8 天幕中のやり取り
自分がこの白衣の女から逃げられないと悟ったウィンデルは、仕方なく馬の手綱を引かれ、女の指示に従って林の中の野営地へ向かった。林に入ると、白衣の女は合図してウィンデルに馬から降りさせ、手綱をやってきた兵士に渡させた。そうしてウィンデルを連れて、野営地の中でもっとも大きな二つの天幕へと向かう。
ウィンデルは女について天幕の一つに入ると、左右を見渡した。内部は広いが、意外にも家具は質素だった。床には白いミンクの毛皮が敷かれているが、家具のグレードも自宅とそれほど変わらない。白衣の女は優雅にその敷物の上に腰を下ろし、ウィンデルにも座るよう促した。
「話をしましょう。あなたの名前は?」
多くの女性よりやや低めで落ち着いた声は、かえって成熟した魅力を帯びている。ウィンデルが座ると、間近で女の顔を観察し、すぐに夢の中で見た「クリスト」と同一人物であることを確信した。
年齢はやや上のようだが、整った顔立ちと高貴な雰囲気は、十分に美人と呼べる。だが、本当に重要なのは、彼女から発せられる圧倒的なオーラで、ウィンデルはこの人がただ者ではないと直感した。圧迫感に押され、彼は素直に答えた。
「ウィンデル・フェイトです。」
白衣の女は眉をわずかに上げ、低く呟いた。
「フェイト……なるほど。」
聞き取れない言葉だったが、ウィンデルは確認したいことを切り出した。
「あなたの名前は、クリストですか?」
「ザグフィがあなたに話した?」
ウィンデルはその場で立ちすくんだ。
これが本当に彼女の名前なのか?ということは、今まで見てきた夢は……
彼が言葉を失うと、クリストはそれを了承したかのように続けた。
「あなたはザグフィの息子ね?なぜ私たちの儀式を盗み見たの?」
ウィンデルは驚いた。自分では隠れていたつもりだったが、どうやら見つかってしまったらしい。しかし今さら否定しても仕方ない。
「たまたま通りかかっただけです。」
「ふん、たまたま……今も言い訳するつもり?ここにたまたま来たって?」
見てしまった以上、言い逃れは無意味だった。
「父がヴィーゲルにいるかもしれないので、迎えに来たんです。」
「いいわ、少なくともこの状況で嘘はついてない。で、次はどうするつもり?」
「もしあなたが放してくれるなら……」
「父に王室が捕らえに来ることを知らせるつもりね?」
クリストはウィンデルの言葉を補完し、続けた。
「馬鹿ね、もし私が放すつもりなら、最初から無理やりここに連れてこないでしょ?私が特別にここにいさせた理由、考えたことある?」
「そんなの知るわけないだろ!」
ウィンデルは苛立ち、声を上げた。今はただ、父を探しに行きたい一心だった。一方でクリストは、その反応に呆れたように彼に一つ白い目を向けた。
「若造、覚えておきなさい。言葉少なめ、考え多め。生き延びたいなら、この原則を忘れるな。」
突然の教訓にウィンデルは戸惑った。どう返すべきかわからない様子を見て、クリストはため息をついた。
「ま、いいわ。若いんだからわからなくて当然。ついてきなさい。見せるものを見れば、私の意図がわかるはず。今からは私の従者のふりをして、一言も口を利くな。」
そう告げると、クリストは天幕を出た。仕方なくウィンデルも後をついて行く。二人は隣の天幕に入ったが、外見は天幕でも、中に入るとまるで王宮の一室のようだった。
天幕には小さな応接室と、布で仕切られた寝室があり、家具はすべて豪華だった。紅檜のテーブルと椅子、銀の茶器、椅子の肘掛は純金。全体は豪華絢爛とも言える。二つの天幕で唯一共通するのは、敷物が同じく白いミンクの毛皮であることだけだった。
だが、ウィンデルの視線は、紅檜の丸テーブルに座る二人に釘付けだった。一人は黒い軍服に勲章をつけた高位の軍人、もう一人は淡い金色の外套を纏った王族――右目に学者用の金の片眼鏡をかけ、先ほど夢と空き地で見た若い王族だ。
