1 ようやく習得したようです
「……離れてほしいな、変態」
「えー、無理だって」
「じゃあ死んで」
「何その究極の選択。死ぬのは痛いし嫌だなぁ」
よし、死んでもらおう。
力強く頷いて拳を握りしめる私に、隣にいる変態……エシルは正直言ってビビっているようだ。素早く受け身を取って、厳重警戒。
……何で私がこんなことになっているかと言うと、数時間前に遡ることになる――。
エシルがキッチンを退室した後、何とかスコーン作りを進め、遂に生地を焼いている所まで来た。ふんわりと辺りに漂う甘い香りに思わず顔が綻ぶ。
「……あと少しだね。これが終わったらラッピングだ。……にしても、何でこんなことしてるんだっけ……?」
付き合いたてのカップルの初めての誕生日か。
自分で自分にツッコみ、頭を振る。そうだ、屋敷に泊まらせてもらっているお礼だった。
「にしてもこの間、暇だなぁ……」
黒いトースターの画面を見ると、残り十分以上ある。洗い物は全て済ましてしまって、やることがない。仕方がないのでラッピングの材料を眺めてみる。
あまりごてごてしたものでは逆に引かれてしまうので、シンプルな水色の、水玉のリボンと透明の袋を買ってきた。生地を冷蔵庫で寝かせている間に買ってきたものだ。
「シールでも買ってくればよかったかな。……まあ、デコりすぎた時のアットの引き顔が目に見えてるから、いいか」
お礼のつもりであげたプレゼントで仲が悪くなってしまっては意味がない。……それにしても、オア君はいまだ廊下で寝ているのだろうか……。
「……心配だわ……」
でも、どうせ人に見つからなさそうな所まで、ごろごろ寝返りをうちながら移動しているだろう……。
「あ、心配と言えば」
脳裏に、顔色を悪くして洗面所に向かっていったエシルの姿が浮かぶ。いつもなら元気そうにピコピコと揺らす耳も元気がなく、だらりと垂れさがっていた。ここから洗面所は遠いため、その後どうなったかは分からない。
「……行ってみようかな」
机の上にばらまかれたリボンやら袋やらを片付けて、ドアに向かう。洗面所に居なかったら、少し屋敷内を詮索してみよう。
そう思ってドアを開けた途端、がつっ、と私の鼻と何かやわらかいものが激突した。た、ただでさえ低い鼻がさらに低くなるっ! ……じゃなくて、本気で痛い。おそらく赤くなっているであろう鼻を押さえて、うめき声をあげる。
「いったぁ……」
「……あ、アリス? ごめんね、何かドア開けたら激突しちゃって」
低めの声が上から降ってきて見ると、ピンクが目に飛び込んできた。
「エシル?」
のような違う様な。今の彼の服装は、アットが着ているような漆黒の燕尾服だ。ネクタイと首輪は彼のものだが、一体いつ、どこで着替えてきたんだか。首を傾げてまじまじと見ると、私の視線に気が付いたらしく、「あんまり見ないでよ、照れるー」とシニカルな笑みを浮かべる。
うん。私はこれから一切こいつを直視しない。
「……で? 何の用?」
くるりと体ごと回転して、すっかり明るくなった窓を眺めながら訊く。「アリスってさ、極端だよね」と言う呆れた声が聞こえてきたが無視。とっとと用件を聞いて帰ってもらおう。
早く、と急かした私の前に回り込み、腕をがしっと掴んだ。
「へっ?」
「この前、街を案内してあげるって約束したからさ。今から行きたいなー、と思って」
私はノーセンキューなんだけど。そう反論してみるも、私の意思はスルーの様だ。そのまま強い力で引っ張られて、窓の前まで連れてかれる。
「は、離せ変態っ!」
「うーん、無理」
その言葉が言い終わらないうちに、背中と足に手を入れられ、そのまま持ち上げられる。ふわり、と浮遊感がして足が宙に浮く。どうやらこいつ、やっと「お姫様抱っこ」を覚えたようだ。
……じゃなくてっ!
この世界に来てから四度目の誘拐に、目の前がくらくらする。これから自己紹介の時、誘拐のスペシャリストとでも言っておこうと決めた。
「って言うか、離せ変態っ!」
窓からひらりと出て行ったエシルは、屋敷の周りの木々を縫って街へ向かう。本当に行くみたいだ。
ああ、せっかくあそこまで作ったスコーンが……。
楽しそうに走る足音をどこか遠くで聞きながら、私はスコーンを想い、途方に暮れた……。
祭りなうです
休憩中でーす^^
という訳で、ノシです!




