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出会い

 「夏はダメだな。完全に」

照り返しのきついアスファルトの端を二人の少年が歩いている。

「季節に文句を言う奴なんて初めて見たぞ。その心は?」

「まず暑い。馬鹿みたいに暑い。そして虫。めっちゃ多い。マジキモい」

夏の容赦ない日差しに恨み言を言う少年とそれに呆れている少年がゲームセンターから出て来た。

「まあ言いたいことは分かるけど、それが夏の良さだったりもするだろ? それに虫にだってカブトムシとか人気者もいるし」

「それは子供のうちだけだろ。大人になってからカブトムシを良く見てみろ。あれ、角の生えたゴキブリだぞ?」

「いやいや、それは言いすぎだろ。俺も好きだよ? カブトムシ」

恨み言を言っていた少年が一緒に歩く少年へ呆れた顔を向ける。

「西城史紀さんよー、中学三年にもなってカブトムシが好きなんですかー?」

史紀と呼ばれた少年は眉間に皺を寄せながら反論する。

「腹の立つ言い方すんな。大人でもカブトムシ好きな人いるだろ?」

「あれは心が子供のままの可哀想な人達なんだよ」

「カブトムシ好きなだけでそこまで中傷受けなきゃいけないの!?」

「そりゃそうよ。それか夏の日差しに頭をやられちゃった系の人だろ。どっちにしても可哀想な人達に違いない」

「違いないんだ」

史紀はもはや呆れを通り越して笑えて来ていた。

 「わたくし風見翔に間違いはありません」

腕を組みながら、翔と名乗った少年は深々と頷いていた。

「はいはい。そう自信満々に言われると正しいように聞こえるけど、絶対偏った意見だからね?」

史紀は片手を振りながらもう取り合う気はないという意志を示す。

「授業がないのは最高だけど、夏休みって結構暇だよな。俺達、ほぼ毎日ゲーセン行ってるぞ」

「そうだな。連絡してないのに良くお前に遭遇する気がするよ」

「暇にも程があるな、俺達。これも夏のダメなところに追加だな」

眼鏡を上げる素振りをして、メモを残す素振りをする翔。眼鏡なんて必要も無いほど視力の良い翔はもちろん眼鏡なんて掛けておらず、しかも手帳も持ち歩いていないので、ジェスチャーのみである。