夢の中で父の処刑を命じた相手を目の前に、ウィンデルの心は敵意で満ちた。一方、クリストとウィンデルが天幕に入ると、二人は起立して出迎えた。
「クネイト様!まさにお越しいただくところでした、ちょうど……」
話を途中で止め、王族はウィンデルに目を向け、疑問を浮かべた。
「この少年は?」
「私の一族です。村のことを報告に来ました。」
王族は納得し、話題を元に戻す。
「作戦計画について、相談したいんです」
クリストは眉を上げ、軽蔑を隠さなかった。
「ブレット様、相手は無防備な村人です。そんな大げさにする必要は?」
「いや、北方の民族は侮れません。油断すれば被害が出ますよ。戦争は効率が命でしょう?」
ブレットの含み笑いを見て、クリストはため息をついた。
「さっさと言いたいことを言いなさい。」
「では、単刀直入に申し上げます。まもなく軍が攻め込む際、どうか南風を吹かせていただきたいのです。火を点けた矢を村の中へ送り込みやすくなりますから。村の家々はほとんどが木造ですし、一度火が回れば、たちまち炎の海と化すでしょう。その混乱に乗じて兵士たちが一気に突撃し敵を殲滅すれば、もはや失敗のしようがありません。」
「敵軍?」
クリストの軽蔑を受け、ブレットは笑う。
「もちろん、ヴィーゲルの村人です。」
ブレットの図々しい顔を見て、クリストは鼻で軽くあしらった。
「ザグフィはどうするの?さっき村で見つけたって言ってたけど、そのまま焼き殺すつもり?」
「ご心配には及びません。そのネズミのような男は、簡単には死なぬかと存じます。状況がまずいと察せば、以前のようにすぐに逃げ出すでしょう。しかし、どこへも行けぬよう手は打ってあります。クネイト様は私の指示通りに動いていただければいいです。」
ブレットの言葉に明らかな悪意を感じ、ウィンデルは身震いし、クリストに目を向けた。拒否してくれることを願って。
「私は断るわ。なぜ私がそんなことをする必要があるの?」
ブレットは目を細め、意地悪そうに笑った。
「最近、商会の人と頻繁にやり取りして、商品の評価を頼んだとも聞いたが?」
「それがどうした?」
「どうしたもこうしたもない。聞いた話では、長期的な協力関係を築こうとしているようだが?彼らが承諾するか拒否するか、私にとっては一言で決まる話ですよ。」
「……コングルとテレニィはこの件を知っているのか?」
クリストが尋ねると、ブレットはさらに笑みを深めた。
「まだ知らない。これは私が私的ルートで手に入れた情報だ。」
クリストはしばらく黙った後、渋々頷く。
「今回だけ手伝ってあげるわ。その代わり、リストを渡すから、あの人たちと私をつなぐのよ。」
「もちろん。でも、今後も必要なときにお願いしてもいいのか?」
食い意地の張ったブレットを前に、クリストの顔は瞬時に険しくなる。
「ガキ、いい加減にしなさい。最近あんたの動向や関係者の情報を漏らせば、世子派も黙っていないわよ。」
そう言うと、クリストはブレットに一瞥もくれず、ウィンデルの手を取り天幕を出た。戻るとウィンデルは焦りながら尋ねた。
「本当に手伝うつもり?村人は無実の庶民だぞ!」
クリストはため息をつき、振り返って彼を見た。
「君は本当におめでたい子ね。わかってないの?これ、戦争なのよ。戦場に『無実』なんてないし、残酷とかもない。村人を逃がせば、誰かがサーチ軍に連絡して大規模侵攻を報告する。そうなれば我々は不意を突けず、侵攻の難易度は格段に上がる。」
「なら全員捕虜にすればいいじゃないか!なぜ皆殺しにする?」
クリストは苦笑した。
「捕虜?捕虜にしてどうする?兵力を分散して守らせるか、荷物のように連れ回すか?途中で逃げる者が出ない保証は?それに次々と城を落とすたびに全員捕虜にして、何千人もの人質を連れて行軍するの?君、まずそんな状況でどう戦うか教えてよ。」
