第1小節 巡る運命
次いつ更新できるかもわかりませんが、読んでくださると幸いです。
誰しも得意なことと不得意なことがある。その得意なことを活かした職に将来就ける人はいったい何パーセントいるのだろうか。
電車に死んだような顔をして運ばれていく社会人、身売りする女性、人をだますことで生をつなぐ者。
世界はあるごく少数の成功者達に支配されている、まさに理不尽そのものだ。
俺はそのごく少数の方にいる人間だ。ここで少し自分語りをしようと思う。
俺の名前は天草ホウ、大学2年生だ。
数年前に聴いた音楽に心を奪われ、自分でも作詞作曲活動を学業の裏で始めだした。最近はボーカロイドなどを用いることで、誰しもが世に創作物を投稿しやすくなった。そうはいっても人気となれるのはごく一部ではあることには変わりはない。
俺の初めて投稿した曲の再生回数はひどいものであった。しかし、そこから数本投稿していくうちに、徐々に人気が出て行った。できすぎた話だが、今では投稿すればその動画は、数百万再生され、カラオケのデンモクにに入るほどである。もちろん、動画収入などでお金は大学生にしてはありすぎるほど持っている。
ただ俺が一部の界隈で有名であるとは、ばれたくないので周りの人にはかくして生活している。知っているのは家族とごく近しい友人だけである。しかし、大学生になってからは下宿生活をしているため、周りにこの事実を知るものはいないといえる。
しかし最近の音楽界の流れとして、数年前は若者を強く惹きつけていたボーカロイドの人気も落ち着いてきており、俺はどうしようか悩んでいる。
ボーカロイドの枠を抜け出し活動を続けるか、このままボーカロイドで曲を作り続けるのか。なかなかこの決断は難しい。
どちらを選ぶにしろ、作詞作曲活動は続けている。大学での講義を終え、下宿先に帰るとシンセサイザーと向かい合って弾いてみたり、思いつくフレーズを紙に並べてみたり。
たまに作業に夢中になりすぎて、隣の部屋の人から苦情が来たりすることもあった。
今日も夢中になっている内に、気づけばすっかり日も暮れ8時近くになっていた。「ふぅ」といったん一息をつくと、今まで集中しすぎて気づかなかったおなかの虫の存在に気づいた。
腹空いたなぁ、一旦中断するか
ちょうど今、作っている歌詞がある程度形になったところであったので、俺はおとなしく近くのスーパーへ夕飯、といっても弁当などではあるが買い物に出かけることにした。
下宿生の難点は、炊事、洗濯あれこれを全て自分でこなさなければならないところだ。
初め数週間は親がおらず、のびのびと作詞作曲できる生活に満足していた俺であったが、それ以降は炊事は雑になり、部屋は紙くずが散らばっている部屋から察しがつくように、下宿にだれきってしまっている。家政婦を雇うか真剣に悩むほどだ。
財布とスマホ、買い物袋と簡単な一式を手元にそろえ、家を後にする。買い物に行く途中、職業病なのか、ただそれが習慣なのか分からないけれど、先ほどまで作っていた歌詞につける音楽を「ふんふん」と鼻歌交じりに歌いながら歩いてしまっている。
街中は車通りが多いので、歌っていてもあまり気にならないが、静かな場所ではもちろん自重しているから安心して欲しい。
軽快にあるくこと数分、最寄りの駅付近にさしかかった。その時、路上ライブをしているのであろうか、どこからかギターの音が響いてきた。その音は、決してうまいわけではなかったが、優しい音であり、普段は気にもとめなかったそれであったが、足が音のする方へと方向を変えていた。どんな人が弾いているのか見てみると、そこには俺と同じく大学生くらいであろうか、一人の女性がその丈には多少大きく感じられるギターを手にかかえている。
髪は肩にかかるくらいのショートヘア。顔立ちは整っており、俺も少しドキッとした。
とても絵になる人だ。
その容姿に惹かれたのか、その音に惹かれたのかは分からないが、ぱらぱらと人が集まっており、遠目には見えなかったのだが、彼女はマイクを構えていた。
へぇ、あの子ギターだけじゃなくて、歌も歌うのか。さて、どんな歌声の持ち主なのか。
綺麗な人形からどんな音が聞けるのか、期待を寄せる。
俺はさすがに彼女の取り巻きにはなりたくなかったので、少し離れた場所から眺めることにした。そして彼女が歌い始める。
その声は、決してプロ並みにうまいと言えるものではなく、いわば月並みでしかなかった。
