7 少年のお悩み、そして寝落ち
「よし。じゃあふるいにかけるよ。……それくらいできるよね?」
「でも力仕事だし……」
「……はあ、じゃあ台持ってきてよ」
腰に手を当て溜息をつくオア君に、私は首を傾げた。
「台? 何で必要なの?」
「そりゃあ……、」
顔を真っ赤にさせたオア君は、目線を私から外して口の中でごもごもと何かを呟く。眉毛は不機嫌そうに曲がっており、赤面しているのは怒りの為か。
にしても何て言ってるのか聞こえない。私は慌てて話題を変えようと「て、手洗ってなかった」と言って洗面所に向かおうとしているオア君を引き留め、聞き返す。
「何て言ったのか聞こえなかったんだけど……」
「は、離せよもう! 僕の背の事については聞かないでおいてよ!」
思わずオア君のTシャツを掴んだ私の手が、乱暴に振り払われた。珍しく……いや、今迄寝てたところしか見てなかったんだけど……兎に角それは置いておいて、声を荒げている。
にしても……背、って言ったか?
「……だってあんまり変わらないじゃない。ほら」
少なくとも彼と私は十センチも違わないだろう。……五センチは確実に離れているが。
元気づけるように明るく言った私をぎろりと一睨みして、オア君は今にも泣きそうな目でしゃがみ込んだ。
「え、どうしたの?」
「あのさあアリス。僕はディーダムよりも一歳年上なんだ。……でも、背はッ! 背は五センチも違うんだよ! アリスだって僕より背が高いじゃないか!」
どうやら夜のオア君はネガティブらしい。まるで悲劇のヒロインのようにヒステリックに泣き叫ぶその様を、私は呆れながら見ていた。
見た目からしてオア君はまだ十五歳位。これからまだまだ成長期だろう。
「兎に角落ち着いてオア君。成長期来るのが遅いだけなんじゃない?」
「………………」
こちらに背を向け体育座りをしている彼の肩に手を置いて温かい瞳で見つめ返すものの、反応がない。まさか死んだかと思ったけど、触った体温はほっこりと温かい。
「オア君?」
不思議がって揺すってみると、こてり、と音がしそうなほど可愛らしく、前に倒れた。
「……きゃあ、まさか本当にしん、」
「ぐー…………」
体が温かいのは死んで間もないからかもしれないと思って、顔を青くして小さく叫ぶと、その声が呑気な鼾にかき消された。
「……え?」
窓を見ると太陽は完全に上がっており、恥ずかしそうに厚い灰色の雲に隠れている。時計を見るともう朝の四時半。几帳面なアットのことだ、狂っていたりはしないだろう。
「…………むにゃ……おやすみ、なさい………………」
ご丁寧に挨拶をして眠りの態勢に入ったオア君。ってちょっと、スコーン作り手伝ってくれるんじゃなかったの?
「起きろ、オア君起きろ――――っ!」
耳元で叫んでみるも虚しく、彼の眠りは深いようだ。ぴくりと女の子なら誰もが羨むような長い睫を小さく動かしただけ。
流石『眠りネズミ』。この様子だと九時ごろまで起きる気配がない。
「……ああ、どうすればいいのお菓子作り……」
ふるいをかける作業すらロクにできていない。こんな調子で終わるのかと不安が全身を駆け巡る。
「とりあえず、やるか……」
寝れるならどこでもいいだろうと思って、あっさり寝落ちしたオア君を廊下に運び、何かの動物かと思うような軽い彼の体重に嫉妬をして、ボウルを手に取る。
「オア君が来てくれたらなら、アルクとか来そう。イグも手先器用そうだし。あとは……」
ヘルプに来てほしい人を言いながら何とか作業をしていると、シンプルなキッチンの窓ががたがたと揺れた。
「あ、誰かが来てくれた」
外から来たなら希望はイグかな、と期待に胸を膨らませながら窓に寄る。ここの位置からは丁度食器棚が邪魔で窓の外の人物の姿は見えない。
ちらり。
……何か一瞬、ピンクと紫色が見えたような……。
明日更新無理かもです……
塾なので……