鋭い指摘にウィンデルは反論できず、歯を食いしばった。
「なら、父だけでも救えないか?君みたいな強い風使いなら、軍が攻め込む前にこっそり助けられるだろ?」
「おや?風使いがわかるの?父親に教えてもらったのか?」
「だから何だ!今はその話じゃない!」
ウィンデルの無遠慮な口調に、クリストは首を振った。
「礼儀ってものを教えるべきな。ええ、確かにザグフィを助けるのは簡単。でも問題は、彼も今回の作戦の主要目標であること。目標が突然消えれば、誰でも私の仕業だとわかる。そうなれば面倒が増すだけ。」
それを聞き、ウィンデルは居ても立ってもいられない。
「なぜだ!なぜブレットなんか怖がる?彼に弱みでも握られてるのか?」
「君には関係ない。」
「関係ない?父親の命がかかってるんだぞ!さっき聞いたところで、君も彼の弱みを持ってるじゃないか!しかも、こんな強い風使いが、なぜ王族の手先になってる?」
「言ったでしょ、君には関係ない。」
動じない彼女の前に、ウィンデルは唇を噛み、拳を握りしめた。
「今なら……まだ父は助かるのに……」
クリストの瞳に一瞬の情けが光るが、口は冷酷だった。
「勘違いするな、坊主。最初から私は君を助ける義務などない。ザグフィの生死は私と関係ある?村人を見捨てられるなら、なぜ彼だけ助けなければ?」
ウィンデルはその言葉を聞いて、胸の奥がひやりとした。しかし、それは相手に助けを拒まれたからではなく、ふと気づいてしまったのだ――自分も一瞬のうちに、ヴィーゲルの村人を見捨ててしまったことを。
だが、ウィンデルはすぐにその考えを振り払い、懇願するように口を開いた。
「お願いです、あなたが助けてくれるなら、何でもします!どんなことでも、必ずやります!」
「馬鹿なことを言うな。あなたに私のためにできることがあると思っているの?」
その一言で、ウィンデルは完全に言葉を失った。そう、簡単な言葉だ。しかし残酷なほどに、現実を突きつける言葉だった。クリストの言う通りだ。もしも、彼女ほどの強大な風使いでもできないことがあるのなら、自分にどうしてそれを助けることができるだろう。
絶望の中、ウィンデルは頭を垂れ、力なく膝から崩れ落ちた。動かず膝を折っている様子を見て、クリストは慰めの言葉をかけようとした時、ウィンデルが突然立ち上がり、出口へ向かって歩き出した。
「ザグフィを助けに行くのか?」
ウィンデルは背後の問いを無視して歩き続けた。
「自分に何ができるか考えたのか?」
その声にウィンデルは立ち止まり、再びクリストの低い声が響いた。
「何もしないで助けに行くつもりではないでしょうね?」
皮肉交じりの声は、鈍感な者でも聞き取れるほど明確だった。
「ブレットは村をすでに包囲している。方法が思いつかず、力もないなら、行っても命を落とすだけだ。」
「……それでも、何もしなかった後悔だけはしたくない。」
決意に満ちたウィンデルの言葉と同時に、強風が天幕の幕を勢いよく吹き開けた。クリストは驚き外を見れば、野営地に猛烈な風が巻き起こり、灰色の雲の隙間から澄んだ青空が覗いていた。
風がさらに強まるのを感じたクリストは、迷わずウィンデルの後頭部めがけて球状に凝縮した強風を放った。命中と同時に、ウィンデルの体は揺れ、前に倒れた。その瞬間、クリストは手首をひと撫でし、少年の体はまるで時間が遅くなったかのように、ゆっくりと白い敷物の上に倒れ込んだ。そして、外の暴風も止まった。
クリストはようやく息をついた。外では突然巻き起こった暴風のせいで人々が騒ぎ立てていたが、彼女の視線は地面に倒れ、意識を失った少年から一瞬たりとも離れなかった。
「力は覚醒しているとわかっていても、ここまでとは……」
思い出したかのように、クリストは頭を振りながら呟いた。
「あの歌……やはり、間違ってはいなかった。」