「頭良い人をイメージしてるんだろうが、完全に頭悪い人にしか見えないぞ。それか、この日差しで頭をやられちゃった人」

「おいおい、俺をカブトムシハンター達と一緒にするなよ」

「なんでカブトムシ好きを目の敵にしてるんだよ」

「別に目の敵にしてるわけじゃないぞ。キモいだけ」

「ああ、そうですか」

大きな溜息を吐きながら答える。史紀には反論する気力は完全に削がれていた。

「そんなヤバい人達の話より俺達の問題だ。流石に毎日ゲーセンはヤバい、金銭的にも」

「まあ、それには賛成だな。とは言っても他にやることないぞ」

「そうなんだよなあ。俺、夏嫌いだしなあ」

そう言いながら翔は天を仰ぐが太陽が眩しくて直ぐに視線を足元へ戻す。

「ああ、ダメだ。他の事をするにしてにも日中はダメだ。太陽が殺人級にキツイぞ」

翔はしかめ面をしながら額に流れる汗を拭う。

「とにかく我等がオアシスへ急ぐぞ」

「オアシスにしては煙いしうるさいけどな」

文句を言いながら二人はオアシスという名のゲームセンターへと入って行った。


「いひひ、今日は収穫あったぜ」

翔は某人気ネズミの王国の主のキーホルダーを指で回しながらゲームセンターから出て来た。

「お前、UFOキャッチャー良くやる割に下手だもんな」

「う、うるさいな。お金で楽しみを買ってるからいいんだよ!」

「その割には取れない時キレてんじゃん」

「君、うるさいね? 姑か何かなんですかー?」

翔は腕を組みながら下から覗き込むように史紀を見る。

「腹立つ言い方すんなって。あとその顔止めろ」

口を大きく開けたまま翔は静止していた。それに苛立った史紀は翔の頭を軽く叩いた。

「はい暴力ー。直ぐ暴力ー。ピー、史紀選手退場ー」

左手で笛を吹く素振りをしながら右手で史紀の顔を指さす。

「どこからだよ」

そう言いながら指さす右人差し指を握り、曲がらない方に力を加える。

「痛い痛い! 悪かった、俺が悪かったから」

謝りながら右手を暴君から回収し、左手で隠すように握る。

 「そんなことより、俺達、今日も夜までゲーセンで遊んでたぞ」

「そんなことって何⁉ 俺の人差し指、他人じゃなくて自分しか指せなくなりそうだったんですけど⁉」

「自業自得」

「何様だ貴様ー!」

今度は指を掴まれないように手を開かず、グーを史紀に向ける。

「はいはい」

そう言いながら史紀はパーを出す。

「いや、俺ジャンケンしてたんじゃないんですけど!!」

「勝ちは勝ちだ。じゃあ今からお墓行こう」

「全く意味分からないんですけど……」

「俺達ゲーセンばっかり行って夏なのに夏らしいことしてないじゃん。折角だから肝試しでもしよう」

「嫌ですー。絶対嫌ですー」

「何、翔は幽霊怖いの?」

半笑いで見下すような視線を翔に向ける史紀。

「怖いわ! めっちゃ! 俺が夏嫌いな理由の一つだよ!」

それに対抗する意志は全く見せず、怖いと連呼する翔。

「わかったわかった。でもじゃんけんで勝ったの俺だからな。勝者に従え」

「いーやーだー」

史紀は嫌だと喚く翔の腕を掴み、引きずるようにして墓場へと向かう。

翔の抵抗虚しく、ズルズルと引きずられて行く。

「馬鹿かお前。今お盆なんだぞ! 幽霊とか絶対出ちゃうじゃん!」

「肝を試す前からお前の肝は知れたな。だけど日頃の恨みだ、我慢しろ」

「お前に恨まれるようになことしてなくない⁉」

「……」

翔の言葉は史紀を更に怒らせたらしく、無言のまま引っ張る力が増していた。

「謝ります。謝りますからー」

そう喚く翔を無視して墓場へと二人は向かって行った。



 墓場の入り口に着いた頃には翔も諦めたらしく、喚くことは止めていた。

「怖いわっ!」

喚くことは止めたが、それでも不満をこぼす。

「確かに雰囲気あるな」

面白がって翔を引きずって来た史紀だったが、墓場から発せられるただならぬ気配に怖気付いているようだった。

「お前が連れて来たんでしょ⁉」

「お前が嫌がるから悪いんだろ!」

「完全に逆ギレですよね⁉」

「そうですが⁉」

普段冷静な史紀も恐怖のあまり変になっていた。

 「よーし、ここまで来たなら夏を堪能してやる」

「ちょ、ちょっと史紀さん? 目がすわってますよ?」

「うるさい、行くぞ」

そう言いながら史紀は墓場中へと歩みを進めだした。

「ええい、ままよ!」

翔は諦めたように腹を括り、史紀の後を追う。


 「――」

「――」

二人は恐怖のあまり立ちすくんでいた。

墓場で肝試しをしているのだから、二人は幽霊を見て怯えていると思うだろう。だが二人の視線の先には金色の髪を一本に縛り、墓石に座っている少女がいた。足にも届く程の丈をした上着に、ダボダボなズボン。上着の下は某ネズミの大国の主がプリントされたTシャツ。二人は初めて見たが、あれは特攻服というやつだろう。それを着ている金髪の少女は間違いなくヤンキーだ。

 少女の雰囲気や顔立ちから推測するに、少女は二人より年上だろう。

目の前に年上のヤンキーが墓石の上に座っている状況で怯えない中学生はいないだろう。

善良な中学生にとってヤンキーとは最も避けたい存在である。大人でも特攻服を着ているヤンキーに怯えない人の方が少ないだろう。

 そんなヤンキー少女を見付けた二人は目だけで会話をし、ここらの離脱を試みることにした。物音を立てず、そっとその場を後にしようとする二人。もう直ぐヤンキー少女の付近から離脱出来そうという時、翔がゲームセンターで取ったキーホルダーのチェーンが外れた。慌てて受け止めようとする翔。健闘虚しく、キーホルダーは翔の手をすり抜けて地面へと落ちた。だが、土に落ちたようで大した音はしなかった。

 そっと視線をヤンキー少女へと向けるが、こちらには気付いていないようだった。

「ふう……」

静かに溜息を吐く。気が緩んだのか、キーホルダーを受け止める為に無理な姿勢をしていた翔のバランスが崩れ、そのまま転倒してしまった。翔が倒れると、そこそこ大きな音がした。

