第十二話
「いってえ! この、はねっかえりの、アバズレが!!」
ぱちんと破裂するような音がして、僕は頬を張られる。熱くなってじんじん痛いけれど、きもちいいよりずうっとましだ。この痛みがあるうちは、快感も忘れていられる。
ぽたぽたと耳から血を流してファルコは悶絶する。扉が開いて、ばたばたと駆け込んできたのは、カティアとアンフェリータと、他数人で、部屋の惨状を見とがめたカティアはきっとなって、ファルコの頬を張っ倒した。
「何をしているのです、神の子に怪我をさせるなど、正気ですか!?」
「だって伯母さん、こいつが…」
「お仕置きです。檻に入れておやりなさい。24時間はそのままでいるように!」
「やめてくれよ、ねえ伯母さん、お願いだよお…」
情けない声を残して、両側から男たちに拘束されたファルコは出て行った。
そう、カティアの目的は別に、僕を好き放題に犯したいってことじゃあないのだ。
僕の身体を自由にしたいっていうよりは、身体から僕の魂を切り離したいとでもいうような…。よくわからないけど、そんなことを言っていた、気がする。僕に点滴を打つ前に。
「もう間もなく3日です。貴方はやはり素晴らしい。よくお耐えになりましたね。肉体に支配された煩わしい下界から解脱して、貴方の魂は天へと昇り詰めるのです…」
味気ないコンクリートの天井を仰いで、カティアは恍惚として言った。
間もなくこの試練が終わるのなら、僕にとっては万々歳だ。
…そのあとのことは、そのときに考えよう。
「――以上がこのコロニーの説明です。ご理解いただけましたか?」
「まったくわかんない」
さくさくと伸びきった雑草を踏み分けながら仏頂面で答える僕に振り向いて、カティアは物憂げなため息を吐く。
「ではもう一度初めから」
「もういいよ。何度聞いても理解できそうにないし」
「教祖様は人の言葉は理解できない、そういうことですわね。畏まりました。結構です。貴方は神のお言葉を、わたくしたちに伝える大切なお役目がございますので、そちらに専念していただければ…」
「君たちの言う神ってなんのこと。カトリック? イスラム? ユダヤ教? 話を聞く限り、どれとも違う気がするんだけど」
「神は神です。唯一絶対なるお方、天地創造を成し遂げた偉大なお方です」
「福音派…というより、原理主義に近いのかな。ここの様子を見てると」
まだ幼い子供や、本来なら義務教育を受けるべき少年少女が、このコロニーには大勢いる。みんな、何かしらの役割があって、男の子は肉体労働、女の子とは料理に裁縫、それから男の子種を受け入れる準備をしているのだという。学校にも行かず、この閉鎖された空間の中で。
…吐き気がするような世界だ。
基本自給自足で生活している彼らには貞操観念というものはないらしく、全員が家族のため、誰と番って子をなしてもかまわない。むしろ、女性は子をなすことこそが最大なる神への奉仕であるとされ、生まれた子供は村全体で一丸となって面倒を見る。
森のあちこちに建てられた小屋には決まった定住者はおらず、「家族」同士でシェアしている。小屋の傍にはたいてい、1メートル四方の正方形の檻があって、「家族」の務めを果たさなかったものはそこに24時間入れられる。老若男女関係なく。
先の大戦の際に建造されたという地下室のシェルターを出ると、じりじりとした暑さが肌を炙る。不自然なこのコロニーに対する誰かの怒りが、この地を焼いているような。
教会へ向かう道中、檻の中に閉じ込められた何人もの人を見た。
大声で泣いている子供が多い。がりがりにやせ細った掌で格子を掴んでゆすぶる姿に、胸が苦しくなってくる。
「あの子たちは何をしたの」と聞くと、カティアは「家族の掟を破ったのです」と、曖昧な返答しかくれない。
人里離れた森の中に隠れ住んで、自分たちだけのルールを布いて、隔絶された生き方をしている彼ら彼女らは、不快な暑さのさなかでも、すれ違えば皆ほほえんで幸せそうに手を振る。
彼ら彼女らにとってここはユートピアなのだろうか。僕にはまったく理解できない。
教会の奥の階段を上った二階の部屋が、僕の住むところだそうだ。
木造のベッドに机、粗末な木のクローゼット、小さなテーブルと椅子の、質素で簡素な部屋は、よく掃除されて埃一つもない。
僕はとりあえずベッドに腰かけそこのスプリングを確かめるように体重をかけて足をブラブラしつつ、面前で微笑んだまま制止したカティアを見上げる。
「それで、僕は何をすればいいの。君たちは僕に何をさせたいの?」
「教祖様には、神とわたくしどもの仲立ちを務め、神の御言葉をお伝えいただくという役割がございます」
「だから、具体的には?」
「毎朝のミサで、オルガンを弾いていただきます」
「…それだけ?」
「はい」
拍子抜けしたように聞く僕に、カティアは満足そうな顔で頷く。
「…もっとエロいこと要求されると思ってた。ここの女の子たちとやりまくれとかさ」
ほっとしたついでについつい余計なことを言ってしまう。これは藪蛇だったかな?
