7 貴女がスキ――? のキス
「……そんなに知りたいんですか……?」
何の躊躇もなく引いていた引き金から人差し指を引き抜き、無表情で訊かれる。この次の言葉はきっと、「この世界の住人に興味を持たないで下さい」とかだと思う。それでも、私は知りたい。今はこのゲームのキャラクターではなく、普通に彼らと接していたい。
その私の心情を察したのか、溜息を吐きながらエシルが私の頬に手を伸ばしてきた。
「……ごめん。教えてあげたいんだけど、俺から言うと良い訳じみちゃうから。……それと、約束して。この事を訊いても、俺のことを嫌いにならないって――」
「なるわけないじゃない」
頬の手をはたいて落とし、にいっと笑ってやった。彼を嫌いになるなんて、考えられない……と、想うことはきっと危険なんだけれど。
「じゃあアビ、教えてあげてよ。あの最低な人のことをさ」
「……彼女は最低ではありません」
眉間にしわを寄せ、不快そうな顔をしたアビが反論をする。その言葉を聴いて苦笑をし、手をひらひらと振って森の木の中に消えていった。
遠くでも、小さくても目立つピンクと紫を完全に見えなくなるのを待って、アビが唇をかんだ。その端から弱弱しい声がこぼれる。
「……僕が最低なだけです……」
顔は相変わらず難しそうな表情だったが、エシルに向けているのではないようだ。視線は下を向いていた。ココロここにあらずという感じがして、とにかく彼の思考をここに戻そうと、手を振る。
「おーい、アビー」
声をかけると、やっと目に私が映る。「すみません」と言いながら眉間に手を当てた。
「……それでは、あまり乗り気にならないのですが……話しましょうか。過去に、僕達に何があったのか」
ええ、よろしく。と頷いたとき、いきなりじっと、アビがこちらを見てきた。火花が散るかと思うほど熱心に見つめられ、思わず後退。
「……な、何……? 顔に何かついてる……?」
私が開けた分だけ、すっと彼がこちらに近づいてくる。……いや、今は徐々にこっちに近づいてきているような……。
「アリス」
お互いの顔が瞳に映るほど、息が優しく顔にかかるほどの距離までつめられ、熱のこもった囁き声で私の名前を囁かれる。耳元に声と息がかかり、かかった場所から赤くなっていく。
いけない。この状況は非常にいけない。
何か野生的な状況を察知し、後ろに下がろうとするも、がしっと肩をつかまれる。アビのルビーの瞳に自分が映って、もともと赤かった顔がさらに茹で上がる。……そのとき、強めの風が私の髪を揺らした。
「……あ……」
ぱさ、と布切れの音を立てて、アビのフードが彼の背中に落ちた。そのせいで、純白で艶やかなウサ耳が私の頬に触れる。
「…………っ、」
目の前で揺れたウサ耳を一瞥してから、この場に関係なさそうな質問をしてきた。
「アリスは、『白ウサギ』のルールを知っていますか?」
……今?
勿論、私は知らない。『白ウサギ』どころか、『アリス』のルールだって未だに疑わしい。と言うわけで、首を横に振る。
「……そうですか。では、『この世界の住人はアリスを盲目的に愛する』とは聞いたことはあります……よね?」
それくらい知っている。いろんな人に言われたので、さすがの私でも覚えている。なんとなく理不尽なルールだ。
勿論、と言う顔で首を縦に振る。
「…………ですがアリス。みんながあなたに一目ぼれをし始めたらどうですか?」
え……。みんなが私に一目ぼれ……? おずおず、私にデレるアットやウェーン様を思い浮かべ、手で口を塞ぐ。……なんだか気持ちが悪くなってきた。悪い風景だ……。
「ないない。気持ち悪い」
「……ストレートですね……。だから、『アリス』に嫌われないよう、キャラクター達は普通に『アリス』と接していくうちに心を惹かれるんです」
成るほど。そのルールのおかげで私は気分を害さないでいるのか。
「そのルールに救われていたのね、私……」
「……でも、唯一『アリス』を問答無用で愛するキャラクターがいます」
「え、誰?」
目を丸くして訊きかえしたとき、視界がアビの堅く閉じられた瞳で埋め尽くされた。きょとんと突っ立っていると、唇に何か柔らかいものが触れている感触がやけに強く感じられた。
「…………!?」
混乱する思考を落ち着かせ、考える。頑張ったものの、結局結論は出ずにアビの顔が離れ、彼の背後にある木が確認できるようになった。
何が起きたのかよくわかっていない私に目を伏せて小さく笑い、答えを言う。
「いきなりキスしてすみません」
あ、アレキスね。そうなのか、キスね、キス……って、ええっ!? 何で、私達あまりかかわりないわよね。まさか、アビって実はキス魔?
考えが顔に出ていたのか、「キス魔ではないですよ」と不機嫌そうな音色で返される。
「あのですねぇ……さっきまでの会話の続きですが、アリスを問答無用で愛する……そのキャラクターは……、『白ウサギ』――つまり、僕、です」