「お、おい。この馬鹿」

小声で翔を罵る史紀。

恐る恐るヤンキー少女の方へ再び視線を向けるとヤンキー少女が笑顔で手招きをしていた。


 「アンタ達、こんなところで何してんの?」

いや、あなたの方こそ何してるんですか、という言葉を翔は胸に仕舞って答える。

「いや、えっと、肝試し、ですね」

「肝試し? 不謹慎じゃない?」

怪訝な顔をしながら金髪の少女は二人を責める。いやいや、墓石の上に座ってるあなたには言われたくないですよ、という言葉を胸に仕舞う。

「す、すいません」

凄く反論したい気持ちを抑え、そう答える。

「いやいや、墓石の上に座ってるあなたには言われたくないですよ」

やべ、心の声が出ちまったか⁉ と思ったが、声の主は翔ではなく史紀だった。慌てて史紀の顔を見て、お前は何を言っているんだ! と、翔は表情で責めていた。

「ん? ああ、これ? アタシはいいの」

それが当然のような口調で金髪の少女は答える。

「何が良いだよ」

という言葉を胸に仕舞うつもりだったが、上手く仕舞えず翔の口から漏れてしまった。

「あァん?」

「すいません!」

翔は反射的に土下座をして謝罪していた。それは武士もビックリの綺麗な土下座だった。

翔も生まれて初めてこんなに綺麗な土下座をした。無意識の内に取った行動なので、もう一度やれと言われても多分出来ないだろう。

「……めっちゃ綺麗な土下座ね」

「情けないぞ、翔」

金髪の少女は若干引いていて、史紀は呆れていた。

「うるさいぞ史紀! これは生存本能に従った行動だ」

翔は土下座をしながら史紀に非難の声を上げる。

「いや、そこまでしなくていい」

金髪の少女は翔に土下座を止るように言う。

「へい、姐さん」

土下座を止めると同時に、金髪の少女の元へ駆け寄り、膝をついて頭を垂れた。

「お前にプライドは無いのか」

史紀は溜息を吐きながら呆れた様子で首を振る。

「姐さん、アイツ生意気ですね。やっちまいやしょうぜ」

「翔はどっちの味方なんだ」

「姐さんに決まっているだろう」

「ふふふ、お前面白い奴だな」

「はっ、有難き幸せ」

腕を胸の高さまで上げ、拳を作り胸に当てる。

「お前はその人の騎士か何かなのかよ」

「当然」

 一連のやり取りを見ていた金髪の少女がお腹を抱えて笑い出した。

「ふふ、面白い奴等だな、お前達」

史紀と翔は不思議そうに顔を見合わせていた。

金髪の少女はしばらくお腹を抱えて笑っていた。

「はー、笑った笑った。一生分は笑ったな」

金髪の少女は目に涙を浮かべていた。そこまで二人のやりとりは面白かったのだろうか。

 金髪の少女が落ち着くまで二人は待っていた。手持ち無沙汰だった翔は先程落としたキーホルダーを指で回して遊んでいた。

「あ、それ! アタシの好きなキャラ!」

涙を拭っていた金髪の少女が、翔のキーホルダーを見付けた。金髪の少女もネズミのキャラが好きなようで、Tシャツを着ているのも、それが理由だった。

「お、姐さん。お目が高いですね。それでは、こちらは姐さんに献上しましょう」

「え、マジ? いいの?」

翔は弄んでいたキーホルダーを金髪の少女に手渡す。

「何気に異性の子から何か貰ったの初めてなんだよね」

キーホルダーを見つめながら金髪の少女は微笑む。

 その横顔に翔は見惚れていた。

「なんだ、お前。この人みたいな人がタイプなのか?」

史紀が小声で話しかけて来た。

「いや。そういんじゃないぞ?」

一目惚れなんて信じてないし、よもや自分がそんなことになる訳ない、と翔は思っていた。

「うんうん、気に入ったぞ、お前達。明日もここに来い!!」

腰に手を当てながら金髪の少女が胸を反って命令する。

「ははっ!!」

またも反射で翔は膝をついて敬礼していた。そんな翔を見て史紀は手を開き、首を振って呆れていた。



 「なんで夏休みなのに学校へ行かないといけないんだ……」

独り言ちりながら通学路を進む翔。

「夏の良い点としては夏休みという大型連休があることだろ? その利点を潰しちゃうってどうなの? しかもお盆初日だぞ」

登校日に対する文句を口にしながら翔は通学路を歩く。

「それにしても暑すぎだろ……このままじゃ地球も沸騰しちゃうぞ」

額を流れる汗を制服の袖で拭い、恨めしい目を太陽へと向けるが、眩し過ぎて直ぐに視線を地面へと戻す。

「ちっくしょう、あんたはまさに太陽みたいな奴だな」

太陽に向かって太陽みたいと形容するのは翔くらいだろう。文句を言いながらダラダラと歩き、学校へと向かっていった。


  「おはようー」

「うーっす」

「おはよー」

教室に入りクラスメート達と挨拶を交わす。クラスメート達は皆自席に着いて本を読んだり勉強したりと各々好きなことをしていた。だが、席を立ち友人と談笑をしているクラスメートは誰一人としていなかった。

