13 今日の始まり
「帰ろうか」
ぽつりと口から吐き出た私の言葉は、綺麗な青空に吸い込まれて消えていく。それは見えないはずなのに、私にはわかった。
私の言葉を聞いたのか、エシルが頭の後ろで手を組んだ。そのままゆっくりと木の下から出ていく。
「アリス、帽子屋敷までの行き方分かる?」
分かるわけないじゃない。
「あのねぇ、私貴方に無理やり連れてこられたのよ? 帰れるわけないじゃない」
むう、と唇をとがらせて反論すると、全く反省のしてなさそうな顔で「ごめんごめーん」と謝られた。……あれ? 何だろうこの、自然に上に上がる拳は……。
私が額に青筋を浮かべながら静かに怒りを鎮めていると、エシルが一歩を踏み出した。
「あ、待ってって!」
こいつからはぐれたらもう終わりだ。なんだって周りは木、木木木木……。自分がさっきと違う道を歩いているのかすらわからない。それにしても、何でエシルはこんな所にお墓何て作ったんだか……。
「アリス、おいてくよー?」
くるりと振り返ったエシルがゆるく言った。
「待ってって! 私だって早く帰りたいのー!」
すたすたと早歩きで先に行ってしまうエシルの後を慌ててついていきながら、声を荒げる。届いているのかどうかも分からないが。
胸に残ったもやもやを振り払い、ちらりとお墓を振り返って、いよいよ見えなくなってきたエシルの背中を探しに、地面を蹴った。
「アーリースっ! おっはよう! 爽やかな朝だぜ! ほらほらカーテン開けてー。朝食の用意できたぞー」
次の日。へとへとになった私は途中からエシルに担がれ、それでも何とか帽子屋敷に付いた。それからのことはよく分からないが、兎に角真っ黒の空にぽつぽつと白い星が浮かんでいたのはよく覚えている。……つまりその位歩いていたという訳だが。理由は簡単、あいつが帰りの道を忘れて嗅覚だけで帰ったから。まあ、あそこで死ぬのよりはましだと思おう……。
そんなこともあり、私はぐっすり9時間以上寝ようと思っていた所、爽やかだけど今の私からしてみればうっとおしいだけの声が布団を引きはがしてきた。一気に外気に触れて冷たくなる素肌。それだけではない。カーテンも一気に開かれ、朝だとは思えないほどの太陽の光が部屋に注がれる。閉じた目からも光が瞼をこじ開け入ってくる。
「……アルク! もう、寝かせてよ……」
声を荒げ怒鳴りつけると、相変わらずふかふかの耳をピンと立てたアルクが目を丸くしながら首を傾げた。背後の時計を見るとまだ7時半だ。
「……いや、アリスいつまで寝てるのかなぁー、って」
「……いつまでも寝てたいわよ。今日は寝て一日過ごすつもりよ。外なんて行くもんですか。太陽の光に負けてたまるもんですか」
アルクの手に握られていた掛布団を乱暴に奪い取り、包まる。カーテンも閉めたいけど、そこまで歩くのが面倒臭い。
「寝て過ごすって……オアかよ。ちょっとアーリースー。この屋敷に夜行性は一人で十分なんですけどー?」
「大丈夫。夜も寝てるから」
「違うって! アリス理解するところが違う!」
「もううるさいわよ……いい加減寝させて……」
ぎょ、と一層きつく目を閉じた時、ドアの外でアットの叫び声が聞こえた。
「アリス、アルク、しゃがめ!」
え、何々私この体制からしゃがめないんですけどと反論した声を、ガラスの割れた大きな音がかき消した。
さすがに目を開け布団から出ると、椅子の下に身を隠しているアルクと、無残にも大きく割れた出窓が真っ先に目に飛び込んできた。
「え、なにこれ――」
「っ、無事か!」
ぱちぱちと数回瞬きを繰り返していると、大きな音を立ててドアが勢いよく開かれ、アットが飛び込んできた。ステッキの上の部分がナイフのような鋭利な刃物に変わっている。きっと仕込みステッキだったのだろう。
「……私は無事よ」
「オレもだ。……アット、どういう事だ?」
いつの間にか手に拳銃を握ったアルクが椅子の下から出てくる。「説明するより見た方が早い」とそっけなく言い、アットが窓の外を睨んだ。
「……私の屋敷を壊さないでくれ。……アビ」




