第二章:記憶
小さい頃から体が弱く、よく入院をしていたことがある。
毎日父や母がお見舞いに来てくれたが、心細くて寂しかった。
そんなときに、病室をひょこっと覗いてきた同い年くらいの男の子。
僕を見つめると嬉しそうに近づいてきた。
「だれ?」
「僕は日向っていうんだ。
ここの病院でお父さんが働いてて、よく終わるのを待ってる。
お母さんも忙しいんだ。
保育室もあるんだけど暇だから今抜け出してきたところ。
同い年くらいの子がいて嬉しい。」
本当に嬉しそうに話す日向に、僕は少しだけ恥ずかしくて目を逸らす。
「具合悪いの?」
日向が首を傾げて僕はうーんと考える。
確かに少し、体がだるいような気がするけどそれほどでもない。
「元気だよ」
「そっか!じゃぁ僕がもっと元気にしてあげる!」
「どうやって?」
「お話する?」
全くもって直接的な解決になっておらず、少しだけ微笑んだ。
「あ!」
「なに?」
「笑ったらすごくかわいい!」
男相手に”かわいい”とは、何を言っているのだろう。
それでも、何故か嫌な気はせず恥ずかしくて毛布に顔を埋める。
「早く良くなるといいね。
良くなったら外で一緒に遊んだりしたいなぁ…」
「……初めて会うのに、もう友達みたい」
「だってなんか、一目見たときから仲良くなりたいって思ったから。
もう友達だよ」
どちらかといえば、引っ込み思案の僕に、
日向の存在はただただ眩しかった。
「……ありがとう」
「お礼言うようなこと言った?でもどういたしまして!あ、君の名前は?」
「あ、水無瀬………です」
水無瀬零
これが僕の名前だった。
初対面の人と話すのはあまり得意な方ではないからか、心臓がどきどきしている。
「みなせ」
綺麗に笑う子だな、と思った。
明るくて、優しくて、心が暖かくなる。
それから日向は、毎日のように病室にやってきては話をした。
折り紙を折ってもってきてくれたこともあったし、
宿題を僕の病室ですることもあった。
僕の熱が高ければ心配そうに見つめて手を握ってくれたり、布団をかけてくれたりもした。
正直、僕は日向に惹かれ始めていた。
そんなある日、退院が近づいてきた最中、
父がお見舞いに来ている時に日向もやってきた。
「水無瀬ー!今日も来たよ!
てあれ?水無瀬のお父さん?」
「うん、そう。
お父さん。この子前に話した仲良くしてくれてる子。
日向っていうんだ」
僕が紹介すると、日向は一つ頭を下げた。
「東雲です!」
父は少しだけ驚いたような顔をして、
その後に柔らかく笑った。
「そうか、仲良くしてくれてありがとう」
「僕のほうがありがとうなんだ。
水無瀬といると楽しいから」
父は少しだけ目を細め何やら考えるような表情をしていた。
あんまりこういった父の顔を見たことがないから、不思議だ。
「そうか。
少しだけ2人でお話あるから部屋出てくれる?また来てあげてね」
「わかった!じゃぁトイレ行ってまたくるね!」
日向は僕に向けて手を振り、
僕もまた、ゆっくりと振り返す。
日向が部屋を出ていくと、父は息を吐いて僕を見た。
「いいか零。
今回の検査でお前がE型であることがわかった。
ごめんな、これから苦労することもたくさんあると思う。
それでだ。あの子、東雲といってたな。」
「うん。お父さんがこの病院で働いてるんだって」
「東雲の家は、このあたりでは有名なS型の家系だ。
E型のお前が仲良くするとお前もさっきの男の子も傷つくことになる」
S、N、E
テレビで一度聞いたことがある。
SとEは番という関係になれて
一生を共にすることができるとニュースでは言っていた。
「僕がE型で、日向がS型ならずっと一緒にいられるんじゃないの?」
父が何かとんでもないものを聞いてしまったような表情で眉を顰める。
「だめだ。
残念だけど世界はそんな簡単なものじゃない。
特に日向君の家はS型同士でしか結婚しない名家だ。
彼に期待をさせないためにも、間違いが起きないためにも、離れなさい」
心の中がもやもやした。
日向といると他の誰からも感じることができない温かさがあるのに、
それなのに、どうして離れないといけないのか。
E型だからとかS型だからとか、よくわからなかった。
ただそれよりも僕の中に刺さったのは、
”日向に迷惑をかけたくない”ことと
”日向を傷つけたくない”ということだった。
「僕といると日向は困るの?」
「あぁ、必ず困ることになる。
零もだ」
理解は全くできていなかった。
ただ、一緒にいると良くないと言われていることだけはわかる。
「退院したらどうせ会わなくなるよ…?」
「まあそうだな。
ごめんな、辛いこと言った」
父の大きな手が僕の頭を撫でる。
父のことは好きだった。
これまでだっていつだって、僕のことを考えてくれた。
「水無瀬ー!!話終わった?」
日向がドアから顔を出す。
初めて会った時のように。
「あぁ、日向くん。待っててくれてありがとう。
この子はもうすぐで退院できそうなんだ。
入院中は仲良くしてくれてたみたいで本当にありがとう。
それじゃぁお父さんはそろそろ帰るよ」
父が出ていくや否や、
日向は僕に何かを差し出す。
一瞬、それがなにかわからなかった。
太陽の日なたで2人で遊んでいる…スノードーム…?
「退院決まってよかったね!
僕ここにいるから、元気になってもたくさん会おうよ。
これ、これからもずっと幸せでいられるように僕の大事なスノードームあげる」
日向と同じ太陽の日なたが写っているスノードーム。
日向にとって大切なスノードームを僕のためにと物をあげるのを想像したら、胸がぎゅっと締め付けられた。
「…ありがと」
両手を差し出したら、日向がそこにスノードームを乗せてくれた。
そこから何か、温かなものが広がっていくような気さえした。
「僕、君のこと好きだよ」
唐突に告げられ、呆気にとられたような顔で見つめ返す。
いつもの明るさとは裏腹、
真剣な瞳の日向に心臓の高鳴りが抑えられない。
いや、これは違うだろ。
そういうのじゃなくて。
友達としての”好き”とか、そういうこと。
胸の鼓動が聞かれてしまうのではないのかと心配になるほど、おかしくなっていた。
こんな気持は初めてだった。
「そういえばネームプレート見て気づいたんだけど、水無瀬って名字なんだね。
看護師さんがあそこに書いてあるのは名字なんだ〜って教えてくれた。
名前はなんていうの?」
「あ…………」
僕より何年も生きている父が、あんな表情をしながら訴えたことが、嘘であるとは思えない。
きっと弊害があって、
それはとてもとても大きなものだ。
一度だけ、軽く下唇を噛む。
この優しい人が傷つく未来を、困る未来を作ってはいけない。
「…リョウっていうんだ」
自分の名前が”リョウ”とも読むことは母に聞いたことがあった。
そしてこの嘘は、もう日向には合わないことへの誓いのようにも思えた。
それから僕は退院をして、
それ以降、入院することがあっても他の病院に行き
日向と出会った病院へ足を運ぶことはなかった。