 「おはよう」

「おっすおっす」

自席に向かう途中で同じクラスである史紀と顔を合わせるが、挨拶をするだけで会話をすることはなかった。

 翔は窓際の一番後ろという特等席に着き、鞄を下ろす。ポケットに手を突っ込み、足を伸ばしてくつろぐ。

 夏休みの登校日という少し特殊な状況であってもクラスの雰囲気は変わらない。誰もがクラスメート達に気を許しておらず、皆が皆、他人に対して良い顔をしている。まるで接客業のように。もちろん翔も例に漏れず、クラスメート達に良い顔を向けている。恐らくクラスメートの中で友人関係を築いているのは翔と史紀だけである。

それは間違いないと言っても過言ではない。その二人が例外なのは史紀が転校生だからである。

 友達と遊ぶということをしない翔達の学年は一人で遊ぶことを好んでいる。ネットゲームやSNSといった顔を見合わせない友人を作っているクラスメートはいるかもしれない。だが、翔はそういった表面上の付き合いを極力避けて来た。家で友達と遊ばず引きこもっていると両親が心配するという理由で、小さい頃からゲームセンターに入り浸っていた。その時に翔が熱中していたゲームで対戦したのが、転校して来たばかりの史紀だった。

 翔はクラスメートとの付き合いは気疲れもしないし、不快な思いもしない、ということで好んでいたが、それでも心のどこかで人恋しく思っていたのだろう。史紀は史紀で転校したばかりで友達が欲しかったのだ。そんな二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。

 史紀が同じクラスに転校して来ると知っていたら翔も距離を取っていたが、まだ史紀が学校に通う前だった。だからクラスで史紀が転校生だと紹介された時、翔はえらく驚いた。関係を断ち切ろうとも考えたが、遊んだ時の楽しさが忘れられず、学校では表面上の付き合いをするというところで落ち着いた。

 史紀は史紀でクラスメート達のよそよそしさに戸惑っていた。史紀は両親の仕事の関係で転校が多く、転校初日はクラスメートからの質問責めにあうことがほとんどだった。だが、今の学校は誰も史紀に話しかけて来なかった。今朝と同じように自席に座って各々好きなことをしていた。

 史紀自身も、また転校するという考えを拭えなかったため、積極的に友人関係を作ろうとは思わなくなっていた。だからクラスメート達と同じように距離を取って表面上の付き合いをすることに、大きな躊躇いは生まれなかった。

 

「皆、夏休み中に悪いな。午前だけで終わるから我慢してくれ。今年、皆は受験生だからな。それに関する案内と説明だ」

担任が教室に入って来て、簡単な謝罪と今日の目的を説明した。プリントを配り、慣れた様子で受験について説明をしていく。それを心ここにあらずといった様子で翔は聞いていた。

 頬杖をつきながら外の景色を何とはなしに見渡す。雲もなく、澄み切った空に眩しい程の太陽。史紀はこれが夏の良さだと言うが、それは夏の一面だけだろう。虫がうじゃうじゃといるし、陽射しも強くて日焼けも痛い。それに幽霊とかも活発になる、のか? あれ? 冬って幽霊はいないのか? と翔は思っていた。いや、止めよう。年がら年中幽霊がいるかもしれない、と考えるのは怖すぎると思い、翔は思考を停止することにした。

 幽霊といえば、昨日の金髪の少女を思い出していた。今日の夜も墓場に来いと言っていた。この嫌いになれない、つまらない日常を壊してしまいそうな気配に不安と期待が入り混じっていた。


