4 最後には、
その瞬間、空気が固まった。今までの楽しげな軽いものとはかけ離れた、どんよりとした、肌にまとわりつくような。
瞬間的な変わりように、私は目を細くする。
「……その質問には、肯定も否定もできかねます」
何か言おうと口を開いたアビは、背後からウェーン様が睨んできているのがわかったのか、すぐに口を閉ざしこういった。その答えに満足いかない私は、となりで拳銃を弄んでいるエシルに声をかけた。
「ねえ、エシル」
「何?」
「……なんでもない。じゃあ早く殺して」
拳銃がすっぽりと収まっている、エシルの右手を頭に引き寄せる。こつ、と言う小さな音がしてこめかみにぶつかった。
かた、と震えだすエシルの腕。
つまらなそうにこちらを見てくるウェーン様。
無表情で唇を噛むアビ。
目を見開くイグとディーダム。
ぎゅ、と目をつぶるオア君とアルク。
そして。
「………………」
アット。
深くかぶった帽子の鍔で表情は分からないが、ちらりと見える口元は引きつっていた。
「……?」
気になったので声をかけようとしたとき、ウェーン様から声が降ってきた。
「これより、アリスを殺す! 原因は『チェシャ猫』を愛したBad Endだ! 『チェシャ猫』、準備はいいか?」
「…………はい」
小さく震えるエシルの声は、掠れていて今にも消えてしまいそうだった。今ではふわふわの髪に顔が隠れてしまって表情はよく見えない。
いつの間にか周りの空気は澄んでいて、ひとつの波紋もできていない。
ああ、大好きだったよ。ううん。大好き。
かちりと安全装置が外れる音を聞きながら、胸の前で手を組む。天国に行けるように、これくらいのことはさせて欲しいものだ。
「――発砲」
重く宣言された次の瞬間。
「……っ、アリスっ!」
ぐい、と腕を引っ張られ、そのまま立ち上がる。どうやらエシルに引っ張られているようだ。
「おい、猫……っ、」
後ろではウェーン様の焦った声。アビの「あの二人を捕まえろ」と言う声も聞こえる。
ねえ、私はどこに連れて行かれるの?
聞くまでもなくたどり着いたのは部屋の隅。ふかふかの真っ赤なカーペットをぺろりとめくると、ツルツルでピカピカに磨かれたタイルが顔を出した。――まるで、「待ってました」とでも言いそうな。
そのタイルの一つを力強くおしたエシルは、ニコリと優しく微笑んだ。よくわからないけど微笑み返す。
「っくそ、早く!」
アビの悲鳴に似た声を最後に、さっきまであったタイルが、いつの間にか黒い穴に変わっていた。人一人が通れるくらいの大きさで、底は全くもって見えない。ただの黒い闇が絵の具で塗ったようにベッタリとついているだけだ。
「これを抜けると、アリスは元の場所に戻れる」
「待って、私は――」
「早く」
どん。
背中を押され、支えを失った私はよろける。しかし、地面につくと思った右足は不安定だった。
「待って、待ってって!」
落ちる。
真っ逆さまに、落ちていく。
「バイバイ、アリス」
最後に見た笑顔は、今までで見たことのないものだった。
――ねえ、君は本当に私のこと、
「ううん、大好きだったよ。アリス」
その言葉は、一体どこに向けられているのかしら。
ながーく連載していた(?)どぅゆありですが、遂に次回最終話です
最後にロマンを詰め込みました←




