3 音がする
アリスに向けた完璧な笑顔の仮面に気が付いたのか、アビが小さく眉を顰める。
それにしても……。何故『アリス』と敵同士のはずの『白ウサギ』が彼女を自室に連れてくるくらいに仲良くなっているのだろうか……。
――答えは簡単だ。これほど簡単な問いかけは他にないだろう。
「……アビも隅に置けないね」
「貴方は女遊びが過ぎるんです。夜な夜な違う女性と街を歩くんじゃありません」
「オカンだなあ、アビは。俺の仕事が主にそういう事だって言うのはもっと昔から知ってたはずじゃん?」
笑え。俺はチェシャ猫だ。
夜の仕事が主な収入の俺だから分かったのだろうか。目の前で俺の話に耳を傾け嫌悪の表情を向けている彼女は、きっと作り物だ。
鼻が曲がるような香水の匂いに背を向けて、俺は窓の冊子に足をかけた。これ以上ここにいたら気分が悪くなる。とにかく立ち去りたかった。玄関から出ようとしないのは、この部屋から出る唯一のドアに彼女がいるから。
「……自殺行為ですか。ここ四階ですよ」
「まあまあ。大丈夫だよ。なんたって俺、猫だし」
「そういえばそうでしたね。ああでも待っていてください。もしかしたら顔から無様にダイブする可能性もあるので、動画でも撮っておきましょう。ウェーン様へのお土産として」
キャビネットから黒いビデオカメラを取り出し、スイッチを入れる。うぃーん、と言う何とも間抜けな音がしてスイッチが入ったようだ。
「どうぞ、顔から飛び降りてください」
「あのね、顔からダイブしたらさすがの俺でも死ぬって」
「大丈夫です変態なら」
「それのどこに安全の要素が!?」
五月蠅いですねェ、とカメラから目を離しあきれた表情で言う。
「そこまで言うなら玄関からきちんと出ていってくださいよ」
「そ、そうよ! 窓から飛び降りるなんて……」
つまらなそうに顎で玄関の方を刺したアビに賛成をするように、アリスがぱたぱたと手を動かす。
思わず顔を歪めていたのか、アリスを見た俺の表情に気が付き、アビが嫌悪の視線を向け、ぱっくりと大きく口を開けて、叫んだ。
「……そこまで言うならとっとと飛び降りてください!」
彼が声を荒げたのは、いつ以来だろうか。
初めて見たのは女王様が大怪我をしてハートの城に帰ってきた時。二回目は俺が仕事用の書類を誤って捨ててしまった時。三回目は仕事で手こずって、右腕を血まみれにした俺の姿を見た時。
――四回目は、今。アリスに嫌悪を表情を見せた時。
「……すみません……」
大声を出した自分自身に驚き、眼鏡を取ってこめかみを押さえ、ふるふると首を振った。気のせいだろうか、顔色が少し悪い。二日間寝ずに仕事をしても隈一つできず、顔色一つ変わらなかった彼にしては珍しかった。
「気分が優れないので今日は休みます。帰っていただけますか」
そう言ってソファーに近寄る。アビの家にベッドなんてものはなく、ソファーに寝っころがって寝ていると聞いた。
今にも倒れそうにゆらりと手をついた彼を支え、アリスに笑顔を向ける。……きっと口の端は痙攣していて、ぴくぴく動いているだろう。作り物の笑顔ですら見せたくない。
「……アビを頼むね」
小さく、最低限の言葉を投げつけ、窓から飛び降りようとまた冊子に足をかける。
「……あっ、」
駄目、と小さな声が聞こえ、俺は香水の匂いに包まれた。腰に回された細く、折れてしまいそうな華奢な腕を見て、首を傾げる。
「……何をしているの?」
「ま、窓から飛び降りるなんて駄目です。ちゃんと玄関から――」
驚いて振り向くと、慌てたような表情が俺の視界を埋め尽くした。顔が思ったよりも近く、吐き気とともに投げつけたくなる言葉を飲み込み、『チェシャ猫』の笑顔を向けた。
「大丈夫大丈夫。俺八階から飛び降りたことあるけど骨折だけで済んだから。獣耳持ってるキャラクターって基本体丈夫なんだよね。アットとかここから飛び降りたら確実に死ぬけど、アビだって骨折で済むんじゃない?」
「失礼ですね、僕だって死にませんよたった四階」
気が付くと、頭に手を当ててソファーに寝ていたアビがこちらを見て睨んでいる。銀色の机の上に置かれた眼鏡がきらりと光る。
「あれ、聞かれてたー?」
「聞いていましたよ。……アリス、こいつなら大丈夫ですから手を離してください。いっそのこと粉砕骨折でもして半年間寝たきりになってくれると助かるんですがね」
「そこまで馬鹿なことはしないよ。じゃあねー」
未だに腰に回されていた手を乱暴に振り払い、ひらひらと手を振りながら空気を切って落下する。
顔に張り付くピンクと紫の髪が邪魔だ。小さく顔を動かすと、突然落ちてきた俺を見上げ、悲鳴を上げている歩行者の人が目に入った。
……五月蠅い。
誰かの頭上に落下してあげようと思ったものの、地面まであと数メートル。そこまでする時間はないだろう。
すたん。
軽い音を立てて着地。数泊遅れて髪の毛も背中に落ちてくる。
「……じゃあね、アビ」
窓から心配そうに俺の事を見つめてくるアリスを見つけ、すぐに背を向けた。
恐怖は嫌悪に、嫌悪は殺意に。
お願いだから、これ以上俺に接触をしないでほしい。さっきはアビの大切な人だからという理由で殺意を押し殺したものの、二人きりであったらナイフを向ける。……確実に。
アビに近づくな、なんて言えるほど俺たちの友情は厚くない。彼女がアビを誑かしている決定的な証拠すら見つけていない。
完璧な野生の本能で、ここまで殺意が芽生えるのは初めてだった。
人間関係に敏いエシル君、アビとアリスの事にびっくりw
そんな章です(ざっくりしすぎだ
それにしても、エシルの一人称が無かったらアリスさん普通の女の子(爆
実はいい人かも←
そういえば、皆の身長と見た目年齢を決めてみました
体重はアリスに殺されそうなのでカット←
アリス→156㎝、17歳
エシル→173㎝、19歳
アビ→167㎝、18歳
アット→182㎝、21歳
アルク→175㎝、17歳
オア→150㎝、15歳
ウェーン様→165㎝、17歳
イグ→172㎝、20歳
ディーダム→155㎝、14歳
……アットが一番お兄さん←
そして次は意外とイグ^^;
オアディーダムより年上、背を抜かされる←
反省はしません(おい




