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生活魔法って便利ですね!  作者: K
第2章 リリアガルド編

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第12話 希望の残響、絶望の足音

いつも「生活魔法って便利ですね!」を読んでいただき、ありがとうございます。


第12話は、ついに借金返済の期限が明日に迫った緊結の朝から始まります。

結姉さんの凛々しい判断力、そして圭のスキルの進化。

着実に「希望」を積み上げていく彼らですが、運命の歯車は思わぬ方向へ……。


「生活魔法」のポテンシャルが少しずつ見えてくる回でもあります。

ぜひ、最後までお楽しみください!



 朝日が街並みを鮮やかに照らし出す中、圭たち四人は冒険者協会へと続く石畳の道を歩いていた。


 圭の胸中を支配していたのは、借金返済という冷酷なタイムリミットだった。明日、あの脂ぎった金貸しのバッカスが再びやってくる。今日中に3万アデナ(あでな)を揃えなければ、ココが奴隷市場(スレイブ・マーケット)に売られてしまう。その最悪の未来だけは絶対に阻止しなければならないという強い焦りが、圭の足を自然と早めさせていた。


 そんな圭の思いをよそに、通りの中腹でやけに騒がしい人だかりができているのが目に入った。


「ちょっと見てくる!」


 事態に真っ先に反応したのはココだった。彼女は小さな身体を翻し、弾かれたように人だかりへと駆けていく。

 明らかに何かトラブルが起きている様子だ。圭は、遠ざかるココの背中を見つめながら小さく息を吐いた。


(本当に、お人好しにも困ったものだな……)


 明日には支払いが迫っており、ココ自身がそれどころではない絶望的な状況であるはずなのだ。それでも他人の窮地を見過ごせない。それがココの最大の美徳であり、同時に危うさでもあると圭は感じていた。


 結もまた、同じようにココの後ろ姿を見つめていた。


(あの子の純粋な善意を、あの薄汚い金貸しは利用している……絶対に許せないわ)


 元教師としての正義感が、結の胸の内で静かな炎となって燃え上がる。

 やがて、人混みを抜け出したココが慌てた様子で戻ってきた。


「ごめん。今日は私、行けそうにないの。三人で行ってきてくれない? エディさんのところで、従業員が急に休んで困ってるんだって。手伝ってあげないと!」


 その言葉を聞いた瞬間、圭、結、ソフィの三人の脳裏に、あのバッカスの顔が同時にフラッシュバックした。

 タイミングが良すぎる従業員の欠勤。間違いない、これもバッカスの手下による妨害工作(サボタージュ)だ。ココの足止めを狙っているのだ。


「……ちなみに、ココ。何の仕事?」


 結が努めて冷静な声音で確認する。


「エディさんは配送業を営んでおります。配達日に配達出来ないと、信用が落ち大変なことになるかと思います」


 ココに代わってソフィが説明を加えた。その顔には、姉の人の良さを理解しつつも、迫る返済への不安がはっきりと影を落としている。


「……それなら、私がエディさんを手伝うわ。ココは依頼(クエスト)に行きなさい」


 結は凛とした態度で一歩前に出た。

 驚く三人に対し、結は論理的に理由を述べる。配送業ならば、当然ながら重い荷物を運ぶ力仕事になるはずだ。この場にいる四人の中で、一番背が高く体格が良いのは結である。水泳部で鍛えた基礎体力と、十七歳の身体のアドバンテージを活かさない手はない。

 さらに、ココは『衝撃騎士(ショック・シュバリエ)』という前衛の戦闘職だ。今後の生存率を高めるためにも、優先的にスライムを狩り、レベルを上げさせるべきだ、と。


「……なるほど。さすが結姉ぇだ」


 圭は目を丸くし、深く感心した。現代日本のゲーム知識を持つ自分ですら、咄嗟にそこまでの合理的な判断はできなかった。常に冷静に状況を俯瞰し、最善の手を打つ。それが白石結という女性の圧倒的な頼もしさだった。


「えっ、でも、ユイに悪いよ……!」

「気にしないで。私たちはチームよ。それぞれの長所を最大限に活かさないとね。あなたたちは冒険者協会へ急ぎなさい」


 結は有無を言わせぬ微笑みでココの背中を押した。

 こうして、エディへの助っ人は結が引き受けることとなり、圭、ココ、ソフィの三人は本来の目的地である冒険者協会へと足を踏み出すのだった。

 別れ際、圭は結の凛々しい背中を見つめながら、ココとソフィの未来を守るため、そしてあの憎きバッカスの鼻を明かすためにも、今日こそ必ず目標額を稼ぎ切ろうと強く拳を握りしめた。


