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君と私とひと夏の線香花火  作者: 藤川そら
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君と私とひと夏の線香花火

第一章 るーむめいと



マズイ…。非常にマズイ。


私はまずいことに恋をしてしまった。軽率かつ迂闊(うかつ)なるケアレスミス。


しかも寄りによって大切な親友と『被る』という重大なミスを犯したのだ。


もはや、ケアレスミスとはいいがたいこのミスをどう弁解すべきなのか…。


親友は私の胸の内は百も承知だ。なんだってお見通し。私は(ちり)一つほどの気持ちだって彼女には隠しておけない。


事態は最悪だ。


こんなことを言うと人は私を悪魔だ、鬼だと騒ぎ立てるかもしれない。


でも人の気持ちなんて低気圧にすっぽり包まれた列島の天気予報と同じくらい予測不能だ。


もし、あなたが私の立場だったらどうしたか教えて欲しいものだ。


身を引いた?


自分の気持ちに素直に従って突っ走った?


拓海との仲がハッピーエンドにしろ、バッドエンドにしろ親友との仲は最悪だ。


その親友の名は杉原美憂。同じ高校に通うクラスメートで訳あって今は二人でナイショの共同生活を送っている。


そう、誰にもナイショで…。




白い壁、窓一つない殺風景なドーム型の円形の部屋。壁に掛けられた大きなモニター。


白いテーブルに椅子が二組。彼女と私が向き合う席だ。


その席の遥か延長にドアが二つ。


それはちょうど部屋の左右対極に位置していて、左が私、右が美憂の部屋となっている。


こんな部屋にいて息苦しくないかって?


多分息苦しいと思うよ・・・。って他人事みたいに私が言うのは滅多にこの部屋に留まるってことはないし、外出してしまうからだと思う・・・。


そんな奇妙なルームシェアーなんだけど、今朝は大事件が勃発しちゃって大変なのだ。


起こるべくして起きた事件。


テーブルの上にポツンと置き手紙が一つ…。


白いテーブルに白い便箋。始めは気付かなかった。


モニターに映る拓海の笑顔と美憂のお喋り。


今日は花火大会当日。大好きな拓海との約束の日。


今日告白するつもりだった。


美憂に先を越された。抜け駆けされた。


しかし、私はどうすることも出来ない。


閉ざされたドアとモニターに挟まれてノックアウト同然のカウンターパンチにへたりこんでしまった。






もう美憂を追いかける手立てはない。私はここで事の成り行きを指をくわえて見守ることしかできない。


それはまるで、御主人様にご褒美を「待て!」された犬のように切なく、憐れだ。


ーーーそう、私と美憂が共有しているこのルーム。






それは、私の心の中にあるルームなのだから…。





それは突然のことだった。なんの前触れも伏線もなく突然美憂との別れは訪れた。


六月のある日曜日、私は部屋のベッドに横になり、お気に入りのファッション雑誌を眺めていた。

雨の音がいい感じのBGMとなって私は足でばた足リズムをとりながらページをめくっていった。


途中で左手にしたスマホのメールチェックは忘れない。


美憂からのメールにもしておいたのだが、もう二時間近く返信がない。


いつも直ぐに返事がくるのだが…。


充電し忘れたのかもしれない。


美憂はスマホに夢中になりすぎて、電池残量を忘れているときがある。


そんなときは返事が遅れる。


あるいは爆睡タイム。


スマホ片手にそのまま寝落ち…。美憂の休日のパターンだ。


だから、私もこの時一回きりであまり美憂のことを心配していなかった。

だってそうでしょ?まさか、二時間前にメール打ってきた親友がもうこの世にいないなんて想像できる?



「ルナ、すぐに降りてきなさい」


下の階から母が私を呼んだ。


「今、ちょっと手が離せない、後で」


人の気も知らない呑気な私は面倒臭そうに却下の意思を伝えた。






「いいからすぐに来なさい!!」


ひどい剣幕に私は頬をぷうっと膨らませながら、足音勇ましく階段を下りていった。恐らく、私の頬はシマリスがたらふく食料を詰め込んだ頬袋なんて目じゃないほど紅潮して膨らんでいたと思う。


そんな私の無言の抗議なんてお構いなし。


母は真剣で重い空気のオーラを発し、暗い目つきで私を見ていた。


「な、なあに?」


そんな目で見なくても・・・。私が何かした?そんな私の気持ちはダスターシュートへ勢いよく弾き飛ばされた。


ただ、ただ・・・。ただならぬ何かを感じさせる母の様子。


私に対して向けられた物ではないことにすぐ気付かされた。


「あ、あのね・・・。落ち着いて聞いて頂戴。さっきね・・・」


そこまで言うと、母は涙ぐんで言葉を詰まらせた。


「さっき・・・?」


私はオウム返しをしながらぼんやりと何か良くないこと・・・。悲しいことがあったんだと直感した。私にかかわる悲しいこと。


しかし、それが何かは私には想像さえできない。私は息をのみ母の次の言葉を待った。








「だから、お母さん何?」


ほんの数分。長い沈黙のように感じて私はしびれを切らした。悲しいことを聞きたいわけではない。誤解しないで欲しいんだけど、決して私は悲しいことを望んで、喜んで聞きたかったわけではない・・・。


