第一章:錠剤
「今日のデータ(症状)は?」
そう聞いてきた男は義父だった。
実父を亡くした次の年、母親が再婚した相手だ。
ただその母も亡くなっているし、”お父さん”とは呼べず、海さんとよんでいた。
「……問題ありません」
「はは、ならよかった」
あぁ、気持ち悪い笑みだ。
海さんは製薬会社で研究をしている創薬研究者だった。
様々な薬を研究し、色んな人を救っている。
「零のおかげで世界中で救われる人がたくさんいるよ。」
海さんの手の上には白い錠剤が6錠ほど乗っている。
見慣れた光景だ。
「…早く渡してください」
世界は原因不明の感染症に襲われていた。
感染後、一定期間はただの風邪と診断される。
だが数週間後、体内のホルモンバランスが崩壊する。
皮膚からは甘い匂いがにじみ、体温は異常なほど上がる。
その匂いは、他の人間を誘惑してしまう力があり、それは体質など関係なく1ヶ月以上は続く
と報告されていた。
しかし、一度感染してしまえば体質は大きく変質する。
体質は三つの型の性に分類された。
S型はホルモン変化と同時に体格や脳機能が活性化する。
記憶力や判断力が飛躍的に向上し、医者や弁護士等の高学歴な職種には大低S型が就いている。
海さんがそうだ。
190cmの身長につり目。
他の人を魅力とするオーラと端正な顔。
N型は9割以上の人間が属するいわば一般的な性。
そしてE型は、発症後、周期的に甘い匂いを強く放つ”発情期”と呼ばれる期間があるため
社会的には周りに迷惑をかける存在とされ、いみ嫌われている。
人はこれを「第二の性」とよんでいた。
海さんから薬を受け取る。
6錠ほどの錠剤を一気に口に放り込み、水で流し込む。
飲み込む瞬間、目を強く閉じた。
何度飲んでも慣れない。そして、このあと来る地獄を思えば、尚更。
「零もE型だから抑制剤の研究が必要なのはよく分かるよね。
E型のみんなの幸せのために研究は欠かせない。
ちょっと今回は副作用きついかもしれないけど死なないでね」
抑制剤は、E型であれば9割以上の人間が持ち歩いている。
発情期を抑える薬だ。
「じゃぁ帰るから。症状はまた連絡して」
ふいに頭に触れそうになり、手を払う。
海さんは不敵な笑みを浮かべて早々と家を出ていった。
脳内がかき混ぜられているような感覚がする。
1時間ほど休んだら、高校へ行かなければならない。
立ち上がろうとしても、体に力が入らず立ち上がれない。
薄れていく意識の中で、棚の上に飾ってあるスノーボールを見つめる。
”僕、君のこと好きだよ”
一緒になることなど敵わないのに
その思い出があると何故か呼吸ができるような気がする。
もう会わないつもりでいた。
なのに、どうして。
目を瞑れば、あの頃のことが未だに鮮明に思い出せた。




