第十八話
式の当日、森の人々はどこか浮ついて、そわそわと落ち着かない。
野に咲く花々を摘んで花束を作る子供たち、アンフェリータが「下界」から手に入れてきた、白いレースを織り込んだ豪奢なドレスに、歓声を上げる女の人たち、村一番の美女を獲られちまうってんで、ぶすくれた仏頂面で教会の周りを装飾する男たち。
アジャーニはそんな彼ら彼女らからは離れた場所で、切り株に腰かけ、ぼんやりしている。
真新しい、ハンガリーの民族衣装みたいな刺繍の入った麻のワンピースに着替えさせられた僕はとことこ歩いて、彼女の隣に腰を下ろす。
アジャーニは夢見るみたいな大きな瞳で瞬いて、僕を見る。
「婚姻の朝だね。気分はどう? 花嫁さん」
「…教祖様、」
「ルーシュミネでいいよ。…君はこうして、君の意思とは関係なく、結婚するわけだけど。やっぱり気持ちはかわらない? ここから出たいとは思わない?」
「…セデュイール様を、わたくしは知りません」
「…うん」
「1日3回、水辺で組んだ水を届けに、森の小屋を行くあの方を、遠くから見たことはあります」
「…うん」
「すらりと背が高くて、どこか近づきがたい雰囲気のある方でした。…兄弟たちが言うような、悍ましい悪魔にはとても見えなくて。兄弟たちが、わたくしに嘘を言うはずなんて、ないのに…」
「セデュのことがこわい?」
「…わたくしは、夫婦というものがわかりません。…あの方と、ふたりきりで暮らすなんて、わたくしには、とても…」
怯える世間知らずの、18歳の女の子の震える手を、僕は握ってやる。
「君自身がそう望むなら、君はどこへだって行ける。それを忘れないで」
がやがやと沸き立つ村の人々は、僕の前で涙を零すアジャーニに気付かなかった。
教会のパイプオルガンが、重厚な音を奏でる。
鍵盤の前に掛けたのは僕じゃない。僕が来るまで、ミサで演奏していたという男の人だ。
曲がった背中のおじいさんで、眼鏡をかけた目で鍵盤をじっと睨んでいる。
僕は気分が悪いので、列席を断ったのだ。結婚式の伴奏なんて、冗談じゃない。
壇上にはカティアが立って、支配者のように君臨している。扉が開くと、セデュが連れてこられる。今日は汚れ一つない麻の上下で、飾り気はないけど、余計に彼の精悍さが引き立って見える。
群衆の間を引きずられるセデュは、いつかの再演のようだ。両手を拘束されたまま、凛と顔を上げて、壇上のカティアを睨みつける。
「よく来ました、花婿よ。アジャーニと婚姻を結び、これでお前も晴れて、この村の一員となるのです。喜びなさい。神に感謝を。この村第一号の夫婦として、いつまでも仲睦まじくあるように」
ぎい、と扉が開き、飾られた山百合のむせかえるような香りの中、花嫁がしずしずと進む。
裾を引きずるほど長いヴェールで覆われた顔はぼんやりとしか見えない。編み込んだブロンドに花冠が飾られ、ほっそりした身体に、幾重ものレースを重ねたウエディングドレスを纏い、肘まである白手袋を嵌めた手には大輪の山百合の花束がある。ドレスに縫い付けられた真珠はきらめき、裾には綻んだバラの花のような意趣があって、まさに、どこから見ても、幸福な花嫁さんという感じだ。
はあと観客席からため息が漏れるのは、刺激の少ないこの村では、見たことがないほどにゴージャスなドレスだからだろう。
アンフェリータがこのドレスを選んだときの心境を考えると、なんだかやっぱり、可哀想にもなってくる。おかしな規則に縛られて、自由のない、彼女たちが。
セデュの面前まで花嫁は進み、彼と並び立つ。セデュの拘束は解かれ、カティアは司祭よろしく手を振り上げ、祝福を授ける。
「誓いのキスを。神の御許で、ふたりの魂が永劫に結ばれますように」
正装したチャーリーに花束を渡した花嫁はセデュに向き直り、彼もまた、花嫁を向いて立つ。
彼の、ほどよく筋肉のついた長い腕が花嫁をそっと、壊れ物を扱うように抱き寄せ、首を傾けた彼の顔が、花嫁に近づく。
ひゃあ、と観客席で悲鳴のような声が上がる。
上向いた花嫁はセデュに応えて腕を彼の背に回し、抱きしめ返して、それで。
観客の面前で、花嫁とセデュは、めちゃくちゃ濃厚なキスをかました。
ヴェール越しに、舌を絡み合わせる、もうすっごいやつだ。
唖然としたカティアは制止するのも忘れてぽかんとなり、後部座席に座ったファルコは身を乗り出して食い入るように見つめている。
固唾をのんだ群衆は茫然とそれを眺め、あるいは腰を抜かし、あるいは失神し、そして。
一発の弾丸が、ステンドグラスをぶち抜いて粉々に砕け散った。




