第1話 目覚め
「……おー? 俺、生きてるー?」
目覚めと共に、思わずそんな間の抜けた言葉が口から溢れた。
寝起き特有のポワポワ感はあれど、意識は割とはっきりしている。
……おお。あれだけひしゃげてた手足もなんか元通りだ、しかも問題なく動く。
これは某モグリの天才外科医の仕業に違いない。
金無い、どうしよう。
まぁいいや、ともあれ助かったんだ。とりあえず今はその事に感謝しよう。
なんかここ森だけど、あとなんか全裸だけど。でも命があるだけマシだよなほんと。
「……うん、なんだろうなこれ」
素肌をチクチク刺してくる雑草からとりあえず起き上がり、改めて周りを見渡してみる。
森としか言いようがないくらい森森とした森だ。
無限みたいに並ぶ木の背は全部が全部異様に高く、遥か上空で伸びた枝が複雑に入り組み、枝葉もまた重なる様に生い茂っている。
その為おおよそ空は隠れていて、だから辺りはとても薄暗く、ひんやりとした空気がかなり肌寒い。
しかも全裸だし。ほんと寒い。
でも薄暗いながら周りが見えるって事は、今はまだ日中……不幸中の幸いだ。
月明かりも届かないであろうこんな森の中じゃ、きっと夜は暗闇で何も見えちゃくれない。
「いや確かに幸いではあるけど、そもそも不幸とかそういうレベルの状況じゃないなこれ」
改めてなんだこれ?
夢……ではないな。体感的に全てが完全現実のそれだ。
じゃあ死後の世界? 死んだら驚いた、助かったと思ったのにとんだぬか喜びだったとか?
……ん、いや待って。
俺はそろりそろりと股間を見下ろしてみる。
相棒《寝起きはいつもこうなってしまうのですよ、僕の悪い癖》
やっぱり死んではいないらしい。
少なくとも男としては。
そのまま、ややしばらくビンビンさせながら俺は考え込む。
やがて1つの考えが、あまりにも突拍子のない馬鹿げた考えが、不意に脳裏に浮かび上がった。
「……まさか、今流行り? の異世界転生……とか」
……。
「ステータスオープン、鑑定、ファイアボール」
某大型小説投稿サイトにおける三大特技を一応ながら試してみるも、何も起こらず。
ほとんど分かりきっていた事なので、特に落胆もなかった。
「…… 結局よく分かんないけど、とりあえず行動あるのみって事だな」
考えてもわかんない事は考えない。
そんな不毛な事を続ける最中にだって刻々と日は傾く。
とにかく夜になる前に森を抜けださねば。
それが無理でもせめて月明かりが拾える場所に出よう。
水や食料、火具とか……何より身に纏う物の確保も必要だな。
そこではたと気付いたが、俺は割とこの奇怪な状況にワクワクしちゃっているみたいだ。
恐怖心や不安感も確かにあるが、それを押しのける妙な冒険心がいつの間にやら全身に満ち満ちている。
ふっふっふ、一度死んだ様なもんだし、そのおかげで少しばかり肝が座ったのかもしれない。
俺は一度深く息を吸い込む。
それをほんの一瞬だけ溜め込み、一気に息を吐き出した。
「よっしゃ!なんとかなるなるっ」
◇◆◇
なんとかならなかったよ……。
森やばいわ……大自然舐めてたわ。
川とか探したけど普通に見つからないし、食べ物も全然ないよ。
見つかったのはこの七色に光り輝く謎の巨大キノコだけ……。これを食す勇気は俺には無い。
火とかも木の棒シコシコ擦って頑張ってみたけど無理だった。
服も無理だった。
せめてナイフでもあれば、木のツルとか使って葉っぱで何とかなったんだろうけど。
結局、俺は今現在も全裸のまま、とっくに夜になってしまった暗闇の森を、
巨大な七色謎茸(仮)片手に彷徨い続けていた。
我ながら無能だー。寒いよ暗いよ怖いよー。
しかし七色謎茸が予想外に松明的な役割を果たしてくれていてほんと助かる。
こいつが無ければとうに俺は暗闇に飲み込まれ、平静を失ってしまっていた事だろう。
圧倒的感謝に頬ずりしてやりたい気分だ。
……まぁ持っている手が妙にビリビリしてきたのが少々気掛かりではあるが。
とりあえず頬ずりは自重しておこう。
「……お?」
そんな事を思っていたら、ちょっと開けた場所に出た。
木の群に囲まれた、円状の広場だ。
野球が出来そうな位に結構広く、それまでの道とは打って変わった平坦な地面。
見上げると、周りの枝葉の生い茂りの中ポッカリと空いた空に、またポッカリと浮かんだ大きな、大きな満月。
久方振りに拝んだお空様にホッと和んだのも束の間、すぐに俺はとある違和感を覚える。
「……いや、月がデカすぎないか?」
それは記憶にある月の大きさの、軽く10倍は超えていた。そして太陽程ではないが、かなり眩しく輝いている。
七色謎茸の存在といい、本当に訳が分からない。まさか、本当に異世界なのだろうか。
「ん?鳥か?」
その時、月の前を何かが横切る。
一瞬の事だったのでよく確認出来なかったが、その影は鳥にしては些か大きい様な気がした。
不思議に思い観察を続けていると、その影はまたすぐ現れた。
月の中心に浮かび上がるその形は…なんか疑いようもなくドラゴンぽいそれであった。
巨大な月をバックに縦横無尽に飛び回るその姿は、しかしどこか憔悴している様に窺える。
恐らく、仕切りに何かを気にしながら飛んでいるのだ。
良く見ると、その近くでは極小の点の様な別の影が、凄まじい速度で消えたり出たりを繰り返していた。
「……あははは、ドラゴンと何かが戦ってるの? 馬鹿なの?」
思わず乾いた笑いが溢れる。
呆然だ。今世紀最大の呆然だ。
マジで異世界かよ。
――グガアァァァァア!!
世界が振動した。それは断末魔だったのか、そのけたたましい咆哮の後、その影はグッタリと翼を垂れ下げたきり、動かなくなった。
そしてその影が徐々に大きく、大きく、大きくなっていく。
「……は? 無理なんですけど!?」
こっちに向かって落下して来てる!?
それを理解した瞬間、俺は咄嗟にその場から身を投げて逃げ出した。
直後、まるで大きな落雷の様な轟音が、地響きと共にどかんと後ろで鳴り響く。
恐る恐る振り返ってみると……やっぱりドラゴンだ。巨大な……多分全長50mはあろうドラゴンが落下してきたのだ。
目の前にあるその異様な光景をしばし夢見心地に、ぼぅっと眺めてしまう俺だったが、ややして、はたと気付く。
ドラゴンの死骸のその長い喉元に牙を立て、じゅるりじゅるりと音を鳴らす、金色の髪の幼い少女の存在に。