1 これはきっと、
「姉さん」
てくてくと小さい足を懸命に動かし、金髪の綺麗な女性――姉さんのところに駆ける。私はまだ幼く、五歳の差は大きい。ふわりと姉さんの頬にかかった髪の毛は絹のように細く、きれいだ。ふわふわのエプロンドレスをうっとおしく思いながら、彼女のフレアスカートをちょい、と引っ張る。気をひかせるための手段。これをやると姉さんは困ったような笑顔を浮かべて、私に目線を移すのを知っている。
小さめに作られた居間の暖炉はほとんど飾りのように思っていたが、アンティーク好きのお母さんがお父さんに我が儘を言って今日限りで火をつけてくれた。ゆらゆらと影をつけて揺らめく炎があるだけで、住み慣れていたはずの自分家も違うように感じる。
「姉さん」
「なぁに。おかしい子ね」
くすくすと手を添えて笑う姉さん。私がしたことのない綺麗な仕草にうっとりする。
小さい頃から、姉さんはみんなに愛されていた。
頭も良く、運動神経もそこそこ。面倒見がとても良くて細かい気遣いができる姉さんは、この家の自慢だ。私なんか到底及ばない。せめてもの抵抗で背中の真ん中あたりまで伸ばした髪だって、私はくすんだ栗色。綺麗な金髪ではなかった。お父さんの血が強いのだろうか……。お父さんの馬鹿。
「ねえ、ダイナ知らない? 寒いから抱っこでもして暖まろうと思ったのに、どこにもいないの」
「……さあ。キティもいないから、二人でどこか行っているんじゃないかしら? スノウドロップならいるんだけど……」
「じゃあスノウドロップでいいや。どこにいるのかなぁ……?」
「寝室のベッドの上よ。しかも私のベッドの上」
困ったもんだわ、とため息混じりに続けた姉さんは、近くの椅子に座り読書を始めてしまった。面白くない。温まるのも優先だが、今は姉さんの方が優先だ。私は隣にある椅子に座り、読んでいる本をのぞき見た。
「なんて本?」
「あなたにはまだ早いと思うわよ。だって挿絵も会話文もないんだもの」
ニコリと笑いながら本を見せてくる。確かに文章がつらづらと綴られているだけで、一文字読むだけで飽きてしまいそうだ。
「……そんな面白みのない本、面白いの?」
「面白いわよ。あなたがあと一年経ったらこの本あげるわ。きっとその頃にはよさが分かっているはずよね」
「無理無理、あと一年経ったって私まだ17よ? やっと教科書が理解できる頃じゃない?」
あなたねぇ、と苦笑いを浮かべた姉さんは、そういえば、と話をそらす。
「寒かったんじゃないのかしら? 早く暖まらないと風邪ひくわよ? スノウドロップもひとりで可愛そうだし、連れてきてあげて頂戴な?」
最高の笑顔を浮かべた姉さんは、私使いがうまい。
「スノウドロップー」
寒、と言いながら入ってきたのは寝室。今はお母さんとお父さん、二人共仕事で今日は帰ってこないらしい。いつもならお母さんが整頓してくれる私のベッドの上が、今朝起きたままの悲惨な状態で保っている。
そんな目も当てられないベッドの上に、ちょこんと丸くなっている猫が一匹。スノウドロップだ。
「いたいた。早く行こうスノウドロップ。私寒くて死んじゃう」
よいしょ、と掛け声つきで抱え上げる。とくとくとくと私より早い鼓動とともに、猫の高い体温が服越しに伝わってくる。じっと目を閉じているから死んだんじゃないかと思った。よかったよかった、ちゃんと生きてる。
「じゃあ帰りましょうか」
喉を撫でながら部屋を出ようと一歩踏み出したその時、するりと私の腕から脱出したスノウドロップが、奥にあるドレッサーの裏に潜り込んでしまった。
「……どんだけここが好きなのよ。早く行きましょうよ」
全く、世話が焼ける。
ドレッサーの裏に手を伸ばした私は、猫とは違う硬いものに触れた。
「え、なに?」
不思議に思って掴んで引き出す。む、虫だったらどうしよう……。
「…………なにこれ、アルバム?」
出してきたのは大きめのアルバム。私の家族は写真というものをあまり取らないので、アルバムなんて珍しい。しかも結構高そうだ。
「アルバムにするほど写真なんてとってたっけ? まあいいや。見てみよう」
表紙をまじまじと見つめながらいう。気がつくとそばにダイナとキティが擦り寄ってきた。スノウドロップも目を細めながら出てきて、私は三匹の猫に囲まれているという不思議な状況。
「なー」
となりでダイナが鳴く。それからてし、とアルバムの上に手を乗っけて、じっとこっちを見てきた。
――まるで、見てはいけないというように。
「……なによ。私は見るわよ。止めないでちょうだい」
無理やり腕を横にずらし、重い表紙をゆっくりとめくった。
年賀状の時期になりました^^
まだ買ってないなんて言えない←




