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第3話 吸血鬼キキ

「あ〜……やっぱり吸血鬼なんだ」


 驚きはさして無かった。

 そんな事だろうと思っていたさ。


「くふふ、吸血鬼を見るのは初めてか? 如何にも(わらわ)は吸血鬼ぞ。どうじゃ恐ろしいか? ふふん、恐ろしいであろう」


 少女はない胸をこれでもかと張り、かなり得意げに尊大な態度を取って見せる。

 その様は確かに恐ろしく可愛らしかった。


 抱っこしちゃった。


「ん? 何をするのじゃ」


「俺の血を吸うんだろ? こうすれば血が吸いやすいかなって」


 少女の髪をくんかくんかしながら、おもくそ後付けの言い訳を口にする。

 少女の髪はまるで高級な砂糖菓子の様な、とても自然な甘い香りがした。


 しーあーわーせーだー。


 俺の腕の中、少女は不思議そうに目を丸くしてこちらを見上げてくる。


「本当に吸血鬼に自ら血を捧げるとはのう……」


 言って、呆れた風に息を吐く。


 だって相手が可愛いロリ吸血鬼だもの。むしろご褒美です。


 というのは冗談半分。


「そう不自然な事でもないだろ? 恐らくお前は、俺を一瞬で八つ裂きにする事だってきっと出来るんだ。そんな相手に逆らうなんて、誰がどう考えたって下策じゃないか」


 抱っこは考え無しの行動だったが、この点に関しては(あらかじ)め腹を決めていた。


 少女越し、向こうに横たわるドラゴンの亡骸(なきがら)をチラリと見やる。


 まず抵抗は無駄だろう。


 だったら素直に従って僅かばかりの温情に縋る方が上等だ。


「ふむ……吸血鬼が人に情けをかけると?」


「期待くらいは出来るんじゃないかな。事実、俺はまだ殺されちゃいない。それにお前はさっき、血を飲ませてくれと“頼んで”来たからな。理性の無い血狂い吸血鬼って訳でもなさそうだ」


「くひひ、死者の血より生者の血の方が美味いのじゃ。お主が妾に殺されていない理由なぞ、存外その程度の事やも知れぬぞ?」


 言って、少女の瞳が剣呑な色にジトつき始める。


 ぞわり、背筋が波打った。


「……その時は諦めるさ。飛びっきりの美少女に殺されてやったと、あの世で野郎共に自慢でもしてやるよ」


 やばい。動揺して激しくクサい台詞を言ってしまった。

 めっちゃ恥ずかしい。


「くふふ、それはいらぬ嫉妬でまたぞろ殺されてしまうやも知れぬな」


 良かった…笑ってくれた。滑ったらどうしようかと思ったわ。


 俺は内心そんな別の事で冷や汗をかきながら、言葉を続ける。


「それに少なくとも、お前は冷血ではないみたいだしな」


 一瞬、間が空いた。


「……ほぅ、どうしてそう思う?」


 少女の目がすぅっと細まる。


 あからさまに険を含んだその視線を受けながら、俺は更に言葉を続けた。


「だってお前は自分の血をあんなに美味そうに飲んでいたじゃないか。エールでもないんだ。冷えた血なんて、なんだか凄く不味そうだろ?」


 少女は目を見開いた。


 その闇色の瞳に月明かりが差し込む。

 そこに先程の険しさは既に無かった。


 少女はしばらく沈黙し、そのまま顔を(うつむ)かせる。やがてその小さな肩が震え出した。


「……くふ、くふふふ。なるほどの、然り然り。お主の言う通りじゃ。確かに妾の血は美味いな。冷えてなどおらんのじゃ」


 言って、顔を上げた。

 うが……俺は意表を突かれてしまう。


 それはとても優しげな笑み。


 何となく、少しだけ寂しげにも見えたその微笑みに、おふざけ無しに素でドキッとしてしまう。


 俺は一度、こほんと咳払いをして気を取り直した。


「で、そんな冷血じゃない吸血鬼さんは俺の血を吸い尽くすのか?」


俺の問い掛けに、少女は人差し指を軽く唇に当ててはいかにも悩ましそうに首を傾げる。


「そうじゃのう。変態の血は類い稀な美味と聞くからのう。お主の血がそれなりに飲める物だったらそのつもりじゃった」


 変態の血は美味いのか。

 どういう理由でそんな事になっているのかは不明だが、先程の妙なテンションはそういう訳だったか。


「……が、気が変わった。その血がそれなりに飲めたとしても、全て奪おうとはもう思うとらん。安心せい」


 言って、少女は悪戯っぽくニヤニヤと、俺の両頬をグニっと掴む。


「くふふ、お主の事が気に入ってしまったからのう」


 ぐにぐにぐにぐに。


「ん……少しだけあやつに似ておるかの?」


「ほひゃー良かった。だけど、俺の血が超美味かった場合はどうなるんだろうか」


「くふふ、妾も随分長い事生きておるが、未だ妾を虜にしてしまう者は現れておらんのう」


 少女は俺の頬から手を離すと、チロリと舌舐めずりを一度。ゆっくりと俺の首元に顔を埋めた。


「……だが、まあそうじゃの。もし仮に、万が一じゃが、妾がお主の血に恋してしもうたその時は……」


 少女の息が首にくすぐったい。

 そして鋭い牙が首筋をなぞる感触、思ったより痛みはなかった。


「妾はこの身をやつし、お主の一生に付き従ってやろうぞ」


 首筋に当てられた柔らかな唇の感触。そこから痺れるような温かさが徐々に広がっていき、やがてその感覚は全身を包み込んでいく。


 頭の奥がフワフワと浮き立つ様な気分、とても心地が良い。こくり、こくりと少女の喉が下る音が断続的に聞こえる。


 こくり、こくり、こくり……


「……」


 こくり、こくり、こくり……


「……ん」


 こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり……


「……ちょ、ちょっと」


 こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくり、こくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくりこくり……


