6 花の乙女に恋愛禁止令
呆然と背後を振り向くと、近くの壁に綺麗な装飾がされたナイフがびんびんと揺れていた。思わず顔から……いや、全身から血がさあっと抜ける。
ナイフを投げたであろう手の形のままこちらを睨んでくるオア君は、私を一瞥して、
「死ね」
……この世界に来てさんざん人に言ってきたけど、まさかここで自分が言われるとは……。
にしてもさっきまでうつ伏せて寝ていたはず。いつの間に起き上ったんだ。
混乱してきた頭を何とか落ち着かせて、アットに説明を求める。
「……オアは体が小さい分俊敏で動きが早い。尚且つ小さな身体を利用して色々なところに隠れることができる、私の部下だ」
「そんな行動が仕事に使われる職業は穏やかなものが思い浮かばないけど……」
「安心しろ、エシルよりは安全だ」
殺し屋より危険な仕事って何よ。スパイとかか?
そうツッコもうとしたとき、エシルに肩を叩かれた。
「自己紹介すれば? 『アリス』だったらネズミちゃんも許してくれるかもよ?」
その瞬間、オア君から表情がすっと消えた。二本目のナイフを取り出そうとズボンのポケットに伸ばされた手が止まる。
「…………『アリス』……?」
「そう、『アリス』。でもこの子、なんだかいつもの『アリス』とは全く違うんだよねー」
「……確かに今迄美形が多かったけど、中の中位の顔だしな」
「ちょっと待てお前らの顔に合わせてたらついてこれる女の人何人いるか分かるか?」
この世界の住人は美形が多い。それも――、アビから始まりウェーンやアット、アルク、目の前にいるオア君。変態だけどエシルまでもが美形だ。
私はあまりメンクイという訳でもないけど、メンクイの人がこの世界に来たら黄色い悲鳴を上げるだろう。パラダイスのような世界。
「……何でこんなに顔が綺麗な人が多いの?」
「そうじゃないと面白くないからね、このゲームは」
首を傾げ訊いてみると、エシルがニコニコしながら答えた。心底面白がっているのを表情が物語っている。
「このゲームが終わるEndは、どれも長いものだよ。一番手っ取り早いのは白ウサギに殺されることだけど、俺ら殺しのプロが貴女の味方に回る。それにこの世界は広い。逃げようと思えば七年は逃げ切れるだろうね」
「七年……?」
この世界の時間の基準がよく分からないが、話を聞いている所ちゃんと一日があって一年があるようだ。
「だから、『アリス』のBad Endはふたっつあるんだよ。一つ目は『白ウサギ』に殺されること。二つ目は――」
思わず体を強張らせたとき、エシルがすっと近づいてきた。びっくりして動けないでいると、そのまま首に腕を回される。
しばらく呆然とされるがままになっていたけど、ナンダコレハ。
「離れろ変態」
べりっと効果音がしそうな勢いで彼を離すと、アットが溜息をつきながらこちらに近づいてきた。
「お前は本当に『アリス殺し』だな」
「でしょー。だって珍しいもの見るとからかいたくなるんだもん」
「……あのー……。どういう事でしょうか……」
ベッドのシーツで抱かれたところを拭きながら手を上げる。その様子を見てエシルが「俺ってそんなに汚いかな……」と体育座り。
「さっきの行為で決して心を躍らせてはいけない。もう一つのBad Endは、『アリスがほかのキャラクターに恋をすること』だからな」
「……恋……?」
「そう、恋愛。私たちの一方的な好意は大丈夫だが、『アリス』が私たちに好意を向けることは 死に繋がる。しかも、殺されるのはその恋をした相手だ」
成る程、だから『アリス殺し』なのか。
そりゃあこれほどの美形の方たちに恋をしないと言う事がおかしい。メンクイの人たちはパラダイスじゃなくて地獄だ。
「だから、貴女はこちらの事情に変に首を突っ込まない方がいい。思い入れでもされたら大変だ。現に私も、何人か『アリス』を殺しているしな」
アットが白手のはめられた手を見つめる。
「まあまあ。今回のアリスは過去の人たちと何か違うから大丈夫でしょ。それに今はお茶会だよ、お茶会。ネズミちゃんも見つかったことだしさー」
パンパンと手を叩いたエシル。それを見てアットが部屋のドアに向かう。
「私は紅茶を淹れてくる。君たちは先に中庭に向かってくれたまえ。すぐに向かおう」
口角を少し上げて笑う彼に、エシルが呑気に「ばいばーい」と手を振る。
「じゃあ俺らも行こうか」
振り向いてにっこりと笑う彼に、私はこくりと頷いた。
……彼は一体何人の『アリス』を殺したのだろうか。
仮面のように張り付いた彼の笑顔からは、本心の一つも読み取れなかった。
エシル君作者でもわからないキャラ←
アルクは動かしやすくて好きです^^
アットはもうマイペース過ぎる。それでもいい方向に持って行ってくれるので嬉しい。
……主人公が恋愛できない恋愛ものって斬新←




