第七話
――セデュがこの男の言うような卑怯な真似をするはずないので、どうせこいつの、逆恨みだろう。
よくいるんだ。自分の実力のなさを棚に上げて、才能あるやつを嫉んで、足引っ張ろうってやつが。僕も何度か、出会ったことがある。まあ、僕の場合は、最初に出会ったライバルが、正々堂々、僕を認めて褒めてくれる男――つまりセデュだ――だったので、長じてから出会ったそういうやつらに、変にショックを受けずに済んだんだけど。
…人間性っていうのかな。顔とか身体とかだけじゃなくて、音楽と同じようにお芝居にも、そのひとなりの個性が出るものなんだろう。
面前の男がセデュに勝てないのは、そういうところも影響しているんじゃないだろうか?
「オーディションでいつも一緒になるんだ。あいつのデビュー作からだ。1957年、『魔の山』、ただのモブ役だったけど、俺は落ちて、あいつが受かった。あいつの出世作の、1960年の『知と愛』もそうだ。あれは、やっと俺に巡ってきたチャンスだったんだ。女たらしの芸術家の役だ。絶対、俺のほうが相応しかったはずなんだ。それをあいつが、あの、無駄にいい顔と声と体で、あのゲイ監督に取り入って、役を横取りしやがった…1962年の『悪霊』もだ。俺の方が芝居が巧い、顔もいいのに、俺はいつもチャンスをあいつに奪われるんだ。身長185cm、体重72kg、靴のサイズは27! みんな俺と同じだ、なのにあいつの、卑怯な手に、みんな誑かされるんだ…」
「ふーん、それはまあ、お気の毒に、ってカンジだけど、取り入った、っていうのは、どうかなあ? あいつそんな器用なことできるかな?」
セデュイールの公式プロフィール? を暗記しているらしい彼に引きつつ、言ってやる。というかセデュの出演作まで全部網羅しているんだろうか、こいつは。僕もさすがにそこまでじゃあないぞ。
「あいつならやる! やるったらやる! 手段を選ばない、狡猾な男だ! でなきゃあんなふうにのうのうと、今の地位までのし上がれるわけがない! 俺のフェリシア、可愛いフェリシアを利用して、す、棄てやがったんだ、あいつは! 俺の方が先に好きだったのにい…」
「…それはとっととコクらない君が悪いよ」
「断られたんだよお…『わたしにはセデュイールがいますから』って…あいつは俺のほしいものを全部奪っていくんだ、何もかも、畜生…あのくそ野郎…ちょっと顔がいいからってバカにしやがって…」
「だから先にコクれてないだろそれ。君の話は面白いけど、何の証拠もないよね? セデュに悪意があったって証明できる? できないだろう? オーデションに落ちたのも、役と好きな子を彼に奪われたのも、君の主観での話であって、現実は違うんじゃあないか?」
「ちがうもんか…あいつはそういう男だ…みんな騙されてるんだ…だから俺があいつの仮面を、引っぺがしてやるんだ…公衆の面前で、二度と立ち上がれないくらいに、ぎったんぎったんに、ぶちのめしてやるんだ…そして俺に跪いて、許しを請うあいつを、俺は、俺は…」
男は涙声で呻るように言を重ねる。すさまじい執着っぷりだ。変態さんを数々見てきた、僕ですらドン引きだ。君が好きなのって本当はセデュなんだろ? と言いたくなるくらいだ。言わないけどね。こいつに新しい扉を開いてやるのはシャクだから。
「そろそろ終わりそうっすか」
「バロット居たんならもっと早く声かけてよ! どうしようコイツ!」
「ま、ほっときましょ。そのうちおさまるでしょ」
「おさまるかなあ!?」
「大丈夫っすよ。いつものことなんで」
「いつもの…?」
「セデュイールさんの役者仲間で、ま、事務所は別っすけど、よく仕事場で一緒になる、ファルコさんっす。今回の映画にも出てます。もう出番終わりましたけど」
「あ、そうか、そういう…」
「まだ終わっていないい! 俺は終わっていないぞう!!」
男が雄叫びを挙げたちょうどその時、私服姿のセデュが、パブの扉を開けて入ってくる。長身で姿勢がよくて、艶やかな花のようで、清潔感もある彼は、いるだけで薄暗かった店内を、ぱっと明るくする。
そんなセデュは僕を見て、花が綻ぶようにふわりとほほ笑む。
「ルー、会いたかった。道中、何事もなかったか? 疲れていないか」
一目散に僕のところに駆けてきて労う彼は、少しの疲労が目元に見えて、いつもより一段とセクシーだ。首元まできっちりとボタンを留めた白いシャツと、グレーのシックなジャケットと、揃いのスラックスを履いた軽装で、気品があって理知的で、禁欲的で生真面目な、僕のよく知るセデュだ。
「大丈夫だよ。ちょっと変なヤツに絡まれたけど…」
「変?」
「うおおおい俺を無視するなあ!! セデュイール貴様、また俺をバカにしやがったなあ!?」
「…酔ってるのかファルコ」
「酔ってない!! 貴様への怒りで燃え立っているんだ!!!」
「…宿に行こう。荷物は?」
「俺が運びますよ。車、手配してきます」
「ああ、頼む。行こう、ルー」
「うん、…ぼくも会いたかったよ、セデュ」
「…ああ。離れないでいよう、この陽光では頭のおかしいやつが湧くから…」
「それは俺のことか、俺のことなのかああああ!?」
叫び続けて常連客たちの視線を独占するファルコを残して、僕らはパブを出た。
だみ声が店を出るまで響いていたけど、それもこの際無視だ。ちょっと僕には、どうしようもない。