俺は拍子抜けだと感じたが、なぜかその場を後にすることができなかった。むしろ、なぜか彼女に惹きつけられていた。
洗練されてはないが、透明性があり、きれいに響く高音。いや、そうではない。確かにそれも魅力的ではあったが、ボーカロイド活動に専念してきていた俺には、彼女が音に合わせ体を揺らしながら、見ているこちらまでギターの音に巻き込むかのような表現の仕方に惹きつけられていたのだ。
しばらく聞き入っているうちに、俺の頭の中である考えが浮かんできていた。
彼女なら、俺が今作っている歌のボーカルに適しているんじゃないか。
言ってはいなかったが、先ほどまで俺が作っている歌は、女性目線の恋の歌である。ボーカロイドに歌わせるつもりであったが、その歌詞は感情的であり、ボーカロイドでは全てを引き出せる気がどこかしていなかった。しかし、男の俺が歌うわけにもいかず、その方法を模索していたところでもあったのだ。
そんな中に、さっそうと飛び込んできた春風に頭をさらわれたのだ。
彼女の声をききながら、無意識のうちに自分の曲のイメージと照らし合わせている。恋の歌を歌う彼女、ぴったりかもしれない。
ジャーン♪
ギターの余韻が響く。考えている間に、彼女は歌い終わってしまっていた。その瞬間、俺は空想から現実に引き戻される。
あぁ、聞き入っていたのか。
俺もいつの間にか、その余韻に浸っていた。彼女は
「ありがとうございました。」
と軽く、聞いてくれた決して多くはない人々にお辞儀し、そのギターをしまい始めた。どうやら、さっきの曲が最後の1曲だったらしい。先ほどまでいた聴衆もそれぞれの帰路へとつき始めている。
俺はまだまだ聞いていたい気がして、知り切れトンボな感じでその場に立ち尽くしていた。しかし、長くはほうけて入られず、彼女はギターを丁寧にケースにしまい身支度を終え、とうとう帰路につこうとしていた。
俺はその姿を見て、
もしかしたらもう彼女には会えないかもしれない・・・
次またここで路上ライブするかも分からないし・・・
でも、知らない女性に声をかけて、ナンパとかに思われたら困るしなぁ・・・
様々なことを脳内で自問自答していた。そして、見えなくなりそうになる彼女の後ろ姿に胸の痛みを感じてやまず、最終的には
いや、だけど俺の曲を任せられるのは彼女しか・・・!!
という思いに至り、急いで追いかける。彼女は歩いていたので、多少走ればすぐにその後ろ姿をとらえそうである。
9時近かったので、いくら駅付近であっても人通りは多くはなく、ゆらゆら揺れるギターが目立っていた。
そしてすぐに彼女に追いつく。
俺は意を決し、後ろから声をかける。
「あのぉ~」
彼女の足は止まらない。どうやら聞えていないようだ。俺はどこか気恥ずかしさを感じ、顔がほてる。そして、もう一度
「あ、あの~」
さっきよりも大きめに声をかける。すると、彼女の足が止まる。
よかった、どうやら聞えたようだ。さて、どう言えば不審がられないかな。
そんなことを考えている中、彼女は振り返ってくれるのかと思いきや、勢い良く走り始めた。いや、逃げ出したと言った方が適当であっただろう。
俺は一瞬どういうことか分からなかったが、すぐにこの状況を理解した。
俺、不審者と間違われたんじゃ・・・
予想外のことに、どうすべきか悩んだが俺の意思は一つであった。なんとかして、彼女に追いつかないと。
「ちょ、ちょっと待って。」
端から見れば、もう完全に不審者そのものであっただろうが、俺は走り始める。幸い、人通りが少なかったのが救いであった。
彼女は駅をスルーして走って行く。どうやらここら辺に住んでいる人のようだ。
そんなことは置いておいて、俺は彼女の後をやみくもに追いかける。そして、やはり体格差的に、また軽装的にすぐさま追いつく。そして、なんとか彼女を捕まえなくてはと俺はテンパっていたのか、腕を伸ばし、逃げる彼女の右手をつかんだ。つかめたのはいいが、勢い余って大胆に転がり込んだ。
彼女はこけはしなかったが、「ひゃあ」と驚きの声を上げつつ、よろけはしたが、なんとか体勢を保った。
そして、俺が起き上がろうとしていると
「聞いてくださるのはうれしいのですが、ストーカーみたいなことはきもいのでやめてくださいぃぃ。」
こちらを見ながら、彼女がかわいらしい声を荒げて言う。
「いやいや、待って。誤解だよ、誤解。俺ストーカーとかじゃないから。」
