82 真相
ウィンデルとナイヴはぎょっとして、声のした方を振り返った。すると、いつの間にか闇の中に、背の高い者と低い者、二つの人影が現れていることに気づく。
襲撃者――ストークと名乗った男が、どこか照れくさそうに言った。
「悪いな。ちょっとした想定外があってさ。でも君たち、なかなか機転が利く。ちゃんと守衛の後ろについて、合図を送ってくれたろ?」
「ふん、そんなの基本でしょ。それに、まだあの二人の正体を説明してもらってないわ。」
「彼らはウッド選帝侯の部下だ。俺たちと同じく、人を助けに来てる。」
「本当に信用していいの?」
「信用できるかどうかは二の次だ。もう後戻りはできない。とにかく、先に人質を救い出す。地下室の入口は見つけたか?」
「ええ。左の廊下を突き当たりまで行って、角を曲がったところ。二枚の絨毯が重なってる場所に、動かせる仕切り板があるわ。それを外せば、下に続く階段が見える。」
ストークは小さくうなずくと、二人の仲間とともに、地面に倒れていた守衛を階段脇の暗い角へと引きずった。
「上出来だ。急ごう。あいつらの仲間に異変を察知される前に、ここを離れる。ロウ、案内してくれ。」
背の低い男は無言でうなずき、ためらいなく左の廊下へと進み出す。一行が足早に廊下を抜け、角を曲がったその瞬間、ストークが小さく笑った。
「ちっ、やっぱりここか。」
ストークたち三人が同時にしゃがみ込み、絨毯をめくり上げる。ウィンデルがまだ地下室の入口を探している間に、ストークとロウが息の合った動きで木板に手をかけ、一気に持ち上げた。
その下には、確かに下へと続く階段が口を開けていた。
二人の手際の良さに、ウィンデルは内心感嘆する。ほとんど光のない状況だというのに、動きは淀みなく、しかも仲間の邪魔にもならない。まるで夜目が利くかのようだった。
ストークが仲間に指示を出す。
「お前たち二人で下へ行け。俺とこいつらで上を見張る。何かあったら、すぐ合図しろ。」
「了解。手早く済ませる。」
ロウと背の高い男が、前後して穴の中へと消えていくのを見送りながら、ウィンデルは思わず尋ねた。
「どうして、入口がここだって分かったんだ?」
「中空と実床じゃ、踏んだ感触が違うからな。」
ナイヴが興味深そうに首を傾げる。
「どう違うの?」
ストークはくくっと笑い、隠しきれない得意げな調子で言った。
「それは秘密だ。十年以上積み上げてきた経験の賜物だからな。」
「けち。」
ストークは微笑むだけで答えない。これ以上聞いても無駄だと悟り、ナイヴも追及をやめた。
だが、静けさが戻ると同時に、先ほどまで薄れていた危機感が再び胸に迫ってくる。しばらくして、落ち着きを失いかけたナイヴが耐えきれず口を開いた。
「本当に、降りて手伝わなくていいの?ちょっと時間がかかりすぎてる気がするんだけど。」
「待ち時間は長く感じるものだ。心配するな。まだ五分も経ってない。この屋敷の造りからして、地下室はそれほど深くないはずだし、今のところ合図もない。
つまり、下にいる見張りも多くないってことだ。あと数分で片が付くさ。」
「……分かったわ。」
さらにしばらく待った後、ウィンデルでさえ不安を覚え始めた頃、ストークの仲間二人が転がるようにして穴から這い出してきた。
闇の中、背の高い方の男が、腕に子どもを抱えているのがかすかに見える。ストークが確認するように声をかけた。
「眠ってるか?」
「ああ。」
