2 ありがとうサンドウィッチ
エシルが持ってきたお皿を見ると、真っ白なサンドウィッチが乗っかっていた。一口サイズに切られたかわいらしいサンドウィッチの中身は、卵とレタス、チーズが挟まったものと、苺にクリームが挟まったもののようだ。ほわりと小さく漂ってくる美味しそうな匂いに、私は思わず立ち上がっていた。
「……ぷっ。何してるの、貴女」
「え? あ、えっと、お、美味しそうだったから、つい……」
語尾を濁した私に、エシルがまたくすりと笑った。
「確かに、お腹は減ってるだろうね。後でアットにお礼言っておきなよ」
「アット?」
「うん」
近くの机にお皿を置き、椅子を引き寄せて「どうぞ?」とおどけた様に私の背中をエスコートしながら、エシルが頷いた。アットって料理も出来るんだ……。
椅子に座りながら、「意外」と呟くと、エシルの顔が玩具を見つけた子供のような表情に変わった。……何?
「あははー、アットも見下されたものだねー! ここだけの話、アリスが倒れた日から毎日ご飯作って待ってたんだよ、彼。一日三食。その残りは俺が残さず処分してたからいいんだけど。もうアルクが嫉妬しそうな勢いで毎日毎日サンドウィッチサンドウィッチサンドウィッチ……しかも中身まで一緒。俺もそろそろ飽きちゃったしねー、ほんといいタイミングで目覚めたよ、貴女」
その言葉を聴いて、私の脳裏に毎日淡々とサンドウィッチを作っているアットの姿が浮かぶ。
「……アットのキャラじゃなさそうだけど、まあ、嬉しい事は嬉しい……」
「お礼いってあげなねー。あ、因みにアットの料理って爆発的だから」
え? と聞き返すもエシルの表情は相変わらずニヤニヤ顔だ。首をかしげてはむ、と卵の方をほおばると、口の中に広がる無味。砂を食べているようなその味に、思わず口の中のものを吐き出そうとする。
「くぁっ!? な、何よこの味! 砂? 砂が入ってるの? アットって私に恨みがあるわけ……?」
「ないだろうね。寧ろ愛情たっぷりだよ。ほらほら、吐き出さないのー。はい、もう一口。あーん」
おどけた様にサンドウィッチをひとつつかみ、私の口に持ってくるエシル。あいつの「あーん」も嫌だけど、今はそれよりこの味が嫌だ。濁点つきの悲鳴を上げて、壁際に避難。
それを面白そうに見て、エシルはサンドウィッチを鼻の前に持ってきて、くんくんと嗅ぐ。
「匂いはすごく美味しそうなんだよね。寧ろ食べたいくらいだよ。……でも味は……ものすごく素材の味をガン無視してるよね。俺でも何も感じないくらいだもん」
獣耳を持っている人は味覚も鋭いと聞いたことがある。……それでも何の味もしないとは……どんな調理方法をしてるんだ。
顔に出てたのか、エシルが答えを言う。
「ああ、調理法はまったく普通だよ。俺見たし。パンに中身挟んで切るだけ。ノーマルでしょ?」
そ、それでどう回転したらこんな味になるんだ……?
「でもこれ食べれる奴がいるんだよねー。まずアビ。あいつ胃の中に何か入ればそれで満足だから。次にアルク。アットの信者のあいつにこれ食べさせたらね、作った人の名前も聞かずにぺろりだから。オアはまず食べなかったね。もう知ってたのかな? 女王様は殺されかけたでしょー、イグは俺の姿見たとたん涙目で逃げてったし、ディーダムはまんまとだまされて草むらで仲良く二人で吐いてた。いやーあの二人面白いよ。なんて言ったと思う? 『こ、これが食べ物と思った俺が馬鹿だった……』『もはや次元を超えてるね、ダム……』『そうだねディー……』『うぇぇぇー……』って」
指を折りながら数えて、ディーとダムのところで声まねをしたエシルは、げらげらと笑った。
……まさか、これ全員に食べさせたとか……? そういえば、エシルは「その残りは俺が残さず処分してたからいいんだけど」とは言ってたけど、食べたとは言ってなかったよね……。
……ん? アビ? アビにも食べさせたって事は、仲直りしたのかな?
「ねえエシル、アビと仲直りしたの?」
その瞬間、エシルの肩がびくっと震えた。
「……えっと、会話はしたよ」
きょどきょどと視線が左右に泳ぐ。いつもの笑顔にも元気がない。
「俺がアリスの看病してたら、アビが来たんだ。そこで、少し」
「……仲直りは?」
「結論から言うと、してない」
おい、と脱力した私は、説教でもしようかとエシルを見る。
「あのね、エシ」
「アリスーっ!」
「やっぱ目覚めたんだね。イグの言うとおりだね、ダム」
「そうだね、ディー!」
「ねえ、痛いところとかない?」
「俺らが診てあげようか?」
ばん、と大きな音を立てて、黒髪と紫髪の少年が部屋に入ってきた。
奇跡的に昨日パソコンが生き返ったので更新です
次はいつになるのかな……(遠い目