ーーーーーーーーーー


 冒険者協会で昨日と同じく薬草採取とDランク魔物討伐の依頼(クエスト)を受注した圭、ココ、ソフィの三人は、昨日の採取場所からは少し離れた森の手前へと足を踏み入れていた。


「薬草は育ちが早いから、採ってもすぐに生えてくるんだけど……流石に一日じゃ無理だからね。今日はこっちを探そっか!」


 ココの先輩冒険者としての知識に従い、彼らは新たな採取ポイントを開拓することにしたのだ。

 森の入り口に到着すると、圭は結から出がけに言い渡された『指令』を思い返していた。


『いいこと? 今日は全員、限界までスキルを使うこと! レベルはスライムを狩れば上がるけれど、スキルレベルは使い込まないと上がらないわ。MPが枯渇するギリギリまで、出し惜しみは無しよ』


 それはまるで、部活動の顧問が放つ厳しいが愛のある指導そのものだった。

 その教えを忠実に守り、ソフィは戦闘の口火を切る前に杖を掲げる。


「いくよ、お姉ちゃん。……『剛力付与(パワー・ライズ)』!」

「うん、みなぎってきたぁ! やぁっ!」


 ソフィの聖なる光がココを包み込む。ソフィの『剛力付与(パワー・ライズ)』は一度発動すれば二時間近く効果が持続するという、非常に燃費と使い勝手の良いバフだった。消費MPの多さを考えれば、この持続時間は本当にありがたい。

 強化された筋力で重い大剣を軽々と振り回すココは、今のステータスなら通常攻撃でも十分にスライムを一撃で倒せる。だが、結の言いつけ通り、彼女はあえてスキルを放った。


「『衝撃爆発(ショック・インパクト)』!」


 大剣がスライムに触れた瞬間、内部から強烈な衝撃波が炸裂し、魔物を一瞬で消し飛ばす。大技の連発はできないが、MPが許す限りココはスキルによる討伐を繰り返した。


 一方、圭は黙々と薬草の群生地にしゃがみ込んでいた。


(……『鑑定(アプレイザル)』。これも『鑑定(アプレイザル)』!)


 薬草。薬草。薬草。鬱草。

 視界に浮かぶ簡素な文字。昨日拾った毒草は『鬱草』という名前であることが分かった。圭の『鑑定(アプレイザル)』は消費MPがたったの1であるため、見つけた植物に手当たり次第にスキルを発動させることができた。

 そうして百回ほど『鑑定(アプレイザル)』を繰り返した頃――圭の脳内に、心地よいシステム音が響いた。


【『鑑定(アプレイザル)』のレベルが2に上がりました】


「おっ! 上がった!」


 圭は歓声を上げ、すぐさま目の前の薬草に再びスキルを使用した。


・薬草:食べると体力が少量回復する。

・鬱草:食べると一定時間スキル・魔力の威力がマイナス1。


「すごい、詳しい効果まで見えるようになってる! しかも消費MPは1のままだ」


 確かな成長に喜ぶ圭は、ふと思いついて近くにいたココとソフィにも『鑑定(アプレイザル)』を向けてみたが、何も反応はなかった。どうやら現段階では、人間に対しては効果がないようである。


 やがて、空が茜色に染まり始めた夕暮れ時。

 圭の脳内に、直接声が響き渡った。


『――聞こえるかしら、圭。こっちの手伝いは終わったわ。そっちの状況はどう?』


 離れた場所にいる結からの『公報念話(ギルド・テレパス)』だった。


(結姉ぇ、お疲れ! こっちは薬草が六百本以上、スライムの魔石も百個近く集まったよ!)

『素晴らしい成果ね。それなら明日の支払いはなんとかなりそうね』


 通信越しでも、結が満足げに微笑んでいるのが目に浮かぶ。

 今日の狩りの結果、圭、ココ、ソフィの三人はレベルが4に上がっていた。スキルレベルが上がったのは、消費MPの少なさから圧倒的な回数をこなせた圭の『鑑定(アプレイザル)』のみだった。ココたちのスキルは消費が激しいため、一日でレベルを上げるのは難しかったようだが、それでも十分すぎるほどの戦果だ。


(ちなみに、結姉ぇのレベルはどう? 上がった?)

