10 雨
「ああそうよねって言うか病気よ病気!」
怒鳴った私にエシルは首を傾げ、手を離す。
「……あ、」
がし。
気が付くとエシルの腕を取っていた私。それも裾を小さく引っ張る力ではなく、大胆に鷲掴みしている。
「…………アリス?」
掴まれた腕を不審そうに眺めながらエシルが私の名前を呼ぶ。
「な、なんでもない!」
くるり、と踵を返した私の後を、首を傾げながらエシルが追いかける。そのまま追いついたのか、私の肩に手が乗せられた。
「……ちょっと、アリス!」
「ああもう、何よ?」
行き成り声を荒げたエシルに眉を顰めながら振り向く。ふわり、と柔らかい髪が頬に当たって、初めて彼の端正な顔が目の前にある事に気が付く。金色の瞳にすっと通った鼻、白めの肌。……今気が付いたけど、意外と中性的な顔立ちだな……。髪も長めだし、頑張れば女性に見えなくもない。
って、なんか近くね?
「な、何? 近いんだけど……」
鼻先が触れ合いそうな距離なんですけど。ここまで来たらアビの事もあるし、危険な香りが……。
思わず顔をこわばらせたのに気が付いたのか、エシルがにやりと唇を歪ませた。目が三日月型になって行く。
「このままキスするか」
「死ね」
「嘘だよ嘘ー。……にしてもさっきまで変だったのに戻ったみたいだね」
「ええそうね。さっさと帽子屋敷に戻りましょう。……日が傾いてきたし、ほら、雲行きが怪しいわ」
どんよりとした分厚い雲に隠れた夕陽が辛うじてオレンジ色の光を降らす。反対側の空は暗く黒い雲に隠れていて、雨が降っていないのが不思議なほどだ。
「ほんとだ」
顔を離し、上を向く。思わず声が出そうになったのは気のせいだろう。
私もつられて上を向くと、おでこにぽつりと雫が落ちてきた。小さなそれは、徐々にじわりと広がる。
「……わわ、降って来たね」
最初は一粒だった雫が、時間がたつにつれ仲間を増やし、大量に私たちの上に降ってくる。タイルに染み込んでまだら模様ができた。
「とりあえず雨宿り……と言ってもここ木しかないんだよね……ふう、どうする?」
「木でもなんでもいい! とりあえずどこかの下に……」
言いつつ、近くにあった大きめの木の下に走る。背後からエシルの走る音が聞こえてきた。
「……ふぁーっ」
目的地にたどり着き、ふるふると頭を振って水滴を落とす。このびしょ濡れのままだと、風邪をひいてしまうだろう。
「タオルとか持ってないよね……」
「寒い?」
体を縮めた私を心配してか、エシルが顔を覗いてくる。猫は水が嫌いとかいうけど、こいつの場合「アリスとくっつくことができるチャンス」と言うオーラをむんむん漂わせている。
「寒くないから」
「またまたぁー。ほらほら、風邪ひいちゃうよ?」
「……分かったから! 上着貸しなさいよ馬鹿!」
にやにや笑いのエシルに負けて、手を出す。奴の着ている白いスーツの上着を貸してもらおう。
「早く、実は寒いんだって……」
「ふぅーん」
ぐい。
感想もらいました!
ありがとうございます^^
今回の回、まったく進まなかったのですが、感想のおかげですごくすらすら行ったのは何ででしょうか←




