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12話 魔石の価値とオッパイさん

 

 やたらに奥まで案内され、ようやく通されたその部屋は何とも殺風景でこじんまりとした部屋だった。


 机、椅子、あと棚っぽいヤツ。


 その程度が最低限に整えられているだけ。埃っぽいし、あまり上等な部屋とは言い難い。VIP待遇を期待してたけど違うのね。


「ささ、まずはお座り下され」


 勧められるまま俺は椅子に座り、目の前の机に魔石を置く。

 オッさんも机を挟んで向かいに座る。座りながらにもその視線は魔石に釘付けだ。

 拍子にオッさんの眼鏡がまたずり落ち、オッさんはすぐさまそれを正した。


「名乗るのが遅れましたな。私はフライン、このギルドで採取者(コレクター)部門の代表役員をやっております」


 へー。


「俺は黒野という者です。根無し草のしがない旅人です」


「ふむ、クロノさんですか……そちらのお方は? 眠っているようですが……」


 えー……キキの説明めんどー。

 結構えろい人みたいだけどなんかあんまりお近づきになりたいタイプじゃないんだよなこのオッさん。


 魔導伯爵みたいにかっこいくねーし。


 必要以上にわざわざ自分達を紹介したくない。


「こいつの事は気にしないで下さい。ホクロに生えた毛程度に思ってどうぞ」


「そ、それは結構気になりますぞ?」


「ならば乳首(ちくび)に生えた毛です」


「ほひぃ……も、もっと気になりますぞぉ……」


 腕をクロスに両胸を抑え、ポッと頬を染めだすオッさん。

 どうやら生えてる様である。これはなんとも気色の悪い情報を得てしまった。


 軽く身を引く俺の様子に、オッさんはハッとしてから誤魔化す風な咳払い。


「い、いや。はっはっは……で、ではお互いの紹介はこの程度で済ませて、早速ですが……」


 言って、オッさんの眼鏡がキラリと光る。


「今回のこの魔石、ずばり金貨5000枚で買い取らせて頂きたいですぞ」


 おおう。大金……だよね多分。


 ピンとは来ないけど、だって金貨が5000枚だ。ピンとは来ないけど。


 ふむ。


「……それはそれは。銅貨が100枚で銀貨1枚、銀貨が100枚で金貨1枚。いや、その金貨が5000枚とは大金だ」


 試しに予想した貨幣の種類とその互換性を口にしてみた。


「ほっほっほ、納得頂ける金額と思いますが。どうでしょうかな?」


 相違ないようである。

 分っかりやすいな異世界。


「ん〜……その前にちょっとお聞きしたいのですが……」


 という訳でここらの物価に詳しくない(てい)を装い、遠回しに金貨とやらの価値も探ってみた。


 オッさんが言うには、この街の領民の平均年収が金貨15枚程度で、この街ではそれだけあれば最低限に人らしい生活が出来るとの事だ。


 日本の労働者の平均年収が確か150万くらいだった筈だから、それと置き換えて考えてみて金貨1枚が丁度10万円か。銀貨1枚が1000円、銅貨1枚が10円か。


 あくまでクソほど大雑把に見積もった目安だが、まあこんなとこだろう。


 一枚10万円の金貨が5000枚。

 つまり5億円。


 ッシャオラァ!!