『それが、上がっていないのよ。どうやら経験値が平等に分配されるのは、パーティー念話が届く範囲……つまり、直線距離で三十メートル以内にいるメンバーだけなのかもしれないわね』


(なるほど。離れすぎていると経験値の共有はできないんだな)


 この世界のシステムの仕様が、また一つ明らかになった。


『それじゃあ、協会で落ち合いましょう。気を付けて戻ってくるのよ』


 通信が切れ、圭は大きく伸びをした。


「よし、今日の稼ぎはこれで十分だろう。二人とも、冒険者協会に引き上げよう。結姉ぇが待ってる」

「うんっ! 大豊作だね!」

「はい、怪我もなく終われて良かったです」


 夕日に照らされる三人の影が、長く伸びる。

 明日訪れる絶望を打ち砕くための資金は、もう目前に迫っていた。


ーーーーーーーーーー


 夕闇が街を包み込み、魔導灯の淡い光が灯り始めた頃。圭、ココ、ソフィの三人は、心地よい疲労感と共に冒険者協会の重厚な扉を潜った。


 受付カウンターの近くでは、既に配送の手伝いを終えた結が、凛とした佇まいで彼らの帰りを待っていた。


「おかえりなさい。そっちも無事に終わったようね」

「結姉ぇ! ただいま。そっちはどうだった?」


 圭の問いに、結は小さく頷いて、懐から一つの小瓶を取り出しテーブルに置いた。


「ええ、問題なく終わったわ。……はい、これが私の分の報酬よ」


 琥珀色の液体が揺れるその瓶に、圭はさっそくレベルの上がったスキルを向ける。


(『鑑定(アプレイザル)』!)


・初級ポーション:体力を10%回復する。


「……なるほど。割合で回復する薬なんだね」

「それ、お店で売れば千アデナ(あでな)くらいにはなるわよ」


 ココが横から覗き込んで教えれくれた。

 1000アデナ(あでな)――飛び抜けて高価なわけではないが、」エディさんは精一杯の気を使ってくれたんだろう。


 そのささやかな、けれど温かい報酬に、圭は異世界の住人の善意を感じて胸が熱くなった。


「はい、お待たせ! 三人の分の精算も終わったわよ。合計で1万9200アデナ(あでな)ね」


 受付のエミリアが、書類をトントンと整えながら顔を上げた。その口角が、悪戯っぽく吊り上がる。


「それで……報告書(リポート)の完了報告だけど、今日はケイくんがやってくれるかな?」


「――っ! か、勘弁してくださいよ!」


 圭は反射的に、自身の右の臀部――お尻を隠すように一歩下がった。

 この世界のシステムでは、完了報告の際に自身の身体に刻まれた『紋章』を報告書(リポート)にかざす必要がある。そして、圭の紋章があるのは右のお尻だ。ここで報告をするということは、衆人環視の中でズボンをずらし、お尻を晒すという暴挙に等しい。


「あら、減るもんじゃないでしょうに。可愛いお尻、見せてくれてもいいのよ?」

「絶対ダメです! みんな見てるじゃないですか!」


 顔を真っ赤にして抗議する圭。結は呆れたように溜息をつき、エミリアに冷ややかな視線を送った。

「エミリアさん、私の教え子をあまりからかわないで頂戴。……ココ、お願いできるかしら」


「いいわよ、私がやっておくね。あたしのは手の平だから簡単だし!」


 ココが慣れた手つきで紋章をかざすと、報告書(リポート)が淡い光を放ち、正式に依頼(クエスト)完了が受理された。

 ギルドメンバーであれば誰が報告しても問題はない。分かっていて執拗に迫ってくるエミリアに、圭は「なぜわざわざ恥をかかせようとするのか……」と解せない表情を浮かべていた。


 何はともあれ、本日の稼ぎは1万9200アデナ(あでな)

