第4話 月夜の飛行
タイトルとあらすじ変えました。
でも全然しっくり来ていないので、また変わっちゃうかもしれません。
「おぉ、この服は着心地が良いな。軽いし、それにさらさらだ」
シャツにズボンにローブにブーツ。
その全てがキキのワンピースと同じ暗い赤色でなんか物々しいけど、とにかく揃って一級品だった。
「ふふん、妾の血で出来とるからの。当たり前なのじゃ」
キキは腕を組みながら、得意げな顔で鼻を鳴らした。
「それに着心地が良いだけではないぞ? 斬撃や打撃をほぼ無力化させ、更に魔法に対する耐性だって滅法強いのじゃ! これと比べてしまうと、そこらの冒険者共がガシャガシャ騒々しく身に付けている鎧の類など実に滑稽極まれり、なのじゃ!」
おおぅ、その鼻が今にもぐんぐん伸びていってしまいそうだ。
でも確かに性能しゅごい。
というか魔法、やっぱりそういうのもある訳ね。あと冒険者とか。まぁ今更驚かないけどさ。
「うん、ありがとキキ」
キキの頭にポンと手を置いた。
「……う、うむ……むむむむむぅ……」
それまでの得意顔が途端に不意を突かれた表情に変わり、そのままモゴモゴと顔を俯かせた。
見ると、その頬が少し赤くなっている。
とても可愛かったのでそのまま観察していると、ややしてその手がぺしりと払われる。
「ええい! いつまでやっておる! 子供扱いされとるみたいで不快じゃ!」
言って、ジロリと俺を睨みつけてきた。
「全く!全くもって全くなのじゃ!妾は闇の帝王たる吸血鬼なのじゃ! もっとこう……しっかりと恐れ敬うが良い!」
「ごめんね」
「……ふん!」
キキは不機嫌そうにプイと顔を反らした。ふわりと舞った金色の髪は、相変わらずあちこち寝癖みたいに跳ねている。
キキは頻りにそれを気にする風に、顔の横で何度も撫でる様に手櫛を通していた。
そのまましばらく黙り込んでいたが、ややして口を開けた。
「……それで、お主はこれからどうするつもりじゃ?」
「あ〜……」
目的も何もある訳がない。
正直な話、まだ現状に頭が追い付いてすらいないのだ。
どうするつもりだと問われたところで、とても困ってしまう。
「なんじゃ。何の目的も無しにこんな未開の土地に居たわけではあるまい」
「……実は」
「うむ」
「記憶がないんだ」
そういう事にする。
本当の事を話しても現時点ではあまり良い意味にはならない気がしたからだ。
信じて貰えるかも怪しいし、仮に信じて貰えたとして、異世界から来た人間がこの世界でどういう立ち位置なのかが不明だ。
取り敢えずこの世界の情勢を詳しく知るまでは、異世界からの転生者という身の上は隠した方が無難だろう。
「……ほう」
うわ、めっちゃ怪しまれてる。
「だからさ! 記憶を取り戻すために世界を見て回ろうと思うんだけど……そんな感じでどうだろうか?」
俺は深く詮索される前に、続く具体的な案を提案する。
「……」
束の間の沈黙。
やがて、キキの呆れた風な溜息がそれを破った。
「……まぁ良い」
言って、キキは後ろを向く。
そのまま真っ直ぐにドラゴンの亡骸へと歩いて行き、そこで何やらゴソゴソ……いやグチュグチュやってる。
やがて何事かを終えたキキがこちらに戻ってきた。
「ほれ」
何やら石を差し出された。
大きさは握り拳くらいで結構デカい。
あとなんか光ってる。燃えるような赤色だ。
「何これ」
「魔石なのじゃ。この大きさと色ならそれなりの値が付く。世界を回るなら先立つ物も必要じゃろう?」
おぉ、ありがたい。
これで裸族に続いて無一文からも脱却である。
嬉々として受け取り、ローブの裏に収めた。
因みに件の七色謎茸さんもしっかりと収めている。妙な愛着が湧いてしまい、捨てるのも忍びなくなってしまったのだ。
「何から何まで。全く……お前には頭が上がらないな」
俺の言葉に、まるで悪徳金融の様な邪悪な笑みを浮かべるキキ。
「くふふ、勿論タダではないぞ? これらの分はしっかりと、お主の血でもって払ってもらうのじゃ」
「……それは構わないけど、節度を守ってくれると助かる」
「分かっておる。お主が死んでは元もこうも無いからの」
出来れば死だけじゃなくて、体調の方も気にしてくれると嬉しいのだが。
「……おわ!?」
そんな事を思っていたら、いきなりお姫様抱っこされた。
自分より遥かに小さい少女の腕の中だというのに、どっしりとした安定感が凄まじい。
流石吸血鬼という事なのか。
「えっと……これは」
「ひとまず、ここから一番近い街に向かうという事で良いか?」
「そ、そうだな、そうしよう。それは良いんだけど……」
なんでお姫様抱っこ……?