「---さっきね、美憂ちゃんが亡くなったって・・・。お通夜はあさっての・・・」


「うそだ」



事実を知らなければ私はどれほど悲しんでよいのかわからなかった。得体のしれない大きさの悲しみに怯えるよりその正体を知ったほうが悲しみの大きさがわかって気持ちの整理もずっと楽にできる。


それは大きな誤りだった。


自ら引いた引き金はリボルバーの拳銃に6発の弾を込め、眉間にあてるよりも残酷で衝撃的な事実が突きつけられる。


私は耳をふさぎ何度も繰り返す。


嘘だ、うそだ、ウソダ・・・。


今、私のズボンのポケットには美憂から来たメールがある。来週のお出かけの約束だってある。


昨日笑った、ハイタッチした・・・。写メを撮った。


「ルナ!!落ち着きなさい」


母が私の名を呼び、激しくゆすった。私はここで初めて自分が泣き腫らし、取り乱していたことがわかった。


「交通事故だったって・・・」


母の言葉に私は崩れ落ち、床に突っ伏した。




それからはあっという間だった。私は通夜と葬式両方に参列した。


家で出し尽くしたはずなのに涙は止まらなかった。止めようとすれば止めようとするほど、あとからあとから湧き出して、そのたびに美憂との楽しかった思い出を蘇らせた。


晴天の中、出棺していくお棺。そっと端っこ持っただけなのに重くずしりと私の心に響いた。


火葬場にはいかなかった。


お婆ちゃんの時に立ち会った火葬場。まだ、自分も幼くてわからなかったけど、あんな小さな箱に美憂が納められて返ってくるなんて信じたくもなかったし、考えたくもなかった。


私はまだ高校生・・・。


明日を語り合って、未来にドキドキして・・・。


死なんてまだ遠いものだと思っていた。まだ考えることなどないと思っていた。


友人たちとそのあと何か話はしてみたけれど、何を話したかは覚えていない。


ただ、ひどく疲れたことだけは記憶している。





明日は学校だ。


私はその晩、食欲もなく、早くに眠りについた。体がベットに吸収されるのかと思うほど深い、深い眠りについた。




夢の中で美憂に逢えたらいいな・・・。


そんな期待はもろくも崩れ去った。朝が来たのだ。


木漏れ日のせいだろうか、今日の視界は寝ぼけまなこにやけに眩しい。


全ての景色が真っ白だ。


私は低空飛行と着地を繰り返す二つのまぶたで睡魔と格闘しながら半身をベットから起こした。


「おっはよう、ルナ」


明るく聞き覚えのあるバウンドの効いた声が響く。


「あ、おはよう。美憂」


私は無意識にいつものごとく反応してしまった。

「よく眠れた?」


「ううん、まあまあかな…。美憂は?」


「私も初めてだからまあまあかな」


「そう…」


ーーーえ・・・? 美憂・・・?


私の瞼はこの瞬間大空へ向けてテイクオフした。


「美憂!!」


私の目の前には紛れもなく、ともに笑い、共にハイタッチし、共に写メを撮ったあの美憂がいつもの笑顔で微笑んでいた。


猫のような愛らしい大きな目。瞬きの度、音を立てそうなウエーブのかかった長いまつげ。小さくても品よくまとまった柔らかそうな唇。


でも、雰囲気がちょっとちがうような…?



髪形がまず違う。以前ストレートのセミロング。

今、顎のラインでカールアップにアップグレード。


新調の白いワンピース。肩に水玉リボン乗せてるの…。


見たことある。二人で雑誌見てほしいって騒いでいたあのワンピースだ。

美憂のやつ、いつの間に…。


ーーーっていうか、そこじゃなくて…。


「美憂、心配してたんだよ。死んじゃったのかと思った」


そう、そこにまず突っ込まなくては。どれほど三日間泣き晴らしたことか。私の二重瞼はきっちり出目金一重に変わってしまっていたんだから…。

「てへへ。ごめんごめん」

イタズラっぽく美憂が笑う。いつもの癖だ。


「ーーーそれで、何で美憂が家にいるの?」


そこも疑問だ。


「ーーーってか、わかんないんだよね」


「わかんないってあんた、子供じゃないんだから…」

 

私は呆れて美憂を見た。


「気付いたら、ルナの心の中だったのよ。普通さ、死んだらもっと自由にいろんなところに出没したりとか?そういうの期待するじゃん。なんでまたルナの心の中に閉じ込められるかなあと思っちゃったりして」


「そうか、やっぱり、死んでて・・・、私の心の中に・・・っておい!!」


私は今さらながら自分のいる場所を見回した。




























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