第8話 ズッ友の魔導伯爵
一歩、街へ入ってみるとその街並みはまさにファンタジーだった。
石畳みの大通りを多くの馬車が走っては、その脇を冒険者風、魔術師風、商人風、市民風、ならず者風な人々がそれぞれの面持ちで行き交っている。
入り口付近で散々見飽きた出で立ちではあったが、やはり実際にファンタジーな街並みの中をファンタジーな連中が、当たり前みたいに歩いている光景というのはとても心にグッと来る。
一帯に並ぶ建物の佇まいは一様に古めかしい様相を呈し、かといってボロいという訳では決してない。
三角の屋根や燻んだ色合いの外壁がすこぶるアンティークな雰囲気をかもしていて、俺は思わずどうしても、道すがらその中を逐一覗き見ていってしまう。
そこは武器屋だったり防具屋だったり鍛冶屋だったり魔法チックなお店だったり。
一瞬づつ見て回っているだけでもたまらず心がキュンキュンしてしまう。
時たまに建物と建物の間の路地からは、何やら怪しい色合いの煙が細く流れて来ていて、そこら中に火薬をより薬っぽくした感じの独特な匂いが漂っていた。
良い。なんだか男の子を根っこの部分でワクワクさせてくれる匂いだわこれ。
街中に響き渡る馬車や何やらのガシャガシャとした金属音、槌で鉄を打ち付ける高い音、そして何やら爆発音。
最後の音だけ不明だが、とにかく全てが素晴らしい。
見て楽しい、嗅いで楽しい、聞いても楽しい。
全くもって非の打ち所が見当たらない、そんなファンタジーな世界に悠然と存在する俺。
旅の共には可愛い可愛いロリ吸血鬼、隣を歩くは敵か味方か魔導伯爵。
素晴らしい。本当に素晴らしい。
「ど、どうしたお主よ。泣いているのか?」
「かかか、魔煙が目に染みでもしたのだろう」
違う。
ロケーションに泣いてるのだ。
「あぁ! もったいないのじゃ!」
するとキキは大慌てで俺の肩に手を掛けて、ぐぐいと顔を近づけては頬をぺろりと舐め上げてきた。
「んぅ……ふぁ……おいしーのじゃ〜……」
そのままペロペロされ続ける。
ペロリストかよお前。
まさか俺がペロリストの標的になる日が来ようとは。
あれか、血と涙って確か成分同じなんだっけ。
吸血鬼ならぬ吸涙鬼?
なんだかそれってオシャンティー。
でも道行く人達の視線が痛いからそろそろ止めて。
「……か、かかか」
隣の魔導伯爵も軽く引いていた。
人の頭ブッパ愉悦野郎に引かれるとはなんとも心外だ。
俺は引き攣る顔の魔導伯爵に向け、さもありなんと首を振る。
「これはキキの性癖ですので気にしないで下さい。ところで魔導伯爵様は何かご用があってこの街に?」
「せ、性癖か。それはなんとも……」
舐められながらの俺の言葉に一瞬狼狽えた様子を見せた魔導伯爵だったが、すぐさま咳払いを挟んでうまく気を取り直した風を見せた。
「い、いや。なんでもない。うむ、ジョルジュの奴にちとな。呼び出されたのだ」
ジョルジュ?
あーなんかさっきもジョルジュ子爵の知り合いがどうとか言ってたな。
魔導伯爵は言葉を続ける。
「用件は定かではないが、奴め使者を送るでもなく、よくも手紙一枚で我輩をこんな田舎街へ呼んでくれる。だから直接文句を言いに来たのだ」
でも来てあげたんだ。
口調も表情もなんか悪友に対するそれみたいだし、結構親しい間柄みたいだな。
相手も子爵とかだし、えろい人のえろい友達なのだろう。
そんな何と無くの推測をつけている最中、続いて魔導伯爵の口から飛び出た言葉に俺は耳を疑った。
「それとクロノよ、我輩の事はデルムと呼べ。親しき者は我輩をそう呼ぶのだ」
なんと。まさかの友達認定である。
「えっと……よろしいのでしょうかデルム様」
おっかなびっくりな俺の様子を見て、魔導伯爵はその尊厳な顔に人好きする笑みを浮かべてみせる。
「かかか、様もいらん。何も臆する事はない。キキと我輩は既に友となった。よってキキの友であるクロノよ、お前もまた我輩の友なのだ」
ま、魔導伯爵ぅ〜!
