第10話 お詫びの酒盛り
「だぁっはっは! 悪かったなぁ! 俺ぁ頭が悪りぃからよ。よく短気を起こしてやらかしちまうんだよなぁ。ほらよ、こいつぁ詫びだ!」
「だっはっは! 詫びだ! ククロノ君! 」
ゼッ君とクルルは共に豪快に笑いながら、それぞれ両手に持った凄まじい数の木製のジョッキを同時にドンと円卓の上、半ば叩きつけるようにして置いた。
その乱暴さにいくつかのジョッキの縁では堪らずびちゃりと酒が跳ね、そのまま数滴ばかりが遠慮なく俺の顔に飛んできた。
という訳でここはギルド二階の酒場。
無限ループに陥る前になんとか誤解を解くことに成功した俺とキキは、ゼッ君&クルル主催のお詫びと称した酒盛りにお呼ばれされていた。
俺としては特に望んだ席でもなかったのだが、ゼッ君がどうしてもと言うので半ば仕方なくのご相伴だ。
それにしても凄い量の酒だ。
円卓の上に所狭しと並んだ数十のジョッキを眺めているだけで、飲まずして何やら目が回ってしまう。
「こんなに飲めないよゼッ君」
俺は鬼か天狗かっちゅうに。
「俺の名前はゼクトっつぅんだ。すまねぇがその呼び方は止めてくれねぇか? クルルが二人になっちまったみてぇで頭が痛くなる……」
ゼッ君改めゼクトは心底げんなりといった顔をしながら、俺の右隣の椅子にどかっと腰掛けた。
「なんと! 私が二人で二人の私〜なんとも両手にお花畑ですなぁ〜」
続いてクルルも頬に手を当てルンルン頭を振りながら、俺の左隣の椅子にとてっと腰掛けた。その様子にゼクトは息を吐く。
「花畑なのはお前の頭の中だろうが……ま、酒はどうせ俺とクルルも飲むからよ。いちいち頼むよかぁいっぺんに持ってきちまった方が……楽だろぉ!?」
「酒! 飲まずにはいられないッ!」
ギラリ目の色を変え、言うが早いが早速ジョッキを手にしたゼクトとクルルはそのままそれを高らかに掲げた。
「「ヤリタッター!!」」
二人は笑顔で謎の雄叫びを上げながら、掲げたジョッキを身を乗り出してぶつけ合い、そこからそれを傾けて、口に酒を浴びせる感じで一気にジョッキを空けだした。
「「くはぁぁぁ〜!!」」
数秒も経たぬうち、二人は同じに目を食い縛っては空になったジョッキを力の限りに床へと投げつける。
床へと叩きつけられたジョッキは見るも無残にばきょりと形を壊し、その木片がすぐさま俺の足元まで飛び散って届いた。
えぇ……荒々し過ぎんだろ君達。
かなり尻込みした俺を尻目に、クルルもゼクトも口に次々酒を注ぐ注ぐ。
というかこれ絶対俺に対するお詫びとかじゃないよね? お前ら絶対ただただ酒が飲みたかっただけだよね?