「よし。音を立てるなよ。急いで離れるぞ。」
その後、ストークとロウはどこからともなく守衛の制服を二着取り出し、屋外を巡回する守衛に扮して道を切り開いた。
屋敷からかなり距離を取ったところで、一行はようやく揃って大きく息を吐く。その時、ストークが急に表情を引き締め、ウィンデルを見据えた。
「……お前たち、実はウッド選帝侯の部下じゃないだろ?」
ウィンデルはわずかに目を見開き、自分のどこで正体が露見したのか分からずに戸惑う。
「どうして、そう思うんですか?」
「ここまで来ても、お前たちは子どもを連れて行こうとしない。本当に選帝侯の部下なら、正体の知れない三人に、人質を預けたままにするはずがない。」
三人の目に敵意が宿ったのを見て、ウィンデルは内心で舌打ちした。即座に風乗りで回避できるよう身構えつつ、ナイヴの手を強く握る。
「……確かに、僕たちは違います。」
ストークが鋭い声で問い詰める。
「なら、お前たちは何者だ?なぜ人質の場所を知っていた?」
これ以上の争いを避けるため、ウィンデルは正直に答えた。
「風待ちの亭のマスターに教えてもらいました。」
それを聞いた瞬間、ストークたちは顔を見合わせる。
「……ティックが、そう言ったのか?」
「えっと……名前までは知りませんでした。」
「……まあいい。ティックがそうしたなら、きっと理由がある。ついて来い。」
一時間余り後、ナイヴとウィンデルはストークたちに導かれ、彼らの根拠地へと到着した。外見はごく平凡な、二階建ての木造家屋だ。
ストークが扉を開けた瞬間、家の中から大きな歓声が上がり、ウィンデルとナイヴは思わず跳び上がる。
中の光景を目にした二人は、次にどんな反応をすればいいのか、すぐには判断できなかった。
やや手狭な居間には、少なく見積もっても三十人以上がひしめいていた。誰もが笑顔で酒杯を手にしており、まるで祝祭でも開かれているかのような光景だった。
状況を飲み込めず戸惑うウィンデルとナイヴとは対照的に、ストークたちはこの騒ぎにもすっかり慣れている様子だ。
背の高い男は、まだ眠ったままの子どもをすぐさま二階へ運んで寝かせると、ロウと一緒にどこからともなく酒杯を二つ持ち出し、遠慮もなく人だかりの中心へ割り込んでいった。
二人は次々と差し出される酒と抱擁を、笑いながら受け止めている。その様子を眺めていたウィンデルは、ストークが神妙な面持ちで部屋の隅へ向かい、灰髪の老齢の男に声をかけるのに気づいた。
会話の最中、ストークは何度も驚いたようにこちらを振り返る。訝しく思っていると、その灰髪の老人の隣に、風待ちの亭のマスターが立っているのが目に入った。
彼はどこか気まずそうな表情で、ウィンデルに向かって苦笑を浮かべている。
しばらく大騒ぎが続いた後、ようやく乾杯の嵐が収まった。すると、灰髪の老人がすっと立ち上がる。
「まったく、お前たちときたら……平和な暮らしが長すぎて、頭まで緩んだか?たかが小さな人質を助け出しただけで、まるで大勝利でも収めたみたいに浮かれおって。」
呆れと叱責が入り混じった口調に、皆が一斉に気まずそうな顔をする。その様子は、ウィンデルの目には、悪さを見つかった子どもたちそのものに映った。
続いて老人は、勢いよく風待ちの亭のマスターを振り返り、怒鳴りつける。
「それからお前だ、ティック!軽率にもほどがある。少し前に、ウィンデルを巻き込むなと言ったばかりじゃないか。もう忘れたのか?