「あ? いつ妾と貴様が友になった? 少し口をきいてやっただけでのぼせ上がるな反吐が出るのじゃ」
速攻でその頭にげんこつを振り下ろす。
「ふぐぅ! 痛いのじゃ!? 何をするかお主よ!」
このばかちんが!
魔導伯爵の心意気をよくもそんな風に踏みにじれたもんだな。
頭を抑えて涙目でこちらを見上げてくるキキを無視して、俺は恐る恐るに魔導伯爵の方を窺ってみる。
「か、かかか……そ、そうだな。うむ……少し気安かったか。我輩とした事が……か、かか……」
えー……めっちゃ落ち込んでる。
顔に縦線とか入っちゃってるよ……あなたそういうキャラじゃなくない? 案外豆腐メンタル?
「そんな事ありませんよデルムさん。きっとただの照れ隠しですから気にしないで下さい」
フォローするよ。
だって俺はお偉いさんのお友達が欲しい。
そして甘い汁を吸いたい。
ひたすら吸っていたい。
じゅるじゅる吸いたい。
それはもうチュパカブラのごとくに。
俺はキキの耳元に口を寄せる。
「おいキキ……照れ隠しだったと言うんだ」
小声でぼそりと呟いた。
「なんでそん「血はいらないの?」
「照れ隠しじゃ!全くもって照れ隠しじゃった! 確かに貴様と妾は友じゃ! くそ!」
キキはコンマ一秒で半ばヤケクソ気味にそう言い放った。
「そ、そうか。 照れ隠しだったか……」
キキの言葉に魔導伯爵は随分とホッとした風だ。うんうん、これで良いのだ。
俺と魔導伯爵はズッ友だょ。
◇◆◇
それからややして、ジョルジュ子爵の屋敷に向かうと言い出した魔導伯爵は、俺とキキも一緒に来ないかと誘ってきた。
しかし俺たちにも色々とやる事がある。
「すいませんデルムさん。宿を探さなきゃいけないですし、資金を調達する為に物も売らなきゃいけないんです」
「うぅむ……それは残念だ」
魔導伯爵は心底残念そうに肩と目を落とした。
しかしすぐに気を取り直した風に視線をこちらへと戻す。
「しかし宿ならジョルジュの屋敷を頼れば良い。我輩が口を利いておく。用事を済ませたら訪ねて来るが良い」
え? まじで?
やったー早速の甘いお汁だーじゅるじゅる。
「それは助かります」
「屋敷の場所は誰に聞いても知れるだろう。それではまた後でな」
そう言って一度は背を向けた魔導伯爵だったが、してから何やら思い出した風にハッと首を上げ、こちらに身を向け直した。
「言い忘れていたな。キキよ、お前との魔術談義は実に有意義だったぞ。今度は屋敷で茶でも飲みながら腰を据えてな」
「ふんっ! 半端な茶を用意してくれるなよ魔導伯爵」
尊大な口をきくキキに、しかし魔導伯爵はさも嬉しそうに頷きを返し、改めて俺達に背を向けた。
今度は振り返らなかった。
そうして魔導伯爵は悠然とした足取りで人混みの中に消えていった。
その背中が遂に見えなくなった頃合いに俺はよっしゃと息を吐く。
「じゃあ俺達も行くか。というか魔石ってどこで売れるんだろ」
俺の懐の中のドラゴンの魔石。
こいつを売っぱらってさっさと腹ごしらえがしたい。
七色謎茸ももしかしたらそれなりの価値があるかもしれないしな。
光るキノコとか異様だし。
「さぁの」
しかしキキの返答は気の無いものであった。
「知らないの?」
俺の言葉にキキは少しだけムッとした表情を見せる。
「妾は吸血鬼じゃ。人の世の事などそう知らんでも特に問題ないのじゃ。……まあ冒険者ギルドか商人ギルドにでも持っていけば売れるのではないか?」
なるほど。ぽいな。
なんとなく冒険者ギルドに行きたい。やっぱ異世界といえば冒険者ギルドだよな。
冒険者になろっと俺。
「じゃあ冒険者ギルドに行こう。冒険者になるんだ俺は」
そうして人に道を尋ねつつ、俺とキキは冒険者ギルドへと向かい出した。