「ちょっと待って! 飲み過ぎィ! 死ぬ! 死んじゃうから!」


 一気に文字通り血の気が失せる。


 少女の背中を必死に叩くと、少し遅れて少女の喉が鳴り止んだ。


「ふぁ……?」


 うわ、めっちゃトロンとしてる。分かりやすく虜になっちゃってるよこの吸血鬼。


「ふぁ、じゃなくて。これ以上はちょっと体が持たないから……」


「やー……やーなのじゃー……もっとなのじゃー」


 そんな甘く消え入りそうな声を上げ、腕の中の少女は悩ましい仕草で俺の胸を指でなぞる。


 潤んだ上目遣い。息遣いは荒く、その頬も僅かに紅潮している。


 なんだこの可愛い物体。


「ぐ……だめ! お終いったらお終いだ」


 いくら可愛くてもこれ以上は死ぬだろうが!


 俺は抱えていた少女を下ろした。


 俺を見上げる少女はさも悔しげな顔を浮かべ、握った両手を胸の前で小さく縦に振っては、ふみふみと可愛らしい地団駄を踏んでみせた。


「ふぬ〜!ふぬ〜なのじゃ〜!」


「なんだその怒り方」


 可愛すぎるだろ。


「もっと飲みたいのじゃ!」


「死ぬから駄目」


 冗談抜きで足元がフラフラするわ。

 どんだけ血抜かれたのだろうか。


「大丈夫じゃ! まだ半分も飲んでおらん! まだいけるのじゃ! 諦めんなよ! なのじゃ!」


 修造チックだなおい。

 しかし半分近く持っていかれた様だ。ゾッとする。


「今日は本当にもう無理。また今度な」


「ぬぅ……ほんとじゃな? また今度じゃぞ? 嘘は嫌じゃからな?」


 少女はそれでも不満げな様子だったが、とりあえず納得してくれたみたいだ。


「まぁこれから妾とお主はずぅ〜っと一緒じゃからの。これから機会は無限大なのじゃ。くふふふふ……」


 少女は締まりの悪い笑みを浮かべながら、頬に手を当てくねくねと身をよじる。


「えぇ……一生付き従うとか言ってたの本気だったの?」


「当たり前なのじゃ。もう何があっても妾はお主を手放さん」


「……うーん」


「な、なんじゃ。まさか嫌だというのか? 妾は強いぞ? 最強じゃぞ?」


 途端に不安そうな顔をする少女。


 いやまぁ龍倒しちゃってるしね、それは疑いはしないが。


 というか全然嫌じゃない。むしろ願ったり叶ったりだ。

 どうやらマジの異世界らしいこの世界で、何の力も持たない俺がどう生きていけば良いか。


 それを考えた時に、この吸血鬼の少女の存在は掛け値なしに頼もしい筈だ。


 ……ただ、人外と行動を共にするという事が、この世界で果たしてどういう意味を持ってしまうのか。

 それだけちょっと不安になってしまい、一瞬だけ悩んでしまったのだ。


「……俺、めっちゃ弱いからね。しっかり守ってくれるならいいよ」


 でも結局、今の俺にはこれしかないだろう。

 先の事を考えても仕方ない。今はとにかく現状をなんとかする努力をするとしよう。


「まだ名乗ってなかったな。俺の名前は黒野。これからよろしくね」


 少女に手を差し出した。


「……っ」


 瞬間、何故か少女の表情が凍り付く。


 しかしそれは一瞬で、少女はすぐに元の様子を取り戻した。


「……うむ、クロノか。今後ともよろしく…なのじゃ!」


 俺の手をおずおずと握り、そのままなのじゃなのじゃと掴んだ手をブンブン振ってくる。


「で? お前の名前は?」


 ぴたり、腕が止まった。


「わ、妾の名は……な、ない!」


「え、ないの?」


 名も無き金色の吸血鬼? やだかっくいいじゃないか。


「そ、そうなのじゃ! ないのじゃ! うむ、悪いの。そんな物はとうの昔に捨ててしまって久しいのじゃ。だから何とでも好きに呼ぶが良い」


 少女はあからさま不自然に取り繕い、さもしたり顔で目を瞑ってはうむうむと頷いてみせた。


「うーん……じゃあ吸血鬼の始めと最後の音を取って“キキ”って呼ぶ事にしよう」


「キキか、うむ……悪くないの。今日から妾はキキなのじゃ」


 吸血鬼の少女キキは再度満足そうに頷いて、そのまま花を咲かせた笑顔を浮かべ、改めブンブンブンブン掴んだその手を振り出した。


 露骨に何かを隠している様だが……まあ気にしない事にした。


 そんな事より、差し当たって重要な案件が別にある。


「ところで……実は服とか着たいんだけど、そこんとこ吸血鬼の力でなんとかならない?」

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