 億万長者だもんよ。


 さんきゅーキッキ。

 我が腕の中の幸運の天使よ。


「それと……額が額ですので売却後に採取者として登録して頂けるのであれば、特別処置として三割引はせずに満額お支払いしますぞ」


 なんと。至れり尽くせりじゃないか。これはもはや二つ返事の案件だ。


 売りマス売りマス。そんなご機嫌が俺の口から飛び出す寸前、後ろからガチャリと扉の開く音が聞こえた。


「やれやれ、君という男は実に油断も隙もない男だな」


 続いてそんな凛とした声。

 振り返って見ると、オッパイがでかかった。その凛とした声に相応しいオッパイだった。


 ウェーブの掛かった金髪を顔の横に垂らした大人な眼鏡美人さんが立っていた。オッパイでけぇ。


 細かい装飾が施された青と赤を基調とした、軍服のような上着を肩にかける感じで羽織っている。オッパイでか。


 白いシャツ、その胸元、今にもボタンが弾け飛びそう。オッパイでかすぎ。


 そのタイトな黒スカートの丈はやや膝上で美脚がセクシー。

 そして視線戻ってやっぱりオッパイオッパイ。まるでメロンがお二つ。



「……これはこれは。エクレツィアさん。どうしたのですかな? ん? ん? 何か用ですかな?」


 何やらキナ臭い対応でオッパイさんを迎えたオッさんの顔には、まるでクズ紙を丸めて開いた様なクシャリとした笑みが貼り付いていた。


「なに、私の領分で他所のネズミがこそこそ嗅ぎ回っていると部下から報告があったものでね」


 言いながら、なんとも涼しげな顔で近付いてくる。


「チッ……あの受付め……黙っとれと言ったのに……」


 途端にオッさんはあからさま苦虫を噛み出し、一方でオッパイさんは素知らぬ風にテーブルの横まで来てはピタリとそこで歩みを止めた。

 魔石に目を落とし、そのままその目を見開く。


「これは……触っても良いかい? えっと……」


 魔石と俺とを交互に見るオッパイさん。


「クロノです。どうぞ」


「クロノ君か。では失礼」


 オッパイさんは魔石を手にとってそれを入念に観察する。


 しげしげ、しげしげ。


 そんな風にたっぷりと30秒程。

 ややしてオッパイさんは息を吐き、魔石をテーブルの上に戻しては、感嘆を通り越した呆れ顏で軽く頬をかいた。


「……いや、聞いていた以上の素晴らしい魔石だね。余程に高位の魔物の魔石とお見受けするが……」


「まあそうですね」


「君はこの一品をこのギルドに売ってくれるのかい?」


「そのつもりですよ」


「そうか。私はこの支部で討伐者部門の代表役員をやっているエクレツィアという者だ。ありがとう、ギルドへの貢献に感謝する」


 優しい微笑み。

 そんな顔もできるとは……この美人、ポテンシャル高いな。


 そんなオッパイさんはこめかみに指を当てながら、ゆっくりとオッさんへと表を向けた。


「……さて、フライン氏。となればこれはどういう了見かな? 器官魔石の買取りについては討伐者部門(こちら)の管轄の筈だが」


「……何が何やら。器官魔石? はて、これは鉱魔石ではないのですかな? 今の今まで私はその様に思っておりましたぞ?」


「はっ、まるで子供の言い逃れだな。わざわざこんな辺鄙な部屋をこしらえて、コソコソと……白々しいね全く」


 言って、馬鹿馬鹿しげに息を吐く。


「大体この魔石が金貨5000枚ぽっちとはたまげたね。王都のオークションに出品すれば間違いなく倍以上の値がつくだろうに」


「ほう! そうなのですか? “元”王都本部所属の“元”エリート様は流石そういった事情にお詳しい。しかしここは王都ではありませんぞ? 物の価値が違うのです。そして人の価値もね。過去の栄誉をひけらかす風な貴女の発言はいい加減聞くに堪えませんな」


「ふむ、それはすまなかったな。劣等感という感情を覚える機会がこれまでそう多くなかったものでね。なるほど、想像以上に卑屈(デリケート)な感情の様だ」


 うわぁ……バチバチやってんなぁ。


「……あの〜、結局このお話の落とし所はどの様に?」


 俺はオドオドと挙手して尋ねてみた。


「ん、すまない。見苦しい物を見せてしまったね。安心してくれ、君の魔石は討伐者部門(わたし)が丁重に買い取らせて頂くよ。規約だ、異議はないな? フライン氏」


「ぐ、ぐぅ……」


 オッパイさんに冷たく睨まれ、オッさんはぐぅの音を上げる。

 かと思えばガタリと椅子から腰を上げ、オッパイさんに向けて手のひらを持ち上げては、その指をワナワナと動かした。


「か、金はあるのですかな? その魔石を買い取れるだけの金が、今の討伐者部門(あなたがた)にあるのですかな!?」


「……確かに。即日即金では少々都合が付かないだろうな」


「聞きましたか? クロノさん! 私なら即金で金貨5000枚今すぐ用意出来ますぞ? なに、書類上は私との個人取引とでもすれば規約としても支障はありません! だから是非! この魔石は私にお売り下さい!」


 いや……個人取引つったってその金貨5000枚ってギルドの金じゃないのか?

 どうみてもそんな金持ちには見えないものオッさん。オッパイさんの方が色々と誠実そうだ。


 俺は席を立ち、魔石を手に取ってから一応申し訳ない風な顔を作ってオッさんを見た。


「すみません。今回はオッパ……エクレツィアさんにお世話になろうと思います」


「な、なぜですかな!?」


「『ギルドへの貢献に感謝する』……って、もう言われちゃいましたので。フラインさん個人へ売ってしまえばそれはギルドへの貢献にはならないでしょう? 受けた想いには出来るだけ背かないのが俺の信条でして。だからこの魔石は、ちゃんと冒険者ギルドを通してお売りしたいと思います」


 嘘だけど。

 本音を言っちゃうと、だってオッさんの乳首にはただただ毛が生えていて、美人さんのお胸はただただ大きいのである。


 片や乳首に毛が生えたオッさん、片やオッパイパイな美人さん。


 どっちと仲良くしたいかって……

 ハ八、一瞬だって考えるに値しないよ。


「そ、そんな事で……!」


「ふふふ、なかなかどうして律儀で愛らしいね君は」


 オッパイさんは笑いながら俺の手を取り、一歩後ろに下がる。

 手が引かれ、俺も一緒に下がる。


「と、いう訳だフライン氏。私とこの子は今から色々と(せわ)しく話し合わなければいけないのでね。ここらで私達は失礼するよ」


 この子って言われちゃった。

 なんか……なんとも言えない。この胸のときめきはなんだろうか。


 そのままオッパイさんに手を引かれ、悔し顏のオッさんを残して部屋を出る。

 出て、その扉が閉まる直前、オッパイさんは最後はたとして部屋の中に向け声を投げ掛けた。


「あぁ、それと。今回の件については次の三部門会議でじっくりと。楽しみにしておいてくれ。努努(ゆめゆめ)に……な?」


 最後、ドアの隙間から一瞬見えたオッさんの顔は、まさに幼児が作った粘土細工の様に歪みに歪んでいた。


「さてクロノ君。まずは私の部屋へ向かおうか」


 そう言って、オッパイさんは微笑んだ。


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