「禊を終えられた教祖様の大事なお身体は、神聖なるもの。女たちの血の穢れからは離れておいでください」
「あーうん。それは僕としても、ありがたいかも」
「はい。貴方様は、わたくしどもの信仰の対象となるのですから、崇められこそすれ、下卑た行いなどされるべきお方ではございません」
カティアの恍惚とした表情が、なんか怖い。どこだったかな、どこかで見た覚えがあるぞこれ。僕がまだ10代で、めちゃくちゃ引っ張り凧だった頃、ファンレターや花束をもって押しかけてきたマダムたち、の姿が浮かぶ。
僕を神聖視して、崇拝して、心酔して――僕に失望して、去っていった人たちだ。
こわいこわい。一刻も早くここから出ていきたい。セデュのところに帰りたい!
「教祖様は天使のように、身綺麗にお過ごしください。穢れに触れることさえなければ、貴方様は自由です。わたくしどもは貴方様の命令に従います。そうして天井の調べを、わたくしどもにお与えください」
「…僕もう帰りたいんだけど」
「それだけはなりません」
うっとりとした微笑を絶やさないままカティアはきっぱりと言う。
そうして、逃亡した人間の末路を語った。
逃亡した人間は「家族」としての権利を剥奪され、「奴隷」に堕ちるのだという。それは僕も例外なく。
「『奴隷』に堕ちたモノは『檻』に閉じ込められ、四六時中、村の男たちの慰みものとなるのです。女は妊娠した場合には罪を許されますが、男はそのまま」
「…そのまま?」
「発狂するか、虚弱して死ぬか、どちらかですわ」
あの古城での、狂ったルールを思い出す。アンフェリータがあそこに勤めていたことといい、ここの創始者? か誰かと、あの古城と、腐った線が繋がっているように思われてならない。
「酷い世界だね、吐きそうだ」
「ですので、貴方様は天使のように、下々のものとは関わらず、何も知らずにお過ごしください。身の回りのお世話にはアンフェリータをお付けいたします。アンフェリータは貴方様にどこへなりとついて回りますので、何なりとご用命を」
つまりは監視役というわけか。用意周到だね、まったく。
「それなんだけど」
膝を折るお辞儀で出ていこうとするカティアを僕は引き止め、靴を放り出してベッドに腹這いになる。伏せた腕に顎を載せ上目遣いで見るとカティアは傾聴の姿勢をとっている。教祖様っぽいふるまいなんてわかんないけど、とりあえず。
「僕のお世話係は、アンフェリータじゃない子がいいな。あの子、なんだか怖いんだ」
「ではどのような者がお望みでしょう」
「うーん、それじゃ、16歳以下の男の子で、お願いできるかな? 顔はべつにどうでもいい…まあ、かわいい子のほうがいいかな。四六時中一緒にいるならさ…女の子にトイレまでついてきてほしくないし。ところでここのトイレってどうなってるの? シャワーは?」
「糞尿は肥料として使用しますので、決められた場所でご排泄ください。水浴びは、川から汲んだ水をご使用いただけます。毎日三回、新鮮な水をお届けに上がります」
「僕がベッドに男の子を連れ込んだらどうなるの? 教祖様の命令は絶対なんでしょう? それでも僕は裁かれるのかな?」
できるだけ、淫靡に見えそうな表情を作って、尋ねてみる。試し行動ってやつだ。
カティアはすっと無表情になって、幾分か考え込み、ゆっくりと、一語一語強調するような言葉を吐いた。
「鶏姦は、不自然なふるまいです。それは何も生み出さない、悪魔の行為です。わたくしどもには容認できません。貴方様が、そのような愚を犯されることのないよう、お祈りいたします」