 学校は午前で終わってしまったので、夜まではまだ時間がある。

そうなるといつものように翔と史紀はゲームセンターへと向かう。

「おい、翔。今日の夜、墓に行くのか?」

「おう、そのつもりだ」

翔の言葉を聞き、史紀は渋い顔をした。

「止めといた方が良いと思うぞ」

「うん? なんで?」

「なんでってお前。そんなの決まってるだろ、危険だからだ」

史紀は翔を指しながら、そう答える。

だが、翔はピンと来ていないようで首を傾げていた。

「わからないのか? まずヤンキーは危険だ。というか積極的に関わるべき人種じゃない」

「でも、そこまで悪い人じゃなさそうだったぞ?」

「はあ。クラスだと友達とか人間関係を作ろうとしないのに、どうしたんだ?」

「いやいや、クラスは集団生活だろ? 個人的に友達になる分にはセーフだろ、史紀みたいに」

「そう言われると弱いんだけどな」

頭を掻きながら史紀は困っていた。

翔は翔で、史紀が何故止めようとしているのか理解出来ないでいた。

「ヤンキーって基本的に集団でいるだろ? 新しい集団生活に巻き込まれるかもしれないぞ?」

「うーん、そうなると話は変わるな」

翔は腕を組みながら唸っていた。

「確かにあの人は良い人かもしれない。でもそのグループが良いグループとは限らない。ヤンキーってのはそういうものだろ?」

「うーん、まあ、確かに……」

集団のことを話すと翔が躊躇うと分かった上で、この話しをするのは卑怯かな、と思ったが、史紀が翔を心配しているのは本当のようだ。

それは翔も分かっているようだった。

「うん、まあ、そうだよな。君子危うきに近寄らずって言うしな」

「お前は君子程、賢くはないけどな」

「うるさいやい!」

翔はそう言いながら史紀の肩を軽く殴る。

 史紀の言う通り、つまらない平穏な毎日の方が良いに決まっている。翔はそう思い、昨日のことは忘れることにした。ふと浮かんだのは金髪の少女の横顔だった。


 「お前、ホントUFOキャッチャー好きだよな。下手なのに」

「うるさい!! 昨日も言ったが、プレイする楽しみを買ってるって言ってるだろ?」

「余裕かましているけど、もう千円使ってるぞ」

「ぐぬぬ」

翔は腕は組みながら渋い顔をしている。

「あと一回で取れるから!! 黙って見てろ」

「はいはい」

史紀はそうやって翔を煽って遊んでいるのだ。翔は結構感情的な人間なので、直ぐにムキになってしまう。

「あ……」

翔は操作を誤ったようで、狙っていたアヒルの縫いぐるみを通り過ぎてしまった。クレーンはそのまま無常に降下していく。過ぎて行ったクレーンはアヒルの縫いぐるみにそっと触れ、横に倒しただけだった。

「あーあ」

史紀が声を上げた瞬間だった。倒れた縫いぐるみは隣のネズミの縫いぐるみを押し倒し、ネズミはそのまま穴へと吸い込まれて行った。

「ほ、ほらみたことか!!」

翔は動揺しながら縫いぐるみを取り出し、史紀の前に掲げる。

「完全にマグレだろ」

「違いますー。狙ったんですー。俺くらいになると出来る高等テクニックですー」

 翔は取った縫いぐるみをマジマジと見つめる。

『あ、それ! アタシも好きなキャラ!』

チープなキーホルダーを貰って、子供のように喜ぶ金髪の少女を思い出した。

 忘れようとしていた横顔が鮮明に浮かんで来た。こうなったら忘れようと思っても忘れられない。もしかしたら本当に一目惚れをしたのか? と、無言のまま縫いぐるみを見つめて考える。

 「どうした? そんな真剣な顔をして」

「ああ、いや……」

史紀に声を掛けられるまで、しばらく固まっていた。

 『うんうん、気に入ったぞ、お前達。明日もここに来い!』

「明日も……か」

翔は縫いぐるみに頷き、決意を固めた。そのまま翔は出口に向かって歩き出した。

「お、おい! どこ行くんだよ翔!」

史紀は無言で歩き出した翔を慌てて追いかける。煽りすぎて怒ったかな、と史紀は少し心配になった。

 史紀の声が聞こえていないようで、翔はどんどん歩みを早くする。

 外に出ると既に陽は落ちていて、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。

 翔はゲームセンターから飛び出ると、そのまま全速力で走り出した。

「マジでどこに行くんだよ⁉」

史紀は慌てて翔を追いかけて行く。

 「おいおい、まさか……」

翔が進む方向は昨日行った墓場の方向だった。


「はあ、全く」

史紀は諦めた様子で走る速度を落とし始めた。翔の行き先は分かったから慌てて追いかけなくても大丈夫だと判断したようだ。



 翔が墓場に着くと、金髪の少女は昨日と同じ墓石の上で膝を抱えて座っていた。

 「はあ、はあ」

翔は息を切らして金髪の少女の前に立つ。翔に気付いた金髪の少女は顔を上げず、腕の隙間から視線だけ向け翔を見ていた。翔は息を切らし、無言のまま先程取ったばかりの縫いぐるみを両手で掲げた。

「姐さんに、はあ、献上する、はあ、品を、持って参り、ました」

息も切れ切れに、それだけ告げ固まっていた。

 それを見た金髪の少女は、ようやく顔を上げた。

「ふん、遅いぞ!!」

そう責める金髪の少女の表情は柔らかかった。

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