4 真実の裏側
「起きて、チェシャ猫さん」
甘ったるい声と、肩を揺らす小さな手の感触がして、俺はゆっくり目を開けた。先ほどのは夢だろうか。それにしては頭痛が続く。
「……お早う」
にこりと笑った彼女の背景には大きめのベッド。小さなクローゼットにキャスター。どこかのホテルの一室の様だ。
身を縮めた俺に、アリスが手を回した。初めて会った時の、あの香水の香りが鼻を突いた。
「ねえチェシャ猫さん」
小鳥のように囁く。綺麗なソプラノは思わず心地良いと感じてしまうほどだ。
「貴方は、私を愛してはくれていないのよね」
耳に、氷のような冷たい声がかかった。さっきまでの惑わすような音色はなく、只々嫌悪の感情が混ざっている。
「どうして? どうして私を愛してくれないの? ねえ、『アリス』はみんなに好かれるんでしょう? 私――『アリス』を中心に廻り、生き、そして狂い腐ってゆく。そんな世界なんでしょう? なのに、」
何でチェシャ猫さんは『アリス』を愛さないの? と続けたアリスは、女性とは思えないないほどの力できつく抱きしめた。息がし辛い。視界がくらくらする。
「しかも『侯爵夫人』に懐いているし。違うじゃないの。彼女は『アリス』じゃないわ。私が『アリス』なのよ。私よ、そうよ私。みいんな私を愛して、狂って狂って狂えばいいのよ! そうでしょう? ねえ、そうでしょう」
声が大きくなるにつれて腕の力も強くなる。最早絞められていると言う域に達して、俺は体を捻じらせ彼女の腕から逃れる。窓ガラスを見ると、首にうっすら痣ができていた。
「……どうして」
俺を抱いた格好のまま俯き、ぽつりと言葉を漏らした。警戒して其の場に立ち上がると、彼女は座ったままこちらを信じられない瞳で見つめた。どんよりと、色々な色の交じった眼がこちらを虚ろに見つめる。そのままぱっくりと口を開けると、どのようにして呼吸をしているのか分からない言葉が出てきた。
「貴方は『チェシャ猫』で私は『アリス』よここは『不思議の国』よ貴方は私を愛さなければならないのよ狂って狂って狂って狂って狂って愛さなければいけないのよそうよ『白ウサギ』さんも言っていたじゃないの何で愛してくれないのよどうして何がいけないの。嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌、嫌いよ、『チェシャ猫』さんなんて嫌いよ」
頭を押さえながら、ふらり、ふらりと歩き出す。真っ黒なガラス球になった眼は何も映しておらず、彼女は壁に当たった。がつん、と大きな音がする。
何かに攻撃されたと勘違いしたのか、「ごめんなさい」と小さく呟き、次の瞬間に大きく目を見開いた。
「やめて、やだぶたないでおかあさん!」
顔を押さえ、小さくうずくまる。ひらりと彼女のスカートが揺れて、一夜の夢に出てくる花のようにひらりと堕ちた。
「いたいのはいや。こわいのもいや。どうしてぶつの、どうしてなぐるの、どうしていっちゃうの」
そのままそろそろと俺の方に進み、がしりとズボンの裾を握った。まるで虐待を受けている子供の様なその行動に、顔を顰める。
「わたしをみてよ、あいしてよ」
「大丈夫」
涙に濡れはじめた彼女のエメラルド・グリーンの瞳を優しく見て、ぎゅっと抱きしめる。彼女もまた、『アリス』に浸食されたか弱い少女なのではないか。
「落ち着いて。俺が分かる?」
「……おかあさん」
記憶が戻ったのか、弱弱しくも輝きを取り戻したその瞳に俺が映る。よかった、と安堵した時――、彼女の腕がキャスターの上の硝子の置物に伸びた。
「ずっとくらそう。……だから、いっしょにしのう」
いやあ、病んでる人を書くのは楽しいn((
どうも、星野です
今回は、アリスさんが壊れちまいます。やっちまった(テヘ
よく分からないと思いますが、アリスさん、過去に虐待を受けています
だからあんなに愛を求めるんだよー、なんて話です
いやー、次回はグロイですかねー……
久しぶりに緊迫した描写を書きます←
あ、明日塾なので更新できないかもです^^;




