4 危険回避
「はあ?」
呑気な一言が彼の口から出て、私は思わず空を見た。相変わらずのどんよりとした灰色の空が絵具をべたっと塗ったように広がっている。
まったくいい天気には見えないんだけど……。
意味が分からなくて首を振ると、説明するように声がかかる。
「いい天気の基準は人それぞれだ。もし雨の天気が好きな人は台風のような豪雨を『いい天気』と言うかも知れない。そうだろう?」
「……ええ、……そうかも知れないわね」
何だか良い様に言い包められている気がする。思わず頭を押さえた時、アットから衝撃の一言が飛び出た。
「今日はアリスの誕生日だ、アルク」
「……はぁっ? 私、貴方に誕生日を教えた覚えないわよ?」
「君は記憶がない。だったら今日は君の『誕生日かも知れない日』だ。という訳で、とびっきりのプレゼントを君に与えてあげよう」
そこで、ウェーン様も慄くような冷酷な笑みを浮かべ、帽子の鍔をくいっと上げた。
「チェシャ猫を殺せ!」
ぱんっ!
一秒もしない間に、拳銃の口から小さな鉛玉が吐き出された。
これから起こる悲劇を予想し、目を逸らそうとするが逸らせない。瞬きをする時間もない。
「きゃっ……」
私の口から小さな悲鳴が上がった時、エシルの口元がにやりと歪んだ。
す、と顔を小さく逸らして弾を避ける。体の動いた速さに追いつけなかった、彼の時折紫の交じったピンクの長髪の中に、黒い鉛が突入しすぐに出ていく。
「なっ……!」
びっくりしたように声を上げたアルクの方に、猫のようにしなやかな動きで走って来る。
「捕まえた」
言葉は可愛らしいものなのに、ぞくりと背筋が凍るような低い声で囁いた。
そのままエシルはアルクの銃を持っている手をつかみ、ぐりっと捻る。苦悶の表情を浮かべ思わず銃を落としたアルクは、まだ武器があるのかジャケットの胸ポケットに手を突っ込む。
「あれ、どんだけ持ってんのさー。物騒だなぁー」
緊張感のない一言を吐き出し、笑みを崩さないままペラりとスーツの裾の部分をめくり、お腹にずらりと並べられたナイフを一つとった。余裕そうに柄を持ちクルリと一回転。
そしてそれをアルクの首に向かって突き出す。
「ちょっ、待って馬鹿エシル!」
「俺馬でも鹿でもないけど……」
思わず叫んだ私の方にエシルの注目が向いたとき、私はアルクの腕を引っ張って危険を回避させた。
「これ以上やったら本当に死んじゃうわよ! 人……ウサギ殺しになるわよ!?」
涙目で熱弁するも、彼には分らなかったらしい。心底難しそうな顔をして、首を傾げた。
獣のようにふーっと唸っている私に、アットが説明をする。
「アリス、この男に――いや、この世界の住人に命の大切さを伝えようとしても無駄だ」
「……は?」
訳の分からない一言が飛び出て、目を見開いた。
命は大切じゃない。卵が割れたら元に戻らない様に、人も死んだら元に戻らない。……あ、まさかこの世界の住人は獣耳を生やしているから、人じゃないとでも言うつもり? 実は無敵?
「……おい、なんか変なこと思っていないか?」
考えていたことがもろばれだ。
「思ってないわよ」
「ってゆーかアリスー、続きやらせてよ。これじゃ元殺し屋の名が廃るって言うか……」
「殺し屋ぁ!?」
何だこの猫。殺し屋って言ったよね、聞き間違いじゃないよね。
思わず声を荒げた私に、「やっと振り向いてくれたー」と喜んでいる様子のエシル。耳がピコピコ動いたのは何故だ。
「すごくない? 俺殺し屋だったの」
「わあ凄いですね流石です」
「アリス後退してない?」
「気のせいですよあはは」
「凄く棒読みなのは何で?」
「さあ紅茶を淹れよう。アルク、オアを連れてこい」
私たちの会話を見事にスルーして、アットが屋敷の中に入る。その後を、ウサ耳を忙しなく動かしながら追いかけるアルク。
「私も行こうっと」
小走りで後を追いかける。
「ちょっとアリス待ってってー」
部活から帰ってきました^^
明日の分も書いちゃいます><
火曜日と木曜日は塾なので更新できない場合があります