2 君たちと僕
「っ、アット!」
その綺麗な指がゆっくりと折れていく光景をどこか他人事で見ていると、隣から切羽詰まった声が聞こえ、ずんと現実に戻された。ごくりとなる喉に、冷や汗が頬を伝って床に落ちそうになる。足がすくんで動けない。誰か、誰か私を、
「アットぉぉぉぉっ!」
どん、と横から体重がかかる。耳元でぱひゅ、と言う軽快な大きい発砲音が鼓膜を震わせ、瞬きを数回、ぱちぱち。何が起きたか分からない。今迄さんざん直面してきた「死」が今になって恐ろしくなってきたのだ。そう、この紅い液体も、吐くことすらもったいなくなるほど見てきた――……。
「…………ん? 血……? 馬鹿な、私は何処も怪我をしていないはず――……」
顔を顰めながら掌に付いた赤黒い血液を眺める。焼けるような痛みは何処からも発生していない。不思議がっていると、やけに重いと感じる足の辺りで聞きなれた声がつらそうに唸った。
「……う……あっと……無事、か……?」
見ると、暗めの金髪の間から血を流し、いつものようににへらと笑う、自分の大事な部下の姿。ふわりとした危機感のない表情とは裏腹に、ごつごつとした大きな掌はぎゅ、と彼のジャケットを強く握りしめている。血の気を失っている顔は青どころか白で、黄色の瞳が不安そうにきらりと揺れる。
重症なのは見るだけで分かった。きっと頭をかすったのだろうが、血の量が半端ではない。毒でも塗られていたのだろうか。
「……いってぇ……」
目にかかった血を拭うくらいの気力はまだあるらしい。ゆっくりと手を目に持っていき、鉄の匂いのするそれを弱弱しく拭う。
「……外しましたか」
おい、大丈夫かと声をかけようとしたとき、忘れていた存在が残念そうに声をあげた。舌打ちと言うオプションまでついている。
「まあ、次は外しませんが。……それか、そのドアを通してくれますか? 僕は早くアリスを殺したいだけなので。それに、アルクが機能停止な今、アットが不利なのは目に見えてますよ」
弾が切れたのか、右手の拳銃に弾を補充しながら言う。言っている事はムカつくが、どっちにしろ事実だ。自分はこのステッキしか使えない。しかもアルクを人質に取られたら――? ぞくり、と背筋が凍る。「人の命なんかガス風船よりも軽い」と揶揄されるこの世界でも、やはり彼が死んだら悲しい、と自分らしくことを考えていると、アットの眉間に冷たく、固いものが押し当てられた。
ああ、もう嫌だ。本当に今日は最悪な日だ。
勘弁してくれ、とホールドアップしながら、アルクを抱えアットは部屋の奥にあるベッドの上に移った。アリスには悪いが、どうも自分はこういうことに向いていない。
「……どうせあいつにはたくさんの騎士がいるから大丈夫だろうな……」
こんなのは言い訳にしかならない。だから、せめて――。
「……おい、アビ」
素早くドアの方に踵を返していたアビに向かって、声をかける。隣ではあはあと掠れた呼吸を繰り返しているアルクに意識を向けながら、ギラリと睨んでから問いかける。
「お前はアリスが嫌いなのか? アビ」
「さあ」
「お前がなりたいのは、アリスの敵か、それとも騎士か――。どっちだ……?」
す、と彼の紅い目が細くなる。少し揺れた瞳をぎゅっと閉じて眉間にしわを寄せる。それからぱちりと目を大きく開け、睨み返してきた。
「僕はもともとアリスの敵です。『白ウサギ』はアリスを殺すんです。……騎士に何て、なれないんです」
ポツリ、と小さく呟いた彼の言葉は、風でカーテンの揺れる音に半分かき消された。そうか、とこちらも小さく返事をしたアットは、隣のアルクに目を向ける。
ふわ、と歩き出したアビのフードが風で揺らいだ。
本当は、なんて。――言えない。
いやぁ、今日合唱コンクールだった星野です☆
なので月曜日振替休日です!
明後日レイクタウンに行きます^^
テンションの高い変な人を見かけたら私だと思っていいです←
ではではー




