表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ガン細胞と戦う理恵

作者: Ryosuke Hujisawa

理恵は、頭の片隅に思い浮かんだ四字熟語を、まるで祈りを唱えるように反復していた。


起死回生 起死回生 起死回生…


起死回生、つまり「絶望的な状況を立て直し盛り返す」という意味である。


理恵にとって、今日ほど「起死回生」を願う日はない。


ガンだと、宣告されたのである。


今までの私の人生、どれだけ自分のツキのなさを呪っきただろう。


くすりぶり続けてくすりぶり続けて、挙句の果てにガンになるなんて


「わたし、死んじゃうんですか」


顔色も変えずにガン宣告を突きつける目の前の老いぼれた医者が、


白装束を着た死神に見えた。


ガンは、細胞増殖の過程で傷ついた細胞が突然変異して誕生する。


異物と化したがん細胞は栄養をひたすらに吸収し続け肥大化してゆく。


悪夢である。


起死回生 起死回生 起死回生…


いくら何かに祈ったって、ガン細胞は消えてはくれない。


「こんなの理不尽すぎる 」お母さんに泣きついた。


お母さんも泣いていた。お父さんはうなだれていた。弟はまだ家に帰っきていなかった。


そして、絶望はやがて怒りに変貌した。


「世の中は理不尽だ!」


思えば、私の人生は思うようにならないことばかりだった。


いつだって期待は裏切られて、良くない結果になるんだ。


理恵は、自分を運の悪い人間だと思ってきた。


「人よりも私は絶対ツイテナイ」


そう確信することを、けっして大袈袈裟だとは思わなかった。


それは、理恵がこれまで27年間生きてきた経験から弾き出された真実に思えた。


二者択一を迫られた時、理恵の当てずっぽうは、ことごとく外れた。


右だと言えば答えは左で、 左だと言えば答えは右だった。


惚れた男にだって、ことごとく振られてきた。


好きだと言えば嫌いと言われ 大好きと言えば大嫌いと言われた。


「なんで私ばっか」いつのまにか、それが理恵の口癖になった。


ある時期を境に、理恵は期待することを止め下を向いて歩くようになった。


見てしまったら、また気持ちが落ちてしまう。


なら、見なくていいや。


そう思った。


そんな生活は、ちょっとチクチクするような痛みを伴ったけど、


気持ちは落ち着き生活がスッと楽になった。


苦しみとは未練なのだ。


若い時は、いろんなものを諦めることができなくて、


みんな苦しむんだ


大人になるということは、つまり「どーでもいいや」


と思える物事がだんだん増えていくということ。


たとえ、お前はつまんない人間だと言われても、


たとえ、同級生が会社の社長さん結婚して玉の輿に乗ったとしても、


たとえ、そんな自分は未だに契約社員で先が見えないとしても


「どーでもいいや」ってなるのが、


大人になってくってこと、理恵は、いわば達観していた


これからも、こんな感じで生きていくんだろうなと


未来の予測を立てることができた。


30になったら結婚相談所にでも相談して、


まあまあの男と結婚して、まあまあの子供ができて喜んで、


子供と旦那と旅行とかして、


それまでは、こうして自分の時間を優雅に過ごす。


最低限の生活ができれば満足だし


週末にバーで飲むお酒とタバコが私を少しだけ酔わせてくれる。


ちなみにタバコは最高の嗜好品だ。


そんでお家に帰って泣ける映画でも見て、


だらだら過ごせる日曜日さへ毎週ちゃんとやってきてくれれば、


理恵はそれで幸せだった。


そして何よりも、予測出来る未来を受け入れることができる自分を誇りに思った


ん?よくわかりませんか?困ったなあ。


とにかく、理恵は幸せな毎日を過ごしていたってこと


なのに今、理恵は必死に祈っている。死にたくないと祈っている。


もう、幸せな日曜日が来ないと思うと悲しくなった


がん細胞は、こうしてる今も私の未来をパクパク食べながら増殖を続けているが、


そんなことよりも何よりも、


がん細胞は私に「未来のことなど私は何もしりません」


という冷たすぎる真実を突きつけて私を突っぱねた


そしが、なぜか猛烈に悔しかった


「戦わねば」


体がメラメラ燃えるように熱くなる


そして理恵は立ち上がった


がん細胞と戦い生きる決意をした


私の未来を返せ、私には明るい未来があるんだ。


そう決意した。


そして、理恵はその翌日交通事故で死んだ。


交通事故だった。


理恵は不注意運転の車にはねられたのだ。


残念ながら、理恵はがん細胞に勝つことはできなかった。


負けることもなかったけど。


でも、これだけは言えた。


もう理恵の元に日曜日という未来はやってこない。


意識を失う間際、理恵は自分にガン宣告を突きつけた


あの老いぼれた医者のことを思い出していた。


あの医者は、死神ではなかったのだ


死神は、顔も知らない謎の運転手


さすが死神素性を明かさず私を殺すのね。


「ごめんなさい」


理恵は、お母さんとお父さんと弟と医者のことを想いながら死んだ


私のことを跳ねた車の運転手は、そのご後逮捕され10年ほどブタ箱で暮らした後に出所した


男が事情聴取でいの一番い放った言葉は


「こんなことになるなんて思ってもみませんでした」だった


人生は、誰に対しても厳しいらしい。


だって彼は「未来のことなど私は何もしりません」


としか口にしないのだから


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