5 ティーパーティーの準備です
この国のもう一つの権力者、『帽子屋』の本拠地のお屋敷。見た目が立派(ちょっとだけ廃墟に見えるけど)だったので中もさぞかし素敵だろうと夢見てアットの後をついていく。
――だが。
重い屋敷の扉をくぐり、私はつい叫びそうになった。屋敷の中に溢れ返りそうなほど積まれているカラフルなその物体を指さし、何気なくスルーしようとするアットとアルクに声をかける。
「何でこんなに帽子が山積みになっているわけ?」
よくもまあ倒れないと思う。
ポーラーハットに麦わら帽子、キャップにベレー帽、シルクハット……さまざまな形と色の帽子が廊下の端に寄せられたその異様な光景に、私は眩暈がして頭を押さえた。
「私はこの国の権力者とともに帽子屋だ。この帽子だって売り物だ」
そう言って、自分の被っているド派手なシルクハットの鍔を抓む。
「じゃあ売ってくれないかしら? 何円?」
「残念ながら閉店時間だ」
何時から何時までお店が開いているのよ、と訊いてみたも返事が返ってこない。
「……まあいいわ。それにしても、こんなごっちゃごちゃのお屋敷のどこでお茶をするって言うの?」
「ごちゃごちゃとは最高の褒め言葉だな。しかし、オアを探さなくては……まあ、どうせあいつはどこかで寝倒れているんだろうが」
きょろきょろと周りを見回すアルクに、耳をぴくぴくと動かすアルク。それを見てニコニコと笑っているエシル。
あの二人は忙しそうだったので、警戒をしながらエシルに「オア」がどんな人なのか聞いてみる。
「……オアって誰?」
「うーん……ネズミちゃん?」
ネズミ……。
ああ、また意味の分からない獣さん達が増えるのかと思うと頭が痛い。
「……で? 行き倒れならぬ寝倒れって何?」
寝室と書かれたプレートの掛かった大きめの部屋のドアを開け、ベッドの上を見ずに床やクローゼットの中を探し回る二人。その二人を首を傾げながら見てもう一回質問をする。
「彼は『眠りネズミ』。夜行性で昼間はもっぱら寝てるから、意味不明なところで寝てる時が多いんだよねー。しかも起こされるのが嫌いで隠れてるの」
何だその若干迷惑なネズミは。
それでも天井を物干し竿でつついている彼らの行動の意味が分かってすっきりする。うん、変な人たちじゃなかった。
「でもさー……俺猫だから、分かっちゃうんだよね、彼の居場所」
鼻を長い人差し指っでつつきながら、得意げな笑顔で反対の手を腰に当てる。
猫って嗅覚よかったっけ……?
「どこだと思う?」
「さあ……案外ベッドで寝てるかもよ」
「ブブー。ふせーかい。という訳でアリスは今夜、」
ぎゅむっ。
私に思いっきり足を踏まれたエシルは、涙目で声にならない悲鳴を上げる。
「ったぁっ……アリス酷い……。あ、それと足気を付けてね」
「足元……?」
ぎゅむっ。
なんとなく一歩後退した時、足元に何かやわらかいものを踏んだ感触。
何だろうと思って下を見ると、白いロングTシャツが広がっていた。
「……布……?」
誰の服だろう。にしても何だこれ。七分丈のズボンに、ブーツまである。ほら、上まで行くとネズミ耳を生やした灰色の髪まで……、
「って人ぉっ!?」
「そう、『眠りネズミ』のオア君です」
オア、と聞いてアットとアルクが「いたか」と言って駆け寄ってくる。……床にいて気が付かないって、結構すごいことだと思うんだけど……。
しゃがみ込んで彼を観察していると、背後からアルクの慌てた声が聞こえた。
「アリス、起きる前にオアから離れとけって」
「え? 何でそんな事」
「五月蠅い」
しゅん。
私の声はおそらくオア君の声であろう綺麗なテノールと、顔の近くで何かが通過する音によって遮られました……。