5 主人公の性
喉の奥から搾り出したような、か弱い声。いつもの毒が混じった音色は含まれていなく、珍しく動揺さえしていた。呆然と私を見ているその瞳は、何故か私が映っている気配がしない。私の奥にいる、誰か――。
かつん、と音を立てて彼の手から拳銃が落ちた。相変わらず視線はこちらを向いている。
「……アリス。アリスアリスアリス、」
ぱくりと小さく開けられた口から、ぽろぽろと名前が零れ落ちる。無意識なのか、言葉にちゃんとした音程はない。
壊れたように呟くアビの視線から脱出し、助けを求めるようにエシルを見る。
「エシル、助けて……。アビがなんだか壊れた……」
「ごめん、無理。半分俺のほうだから、今彼が俺見たらきっと殺しにかかる」
そういえば、この二人、過去に何かあったとイグから聞いたんだ。いまだに何があったかは知らないけど。
何があったんだろうと考えていると、イグの悲鳴が聞こえた。エシルがイグを踏み台にしてこちらに降りてきたようだ。猫のようにしなやかなその動作は、踏み台などいらなかったんじゃないかと思う。
「さてと。アビはイグに任せて、俺らはデートの続きでもやるとしますか」
ぎゅ、と私の腕をつかんで無理やり引っ張る。ちょっ、アビはスルーですか。ほら、上の男の子達も、イグでさえびっくりしてるよ。
そう反論しようと口を開けると、むふ、と何かを突っ込まれた。吐き出そうとしたとき、口の中に広がる甘い味に気がつき、思わず咀嚼。
「……これ……、スコーン?」
ジャムも何もついていない、ノーマルのスコーンだ。焼きすぎたのか、時々コゲのちりっとした苦味が刺さる。
「そ。……正しく言うとアリスの作ったスコーンね。ちょっとお借りした」
い、いつの間に! あの時、持ってこれる時間はなかったはずなんだけど……。
そう聞いてみると、怪しく微笑む。
「猫に出来ないことはないんだよ……」
今このとき、私は自分の部屋の鍵を二重にすることを決めた。
「……それにしても、アビはどうするの?」
「え? さっき意識が戻って帰ってったけど? ほら、イグが困ってる。まあ、彼はイグに任せるほど馬鹿な人じゃなかったって事だねー」
そういわれて、先ほどまでアビがいたところを振り向く。確かに、アビの姿は忽然と消えている。そして近くに、涙目でアビを探すイグ。
あまりに人目を引くその光景に、頭が痛くなる。
「……というわけで行こうか。予定変更して、森に行きたいんだけど良い?」
もう好きにしてください……。
というわけで、今の光景に戻る。
何故か無駄に引っ付いてくるエシルを殺すか殺すまいか、あるいは半殺しかと悩んでいます。
「……そういえば、あんたらの過去のこと、教えてよ。それか、私が狙われる理由」
腰に手を回してくるやつの手をべりっと剥がし、上を見る。うっそうと茂る木々に、苔の張り付いた大きな幹。どんよりとした曇り空、歩くたびにこつんとなる地面のタイル。この世界に来てはじめてきた時にも見たその光景に、頭がくらくらする。
今でも忘れられない。不安と、空気の悪さと、初めての誘拐。
「おーい、アリスー? 知りたくないのー?」
「……あ、ごめんごめん。良いよ、教えて頂戴」
目の前で手を振られて、思考を現代に戻す。くよくよしてても何も始まらない。とにかく今は自分の置かれている現状を把握しておかないと。
「それで、貴女が狙われる理由だけど、他のキャラクターと同じように、『アリス』も代えが利くんだ。たとえば、貴女が殺されたとする。するとすぐに次の『アリス』がこの世界にやってくる」
「ええ、そこは感づいていたわ」
「うわあ、肝が据わってるんだか強いんだか……。まあ、それはおいておいて……で、さっき『基本的にキャラクターの重要度は『アリス』との接触時間に寄る』って話したよね。ということはつまり、権力や富を求める人は、アリスに近づくって事。まあ、俺とかアットとか、『アリス』を守るようなキャラクターがいるからそれは困難なんだ。……その為、一番手っ取り場合のが『アリス』を殺すこと」
細く長いきれいな人差し指をピンとまっすぐ伸ばし、私の胸元に当てる。とくん、と服の下で振動が心臓がはねる。
「だから貴女は狙われるんだ」




