第十三話
僕の世話係に就任したのは、16歳の、赤毛の男の子だった。名前はチャーリー。くるくるとよく動く大きな目がチャーミングな男の子だ。
「きょうからお世話係になりました、よろしくおねがいしまう!」
初対面の挨拶から噛んでしまって、もともと赤らんだ顔をしていたのが、更ににんじんみたいに真っ赤になる。うーん、初々しいぞ。僕にもこんな頃が…いやあ、なかったなあ、16の僕は既にすれっからしだった。自慢じゃないけどね!
「よろしく~。ねえここのクローゼット、どうなってんの? おんなじ服しかないんだけど!」
「おいらたちは、みんなこの服です。その服は、教祖様用のもので、特別製です! 母さんたちが、何日も寝ないで縫ったんです!」
誇らしげに言われてしまう。大きな麻の布をくり抜いて作ったような簡素な服を着たチャーリーは、それがあまりに現代にそぐわないものだということも知らなそうだ。
知らないってことは、幸せなこともあるけど、ひどく痛ましいものでもある。
僕はため息吐いてクローゼットの中に目を戻す。
膝下まであるくらいの長ーい白のワンピースが数着。
下着とか靴下とか、そういったものはない。みんなもつけていないのかもしれない。
ボタンを飛ばされた裂けたシャツに、下履き1枚の僕は仕方なくぽいと裂けたシャツを脱ぎ捨て、麻の服を手に取る。ごわごわして、肌に触れたら痛そうなそれを、頭から被る。
傍らのチャーリーは真っ赤になって視線をあちこちに逸らしていて、いまいち使用人としては頼りなさそうだ。
「これ、もう使えないからどこかに捨てて。気に入ったら直して君が使ってもいいよ」
裂けたシャツを渡すとぴょんとウサギみたいに飛び跳ねる。
「ええ、いや、でも、あの、教祖様…」
「その教祖様、ってのもやめて。僕の名前はルーシュミネだ。…ルール違反だっていうなら、他の人の目のないときだけでいい、名前で呼んでほしい。いいかな?」
「は、うはい、るー、しゅみね、様あ…」
なんだか一杯一杯って感じの彼がおかしい。あんまり刺激のない生活にいるだろう彼は、それこそ女の子のグラビアとか、えっちな映画とか、見たことも聞いたこともないんだろうな。思春期男子なんて、そういうことに興味津々な年頃だろうに、可哀想に。
「ねーねー君って女の子としたことあるのお? 聞かせてほしいなあー」
「うええええ!? む、むりですそれは!」
「なにがむり?」
「はなせまてん!」
また噛んだ。わー面白いなこの子。
「えー恥ずかしい? じゃあ僕のはなし聞かせてあげようか? 僕はねえー」
「ややや、おやめになってください! ほんとに! むりですから! 勃起しちゃいますから!」
「うお、いきなり生々しい単語が出たな…」
「奴隷以外との鶏姦は禁じられています…貴方様がはじめてのひとなのは、おいらにとっても、光栄ですけど…」
「…うん?」
「貴方様を、奴隷みたいに扱うのは、正直、めちゃめちゃ興奮しますけど…おいらは、け、けけ経験ないから、うまくできる自信もないし…」
「…」
「でも、るー、しゅみね、様が、おいらを指名してくれたのは、めちゃめちゃ嬉しかったんで、おいら、るー、しゅみね様が悦ぶことなら、なんでも、するつもりです…舐めるのも、いやじゃないです…」
「…待ってくれ。別に僕は君を指名した覚えはないんだけど…」
「るーしゅみねさまあ…」
ぽいとシャツを放り出したチャーリーが真っ赤な顔で抱きついてくる。すりすり頬擦りされて鳥肌が立つ。あとちょっと下半身があたってる! 結構硬くなってる! やばいやばいやばいなんだこれ!?
「待て待て待て落ち着け! そういう話じゃないから! 僕別に君とどうこうしたいわけじゃ…聞けこら! おい!」
「るーしゅもねさまあ」
「噛んでるから! 離せって言って――」
そのままベッドに押し倒されて、なんかキスまでされそうになって、――申し訳ないけど、僕は渾身の力を込めて、彼のあそこを蹴り上げてやった。
チャーリーは股間を抑えて悶絶してる。16歳の貧弱男子が相手でよかった。これがバロットみたいなムキムキマッチョだったら、到底貞操を守ることは叶わないところだった。ああよかった。マジで。…なんで自らピンチを招いてるんだ僕。バカすぎるだろう…。
「僕には心に決めた人がいる。だから君とそういうことはしない。わかった?」
「はい…ずびばぜんでじだ…」
涙声でチャーリーが呻く。…誤解させてしまった僕も悪いように思うので、手を貸して立ち上がらせてやる。
小柄なチャーリーはよろよろと椅子に掛けて、縮こまってしまう。なんだか可哀想になってきて頭をなでてやると、きっとなって
「そういうところですッ」
と叱られてしまった。
「外に行く方法はないのかな。君は森から出たことはないの?」
「森から出られるのは、伝道者の資格がある兄弟だけですので…」
「伝道者?」
「神の教えを、下々に広め伝える役割の方々です。アンフェリータとか、ファルコとか」
チャーリーを連れて草深い森を行く。逃げられるような隙がどこかにないかって探るためだ。村には人が絶えず往来し、散策する僕らを監視している。
畑で鍬をふるう髭もじゃのおじさんも、小屋から出て濡れた麻の服を木にかけ干してるお姉さんも。他にも無数の目が僕たちを追う。
森の中には小屋が点在していて、盗難防止の柵とかはないけど、監視役の男はそこに交代で常駐しているのだという。つまりは、八方塞がりってことだ。うんざりするね、まったく。
「アンフェリータが働いてたところも、ここを創った人と繋がりがあるとか、君は聞いたことない?」
「姉さんが外で働くのはおいらたちのため、ってことしか、知らないです。すんません…」
「まあそうだよね、君は知らなくて当然か…」
「姉さんは、外で子種を仕込んできて、森の家族に新しい遺伝子を提供してくれてるんです。家族同士で番ってると、どうしても、遺伝子異常が出ることがあるからって…」
…彼女の身体も、道具の一部ってことか。まったく、たいした家族ごっこだ。
彼女がなんでここにいるのかは知らない。どこにでも行けるはずなのに、ここに戻ってきてしまうのがなぜなのかも。
幸いなことに僕は神様に縋らなきゃならないほど追い詰められた経験はなくて、…追い詰められたことはあるけど、僕が縋るのは「神」じゃあないので。彼ら彼女らの気持ちはたぶん一生わからない。
そうして縋ることが救いになるのだとしても、根本的に間違っているとしか思えない。
こんな僕が教祖だなんて、人選ミスにもほどがあるだろう。
「どうして僕、だったのかな。ほかにもっと、相応しい人はいたと思うけど…」
「カティア母さんが言ってましたよ。教祖様は唯一無二のお方だって。だからどうしても、悪魔の手から救い出さなきゃいけないんだって」
「悪魔?」
「悪魔です。美しい顔と声をして、天使を惑わし堕落させるという…」
七色のステンドグラスが輝く教会のミサでパイプオルガンを弾いて、毎日3食きっちりと届けられる食事を腹に収め、水浴びしてクソして寝て。
そうして何日くらい経ったろうか。
――ファルコが、悪魔を連れて森に戻った。




