3 冷たい仮面
ピンク色の猫耳をピコピコと揺らし登場した彼――エシルは、お腹から例のナイフを取り出して腕を伸ばし、イグに向かっていく銃弾を弾を弾いた。
「っ、また貴方ですかっ……!」
飛んでくる、黒く銃弾の跡が付いたナイフをよけながらアビが叫ぶ。それを見てエシルは余裕そうにいつものシニカルな笑みを浮かべている。
「やだなあ。また前みたいに名前で俺を呼んでよ。……アビ?」
「黙ってください」
ぱん、とエシルに向けてアビが発砲をする。それをひょいっと軽く避けて、私の方をクルリと振り向いた。
「これから楽しそうな予感がするよねー」
ニコニコと笑う彼の表情には、まったく嘘など交じっていない。
こ、こんな極限状態で何を言ってるのよ!
「危機感を持ちなさい、馬鹿猫!」
「わあ馬と鹿と猫のコラボ。すごいねアリス!」
褒てほしいなんて思っちゃいないのよーっ!
わなわなと拳銃を握る手が震えているアビの額には、幾つもの青筋が浮かんでいる。いつ怒って乱射するか分からん。
この二人に何があったのかは分からないけど、とにかく今はいい状態じゃないみたいよね。
がし、とエシルの腕をつかみ、ずるずると引っ張る。「え? 何々この状況」と私を不思議そうに見つめてくるが無視だ無視。
「イグ、この二人の過去を教えて頂戴」
「え……? あの白ウサギさん……、いいですか?」
きょときょとと視線を動かしていたイグに向けて、絶対零度の笑顔を浴びせるアビ。
「絶対やめてくださいね」
その瞬間、エシルがするりと私の手から脱出し、アビに近づく。
顔には相変わらず笑顔が張り付いているものの、いつもなら楽しそうにピコピコと動くあの耳は微動だにしない。
そのままアビの目の前に歩いていき、ごくりと喉を鳴らした彼のフードをそっと取った。
「……君は『白ウサギ』だ」
そしてくくく、と愉快そうに笑う。
「だから教えたくないんだろう? 俺達、不思議の国の住人に妙な親近感を持たれ、それが恋愛感情に変わるのを一番恐れている『白ウサギ』さんは」
何も言えずにエシルをただ不快そうに見つめているアビ。いつもとは違う嫌悪の雰囲気に、私は息をするのも忘れていた。
この二人の間に何かがあったのは違いない。でも――、何があったのだろうか。
「名前すらない……いや、分からない『彼女』を思い出した?」
楽しそうな、でも冷たいエシルの声でやっと気が付く。何か怖いものでも思い出したかのように、アビの顔には強い後悔の表情が浮かんでいた。
「……帰ります。この男といると疲れるので」
終始眉を顰めたまま、踵を返した。
「ばいばーい」
可愛らしく手を振るエシルの後姿を見ながら、ぞくりと背中が冷えた。
何かを隠すために、大切なものも二つ返事で犠牲にする。
またよく分からなくなった彼の心情をつかもうとしても、そんな事しか私の頭では分からなかった。
「……さてと。アリスのピンチも救出したし、俺も帽子屋敷に帰ろうかなぁ。あの服もクリーニングに出さなくちゃいけないしー」
そこでじろりと私の方を見つめる。
何が何だかわからないけど、でもいつもの笑顔に戻ったエシルに少しほっとする。……いたずらっ子のような笑顔を浮かべているのはきっと気のせいだね。そうだよ気のせい。……気のせいだと思いたい。
「な、何…………?」
慎重に聞くと、エシルの長い指がおそらく町があるであろう方角に伸びた。
「……?」
訳が分からず首を傾げていると、「ああもう、何それ焦らしてるの?」と少し荒々しく言葉を吐く。
「これくらいは分かってもらわなきゃ困るよ、アリス。今日助けてもらったお礼とスーツのお詫びを兼ねて、今度俺と二人きりで街に遊びに行こう?」