あとヤリタッター? 何それは。
俺はそろそろとキキの耳元に口を寄せる。
「ねぇ……“ヤリタッター”ってなに? そんでなんでジョッキを壊すのん?」
変わらず俺に抱えられ、まるでローブから抜け出す気配のないキキに小声でこそりと尋ねてみた。
「ヤリタッタは確か人共が崇める酒神の名じゃのう。容器を破壊する行為については妾も知らんが、まぁ察するところ“景気付け”みたいなもんなのであろう」
キキはいつの間にやら手に持ったジョッキをチビチビやりながら、なんとも馬鹿馬鹿しげにそう言った。
おい、と思わず突っ込みたくなる光景だが、見た目は子供でも中身は吸血鬼だしきっとセーフなのだろう。
そう言っちゃうと、さもさもまるで名探偵の素質とかありそうである。どうでもいいが。
そんな事よりヤリタッター。
乾杯みたいな意味合いなのかなヤリタッター。
その証拠に改めて意識してみると、酒場の至る所ではヤリタッターヤリタッターと声が上がっていた。
そして他のテーブルの足元にだって一様に散らばったジョッキの木片。
なるほど、異世界の酒飲み作法は大概にそういった感じらしかった。
まぁ冒険者だけのマイナー流儀である可能性もかなり残すところではあるが。
というかそうであって欲しい。心から願うわ。
ともあれ俺もジョッキを手に取ってみて、まずは一口飲んでみた。
温いエールだ。
味は日本の物より苦味が少なくスッキリとしていて、炭酸も度数もかなり控えめで口当たりも相当に軽い。
後味にふわりと香るフルーティーさは常温ゆえの恩恵だろう。
といっても温いエールはやはり日本人の感覚にはちょいと合わない。
また飲みやすさの代償である、いまいちスカッとしない喉越しも俺の好みからは少し外れた物だった。
が、まあそこら辺に目を瞑ればこれはこれで飲める酒である。喉も渇いてたしね。
グビグビ、グビグビ飲み続ける。
うん。おいしー。
◇◆◇
宴もたけなわ。
クルルは腕を組んで目を瞑っては、うむむといかにも大業そうに唸ってみせた。
「でもキーちゃんも辛いよね〜無理な魔術の鍛錬が祟って体の成長が止まっちゃったなんて! いや〜そんな事って本当にあるんだね〜」
その両手にがっしりと掴んだままのジョッキが絶妙に馬鹿っぽい。
さっきからそれ交互に飲んでるみたいだけどなんか意味あんの?
「そういう奴が稀にいるって話は噂でだけ聞いたことはあったがなぁ。全く……魔術っつぅのは本当に得体が知れねぇな」
ゼクトは片眉を吊り上げしげしげとキキを眺めている。
という訳でキキについてはそういう事となっていた。
ただの思いつきで言ってみた苦しい言い訳だったが、いやー言ってみるもんだね。
「……ふん、見世物ではないぞ。ジロジロ見るでない」
不満げな顔をして一気にジョッキをあおるキキ。
そういう体を一応了承はしてくれたみたいだが、かなり嫌々である事が態度から明白である。
このままこの話題が掘り下がってしまうといつキキが辛抱切らしてしまうか分かったものではない。
俺は話題を変えるべく声を上げた。
「ところでゼクトとクルルは冒険者なんだよな? もう長いのか?」
「ん? いや、俺もクルルもまだ2年てとこだな。登録したての頃ぁ俺もまだ13のガキでなぁ、がっはっは、懐かしいぜ」
……え?
「いや〜あっという間の2年間だったよね〜私も今では22歳か〜。えへへ〜、そろそろ大人の女の魅力とか出てきたかな〜?」
……はい?
「はっ、お前が大人で魅力的っつぅならガキとブスはこの世にいねーなぁ」
そう鼻白んだゼクトに、クルルはぷくーっと頬を膨らませた。
「むぅ〜ゼッ君生意気〜弟のクセにお姉ちゃんに向かってなんだいなんだい!」
「やーめーろッ! 離せコラ!」
一方的に手を伸ばしてじゃれつくクルルをゼクトはかなり鬱陶しそうに払い退ける。
「わっはっは! お姉ちゃんに勝てる訳ないだろ! とりゃとりゃとりゃ〜!」
しかしクルルの方が一枚上手だ。
クルルの腕はまるで千手観音と化し圧倒的な手数を繰り出しては、ゼクトの抵抗を見事にかいくぐってみせている。どうやってんのそれ。
つーか俺より歳下どころか中3かよゼクト。クルルはクルルで俺より歳くってるし。更には姉弟ときたもんだ。
続けざまに事実が凄まじいわ。
確かに言われてみればゼクトの短髪と鋭い眼光はクルルと同じ藍色をしていた。
なんだかんだ息があってて仲よさげだったのはそういう訳だったのか。
「とりゃとりゃとりゃ〜!」
しかし“これ”が姉とは……。
ゼッ君よ……心労痛み入ります。