今日、ストークの奇襲をあいつがとっさにかわせなかったら、我々はどんな顔をしてホーンに会えばよかったんだ!」
激しい叱責を受け、酒場の主人はうなだれた。先ほどまでの熱気は一気に冷め、室内には重い空気が漂う。
皆の落胆した様子を見て、老人は表情を引き締めて言い放つ。
「いいか、お前たち。久方ぶりに顔を揃えられて嬉しい気持ちは分かる。だがな、我々がここに集まった理由は、馴れ合いの宴じゃない。さあ、全員、酒杯を置け!」
命令が下るや否や、カラン、カランと音を立てて、全員が一斉に酒杯を置いた。そして背筋を伸ばして直立し、息をするのもはばかられるほどの静寂が訪れる。
その異様な光景に、ウィンデルとナイヴは再び呆然とするしかなかった。
息苦しい沈黙の中、ストークが震える手でおずおずと手を挙げる。彼は一度ウィンデルをちらりと見てから、恐る恐る口を開いた。
「し、失礼ですが、参謀殿……どうしても腑に落ちません。先ほどのお話では……我々と一緒に屋敷へ潜入したこの若者が、あのウィンデルだと?
それは本当なら、なぜその時、直接そう言ってくれなかったんです?」
老人はすぐさま、うんざりしたようにストークを睨みつけた。
「何を間抜けなことを言っている。お前たちと面識もないのに、無用な衝突を避けようとすれば、適当な身分をでっち上げるしかないだろう。
それにだ、仮に誰かが突然『自分はウィンデルだ』などと言ってきたとして、お前は信じるのか?私なら真っ先に疑うぞ!
だが今は、その瞳の色を見ただろう。それでまだ疑う理由があるか?」
老人の言葉に、部屋にいる全員の視線が一斉にウィンデルへと集まる。落ち着かない気持ちで、ウィンデルは喉を鳴らした。
今、自分がどんな状況に置かれているのか、さっぱり分からない。
「あの……すみません。どうして皆さん、僕のことを知っているみたいなんですか?もしかして、皆さんは僕の父の知り合いなんですか?」
老人はウィンデルを見つめ、初めて穏やかな笑みを浮かべた。
「そう言って差し支えない。ところで、まだ挨拶が済んでいなかったな。久しぶりだ、ウィンデル。」
「……僕たち、会ったことがあるんですか?」
老人はゆっくりとうなずき、遠い記憶を辿るように語り始める。
「もちろん、お前は覚えていない。私が最後にお前に会ったのは、十八年前の冬だ。その頃のお前は、まだ小さな赤ん坊だった。
お前の誕生を祝って、我々は皆、ホーンの家に集まった……だが、あの時はまだ思いもしなかった。お前の誕生が、我々の人生をここまで大きく変えることになるとはな……」
そこまで言って、老人は深く息を吐き、そして再び微笑んだ。
「ともあれ、歓迎しよう。ウィンデル・ノエル。」
ノエル?この老人は、人違いをしているのではないか。
ウィンデルの頭は混乱でいっぱいになり、必死に考えを整理しようとする。
「待ってください。はっきりさせたいんですが……皆さんは、僕の父とどういう関係なんですか?」
「ここにいる者は全員、お前の父と軍で肩を並べた戦友だ。」
その言葉に、多くの者が笑ってうなずいたが、中にはどこか寂しげな表情を浮かべる者もいた。
「……それなら、どうして僕をウィンデル・ノエルと呼ぶんです?僕の父の苗字はフェイトです。ザグフィ・フェイト。人違いじゃないんですか?」
居間にいる全員が怪訝そうな顔をする中、老人だけが即座に理解したように口を開く。
「その通りだ。ザグの苗字はフェイトだ。問題はな……あいつが最初から最後まで、真実をお前に隠していたことだ。」
「真実?いったい、何のことですか?」
「ウィンデル。お前は、ザグの息子ではない。あいつは生涯、結婚すらしていないからな。もっとも、お前を連れ去った後で結婚していたのなら話は別だが。」
あまりにも衝撃的な宣告に、ウィンデルはしばらく言葉を失い、やがて震える声で口を開いた。
「な……何を、言ってるんですか……?」
予想していたかのように、老人は静かにため息をつく。
「よく聞きなさい、ウィンデル。お前の本当の父親は、ザグフィ・フェイトではない。合衆国・前第一将軍――王国の盾、ホーン・ノエルだ。」