 昨日の貯蓄と合わせれば、総額は3万7040アデナ(あでな)に達していた。


「……やった。3万アデナ(あでな)、超えたよ!」


 圭の言葉に、ココとソフィが顔を見合わせ、弾けるような笑顔を見せた。

 明日、あの卑劣なバッカスがやってきても、もう何も怖くはない。彼らの手の中には、絶望を跳ね除けるための確かな『希望』が握られていた。


「ええ。明日は堂々と、あの男に叩きつけてやりましょう」


 結の瞳に、勝利を確信した鋭い光が宿る。

 仕組まれた絶望を塗り替えるための準備は、これですべて整ったのだ。


ーーーーーーーーーー 目標額を上回る3万7040アデナ(あでな)という大金を手に、四人の間にはそれまでの緊張を解きほぐすような、穏やかな空気が流れていた。


「……さて、少しお金も余りそうだし、買い物でもして帰りましょうか」


 結が、ふっと表情を和らげて提案した。明日への備えはもちろん、拠点での生活を少しでも整えるための最低限の贅沢は、今の彼らにとって必要な報いだった。


「賛成! あたし、お腹空いちゃった!」

「はい、数日分の食料も買い込んでおきたいですね」


 喜ぶココとソフィを横目に、結は革袋に詰まった金貨の中から、返済に充てる3万アデナ(あでな)を取り分け、それを圭へと差し出した。


「明日の支払いの3万アデナ(あでな)は、圭が持っててちょうだい」


 それは、パーティーの中で唯一「収納(ストレージ)」のスキルを持つ圭への、全幅の信頼の証だった。この世界の「収納(ストレージ)」は、物理的な盗難の心配がない、いわば最強の金庫だ。


「わかった。……『収納(ストレージ)』」


 圭は受け取った金貨を異空間へと放り込もうとして――その動きを止めた。

 レベル1の「収納(ストレージ)」の容量は、決して大きくない。その極小の空間には、昨日エミリアに突き返された毒草――鬱草が、これ見よがしに場所を占拠していた。


(あ、しまった……。捨て忘れてた……)


 昨日、ギルドで捨てようとした際に、結から「こんな所に捨てて、誰かが拾って誤って使ってしまったらどうするの? 家に帰ってから適切に処分しなさい」と注意され、ひとまず「収納(ストレージ)」に片付けたのだった。

 家に帰ってすぐに処分する約束だったのに、すっかり忘れていた。もし今ここで結に収納の中身を見られれば、「また言われたことを後回しにして」と烈火の如く怒られるに違いない。

 圭の背中に、嫌な汗が流れる。

 彼は咄嗟に「収納(ストレージ)」を閉じると、受け取った金貨をズボンの隠し(ポケット)へと滑り込ませた。


(……まあ、いいか。拠点に帰ってから、結姉ぇの見てないところで入れ替えれば。すぐそこだし、大丈夫だよね)


 その小さな妥協が、運命の歯車を狂わせるとも知らずに。


ーーーーーーーーーー


 買い物を終え、両手いっぱいの荷物を抱えて『星屑の錆(エトワール・ルイーユ)』へと帰り着いた頃には、街は完全に夜の帳に包まれていた。


「ふぅ……すごい人だったね、今日は」


 ココが荷物をテーブルに置きながら、肩を回して息を吐く。

 結と圭の予備の服や、肉や野菜といった食料を買い込むために立ち寄った市場は、夕暮れ時ということもあって凄まじい雑踏(ざっとう)だった。何度も見知らぬ通行人と肩をぶつけ、押し流されそうになりながら、ようやく買い物を終えたのだ。


「ええ、少し疲れたけれど、これで明日の準備は万端ね」


 結は満足げに頷くと、圭の方を振り返った。


「じゃあ、圭。預けていたお金、出してもらえる? 明日の朝、すぐに動けるように確認しておきたいの」


「うん、わかった。……ええと……」


 圭は荷物を置き、右手の指先をズボンの隠し(ポケット)へと差し入れた。

 だが。

 指先が触れたのは、布の冷たい感触だけだった。


「……あれ?」


 反対の隠し(ポケット)を探る。そこにもない。

 圭の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。何度も、何度も、狂ったように全身のポケットを叩き、探るが、そこにあるはずの重量感はどこにも存在しなかった。


「な、ない……」


「……何がないの、圭?」


 結の声が、低く、冷たく響く。

 圭の唇が、ガタガタと震え始めた。


「お、お金……3万アデナ(あでな)が、……なくなってる……っ!」


 夜の拠点に、絶望の沈黙が落ちた。

 明日には、あのバッカスがやってくる。そして、彼らの手元から、その絶望を払うための唯一の武器が消え去っていた。


第12話、いかがでしたでしょうか。


目標金額達成の喜びから一転、あまりにも残酷なラスト……。

「あとでやろう」という、日常でもよくある小さな油断が、これほど大きな絶望を招いてしまうなんて。

圭が「収納」に入れっぱなしにしていたあの毒草が、まさかこんな形で伏線になるとは……作者としても心が痛む展開です。


3万アデナを失い、丸腰で明日を迎えることになった圭たち。

絶体絶命のピンチを、彼らはどう切り抜けるのか?

続きが気になる!という方は、ぜひ評価やブクマ、感想をいただけると執筆の励みになります!


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