俺も慌てふためきながら、訂正を述べる。しかし彼女は不審そうな目を依然向けてきおり、
「じゃあ、いったい何だって言うんですか。なんで私を追いかけてきたんですか。」
怪訝そうに言ってくる。
「いや、それは君が逃げたからじゃないか。」
「知らない男の人に、声をかけられたら女子なんですから怖いですよ。当たり前じゃないですか。それはいいとして、何が目的なんですか。」
彼女は思ったより冷静に話をしてきてくれており、せめてもの救いである。さて、ようやく本題に入れそうだな、俺は心の中でそう思い話し出す。
「あなたです。あなたが欲しいんだ。」
彼女との間に、気まずすぎる沈黙が流れる。
あれ、俺は今なんて言ったんだ・・・
頭の中で、今々言ったことが無限回リフレインする。自分から言ったことなのに、頭が処理し切れていない。
とりあえず、そーっと彼女の顔を伺うと、眉間にしわが入り、目は不快な物を見るような感じであり、口はもごもご動いていた。その動きからなんと言っているのかたどると
「き・も・ち・わ・る・い」
であろうか、いやそうだ。もう終わった・・・最悪だ。
もう印象最悪なんだし、言うだけ言ってしまおうか。交渉は完全に不成立だろうけど・・・
俺は一種のあきらめの境地にたどり着いてしまっていた。遠くから、三途の川の流れる音が聞えるようである。
「あ、あなたの歌声が欲しいんだ。実は、俺、歌を作ってて・・・それで」
だめだ。いくら悟りの境地にいたとしても、尻すぼみになってしまう。複雑な気持ちのせいで、声が出てこない。
悲しみに暮れ、もう彼女の顔すら見れずにしゃべっていた。
死にたい、穴があるなら入りたい。
そんなことばかりが頭を占拠している中、俺の地面と自分の靴しか映っていない視界に、俺の方に向かった誰かの靴が入り込む。
そして、まさかと思い目線を少しづつ上げていくと、そのまさか、彼女が先ほどまでの見下すような目ではなく、しっかりと俺を見つめて立っていた。
この事態に、また俺の頭がパンクしていると
「言いたいことは分かりました。多少私も誤解していたみたいですね。お話聞きたいです。」
彼女の方から誘いの言葉をかけてきてくれた。
なんていい人なんだ。
「は、はい。実は今・・・」
俺が彼女に声をかけた理由を事細かに伝えた。これ以上、変な誤解が生じないように。彼女はギターを置き、ちゃんと俺の話に耳を傾けてくれた。
そして話し終わる。彼女は多少考えた後に
「そうですね、あなたと組むのは良いお話だとは思いますが、私はあなたがどんな曲を作られてるのか知りませんし、私は自分の気持ちを歌にするシンガーソングライターになりたいんです。ですから、・・・」
その言葉の先に、拒絶が見えた。その時、俺にも分からなかったが口から言葉が漏れだした。
「なら、聞いてから決めてください。あなたを納得させて見せます。もし、納得できなければ、その時は俺も引き下がりますから、だから・・・。」
彼女の目をまっすぐ見つめて言っていた。最後の希望をつかむかのように。言った後、正直自分も驚いた。
彼女はそのとっさの提案を、また少し考えてくれる。そして
「では、明日。またこの駅に来ます、そこで、あなたの歌を聴かせてください。」
一度は拒絶を言いかけたその口から前向きな答えが返ってきた。俺は強く右拳を握りしめていた。
しかし、一つ気になることがあったので聞き返す。
「明日ですか、また日を改めてでも。まだ・・・」
まだ、完成はしていないんです。そう言いかけた声を遮るように
「明日しかないんです。私、遠くに引っ越すんです、明後日。だから、明日中に私を納得させてください。」
その言葉は、きっと簡単には言えないものなのだろう。なぜなら、
「もし納得させてくれたら、引っ越しはやめて、ここであなたとタッグを組みます。できなければ、二度と会うことはないでしょうね。」
なぜなら、そんな簡単な話ではないから。俺は先ほど言いかけた、まだ曲は完成していないんです、といった俺自身の問題を飲み込んだ。押し殺した。そして同時に強く決意した。
「分かりました。明日、今日と同じ時間に。」
メロディーを作り上げてみせる。彼女が満足する以上のものを。
今まで思ったことのない感情であった。走る電車よりも早く心臓が脈を打つ。ガタゴト、ドクドク、ドクドク、ガタゴト。
この日、彼女と俺の運命が交わり、全てが始まったんだ。俺たちの物語の全てが。