものであった。優しくもそこはかとなく荒々しい恋の物語を代弁しているようである。


私はより一層に食い入るように譜面をたどっていく。2番、そしてCメロ。


すると歌詞は流れ込んでくるのにふと、脳内で再生されてきたメロディーが消える。


ん?


ふと音楽の世界から戻って楽譜を見ると、そこにはメロディー、いや音符が書き込まれていなかった。


Cメロ以降、メロディーが突然なくなっていたのだ。どうやら彼はこの曲を完成し切れていなかったようである。先ほどまでの彼の言動にどこか違和感があったのはこういうことだったのか。


もし彼のここまでの音楽が良くなかったら、私はこれに気づいたとたんに彼を見捨て、怒って1人で帰っていただろう。私は本気で彼に賭けてみようとしていたのに、相手が中途半端に考えているならそうして当然だ。


しかし彼の音楽は私の想像を超えてくるほどにすごかった。彼となら私たちは成功できるかもしれない、そんな思いさえ感じさせてくれるものであった。


だから私は怒ることもなければ、まして帰ることなど頭の中に浮かんできはしなかった。


そんなことよりもむしろ別のことが頭に浮かんできていた。


このCメロこうしたらいいんじゃないかな。


彼のメロディーをみていたら、そこにつけるメロディーが自然と頭の中に浮かんできたのだ。普段私がメロディーを作っているときは必死で「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤していたのに、今は唯一のメロディーが私の中に生まれてきたのである。


私は思わず、白紙のメロディーラインに書き込んでいた。これは自分でも驚きの行動であった。


人の音楽に依拠して、自分の音楽が創造されていく。そんな不思議な感覚を味わっていた。


書き終えた頃に、彼がシンセサイザーを持って帰ってきた。15分ぐらいといっていたが、20分は経っていただろう。彼はたぶん完成させられなかったことに引け目を感じていると分かっていたので、私は彼が近づいてくるなり、彼の胸に譜面等を突き当てる。彼はどうやら謝ろうと謝罪を言いかけたけれど、もうそんなことは別にいい。


「何で受け取らないのですか?あと、シンセサイザーの準備を早くしてください。ライブ、やりましょう!」


事態が飲み込めず混乱している彼に対し、加えてそう告げる。私自身、この曲を早く歌ってみたくてたまらない気持ちになっていたから、言葉数が少し足りていなかったかもしれないが、これだけ言えば分かってくれるに違いないと思っていた。


それから多少のやりとりを経て、ついにライブの準備が整った。


「準備は良いですか?」


「はい!」


こんなに胸が高ぶるライブも久しぶりかもしれない。


ぼんやりとそんなことが頭をよぎっていた。


それから、彼の方を一瞥して


「せーの」


と小さく2人の合図をとる。


シンセサイザーから鮮やかな前奏が奏でられていく。初めて彼の腕前を拝見したが指が独立した生き物であるかのように自由自在に鍵盤を弾く。さっき譜面を見て想像していた通りの音だ。


優しく発せられる複雑なメロディーに乗って私も走り出す。出だしは緊張からか少し力んでしまったけれど、そこからは普段通りのペースに調整し丁寧に歌っていく。しかし、心の奥から熱いものがわき上がってきて、普段よりも音に乗っていたかもしれない。


私たちの音楽に惹かれて通行人が1人また1人と足を止めていく。


こんな楽しいライブは初めてかもしれない。


まだ一曲目なのに熱くなって、気づけば額に汗をじんわりとかいている。


1番、2番が過ぎ、そしてついに問題のCメロにさしかかる。


頑張ってくださいね!


心の中でそう思いながらも私は私としての、ボーカルとしての役割を果たすことに努める。出だしを間違えないように気をつけなければ・・・彼の音に集中して。


驚くことに彼は1発で私の描いていたメロディーを再現してきた。


すごい!!


その分、私のテンションも上がっていく。


最後のさびにさしかかる頃には、私のテンションは最高潮に達していたと思う。


そしていつの間にか歌い終わりをむかえた。


私の声の後に流れるのは、メロディーの心地よさ。私は体でリズムに乗り続ける。


チャン♪


と彼が最後の1音をはじき終わった後には、ツーっと余韻がこだまする。そのかすかな音が途切れたときに


「ありがと・・・」


ありがとうございました、と私は言おうとしたが、観衆の拍手や歓声でうれしくも遮られる形となった。


集中していてあまり気づけていなかったが、見渡すと四,五〇人の大観衆に囲まれていた。名もなきバンドの路上ライブにしては多すぎるくらいである。息を少し切らしながら、つばを飲み込んだ。


私はそれらが落ち着いてきたのを見計らって、改めて


「ありがとうございました!」


と告げ頭を下げた。高揚で、体中を巡る血液の音がうるさく響き続けている。顔が火照って暑い。


それからライブ中はほとんど振り返らなかった彼の方を向く。


彼は緊張が解けたせいか、初ライブで疲れたせいかシンセサイザーに両手をついて下を向いており、はぁはぁと吐息を立てていた。首筋には汗がにじんでいる。


私は彼へと少し近づき


「おつかれさまです。Cメロ、1発で合わせるなんてすごかったですね!」


素直にライブ中思ったことを言った。彼は顔を上げ


「あ、そちらこそおつかれさまです。いえいえ、そんなことないですよ。実際、いくつかキー外しちゃいましたし・・・。」


「いえいえ、十分すごかったですよ!私なんか出だしミスりかかりましたし・・・。」


お互いにへりくだり大会が始まった。それからしばらくは今回のライブの反省などをしていた。


ありがとうございましたと私が告げてからも、何かあるのではと残っている人もいたが、こんなことをしている内にみな分散していっていた。


話がある程度落ち着いたところで、私は言わなければならないことを思い出す。


「私決めたことがあるんです!」


「どうしたんですか?」


私が決めたこと。それはいたって単純で、でも大切なこと。


「私、あなたと組むことにしました。これからお願いしますね!」


それを聞くと彼は、少し何のことか分かっていない様子であったが、私が言ったことを理解すると、右拳を強く握りしめガッツポーズを見せた。よほどうれしかったのだろうと見受けられた。私の方がこんないい音楽家に出会えてうれしいのに。


「ありがとうございます。こちらこそこれからよろしくお願いします!そう言えばまだ名前を言っていませんでしたね。僕は天草ホウです。」


そう言えば私たちはお互いにまだ名前すら知らなかったことをすっかり蚊帳の外に置いていた。ライブまでしたのにお互いのことはまだ何にも知らないのがどこか不思議でおかしかった。


「私は冬槻ソラと言います。お互いの名前さえ知らなかったんでしたね。」


であったから、そう言いながら私は笑ってしまった。


ホウも「たしかに」と相づちをうちながら笑う。


今までの私には申し訳ないが、今日この土曜の夜からが本当の私の物語の始まりだ。


そう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