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よつば1

 端的に言えば、僕は今とても困っていた。

 名前は香坂ひろみ、ひらがなでひろみだ。社会人四年目、年齢は26、文系の大学に進み、そのまま就活をし、印刷会社に入社した。身長は170ないくらいで、体重は70を超えることはない。あまり運動はしないが、そんなに食べないせいか、太ることは少ない。趣味であり、副業のペンマスターが祟り、目が悪く、めがねをかけている。兄弟は姉が一人、両親は二人とも忙しく、世界中を比喩ではなく飛び回っている。僕については、こんなところだろう。

 僕は自慢ではないが、女の人と付き合ったことはなかった。これからもあるか、大いに不安だった。最近は年齢があがってきたせいか、女の子とも上手く喋れない。挨拶をされる以外に話しかけられるなんてことは殆どないのだけれど。

 そんな僕の目の前にいるのは、小学生くらいの女の子。聞けば、小学校にあがったばかりだという。黒々とした髪をツインテールに結び、怒っているかのような顔で僕のことを見上げている。春先ということもあってか、クマのプリントされた薄手の白いシャツと、短めのピンクのスカートを履いていた。背中には、リュックサック。もしかしたらどこかに泊まりにいくのかもしれない。……なんて現実逃避もしたくなる。

 「じゃあ、お願いねぇ。もう頼めるのひろみさんしかいないのよ」

 そういって去ろうとするのは、この少女を連れてきた僕よりだいぶ年上の女性。言ってしまえば、おばさんと形容することができるかもしれない。おばさんというと目の前のこの人は怒るかもしれない。まだそんな年じゃない、と。それでも僕でさえ小さな子供たちから見れば、おじさんと呼ばれることも時々あるように……うん、現実逃避をするもここまでにしよう。

 目の前にいるのは、なんと僕の姪にあたるらしい。この子に会うのは二回目で、前の時は姉の葬式の時だった。両親と女の子の三人で、家族旅行に行って、トラックとの事故に遭ったらしい。交差点での事故だったそうだ。フロントのみ大破。後部座席も一部はつぶれたが、奇跡的にこの少女の座っていた場所に関しては全くの無傷。エアバックは作動したが、助手席に座っていた姉は座席が歪み、窒息した。運転席はもっとひどく、トラックが食い込んで即死、痛みを感じる暇もなかっただろうとのことだった。

 少女は事故の後、益々をもって無口になってしまった、らしい。自分の名前さえ満足に名乗らない。周りの大人たちは口を開けば「事故のショックね、かわいそうに」という。葬式で見た光景なのだから、間違いない。口々にかわいそうという大人たちの言葉を聞くたびに、少女の目線は下がっていった。

 そしてなぜ僕の前にその件の少女がいるかということだが、おばさんの話をまとめるとこんな感じだった。

 まず可哀そうに思った親戚たちが最初は順番に面倒を見るという話になった。しかし、少女は話さないし、心を開くこともない。いくら話しかけても、親切にしてやっても目を見ることすら殆どない。それでたらいまわしに回されて、今に至る、ということらしい。

 自分に心を開かないから面倒を見るのをやめるというのも相当だが、一人暮らしの、成人した男のところに年端もいかない女の子一人という状況をまずいと思って止める人は親戚には一人もいなかったのだろうか。それとも僕がそれだけ信用されているのか。……親戚との接点がほぼない僕に対して、信用に置かれる理由はないので、後者はないだろうが。

 それというのも僕は親戚連中があまり好きではなく、正月か葬式くらいしか顔を出すことはなかったからだ。実際、月に一度くらいの割合で懇親会などというものを開いているらしく、昔はよく誘われたものだが、いつも断っているうちに誘われなくなり、そのまま疎遠になっていた。

 とにかく、そんなわけで僕はとても困っていた。子育てなんかしたこともない、法的な手続きとして、僕が後継人? 代理人? になっていいのかすらわからない。そもそも、自分のガールフレンドよりも先に自分の子供でもおかしくないような子との同居ということが、あまりにも現実離れし過ぎていた。しかしもう既におばさんの背中は遠く、ここにいるのはリュックを背負った不機嫌そうな少女と、僕だけ。

 そうして僕と彼女の、いびつな同居生活が始まった。

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