困惑する俺を見下ろし、キキはニヤリと不敵に笑った。
それが合図であったかの様に、キキの背中から大量の赤黒い液体がバシャリと飛び散る。
その液体は、しかし辺りを汚さない。落ちることなくドロドロと空中に留まった。
……血だ、血液が翼の形を成していた。
「まぁ見ておれ。ひとっ飛びなのじゃ」
キキがそんな啖呵を切ってから、次の瞬間だった。
俺は空を飛んでいた。
気付けば一瞬で上空まで上昇、見下ろせば眼下は遥か遠く、見上げれば月がすぐ近くにあった。
それを確認してる間にも、周りの景色はビュンビュンと後方に飛んでいく。
こいつぁスゲーや。
「ふふん、どうじゃ? 妾は速いであろう? 凄いであろう?」
腕の中から見上げるキキの顔は、今にも褒めてくれと言わんばかりだった。
口元でムズムズとニヤつきを噛み殺し、前方を見据えているその目線も隙あらばチラチラと俺の様子をしつこく確認してくる。
ちょっとウザかったので、あえて無視してやる事にした。
「なぁ、これ風の抵抗が一切ないのはどういう事なんだ? というかさっきから翼動いてないけど、これどうやって飛んでるの?」
「……ふんっ、全身に張った魔力の層を進行方向とは逆に流す事で抵抗を少なくしておるのじゃ。そして飛行魔法とはあくまで周りの魔力を動かす事で、それに囲われた物を延長的に移動させる魔法なのじゃ。だから翼は関係ないのじゃ」
見事な棒読みだ。
あからさまに不機嫌になってるし。そんなに褒められたかったのか。
「え……じゃあバシュッと出したその翼って……ただのカッコつけ?」
「な、ななな何を言っておる! 全然そんなじゃないのじゃ! 全然全然違うのじゃ!」
どうやら図星クサい。
まあ見た目って大事だよね。
「ちゃんと迎撃用の意味“も”あるのじゃ! 妾が一度この翼を振るえば幾百の血弾が飛び交うぞ!しゅばばばばばばッ! なのじゃ!」
「へーそれはすごいデスネ」
キキはぐぬっと口を噤む。
プイっと顔を背けてから、ややしてボソボソと寂しそうに呟き始める。
「……ふん……そもそも飛行属性の魔力はとても珍しいのじゃ……更にその魔力層を自身とお主の体に皮一枚で纏わせ、妨害されるリスクを最小限に抑えておるのじゃ……のみならず位置的な移動と同時に、なんと魔力層内でも循環的にその魔力を動かしてもおるのじゃ……まさに神業なのじゃ……ふん……ふん! もっと褒めてくれても良いではないか……」
完全に拗ねモードだ。
あれだな、この吸血鬼……相当面倒くさい子なんだな。
結局俺はそれから夜が明け空の旅が終わるまでの間。
そんな吸血鬼の曲がったおヘソを元に戻すべく、ひたすら必死におべんちゃらを並べ続ける羽目となるのだった。